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願わくば。

 もうじき始業の時間。夏休みまでもう少し。


 早めに登校した私は、職員室で先生と話し合っていた。

 昨日下校時にトラブルがあり、できれば早めに帰らせてほしいという旨を相談していた。

 今日は期末考査後の補講授業があるだけ。これといって重要な用事があるわけではない。場合によっては警察に行かなければいけないということもあり、のんきに授業を受けている場合でもなかった。


 本当は登校しようかも迷っていたのだが、昨日のことはまだ両親には話していない。昔から心配ばかりかけているので、個人的トラブルくらい自分で解決したかった。

 大切なものをなくした。

 なんでそれだけが、と思わずにいられない。

 しかし、その中身は見られたくないものだ。

 大切なものではあるが、捨てられているくらいなら、まだいい。

 最悪なのは……。


 その先は考えたくなくて、頭を揺らして考えを振り払う。


 先生は朝一のホームルームでは連絡事項があるからいてほしいが、事情があるなら帰ってもいいと言ってくれた。

 ありがとうございますとお礼を言って、職員室を後にする。


 教室に向かいながら考える。

 今週の日曜日は雨宿家のリレー配信があるので、あまりのんきにしている場合ではない。まだ準備しているものは半ばだし、トラブルは早く解決したい。

 雨宿家のリレー配信が終わり、来週も過ぎ去れば、いよいよ夏休みだ。高校二年生の夏の進学校は忙しいので当たり前なのだが、私の場合はちょっと事情が違う。


 私にはVTuberがある。

 去年の夏休みは、ほとんど毎日配信は欠かさなかったし、他の人の配信や自分の配信を何度も見返して自分に足りないものを探していた。


 私があこがれたVTuber。

 大好きなイラストレーターさんが作ってくれた体で、私にきっかけをくれた人と一緒に。

 VTuberとして活動できる日々が、とても楽しい。

 ただ、まだ夏休みの予定は入れていない。コラボ依頼も、高校の予定を理由に断ったり、保留したりしている。


 現在、いろんな人からのコラボ依頼が殺到している。

 VTuber勇者決定戦で優勝してしまったことをきっかけに、多くのコラボ依頼が舞い込んでいる。相手の人のことも勉強しないといけないし、やったことがないことばかりなので準備も大変だ。


 それでもそんな毎日が、心の底から楽しみだった。

 でも、夏休みの配信予定は決めることができない。

 まだ、約束の結果は、出ていないから。


 自分のチャンネルの登録者数を確認すると、目標だった十万人まで、あと数千人というところまで迫っている。数千人の登録者数を増やすだけでも並々ならぬ時間が必要だが、雨宮くんのおかげで登録者数はすごい勢いで増加している。


 このまま行けばリレー配信が終わったころには、十分に目標に達することができる。


 願わくば、これからも、VTuberを。

 たとえ、昔、あんなことが、あっても……。


 早くあれを探さなければ。

 警察に行って、どうにかなるといいのだけど。


 ふと、ちらちら私の方を見る人がいることに気づいた。

 自意識過剰かな。私は高校でも目立たないようにしているし、髪型や眼鏡も、ちゃんと頑張って地味で人目に止まらないように注意している。


 けれど、私を見る目は、一人や二人ではない。もっと、たくさんの……。


「おっ、いたいた」


 そんな声がして視線を向けると、何人かこちらの方に歩いてきていた。男子女子が何人か。

 たしか全員同級生だったはずだが、派手なグループだったと記憶している。


「え……」


 そして、先頭の男子生徒は、手にアクションカメラを持っていた。


 そのレンズは、私に向けられていた。

 鈍く光るレンズ。息が詰まり、体がこわばって動かなくなる。


「はじめまして! 俺、青春バッドログってチャンネルでYouTuberやってる根岸って言います。今回は君にお話を聞かせてほしくて、インタビューに来ました」


 突然のことに頭がついていかず、息すらまともにできずに視界が暗くなる。


「元ジュニアアイドル、『アップルサイダー』のココア、紗倉心愛さん、いや今は」


 男子生徒の手が伸びてきて、私の眼鏡を奪い取った。


「VTuberの桜木ココアさんって、呼んだ方がいいのかな?」


 剥ぎ取られた眼鏡が、床に転がって乾いた音を立てた。


「なにやってんだ!」

 私の前に、誰かが割り込んできた。

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