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見知らぬ妹の正体。

 帰宅した僕のルーティンは、だいたい決まっている。


 かれこれ1年近く一人暮らしをしている、郊外にある一軒家。

 ブレザーからルームウェアに着替え、軽くお菓子を腹に詰め込み、リビングで飼っている熱帯魚にえさをあげる。


 そしてほとんど仕事場になっている自室に入った。


 部屋の隅にベッドが一つ。遮音遮光カーテンが張られた部屋は、照明をつけなければ真っ暗なほど閉ざされている。

 壁には天井近くまで伸びる本棚があり、漫画やらライトノベルやら一般書籍やら教科書やらがところせましと詰め込まれている。

 ベッドの反対側には、大きなパソコンデスクがある。

 机の下にあるパソコンの電源ボタンを押すと同時に、ピッという起動音とともに机にある二つのモニターに明かりが灯る。


「ふぅー」


 深呼吸をしながら、脇のアームにかけていたヘッドホンを頭にかける。

 机にはマイクやウェブカメラ、オーディオインターフェースなどの配信用機材がフル装備。

 パソコンが完全に起動すると、僕が好きな風景イラストレーターさんの壁が表示された。

そして配信用ソフト、通信アプリ、SNSなどなど、必要なものをすべてデスクトップ上に起動していく。


 最後に、配信用ソフトの隣に、アバターのソフトを立ち上げる。

 誰の性癖を詰め込んだのか、黒髪ロングの美少女が表示される。断じて僕の性癖ではないよ。

 僕が体を動かすと連動してモニターの美少女も動き、表情を変えると美少女も笑顔や怒り顔にころころと変化する。

 雨宮颯太こと僕が中の人を務めている、バ美肉系男の娘VTuber雨宿ソーダの体である。


 活動を始めて二年と九ヶ月ほどになるのだが、今日この日、新たな扉を開くことになっている。

 通話アプリを立ち上げ、先日登録したばかりの相手を確認する。オンラインになっていることを確認し、通話をかけた。

 相手が通話に出てくれるまで、キーボードをカチャカチャ、マウスをシュバシュバと滑らせて同時に他の配信準備も続けていく。

 しばらくして、通話がつながった。


「も、もしもし……」


 イヤホンの奥から、おそるおそるこちらの様子をうかがうような声が聞こえてくる。


「はーいもしもしー。こっちはもうすぐ準備が終わるけど、そっちは?」


「ご、ごめんなさい……。もうちょっとかかるかも……です……」


 おっかなびっくりといった様子で尋ねてくる相手は、未だに耳に慣れない綺麗な、女の子の声。声が綺麗なだけにたどたどしい話し方がちぐはぐで違和感を覚える。


「大丈夫。まだ配信開始までは余裕あるから、ゆっくり準備して。必要なことがあれば、こっちでも手伝うから」


「ありがとう、ございます。それにしても、雨宮君は、本当に動じないですね……。声をかけた私が言うのもなんですけど」


「だてにそれなりの期間、配信者やってないよ。あと、間違っても配信で僕の名前出さないでよ」


「き、気をつけます……」


 がちがちになりながら答える女の子に、不安がないわけではない。


 僕だって初めてのことだ。

 しかも今回は、それなりにイカれた話になる。

 気合いを入れていかねばならない。


 配信枠の準備、SNSの告知、アバターの動作確認や通信状態の確認などを進めていく。

 相手さんも素人ではないようなので準備は滞りなく進んでいるようなのだが、僕のことをそれなりに怖がっている様子。こんな状態で大丈夫なのか心配になる。


「はぁ……なんでこんなことに……」


「え、えと? なにか、言いましたか?」


「ああごめん、独り言だから気にしないで」


 しばらくお互いに準備しながら、今日の打ち合わせも同時に進めていく。初めてのことだし、いろいろ気をつけなければいけない点もある。準備は念入りに行った。

 そして、午後七時。僕が普段配信をしている時間、告知している時間になった。


「さて、始めますか」


「はい、ががが、頑張りましゅ……っ」


 声は震え、かみかみで答える相手さん。何度落ち着いてもらおうとしてもたどたどしく、こんな調子で大丈夫なのか心配になる。

 しかし、とにもかくにも配信は始めなければいけない。


「じゃああとでまた呼ぶから」


「は、はい、あとでです」


 事前に立てている配信枠はすでに大盛り上がりになっており、配信待機所でリスナーが大盛り上がりしている。


『これが前に言っていたビッグニュースですか!』『配信タイトル意味不明すぎて草』『つまらない高校生活に唯一笑いを提供する男、ソーダ君好き』『こいつの現実楽しそうだな』


 相変わらずうちのリスナーは癖が強い。

 一度マイクを切り、目を閉じて両手でぱちんと頬を叩く。

 じんわりと痛みが広がっていき、緩んでいた空気が張り詰めていく。

 ゆっくりと目を開けていき、意識を、ここではないどこかに切り替えていく。


 配信開始ボタンを押すと同時に、オープニングのアニメーションが流れ始める。

 雨が降っている並木通りを、傘を差した女の子が歩いているシンプルなオープニングだ。

 待機状態から配信が始まり、待機所にいた人たちが一斉にコメントで騒ぎ始める。

 オープニングから通常の配信画面に切り替える。

 僕がいつも使っている背景は、雨が降っている日の教室。他の天気もあるが、基本的に雨天の教室だ。

 そして誰もいない教室に一人だけ立っている僕の分身とも言えるアバター。


 軽く体を動かすと、長い黒髪と傘の髪留めが揺れる。

 未だに自分自身だとは受け入れがたい美少女のアバターが、多くのリスナーが見ている画面で朗らかに笑っている。


「はーいお待たせしました。自称男の娘VTuberの雨宿ソーダでーす。今日もお気に召すまま、雨宿りしてってください」


 お決まりの文句でよどみなく挨拶をして、ゆるーく配信をスタートする。


『こんにちはー』『今日もサボらせていただきます』『こんソーダー』


 ゴールデンタイムである午後七時には、すでに多くのリスナーが集まってくれている。

 同時接続数で三千人ほど。大手の配信者には及ばない数字だが、個人勢VTuberとしてはかなり多いと言われるリスナー数だ。だが、平時に比べて明らかにリスナーが多い。

 事前にビッグニュースと告知していたことと、結構インパクトのある配信タイトルに、みんな早めに集まってくれている。


 しかし、理由はそれだけではない。

 今回は、いつも僕のところに来てくれるリスナー以外のリスナーもやってきているからだ。


「先に告知をさせてもらっていた通り、今日から新しいことを始めます」


 手早くパソコンを操作し、事前に用意していたサムネイルを表示する。


『コラボ企画。雨宿ソーダの家族を連れてきました』


『ネコでも飼い始めたか』『やっぱり女の子だったんじゃないですかやだー』『これってつまり、そういうこと?』『いつかコラボしてくれないかと思ってた』


 見当違いなことを言っているリスナーたちもいるが、勘のいい人、VTuberというものに詳しい人ならこの文言、そして配信タイトルから理解してくれているようだ。


「はい。では、あまりお待たせしてはいけませんので、早速お呼びしていきましょう」


 さらにパソコンを操作し、相手側から提供されているアバターを僕の配信画面にも映し出す。

 ホストである僕が右側、そして反対の左側に、もう一つのアバターが表示される。


 僕のアバターより一回りほど小柄な女の子の体。明るめの茶色はサイドテールでまとめられ、大きな桜の花びらをモチーフにした髪留めで結わえられている。まん丸と大きな桃色の瞳は、にこやかな口元と相まって快活で明るい印象を与える。僕がだぼっとしたパーカーの私服スタイルに対して、こちらは白を基調としたブレザーのような制服スタイル。ただ、ところどころ青いラインや大きなリボンなどが飾り付けられており、制服であると同時にアイドル衣装のような華々しさもある。


 そして、僕と対するそのアバターは、イラストがとてもよく似ていた。

 正確には、アバターを描いているイラストレーターが同じ人物なのだ。


 僕が相手側の音声を配信に乗せると、制服少女のアバターがにっこりと笑って動き始めた。


「こんここあー! はじめまして、雨宿ソーダくんのリスナーさん。女子高校生VTuberの、桜木ココアって言います。リアルでも女子高校生してます。公言してるみたいだから言っちゃいますが、実はソーダくんとリアルでも同い年でーす。あと、先日直接ご本人とも会ってきましたー。テレテレ」


 朗らかに明るく、どこまでもまっすぐによどみなくすらすらと出てきた文言に、僕の頭にぴきりと痛みが走る。


 イカれてる。

 いろいろと理解が追い付かない。

 実際の年齢を自分から暴露していくところとか、僕と直接会ったとか初手でのたまったこともそうだが、一番は・・・・・・。


 これが、学年一のド陰キャとまで称されている、紗倉心愛と同一人物であることに、未だに僕の思考が追いつかない。


『マジできたー!』『いつかやってほしいコラボがついに来た!』『姉妹コラボだ!』『ココアちゃんかわいい! ぶひいいいいい!』


 ノリのいいリスナーや桜木ココアのファンたちがコメントで狂喜乱舞している。なかなかお目にかかることのない反応の嵐に、少し気持ちが高ぶると同時に、心に一つの感情がぽとりと落ちた。


 あーあ、本当にやってしまった、と。


 サムネイルの画像は、『コラボ企画。雨宿ソーダの家族を連れてきました』。


 配信タイトルは、


 『悲報か吉報か。見知らぬ妹がリアル突してきました』

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