あふれでる
ロイスさんが、あの公爵子息と同一人物かどうかなんて、見ただけでは、もちろんわからない。
でも、なんだか、ざわざわする……。
ドア付近にたっていたロイスさん。どこから聞いていたんだろう……?
離れ離れにならざるを得なかったふたりのことを、おもしろおかしく話す王女様の言葉の数々は、とても本人には聞かせたくないようなものだったから。
だから、公爵子息はロイスさんじゃありませんように……。
私は、もう一度、そう強く願った。
そんな私の思考を読んだように、王女様がそれはそれは嬉しそうに笑った。
「あら、ララベルさんも気づいたみたいね! そう、今さっき私が話した公爵子息とはロイスのことよ。ということで、改めて、ララベルさんに紹介するわね。わがジャナ国の由緒あるイファ公爵家の子息で、クロヒョウの獣人。そして、今は私の従者をしているロイスよ」
王女様にそう言われても、ロイスさんは無表情のまま、軽く私に頭を下げた。
そんなロイスさんを見て、いろんな気持ちが一気にこみあげてきた。
今、ロイスさんが、こんなに表情がぬけおちたような顔をしているのは、変なものを飲まされたことと関係しているのかな?
苦しんだふたりのことを、こんなに楽しそうに話す王女様の従者をしているのは何故なんだろう?
なにより、こんな人に仕えていて、ロイスさんの心は大丈夫なんだろうか?
いろんな疑問や思いがうずまいて、自分事のように悲しみが押し寄せてくる。
あんな悲しい話を聞いたあとなのに、本人が目の前にいるんだよ!?
とても平静ではいられない。
「ねえ、ロイス。どこから聞いていたかはしらないけれど、今、あなたとあの娘のことをララベルさんに話していたのよ。獣人とただの人では、たとえ番であっても、一緒にはなれないってことをわかってもらうためにね」
ちょっと、王女様!?
本人を目の前にして、なんてことを言うの!?
が、当のロイスさんは、
「そうでしたか」
と、淡々と答えた。
無感情すぎるその口調が心配で、ロイスさんの顔を観察するように、じっと見た。
けれど、やっぱり、整った顔立ちは無……。
なんの感情も見当たらない。
ただ、椅子の横から、しっぽの先が見えていて、力が入ったようにぐっと持ち上がっている。
やっぱり、そこだけに感情が見える。まるで、しっぽの先におしこめられているように……。
それが、なにかの拍子に爆発してしまいそうにも思えて、とてつもなく心配になる。
でも、王女様は、そんなロイスさんを気づかうこともなく、楽しそうに話を続けた。
「ねえ、ロイス。クロヒョウの獣人のあなたと、ただの人である娘の間に起きたことを詳しく話したのに、ララベルさんったら、私の言うことがまるで理解できないみたいなの。ララベルさんは、公爵子息、つまりあなたのことね、ロイス。ロイスが、番という感覚をなくしても、ただの人である娘のことを大事に思っていて、身をひいたって言うのよ? 本当に見当違いよね? ロイスは番を忘れた途端、どうでもよくなったのよね、あの娘のことは。何のとりえもない、ただの人であるあんな娘、番じゃなければ、クロヒョウの獣人であるロイスがひかれるわけもないもの。だから、ロイス。ちゃんと、ララベルさんに自分の口から真実を言ってあげて。本人が言うことなら、ララベルさんだって納得するのじゃないかしら」
王女様の言葉に、私は我慢できずに声をあげた。
「やめてください! ロイスさん、何も言わなくていいですからっ!」
私の言葉に、ロイスさんがびくっとしたように私を見た。
漆黒の瞳がゆれている。
ロイスさんに偽りの言葉を口にだしてもらいたくない。
大丈夫だから、心にしまってて、という気持ちをこめて私は大きくうなずいた。
その時、ロイスさんの瞳から、どっと悲しみがあふれでたような気がした。
涙はでてなくても、漆黒の瞳から、あとから、あとから、悲しみがあふれでている。
深くて、重くて、大きい悲しみ……。
でも、私では、なんの力にもなれない。どうすることもできない。
だから、私もただただ悲しくて……。
「……ララ。ララ。ララ……もういいよ、ララ。ララが心を痛めることはないんだ。落ち着いて、ララ」
ルーファスの優しい声に、はっとした。
なんだか、頬にやわらかいものを感じるけど、なに……?
と思ったら、ルーファスがハンカチを私の頬にあてていた。
ええっ!? 私、泣いてたの……!?




