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本当にイカレたやつ。

 本当にイカれているのは、誰なんだっていう話だ。


 月曜日、クラスメイトたちは期末考査後の補講中にもかかわらず、ずっとざわざわしている。

 教壇では先生が教鞭を執っているのに、クラスメイトたちの意識はほとんど黒板に向いていない。

 何度注意されても机の下でスマホを触っている人間が後を絶たない。

 今回の先生は取り上げるまでしない先生だったことをいいことに、みんなやりたい放題だ。


「おーい、お前たちいい加減に……」


 先生はもう何度もそんなことを言っているが、どうにもならないことはわかっており、言葉は頼りなく空を切る。


 ひそひそ話をするようにささやき合う声もずっと響いており、全体的に落ち着きがない。


 どれもこれも全部、一人のバカがとんでもないことをやっているからだ。

 昨夜知らされたとある生徒の暴露で、自分たちの高校でもある珍事に生徒たちが食いつかない訳がない。


 やがて授業が終わり、まともな授業ができなかった先生が肩を落としながら教室を出て行く。

 先生がいなくなり、生徒たちは遠慮なしにスマホを持ち合い、お互いに話し合いながら画面を見入っている。


 俺はスマホを取り出しながら席を立ち、教室を出て行く。

 俺たちの主戦場である動画配信サイトで、平日の真っ昼間にもかかわらず、延々と配信が続けられている。


【耐久配信! 桜木ココアのすやすやタイムを見守ろうの会! 二枠目】


「もうなんで、YouTubeくんは配信が十二時間を超えるとアーカイブが残らないのかね。僕みたいに何十時間でも配信するつもりの人間のことも考えてほしい」


 無茶苦茶なことを言いながら配信を続ける配信者の名前は、雨宿ソーダ。


 十二時間の一枠目の配信を朝方に終わらせ、現在二枠目で配信を始めてすでに数時間がたっている。

 現在のYouTubeでは十二時間を超える配信はアーカイブが残らないという仕様になっている。一応十二間を超える前にきちんと二枠目へと切り替えてはいるのだが、よほど面倒くさかったのかずっと文句を言っている。

 ソーダは何時間にもわたって配信をしているが、現在は勉強配信にいそしんでいる。停学中に課題をたくさん出されていることと、本来なら授業を受けている時間ということで勉強配信をしているらしい。


「おっ、休憩時間じゃん。僕のクラスも休み時間になってるはずだから僕が休んでも合法です。ココアはまだまだ起きてきません。とりあえず僕はコーラを一本」


 すでに配信を始めて半日が過ぎているにもかかわらず、ソーダは配信を始めたときと変わらないテンションだ。ぷしゅっという小気味のいい音を響かせてコーラを開け、ぐびぐびと飲み干す音を響かせる。


「ぷはぁー、停学中に飲むコーラうまぁ!」


 ああでも、寝ていないからかテンションがいつもよりは高めかもしれない。


 ソーダは本当にひたすら配信を続けており、トイレ退席はあれど、食事などの補給もすべて配信をしながら行っている。


「平日の昼間ってやること少ないね。恒例の雑談枠、『こんばんは月曜日』まで時間あるね。話すことなくなっちゃうよ困ったなー」


 とまったく困った風でもなくけらけらと笑うソーダ。


 スマホを見ながら廊下を進む。


 一つのクラスでは同じく配信のせいで授業が遅れているのか、まだ授業が続いていた。

 そのクラスでは二つの席が空白になっており、クラスメイトたちの意識を集めている要因にもなっていた。


 そのクラスを通り過ぎ、俺は目的のクラスに到着する。


 補講は終わっていたが、そのクラスだけは少し異質な雰囲気になっていた。

 話題はもちろん、配信のことで持ちきり。


 だけど違うところが一点。

 一人だけ怒りに血走った眼で、周囲から向けられる蔑みの視線を受けて居心地が悪そうにしているやつがいる。

 頬を青く腫らし、額には大きな絆創膏。怪我をしたのは先週から数日たった現在もその傷は生々しい。

 その視線ももれなく、血管が浮き出るほど強く握られたスマホに注がれている。

 その人物の名前は、根岸誠。


 根岸は強がりとも思える笑みを浮かべると、近くの席にいた取り巻きの生徒に話しかける。


「なあ、次の動画についてなんだけどさ、放課後みんなで話そうぜ」


 話しかけられた生徒は曖昧な笑みを浮かべると、席を立った。


「わ、悪い根岸、俺ちょっとしばらく動画はやめとくわ」

「私も、今はそういう雰囲気じゃないから……」


 自分たちも見られることを恐れ、そいつらはそそくさと教室が出て行く。


 教室に、くすくすと笑い声が漏れる。


「あいつ、また人を笑いものにするつもりだよ」

「同じクラスメイトってだけでこっちだって悪く思われるよな」

「いい迷惑だと本当に」


 そんなささやきは廊下に俺にも届くほどの声だった。


「お、お前たちもこの間まで、一緒になって笑ってただろうが! 俺の方ばっか見てんじゃなぇよ!」


 そう言いながら自分の席を蹴り飛ばす。


 だがそんな乱暴にもクラスメイトたちはほとんど動じない。

 関わることをやめ、当の根岸を排他的空気で扱うことにしている。

 それが一層、根岸の感情を逆なでる。


「クソがっ!」


 机に拳を叩きつけ、周囲を振り払うように根岸は教室を出て行った。


 もうみんなが知っている。

 桜木ココアが誰か。

 雨宿ソーダとは誰か。

 そして、今この問題を引き起こしたのが、誰なのか。


 根岸は自分のチャンネルで、おそらくは暴露目的で雨宿ソーダが雨宮颯太であるという内容を投稿していた。しかも自分が暴行を受けたことまで説明して同情をあおろうとしていたのだ。


 しかしコメント欄は非難囂々。

 桜木ココアに対してやったことで不満が爆発した連中が徹底的に根岸を叩いていた。


 根岸が行った手帳の窃盗や桜木の個人情報をネットに暴露したことは、養護しようもなく悪であり犯罪だ。そしてソーダが今回の発端を根岸に絞ったことで、周囲の注目を根岸に集めたのだ。


 ソーダはココアも待つために配信を続けている。それは健気に仲間を待つヒーロー的行いだ。


 敵役は間違いなくこの問題を引き起こした根岸。

 あいつはもうスクールカースト上位の人間ではなく、一気にクラスの嫌われ者にまでなってしまった。

 しかも仕返しをしたいであろう相手は高校に出てこない。ひたすら配信で攻撃される一方的な状況。


 本当に、イカれたやつは誰なんだという話だ。


 しかし、切り抜き師キリシマとして、俺にもやることがある。

 休憩時間に切り抜き動画の作成を少しでも進め、必要な動画をアップしなければならないのだ。

 俺もなにかして、停学になりたい気分だった。

 時間がほしい。目の前で起きているこの今を、すぐにでも動画にして投稿したい。そんな衝動に駆られてしまう。


 それほど心が高揚していた。


 VTuberなんていう、かつては色物で見られていた存在が、とんでもない奇跡を今、目の前で起こしている。

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