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日の当たる場所。

 ぷしゅーという炭酸が抜けたコーラのような音を響かせ、電車の扉が開く。


 通学ラッシュの時間をとっくの昔に過ぎた時間。我先にと電車を出て行く生徒はおらず、私一人だけが扉を通り、ホームに降り立つ。


 私の足は鉛のように重く、心持ちは足よりはるかに重たい。


 今日は、二年生一学期最後の日、終業式の日だ。


 三日以上にもわたったソーダくんの配信を流しながら、私も三日三晩イラストを描いていた。

 結局心配し通しだったお母さんに一言告げて、そのままベッドに倒れ込み、意識を失うように泥のように眠った。

 それから体調がよくなった日が今日、終業式の日だった。


 イラストを描くために高校をサボっていたわけだが、今日の終業式を逃せば次に登校する機会は九月の二学期まで訪れない。登校日なんてもっての他。

 そんなことになればますます高校に行きづらくなり、不登校まっしぐら。


 それに恐怖し、私はのろのろとした足取りで、大遅刻ではあるが高校を目指している。


 一歩一歩が苦しく、今にも逃げ出したい衝動に駆られる。


 ネットには私個人の写真が出回っており、桜木ココアが紗倉心愛であることは周知の事実になっている。


 とりあえずいつも通り、髪は三つ編みお下げにして、眼鏡をかけている。

 元々、私がジュニアアイドル時代に散々顔を出していたからこそ、外では印象が変わるように変装紛いのことをしていた。

 それも今や、どこまで意味のあることやら。


 最終的に雨宿ソーダくんの配信は同時視聴者数五十万人を超え、連続配信時間は驚異の八十時間。日本のみならず世界中が注目していた。


 ネットリテラシーの問題の一つ。

 素性を隠して活動している人物の正体を暴く。

 以前から似た問題は数え切れないほど存在する。

 話題性を得るために、人が隠していることを暴こうとする人間は掃いて捨てるほどいるのだ。


 私の問題だって、その一つに過ぎないだろう。


 本来なら泣き寝入りをするところを、雨宮くんが私の代わりに戦ってくれた。

 その結果が、あの配信だった。

 興味本位で私たちに近づいてくる人はきっといるだろうが、それでも、雨宮くんの行動で思い知る。

 軽率な行動をする自分たちだって、こんな矢面に立たされることがあるんだぞと。


 高校の最寄り駅から出ると、夏の日差しが世界を焦がしていた。


 日向を歩くことが怖い。

 周囲の目が嫌い。

 みんな私を知っているのではないか。私のことを調べにきたのではないか。

 私たちはそれほど世間の注目を集めてしまっていた。


 自意識過剰かもしれない。

 でも、怖くて仕方ない。

 駅を出てから高校までの道は、一本道。

 歩けば十分とかからない通学路。


 これまで毎日通ってきた道が、怖い。


 駅を出て、屋根がなくなった日陰の淵まで来たところで、足を進めることができなくなる。

 日向に、出ることができない。

 胸が締め付けられ、呼吸が速くなる。

 

 だけど。


 私の思いなんて素知らぬ顔で、いつも通りの涼しい顔で、他人など知ったことかという顔で。

 駅前の広場の、木陰に守られたベンチに腰掛けて、一人読書にいそしんでいる人物。

 私と同じ制服姿で、同じく遅刻しているにもかかわらず、周りの目なんて全く気にした様子もなく、ただ、彼は、自由にそこにいる。


 私に気が付いた彼は、いつものように笑った。


「おはよう寝ぼすけさん。ずいぶん遅い出勤だね」


 高校には今日来ているのかな。ちゃんと元気になったかな。体は大丈夫かな。

 そんなことを考えながらここまで来た私の心配をぶちこわし、彼は突然私の目の前に現れた。


「あ、雨宮くん、こんなところでなにをやっているの?」

「紗倉さんを待ってたんだよ。彩葉さんから連絡をもらってね。もしかしたら一人で高校には行きづらいかもしれないから、一緒にいってやってくれないかって」


 雨宮くんは読んでいた本をぱたりと閉じて立ち上がる。そして凝り固まった体をほぐすように大きく伸ばす。

 木陰のベンチから、日向へとゆったりと出てくる雨宮くん。


「べ、別に高校に行きづらいとかないもん。今日はちょっと寝坊しただけ」

「ああ、そうなの? またまた寝坊ですか。夜更かしとは感心しませんな」

「そ、それ! 絶対に雨宮くんには言われたくないよ!」

「それは大変ごもっとも」


 けらけらと笑い雨宮くんは、鞄を手にとる。

 そして、高校の通学路へと足を向けた。


「さあ、遅刻してるんだし、早く高校に行こう」


 雨宮くんは歩き始める。


 私の足も、先ほどまでの足の重さが嘘のように、不思議と進んだ。


 日の当たる場所をまた、歩き始めた。

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