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あれ、私またなんかやっちゃいました?

 目の前のモニターに意識を集中している。

 線の一本、彩りの一色、私の持ち得る感情をすべて込めて、人の世界を描き上げる。


 私は、イラストレーターだ。 


 どこまでも永遠に追いかけてくる締め切りという名の悪魔にせっつかれながら、今日もイラストを描く。


「さあ、VTuber勇者決定戦! ついに最終試合となりました! 第四試合に続き、最終試合もキルポイント上限はなし! どのチームにもまだ勝利の希望は残されています。果たしてVTuberの頂に立つのは、いったいどのチームだ!」


 実況が声を張り上げ、クライマックスの大会を盛り上げる。

 イラストを描く手を少しだけ止め、脇のモニターに流したままにしていた配信を見やる。

 複数開いた配信の一つ、大会の本配信だけ音声を流し、それをBGMにイラストを描き続けていた。


 私の息子と娘が出ている大会は、いよいよ大詰め。

 実はもう一人の女の子も、私が関係してしまっているかわいそうな子なのだけれど。

 三人はここしばらく、配信のほとんどをFPSゲームに注ぎ込んで練習していた。


「上位陣がこのまま逃げ切るのか、それとも最後にどんでん返しが巻き起こされるのか。泣いても笑ってもこれが最終決戦。さあ、これより開幕です!」


「がんばれ、三人とも」


 意識の一部を配信に傾けたまま、再び、イラストに捧げられるすべてを戻した。


    Θ    Θ    Θ


 最終戦、予想されていたことだが、ハイペースな乱戦が序盤から繰り広げられていた。


 最後のチャンス、キルポイント上限なし、一発逆転狙い。様々な思惑が絡み合った決戦だ。

 最初はランドマークに降りなければいけないというルールに変更はない。


 ランドマークにおり、物資を集め終えた瞬間、激戦が切って下ろされた。

 画面右上に表示されるキロログ。誰が誰を倒したか。全プレイヤーが共通で与えられる情報の一つ。

 ファーストキル。最終戦の一番初めに敵を倒した名前は、常森クルリだった。


 使用キャラクターは、ウォーカーという女性キャラクター。これまでヤイバという近接戦闘に特化したキャラを使用していたのだが、最終戦はより上位を狙うためにキャラをチェンジ。

 僕やクーは使用キャラを変更せず、クロウとカエデなのだが、僕たちを置いてきぼりにする速度で敵陣に突っ込んでいった。

 そして移動を始めていたチームの、少し遅れていたプレイヤーの瞬く間に接近し、撃破してしまった。


 ヤイバが近接特化のキャラクターなら、ウォーカーは移動特化。

 ウォーカーのスキルは、接近するためのもの。

 マップに存在するありとあらゆるオブジェクトを足場として利用することができ、複雑怪奇な動きで、どんな場所でも相手に接近することができるものだ。また開けた場所では、短時間に直線的ではあるが、通常の倍の速度で移動することもできる。攻撃や味方の補助に関するスキルは一切ない代わりに、移動のみに特化した非常に扱いづらい性質をしている。

 ウォーカーが歩んだ軌跡は味方にも効果を発揮するのだが、クーのキャラコンに僕とココアが着いていけるはずもなく、結果、クーが突貫していくことになってしまった。

 ココアはもう無理に距離を詰めることを止め、ただそれだけの練習を続けてきた遠距離ライフルでダウンされた味方のフォローに出てきた増援を銃撃する。


「クロウ半分!」 


 敵の索敵キャラにワンヒット。

 そのタイミングでようやく僕がウォーカーの補助軌道を使って間合いまで到着。

 アサルトライフルを取り出して相手のクロウを攻撃する。クーも攻撃に参加し、ココアが削った敵をダウンさせ、そのまま最後一人も逃がすことなく撃破。一チームを壊滅させた。


「ナイスナイス!」


 完全に決まったウォーカーの奇襲に、クーが珍しくテンションを上げる。


「へいへい、がんがん行こうぜ!」


 ウォーカーを使い始めた途端にキャラがぶれぶれになっていくクー。


 もともとクーの戦い方は、ウォーカーを使って積極的に高速戦闘を仕掛けていくものだ。

 プロの中でもごくごく一部、トッププレイヤーのみが愛用するキャラクターで、使い方がピーキーで非常に難しく、戦闘民族が好むと言われている。

 これまで練習カスタムなどでは、クーが使うウォーカーと僕たちは動きを合わせたことなどはない。

 それでも上位を狙うにはこれまでと同様の戦い方をしていてはだめなのだ。クーに置いていかれないように必死に食らいつきながら、フィールドを三人で駆けていく。

 順位ポイントだけではなくキルポイントを狙うため、積極的に戦闘を仕掛けていく。


 もちろん突っ込みすぎて、


「ああごめんやられた!」

「回復します!」


 クーがダウンしてしまうこともあるのだが、ヒーラーであるココアがすぐに起こしにかかる。 

 ここぞとばかりに攻めてくる相手チームに対して、クロウで索敵しながら僕が前線に踊り出す。


 大会の動きと、ランクシステムの戦い方は違う。

 大会は堅実な戦いが好まれるが、ランクの戦い方は積極的な戦い方も同時に求められる。

 相手を積極的に倒そうとする最終マッチの戦い方は、ランクの戦い方に近い。

 ここ数週間、僕がAランクまで積み上げてきた戦いだ。


 クーがかなりダメージを入れていた最初の一人を接近戦に持ち込んでダウン。

 銃のリロードをしながら障害物に隠れ、真上にグレネードを投げる。さらに一歩引いたところに隠れると同時に、味方のカバーに飛び出してきた敵にグレネードが炸裂。

 全体的にダメージが入ったところで障害物を乗り越えて上から襲撃、残り二人も倒し一チームを壊滅させた。


「うわあああお、全部一人でやっちまいやがった」

「クーがだいぶ削ってたからどうにかなったよ。それより漁夫がくるからさっさと回復して物資を漁って」

「は、はい。あ、バーストライフル発見。私これ好きだから拾っていい? へたっぴだからあんまり当たらないけど」

「こ、この土壇場で? お、おーし行っとくか」


 若干戸惑い気味ではあったが、クーはココアが破壊兵器を拾うことを許していた。

 本当にこの二人は意外にも、最終マッチだというのに物怖じしていない。こんなのほほん雰囲気で戦っている人たちは他にいないのではなかろうか。だからこそ、最終戦でもパフォーマンスを落とさずに戦えているのだと思うのだが。


 それから僕たちは何度も壊滅しそうになりながらもギリギリで勝ち続け、チーム全体で11キルを稼いだ上で最終安地内に滑り込むことができた。


 そして始まる最終決戦。

 安全地帯収縮が段階的に始まり、戦える範囲が狭まっていく。安全地帯外のダメージは終盤には非常に痛いものになっており、数秒もいればダウンしてしまうエリアとなる。

 当然そんな場所で戦うことはできないので、狭まり続ける安地で生き残ったチームが激戦を繰り広げることになる。


「今は体を出さないで! 私たちは今狙われてないから戦わないで!」

「了解」「オ、オッケーです」


 返事をしながらも僕は残りのチーム数と、その面々を確認していく。


「僕たち以外のチームは全部で四つ……。『俺たちが最強ってわけ』、『廃工場だ道を空けろ』、『渋谷スカルタウン』……」


 僕が記憶しているキャラクターの構成とスキンと一致している。おそらくは間違いない。最終戦だけ構成を変えるチームは、あくまで逆転を狙いに行っているチーム。

 つまり生き残っている構成を変えていないチームは、構成を変えずとも優勝を狙いにいけるチーム。上位陣である。


 そして、その最有力候補が……。


「最後の一チームは、『フルーツジュエリ―』だ」


 そう呟くクーは、アバターの口元だけでなく、当の本人さえも口元を悦の感情で歪めていることがありありとわかった。名実ともに最強のチームがいるにも関わらず、楽しんでやがる。


 残っているチームは軒並み上位陣。だが、ここまでの戦いで一番キルを重ねているのは間違いなく僕たちのチームだ。

 現状、僕たちの状況はイーブン。おそらくこの五チームの勝者が、今大会の優勝チームになる。


「一番西側のチームがきつい。ソーダは私と一緒に攻撃。ココア姉、周囲の様子を見て」


 場が動く。

 ココアが返事をして周囲を見つつ、僕とクーがそろって少し離れた遺跡で戦闘しているチームを銃撃する。

 回復に隠れようとした敵チームだが、僕たちの守っている建物からは射線が通っており、一人、また一人と倒れていく。

 気がつけば、残りチーム数が、2になっていた。

 隣で戦っているチームは全滅し、交戦した1チームは二人しか残っておらず、脇から飛び出してきた最強チームに潰されてしまったようだ。


 ラストマッチアップは、『フルーツジュエリー』。


「私は相手チームに突撃する! ソーダとココアちゃんは私の援護を!」


 そう言うが早く、クーは銃のリロードを済ませて最後のチーム目がけて突貫する。

 ウォーカーのスキルを展開し、『フルーツジュエリー』に一直線に駆けていく。


 『フルーツジュエリー』が守っている場所は、崩れたコンテナが積み重なる場所。高低差も得られ、身も隠せる非常に強い場所だ。

 僕も見ていた。『フルーツジュエリー』は最後交戦していた。

 しかし僕らは被弾なし。

 今仕掛ければ、僕たちが有利な状態で戦いを始められる。


 相手も対処は早かった。

 クーが接近してくることに即座に気づき、スキルで防御シールドを展開、僕たちの遠距離攻撃を阻害してきた。

 クーはそれでも構わず突撃する。


「ココアはそのまま援護で。僕は展開するから」

「りょ、了解!」


 ココアは返事をしながら遠距離ライフルを取り出した。

 あ、そうだ。ココア、あれ持ってるんじゃん。


「ココア、このあとのことなんだけど」


 僕は一つ指示を出して、クーが使用したウォーカーの軌跡を利用して接近していく。

 クーとは違う角度で攻撃できる障害物裏に隠れ、索敵スキャンを飛ばしながらクーの援護に徹する。

 クーは臆することなく防御シールドの内側に飛び込み、銃撃戦に突入する。


 『フルーツジュエリー』のマナさんも反撃は早い。近接戦闘にまで持ち込まれると厄介と考えるやいなや、ダメージも回復しきっていないだろうが、すぐさま反撃に出てクーの足止めにかかる。

 マナさんのチームは、アタッカーのマナさん、索敵が一人に防御が一人のバランスのいいチーム。僕たちの位置は相手にも筒抜けになっている。


 当然、僕の方にも銃撃が飛んでくる。

 シンギュラリティシールズにおいてひたすら練習して誰もがうまくなるもの。

 その一つに、グレネードの扱いがある。


 投擲できる距離、爆発するタイミング、練習するだけで誰でもうまくなり、その方法もたくさんネットに残されている。

 張られている球状の防御シールド。

 そのある一点目がけて、グレネードを投げる。

 グレネードは防御シールドの上にコツンとぶつかり、そして、球状の前上でグレネードが止まった。

 直後、防御シールドが時間制限により消える。

 グレネードはそのまま真下に落ちて、爆発した。

 敵を仕留めることはできなかったが、いいダメージが入る。

 すかさずクーが銃撃して、一人にとどめを刺した。

 これで3対2。


 と思った瞬間、僕のライフが一瞬で削り飛んだ。


「はぁっ!?」


 油断したつもりはない。ただ少し体を前のめりにした瞬間に、マナさんの的確な射撃が僕の頭に何発も命中。あっという間にダウンさせられてしまう。


 しかしここぞとばかりにクーが長距離移動スキルで僕がいた位置の真反対に位置取り、先の戦闘で回復に徹していたプレイヤーを銃撃。的確な攻撃でダウンさせた。


 これでこちらが2人、相手が1人。ただココアは離れた場所におり、ほとんど戦いに参加することはできない。僕も回復してもらうことは難しい位置だ。


 クーとマナさんのライフは、お互いの少し削れた程度。

 クライマックスは、クーとマナさんの直接対決だ。


 マナさんは素早くクーに銃撃をするが、クーはウォーカーの機動力を生かしてスライディングしながらコンテナの陰に隠れる。

 間髪入れずに間を詰めたマナさんはコンテナの上部に飛び移り、高所のメリットを生かしてクーを銃撃する。

 しかしクーもすぐに反撃し、ダメージを入れてマナさんを引かせると同時に他のコンテナに身を隠す。


 ココアも生き残っているので援護をしたいのだろうが、二人のあまりに早い交戦に狙いさえつけられない様子だ。正直僕だって、生きていても役に立てる気がしない。


 一瞬静かな緊張が場を支配し、また激しい銃撃戦が開始される。

 マナさんが使うキャラクターのスキルは中距離レーザーを放つ汎用性の高いもの。マナさんが発動したスキルによって、コンテナに隠れたクーの頭上からレーザーが降り注ぐ。

 しかしクーはすぐさまクールタイムを終えた歩行スキルで跳び上がり、マナさんの側面から銃撃を仕掛ける。


 だがそれはマナさんの罠だった。

 スキルによって誘い出された先にはすでにマナさんの銃口が向いており、マナさんの方がタッチの差で銃撃が早かった。

 マナさんの体力が半分くらい残して、クーの体力がゼロになる。


「ああクソッ!」


 コンテナの上にクーは倒れ、間髪入れずにマナさんがトドメを刺す。

 主戦力で最大戦力のクーが倒され、残っているのはダウンして攻撃できない僕と、ヒーラーで戦闘技術の乏しいココアのみ。


 まず間違いなく、勝敗が決した。

 大会を見ている人間のほとんどがそう思った。

 マナさんが倒したクーのクリスタルから、アイテムを抜き取る。


 次の瞬間。

 

 僕たちの画面に、『WINNER!』の文字が表示され、祝福のファンファーレが鳴り響いた。


「あ、当たったあああああああ! ……あれ?」


 ココアの素っ頓狂で状況を理解していない声が、間抜けにも僕とクーのボイスチャットに響いた。

 まるで、また私なんか言っちゃいましたとかでも言い出しそうなほど、現状を理解していない間抜けっぷりだった。

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