僕たちの日常。
「紗倉さん、この間テスト範囲のノートを写させてくれてありがとー。めっちゃ助かった。これ、お礼」
「え? え、そんなの別によかったのに。氷川さんにはいつもお世話になってるし。わっ、クッキーだ。もしかして手作り?」
「そーなの。もう本当に感謝。マジでありがと!」
教室の前の方で、紗倉さんがクラスメイトの女の子たちとわちゃわちゃと騒いでいる。
二年生の一学期も終盤に差し掛かり、つい先日学期末テストが終わり、数日のテスト休みのあとは、テストの振り返りなどをして、終業式を迎える形になっている。一応進学校なので、終業式までテスト休みなんて楽な日程は組まれていなかった。
どうやら紗倉さんはテスト期間にテスト範囲のノートを貸していたらしく、クラスメイトの女の子、氷川さんからいたく感謝されている様子だった。
氷川さんと紗倉さんは選択授業でノートの貸し借りをする間に、打ち解けてよく話すようになっていた。この高校では紗倉さんには貴重なつながりである。
僕は窓の外に視線を向けているふりをしながら、意外にも楽しそうにやりとりをしている紗倉さんを遠目に見ていた。
「最近、なんか調子いいみたいじゃん、あの子」
そう呟いたのは、僕の後ろでスマホをいじっている、切り抜き師キリシマさんこと志摩桐也だ。休み時間でやることもないときは頻繁に僕の後ろに陣取って、窓際でスマホをいじりながら適当な話題を振ってくるのだ。
あの子とはもちろん、紗倉さんのことだ。桐也もスマホを見ている風に見えて、しっかりと意識を周囲に向けている。
「しかもノートの端っこに描かれているこのイラストがかわいい! ぜひ我がイラスト部に来てほしい!」
なんか変な勧誘を受けている。そう言えばクラスメイトの氷川さんは、イラスト部に所属しているんだった。去年の文化祭でも見たが、かわいらしく丁寧な絵を描く人だなと思った覚えがある。
「ええイラスト!? そんなの別に大したことないよ!」
「なになに、紗倉さん絵が描けるの?」
「そうなの! ちびキャラめちゃめちゃかわいくて」
噂を聞きつけてわらわらとクラスメイトたちが集まってくる。
群がられている紗倉さん。このクラスになって間もないころは持ち合わせた陰キャっぷりを発揮してクラスメイトともほとんど関わらないようにしていた。しかし、最近は話をできる友人も増えてきたようで、誰かと一緒にいる時間もよく見るようになってきた。
「まあ、根は普通にいい子だからね。口数が多い方じゃないけど、このクラスはとがった人はほとんどいないから、時間さえあれば打ち解けていくでしょ」
周囲には聞かれないようにぼそぼそと話しながら、僕と桐也は会話を続ける。
「俺はそれだけじゃないけと思うけどね」
「ん? 他になにがあんの?」
「ただ単純に慣れてきてるんじゃないか。誰かと話すことに。今は二年の一学期だけど、一年のころはほとんど誰とも話してなかったらしいから。でも場は違っても会話が増えてきたから、クラスでも慣れてきているんじゃないかと」
「ふーん、まあ、そういうのもあるかもね」
「……自覚ないのか?」
「なにが?」
「……いや、なんでもねぇ」
桐也は呆れたように肩をすくめてスマホに視線を戻した。
なんだというのだ。
まあVTuberとして、ここ最近は誰かと話す機会が増えている紗倉さん。春先まではほとんど個人配信ばかりしていたが、最近はコラボで誰かと触れ合う機会が増えている。もしそれが紗倉さんの日常にいい影響を与えているなら、いいなと思った。
僕もスマホを取り出し、紗倉さんのアカウント、桜木ココアのアカウントを表示する。
現在の登録者数は九万人と少し。僕と雨宿家を始めたのが四月で、その時点で登録者数は三万人くらい。それでも十分多い方だが、紗倉さんは十万人を超えること。一学期の終わりまで、という期限まで残り短いが、最後にリレー配信も控えているし、このまま順当にいけば問題なく十万人は超えることができるだろう。
紗倉さんはリアルでは口数が少なげだが、ネット上では雄弁だ。ネット上で僕たち雨宿家の会話も増えてきたところで、リアルでも順調にコミュニケーションが取れるようになっている。
いい傾向だと、素直に思う。
僕たちの日常は、バーチャルだけではないのだ。




