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流されるままに、雨宿家始動。

「それでは発表します。僕、雨宿ソーダと、僕の妹、桜木ココアは、雨宿家として配信をしていくことにしました」

「はーい、ぱちぱちぱちー!」


 新たな試みの発表に、正直予想以上にコメント欄が大盛り上がりを見せていた。


『すげえ待ってたんだ!』『姉妹コラボキタコレ!』『リアル高校生同士のコラボ配信! これははかどる!』『ココアちゃん好きー』『やっぱりこの二人が並ぶとすごく絵になるなー』


 僕とココアのアバターを描いたのは、同じママである雨宿マキアだ。別々の絵描きさんのキャラクターが並んでもそれはそれでいい絵になるのだが、絵柄が同じキャラクターが並ぶとそれもそれでいい。不思議でありながら当たり前であり、別々の配信者が同じ画面で配信している景色は、VTuberオタクとして感慨深い。


「あと、勘違いがないように言っておくけど、僕が兄でココアが妹ね。兄妹コラボだから、けいまい! ここ重要ね」


 ホント、イカれてる。

 なにがイカれてるって。

 ココアのアバターが大笑いしながら、通話アプリでつながったココアからも爆笑が届く。


「まあいいじゃないですかソーダくん。お兄ちゃんに生えてても生えてなくても、ココアはどっちでも構わないですよ」

「いや構えよ。あとココア、初回配信から下ネタに乗っかってくるんじゃないよ! もっと女の子らしくお淑やかにしてくれ。なんかやりにくいよ」

「ココアにそんな属性を期待されても困りますねー。これでもはっちゃけ陽キャでゴリ押しているんですから!」


 このリアルとバーチャルでのキャラの違いである。

 対面しているとあれだけおどおどしていたにも関わらず、バーチャルを間に挟んだだけのこのキャラの変容。イカれているとしか言えない。


 とあるVTuberが言っていた。

 VTuberは、自分がなりたいキャラクターを演じられるところがいいのだと。

 実際のところリアルではド陰キャとまで言われている紗倉心愛さん。

 その紗倉さんがバーチャルの世界で演じたい自分が、この明るすぎるほど陽キャの、桜木ココアということなの、だろうか。なにがなんだかわからないが。


「時にソーダくん」

「なにかなココア」


 お互いの呼び方についても事前に打ち合わせており、万が一にも配信でぼろが出ないようにしている。実際リアルを知っていて本名で呼び合っていることもあり、下手に配信で個人情報を出せば大変なことになる。


「私たち、配信前に打ち合わせをしすぎて家族感がまったくありません。偽りの家族臭がやばいです。バカたれ家族です」

「おいやめろ。裏での僕の努力を否定するな」


『いきなり暴露されてて草』『コラボ結成日がコラボ解散記念日かな』『家庭崩壊です先生』

『ソーダの根回しは業界でも有名』『緻密な計画による犯行、エンタメをありがとう』


「ほら、リスナーさんにもわかってる人がいるじゃないですか」

「リスナーと結託して僕を辱めるのやめない?」


 いつだったか、僕が配信の準備を入念にしていることを配信で話したことがある。

 配信の内容として、どの配信者がやっても一定の人気が出るコンテンツに配信環境や配信の裏側のネタばらしがある。配信機材や使っているパソコン、自室の構造など、バーチャルの向こう側にいる配信者の配信事情を知ることができるのは、視聴者にとっては興味があるものだ。

 そのときに、僕は配信準備にある程度考えを重ねて配信していることも話している。


 もちろん、ココアとコラボをするにあたり、事前にそれなりの時間をかけて準備を行っている。コラボと声をかけられてから今日配信するまでの数日間、ひたすら会話をして内容を詰めている。

 詰めたと言っても、これからどんな配信をするか、雨宿家という名前と設定、お互いの距離感などなど、決めていることは大半がそういう内容。あまり配信内容までがちがちに決めると、逆に配信がぎこちなくなりがちという経験則だ。

 だがこんな初手からばらされるとは思ってなかった。


「や、やりにくいわー……なんだこの妹」


 ぶつくさ文句を言いながらも、リスナーの反応は盛り上がっているのでそれはそれでいいのだけど。

 配信時間は基本一時間前後。場合によってはもっと長く配信することもあるが、あまりに長い配信は高校生活との両立が厳しいのだ。


 今回は初回ということもあり、一時間程度で配信を終える予定になっている。


 キリシマ『コラボの経緯について詳しく』


 ふと、コメント欄に見知った名前が流れていったのが目に入る。


『あ、キリシマさんだ』『切り抜き師きた草』『絶対いると思ってた』


 切り抜き師のキリシマ。僕の配信によくやってくる切り抜き師である。

 切り抜き師とは、配信の一部を切り取って動画に再編集して投稿する人たちのことである。VTuberの配信は長時間にわたることもあり、そのすべてを視聴することが難しい人もいる。推している人が複数人いればなおさらだ。そういう場合に見られるものが切り抜き動画。配信の面白かったところ、見せ場、要約など、配信の一部をまとめた動画として投稿する。これが切り抜き師たちのお仕事である。


 配信の向こう側で目をぎらぎらさせているであろう本人の顔を思い浮かべながら、事前に用意していたスライドを取り出す。

 今回のコラボは事前に告知をしており、その際に質問を募集している。配信に使える話題はスライドにしてまとめている。

 つい先ほど問われたコラボの経緯を説明する。


「まあね、タイトルにも書いてある通りね、この子、本気でリアルで突撃してやがりましてですね」

「はい! 私たちのママ、雨宿マキアさんから直接住所を聞き出しました!」

「君は本当にVTuberか!? 活動の範囲はバーチャルを基盤にしてよ!」


 なぜ交流の第一歩目をリアルに選んだのか本当に理解しかねる。深く交流があるVTuberがリアルでも交流があるというのはそれなりにある話だが、初手の会合がリアルでコラボ依頼とは前代未聞ではなかろうか。企業勢じゃないんだからさ。

 今思い出しても頭を抱えたくなる当初の出会いを思い出す僕をよそに、ココアは中身陰キャとは考えられない陽気さで続ける。


「実は自転車でも通えるほど近くに住んでいてですね、とりあえずのご挨拶は手土産を持ってご自宅に伺いまして、こう、コラボしてくださいと三つ指をついて」


『やばすぎて草』『ココアちゃんってここまで壊れてた? 私たち甘かったのよ』『無茶苦茶すぎてなんだか楽しくなってきた!』


 とりあえず疑問を持たれることがなく浸透してくれた話に、僕はそっと胸をなで下ろす。

 ココアが実際に僕に会いに来たのは、自宅ではなく高校だ。しかし同じ高校生であると公言しているものの、同じ高校の、それもクラスメイトとまで情報を開示することはいささか危険であると判断した。

 僕たちVTuberがあけすけもなく開示しているもの、それは声だ。僕はもちろん、ココアもボイスチェンジャー等は使用していない。

 VTuberをしている人にはボイチェンを使って、アバターに合わせて声を変えている人もいる。しかし僕はもともとの声質が中性的であるということで、十分にキャラクターに乗った声になっていたのだ。

 だから僕たちがVTuberであることを誰かに知られてしまう危険性がある部分は、声というリアルでは隠しようがない部分になる。

 僕は高校ではあまり話さないし、ココアも配信者モードとは打って変わってぼそぼそとしか話さない根暗ちゃんだ。

 あまり問題になるとは思えないが、リアルバレの可能性が高くなると判断し、同じ高校に通うクラスメイトであるという点は伏せることにした。

 よって配信では、自宅に直接やってきたという話にしている。


 そこからは滞りなくさして問題もなく、送られてきた質問に時にふざけて時に真剣に答えながら、僕たち雨宿家の初配信は過ぎていった。

 ピーク時、僕たちの初配信は同時接続八千人をマークしていた。

 個人勢のVTuberとしては、十分すぎるほどの結果である。


「はい、それでもはそろそろいい時間になってきましたので、初配信はこのあたりで終わろうと思いまーす」

「ありがとうございまーす」


 ぱちぱちと盛大に拍手をかましながら、ココアのアバターが首をぶんぶんと振り回す。


『ココアちゃんまだまだ話したりなさそうだけど』『これからの配信がまた楽しみになった!』

『この二人が高校生ってマジ?』『押しが増えてしまった……』


 などなど、様々なコメントが流れていく。


「私も楽しかったよー!」


 まだまだ絶好調のココアに会話を持たせて、少しだけマイクをミュートにし、飲み物でのどを潤す。


「まあね、初めに言わせていただいた通り、この雨宿家のコラボは今回限りではありません。継続コラボとなってるからね。まだまだリスナーのみなさんに、面白いを提供できるように頑張っていきますので、どうぞよろしく」

「兄共々、このバカたれな妹をどうぞよろしくお願いします!」

「ではでは、今回の配信がよかったと思った人は、チャンネル登録と高評価をよろしく。それでは、エンディング」

「エンディング!」


 配信画面に、毎回使用しているエンディングムービーを流す。

 雨が降っている並木通りを、僕のアバターである傘を差した女の子が歩いている。最後に見ているリスナーに向けて手を振って、画面が暗転した。


 こうして、僕と桜木ココアの、雨宿家コラボが本格始動したのだ。

 あいも変わらず、流されるままに。

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