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学年一の陰キャ女子が妹でした。

 VTuber桜木ココアこと、学年一のド陰キャと呼ばれている紗倉心愛が僕に接触してきたのは、かれこれ一週間ほど前のこと。


 いつも通り始業ギリギリに教室に行くと、机に手紙が入っていたのだ。

 自意識過剰だったかもしれないが、さすがに教室では見られなかったので、休憩時間に一人、所属しているパソコン部の部室でこっそり中身を見た。

 桃色の封筒に収められた便せんは、ほのかに甘い香りがした。


 手紙には丸みを帯びた文字が少しだけ書かれているだけだった。

 文面は簡単に言うと、放課後に自分の教室で舞っていてほしいとの旨が記されている。ただ僕の宛名はあるが差出人の名前はなく、誰から送られてきたものかはわからなかった。

 この電子機器が支配する現代世界でなんとアナログな手紙なのかと驚いたものだが、内容としては告白でもしそうな雰囲気漂う文面だった。


 本気であれば正直困るが、放置で無視も気が引けた。もしいたずらならそれはそれで泣きながら配信のネタにでもするかとポジティブに考え、呼び出された教室に向かった。

 そして待っていれば、やってきたのはクラスメイトの紗倉心愛さん。

 さらにその後の空気から、本当にお付き合い的な告白なのかと思いきや、私もVTuberしてるのでコラボしてくださいとの申し出だった。


 気絶してぶっ倒れそうな気分だった。

 まさか、あの桜木ココアが僕のリアルを知っているだけでなく、クラスメイトであるなんて誰が想定できようか。


 とりあえず、高校内でそんな問題になりそうな発言はやめてくれと頼み、いったん場所を変更。

 高校から少し離れたところにある喫茶店に場所を移してもらった。


 僕は徒歩通学で、紗倉さんは電車通学。別々に高校を出て、閉店少し前の喫茶店へと滑り込む。

 個人的に考え事などをする際に利用している喫茶店で、高校からも自宅からも徒歩圏内の非常に便利のよい喫茶店だ。年配の男性店長さんが道楽でやっているタイプのお店なのでお客さんも少なく気軽に来店できるので、重宝させてもらっている。


 あと、

「ちょっと兄ちゃん、パソコンの調子が悪いんだが、最近の子はわかったりするか?」

と声をかけられてパソコントラブルを解決してからは、店に来れば会話もする間柄になっていた。隅の周囲に人がいない席などに融通してくれるので助かっている。


 お店の前で待ち合わせをして一緒に店内に入ると、給仕服で店内を掃除していた店主さんは相当怪訝な顔をしていた。だけど僕がなにも言わず両手を合わせて頭を下げると、いつものようにお店奥の席に案内してくれた。

 平日のまだ夜には早い時間だったので他にお客さんもおらず、レコードから流れるクラシックだけが店内の空気を穏やかなものにしていた。


「なにがいいかな? 最初はブレンドがおすすめだけど。あ、ここ、ミルクコーヒーもおいしいよ。僕が出すから好きなのどうぞ」


 向かいにこれでもかというほど小さく縮こまった紗倉さんは、僕が差し出したメニューをびくびくしながら受け取った。


「そ、それじゃあ、苦いのだめなので、ミルクコーヒーで……」

「わかった。ちょっと待ってて」


 僕は自分から席を立つと、店長さんに注文を頼むついでに、とりあえずなにも聞かないでほしいと頼み込んだ。今これ以上のタスクは厳しい。ツッコまれたりいじられたりしたら、キャパシティが乏しい僕では体が爆発四散しかねない。


 店長さんはわかってるわかってるからと、なにもわかってなさそうな笑みを浮かべながら注文したものを用意してくれた。ついでに賞味期限ぎりぎりのお菓子も食べてってねと、ブレンドとミルクコーヒーと一緒にチョコクッキーも手渡された。


 席に戻ると、紗倉さんは席を離れたときから微動だにしていなかった。なんか、本当に僕が取って食いそうだとでも思われていそうだった。


「あの、紗倉さん、たしかに驚きはしたけど、別に怒ったり問い詰めたりしないから、そんなかしこまらなくていいよ?」

「は、はい、ごめんなさいです……」


 それでも紗倉さんはがちがちに固まっており、僕が差し出したミルクコーヒーも落としそうな手つきで受け取っていた。琥珀色のミルクコーヒーがこぼれそうなほど手が震えている。


 テーブルの真ん中にチョコクッキーを置き、僕はブレンドを片手に反対側に腰を下ろした。

ブレンドを一口だけ口に含む。淹れ立て特有の熱が舌を焼き、さっぱりとした苦みが混乱している頭を落ち着かせてくれた、気がした。実際はまだまだ混乱中だが。

 閉店間際に長居しても迷惑でしかないので、早速用件を切り出す。


「で、僕がやってること、誰から聞いたの?」


 額面だけ聞けばおどろおどろしい話をしていそうな雰囲気だが、要約すると、僕がVTuberをやっていることを、である。間違ってもいかがわしいことはしていません。


 びくりと肩を震わせた紗倉さんは、僕と視線を合わせようとせず、うつむいたまま答える。


「えっと、雨宿マキアさんから……、中学生のころに……」


 おおかた予想はしていたのだが、流出源は想像通りだった。それ以外でも困るが。しかしずいぶん前からだな。一年生のころは違うクラスだったとはいえ、桐也以外に僕のことを知っている人間がいたということに恥ずかしさを隠せない。赤面しちゃう。


「わ、私、桜木ココアって名前で、VTuberしてるんです」


 しかし、次に持ち出された情報は、さすがの僕でも予想できないものだった。

 桜木ココア、その名前を聞いた瞬間、いろんなことに合点がいった。


「そういうことか。まったく、姉さんは自由なんだから」


 雨宿マキア。本名、雨宮真希は、僕の実の姉である。

 そして、僕がVTuberをしている雨宿ソーダの体を描いたイラストレーターでもある。

 VTuberのアバターは、イラストレーターが描いたイラストをモデリングすることでVTuberとしてのアバターが完成する。ざっくりわけて2Dモデルと3Dモデルがあるが、一般的なものは2Dモデルだろう。僕のモデルも2Dだ。そして自分の体をカメラで撮影し、その動きをアバターに反映し、画面に映して配信や動画投稿を行う。それがVTuberである。

 僕が使用している雨宿ソーダのアバターは一級品だ。大手事務所が使用していても遜色ないレベルの完成度。細かなことは知らないのだが、お金を出して作ってもらおうものなら、高校生が逆立ちしたって手が届かないものだ。

 特別な立場でもとんでもスキルを持っているわけでもないクソ虫みたいな僕が、ハイレベルなアバターを所有している理由は、実の姉からアバターを直接提供されたからだ。


 桜木ココアというVTuberを知っていることも、実の姉、雨宿マキア関連だ。

 桜木ココアは、雨宿ソーダと同じイラストが使われている。

 イラストレーターが僕の姉、同じイラストレーターが描いているのだ。

 ネットの世界が広いとはいえ、現在活動しているVTuberで姉のイラストが使用されているVTuberは、僕の雨宿ソーダともう一人、桜木ココアさんだけだ。ちなみにVTuberの体を描いたイラストレーターをママと表現する。VTuberにとってイラストレーターはお母さん、ママなのである。


 つまり僕と紗倉さんは、ママが同じであると表現することができるのだ。


 桜木ココアが誕生したのは今から一年半とかそれくらい前、僕がデビューして一年ほど後だったはずだ。姉から新しくVTuberのイラストを担当することになったという連絡を受けたのだ。

 ただ、イラストレーターが同じというだけでVTuber同士が必ず連絡を取り合い知り合いになるかと言えば、別にそういうわけではない。所属企業が別だと関わる機会も少ないし、本人があまりコラボをしないタイプなら、たとえ同じイラストレーターの人であっても頻繁にやりとりをしたりしない。


 一応SNSでは相互フォローになっているが、桜木ココアデビュー当時に少しやりとりをした程度で、それっきりたまに配信やSNSを見かける程度になっていた。デビュー当時のやりとりを見返したが、今後関わる機会があればよろしくお願いします、程度のテンプレ的やりとりだった。というかVTuberを始めたときから僕のことを知っていたのなら、その時点で僕の身元をわかっていたということ。その時点で一言言ってほしいものである。


 しかしまあ、と僕は両手でグラスを持って、ミルクコーヒーをちびちびとすすっている暗い印象のクラスメイトに目を向ける。

 桜木ココアの中の人が、紗倉心愛って、ネットリテラシーもへったくれもない名前をつけたものだ。これではわかる人には本人だとわかってしまいそうなものだが。僕も人のことは言えないけど。

 逆にここまでたどたどしい陰なるキャラクターが、まさかVTuberをしているとも思わないのかもしれないけれど。

 頭の中にいろんなことが渦巻き、理解しては否定するみたいな問答が反芻してしまう。


「あの、それで……っ」


 ぼーっとしてしまっていた僕を我に返すように、少し強めに紗倉さんが口を開いた。


「お願いしたい、ことなんですけど」

「ああ、うん、ごめん。ちょっとまだ混乱してて。コラボの話だったよね」


 コラボ。

 VTuberに限らず、配信者や動画投稿者などで行われる交流の一つで、自分や自分のグループだけではなく、外部と共同で配信、活動などをすることである。


 現在のVTuberの主戦場は生放送による配信だが、相手の配信にお邪魔したり、自分の配信に相手さんを招待して一緒に配信を行ったりするのだ。


 僕もVTuberの端くれ。しかも現役高校生というインパクト強めの属性もあるので、それなりにコラボも経験してきている。

 ただ、僕はときどきコラボするが、たしか桜木ココアはほとんどコラボをしていなかったのではなかっただろうか。


 しかし僕個人としては、コラボ自体は問題ないのだが、それよりも懸念されるのは……。 


 このタイミングで、同じイラストレーターを持つVTuberとコラボする話が来るとは思っていなかったということだ。

 これは紗倉さんは全く関係なく、限りなく個人的問題だが、少し時期が悪い。

 僕、雨宿ソーダの個人的問題なので、軽率に紗倉さんに話すことはできないけれど……。

 思わず眉根のあたりにしわを寄せてしまう。


「あの、あの、マキアさんが、弟ならコラボどんと来い、絶対に二つ返事だから大丈夫だって豪語されてたんですけど……。あまり気が進まないでしょうか……えっと……え?」


 紗倉さんの言葉を聞きながら、僕はうんうんとうなずきながらスマホを操作し、一つの連絡先に電話をかける。

 ちょっとごめんと手で断りを入れている間に、通話がつながった。


「はいはい、あなたの愛するお姉ちゃん」

「誰が愛するお姉ちゃんだ。現在紗倉さんからリアル凸されているところなんですが。断りもなく僕のリアルを他人に教えるとかなにやってのかな馬鹿野郎っていう電話です」

「あーん、もっと罵ってぇえ!」


 ぷちっと、そこで通話を終わらせる。

 相手は僕たちのVtuberとしての体を描いた張本人、僕の実姉である。

 普段はもっと落ち着いた人なのだが、イラストの繁忙期に入っているのかずいぶん壊れてしまっている。そういえば繁忙期過ぎてやばいと何日か前に言っていた。まともな会話になりそうにないので、本気文句はまた今度だ。というか中学のときには僕のことを知っていたって、軽く一年以上前だ。なぜ頻繁に会っている弟にその話をしないのか。マジでイカれている。

 コラボの話にしたって、どんと来いとか言った時点で連絡くらいよこして欲しい。

 深々とため息を吐き出しながら、机にスマホをパタンと置く。


「ごめんね、うちの姉が先走ったみたいで」


 がくっと肩を落とすように謝罪すると、紗倉さんは胸の前で手をぱたぱたと振った。


「こ、こちらこそごめんなさいっ。てっきりマキアさんからなにかしらのお話は行っていると思っていたので」

「あの人、基本的に考えなしだからね。仕事人間なもので」


 お絵かきマシーンである我が姉は、それ以外のことは存外からっきしなのである。


「それで、コラボしたいってことだけど、理由を聞いてもいいかな」

「り、理由……ですか?」

「うん、僕のことはもっと前から知ってたんでしょ? 高校に入学したときにはすでに。声をかけようと思えばいつでもできたと思うんだけど」


 さっと、紗倉さんの表情がこわばった。

 机の上で握られた拳には力が入り、すっと呼気が吐き出される。


「登録者数を、もっと伸ばしたいと、思ってまして……。自分勝手で、恥ずかしい理由で申し訳ないんですけど……」


 肩身が狭そうに、悔しそうに紡がれる言葉に、僕は首をかしげる。


「なにが恥ずかしいの? 別に恥ずかしいことじゃないでしょ」


 紗倉さんは驚いたように目を丸くした。

 ブラックコーヒーを喉に滑らせ、口を冷ますように息を吐いた。


「配信者をやっている人間が、登録者数や視聴回数を伸ばしたいと思うのは当然のことだよ。数字が出ている以上、興味のあるなしは別にして優劣がつく場ではあるんだ。登録者数を増やしたいっていうのは、頑張りたいってことでしょ。変に取り繕った言葉よりも、僕はよっぽど好感が持てるよ」


 目をぱちぱちと瞬かせる紗倉さんに、僕は続けて問う。


「登録者数の目標とかあるの?」

「あ、はい。今が三万人と少しくらいなんですけど、できたら、今学期が終わるまでに、夏休みまでに十万人を突破したいと」

「銀盾狙いか。いいね。配信者はそれくらい野心がある方が面白いよ」


 僕たちが利用している配信サイトでは、切りのいい登録者数を突破するとトロフィーのようなものをもらえるプログラムがある。登録者数が百万人で金の盾、十万人で銀の盾だ。実際はもっと上位の表彰もあるらしいが、僕らには想像もできない登録者数が必要となる。

 銀の盾がもらえる十万人は、表彰プログラムで最初に設定されているもので配信者であれば誰もが一度は目指すポイントと言えるだろう。


 とはいえ、それでも紗倉さんがやろうとしていることは相当ハードルが高い。

 ぶっちゃけ、現状の登録者数三万人でも相当多い登録者数だ。かれこれ一年半くらい配信者を続けていても、そこまで到達できる配信者はごくごく少数だ。


 多くの視聴者は登録者数の多い配信者ばかり見ていることが多いから感覚がバグっていることが多いのだが、十万百万と当たり前に登録者数がいる企業勢VTuberがバケモノ過ぎるのだ。まああの人たちは、そもそもがオーディションや選考などで能力を示した上で所属できる人たちなので、ある種当然とも言えるのだが。

 案件もあれば自社でのライブもあり、アバターや配信設備の強さでも比較にならないほど優れている。それが企業勢VTuberだ。


 対して僕ら個人勢VTuberは、特にこれといって後ろ盾もない。

 僕は恵まれている方ではある。どこかのイカれた姉が送りつけてきたアバターは、企業勢と遜色ないレベルに優れているものだからだ。あと勝手にバージョンアップしたものを送りつけてくるし。

 人気イラストレーターの弟が姉の描いた体でVTuberをしているというのも話題としては大きい。

 まあ紗倉さんはどういった経緯でアバターをもらうに至ったのかはわからないが、桜木ココアのアバターも明らかにハイレベルなもの。お金を出して姉さんに作ってもらったとは考えにくいが、どうやって姉さんからアバターをもらったのか気になるが……まあ、今はそれはいい。


 とりあえずは紗倉さんは現在目標があるらしい。

 今学期、あと三ヶ月で登録者数を三万人くらいから三倍の十万に増やす。

 並大抵のことではないが……、不可能というレベルでもない絶妙なラインだ。


 言いたいことは言った、といった様子の少女。

 黒縁眼鏡の向こう側で、茶色の瞳が僕を捉えて離さない。

 クラスメイトになってまた数える程度の日数の間柄。まだ知らないわからないことばかり。

 だけど、これもなにかの縁か。


 僕の事情は、またしばらくしてから考えればいい。


「わかった。コラボ、しよう」


 紗倉さんが目を丸くする。


「ほ、本当ですか?」

「うん、まあ、僕も配信することは嫌いじゃないからね。どこまで紗倉さんの登録者数に協力ができるかはわからないけど、同じママを持つVTuber同士、手伝えることは手伝うよ」

「や、やったっ。あ、ありがとうございます。やった、やったぁ……」


 途端に、ぱあっと紗倉さんが表情を明るくした。これまで沈んだ表情しか見てこなかったが、初めて曇った表情に笑顔が浮かんだ。

 コラボくらいでなにをそこまで、と思わないでもないが、人見知りっぽい紗倉さんにはそれもハードルが高いのかもしれない。顔も知らない人に連絡を取ってやりとりをするなんてのは、大人でもかなり緊張すると聞く。慣れればなにも感じないらしいが。


「ちょ、直接、お願いしに来たかいがありました」

「それに関しては残念だけど、DMとかで連絡してもらえれば、姉さんの言うとおり僕は二つ返事で了承したよ」

「……え」

「もともと、よほどのことがないとコラボを断ることなんてしないんだよ。他の人と話すことは楽しいし、登録者数も視聴数も増えやすいのは確かだし。直接来られたから警戒していろいろ聞いただけで、ネットを介してくれればもっと早く話もついただろうけどね」

「……私、ネットとかパソコン関係、あまり得意ではなくて……」


 登録者数十万人、やっぱり無理かもしれない。


 ホント、イカれてる。

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