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控えめに言って目標は。

 序盤は慎重に戦う選手たち。

 キルポイント上限がなくなったこと、上位陣に追いつかなければいけないことなどの理由から、積極的に攻め始めるチームが増えてくる。

 僕たちはもともと積極的に攻めていたチーム側だが、もともと戦闘狂のクーを主軸にしたチームなので、これからは好戦的な作戦が生きてくる。


 と思ったのだが、四戦目にしていきなり窮地に立たされた。

 移動しなければいけない安全地帯が、僕たちのランドマークの真反対になったのだ。しかもクーの見たてでは、かなり端っこに寄る可能性が高いとのこと。

 しかも僕たちは序盤から好戦的チームに絡まれてしまったのだ。なんとかぎりぎりのところで勝つことができたものの、かなり消耗した状態で移動することになってしまった。


「これ、安全地帯に入れなくないかな……」


 移動しながら、僕たちが考えていたことをさらりとココアが口にしてしまう。

 上位陣は手堅く順位を伸ばすため、先に安全地帯に入り、守りをかためる。上位陣を切り崩したい僕たちは、いろんな意味で状況が悪い。

 途中で別チームを見かけたが無視して進行しているのだが、それでも間に合う気がしない。

 少し離れたところで銃声が聞こえた。僕たちが先ほどまでいた方向からだ。同時にいくつものキルログが流れ、上位陣の選手の名前が表示された。

 その名前を見やりながら僕は全体マップを開く。


「クー、ココア、ここで止まろう」

「はぁ?」


 素っ頓狂な声を上げながらも、クーは立ち止まる。

 現在地は山間の細い道。付近にはいくつか物資ボックスやコンテナが転がっている程度で、あまり建造物などもない。


「ここでハイドして、次に通るチームを倒してから移動しよう。このまま進んでも物資不足でじり貧だし、まともに安地に入れる気がしない」


 ハイドとは音を立てずにとどまり、やってくる敵を迎え撃つ戦法である。


「ここをチームが通るの? ああ、さっき見かけたチームか」

「でも、索敵されたらばれるんじゃないかな。障害物も少ないから、戦いになると厳しくない?」

「さっき見かけたチームは『アニマルビデオ』だ。スキンを確認したからほぼ間違いない。キルログでも勝っていることを確認している。そんでキルログを見た僕の記憶が正しければ三人生きているけど、あのチームは戦闘に極振りしてるから索敵キャラがいない。安地に向けて急いでいる。安全地帯の収縮範囲から、ここのルート以外が使いにくい。このハイドが刺さる可能性はかなり高い」


 時間もないので矢継ぎ早に状況と作戦を説明する。


「ソーダくんスキン全部覚えてるの?」

「構成も覚えてる。戦略を無茶苦茶変えない限り、キャラ構成もスキンも普通変わらない」

「ええ、やば」


 ココアからさらりと引かれる。


「……よし、そのプラン採用。狙うのは一人に決めて攻撃。一人をダウンさせたらごり押しで全員落とすわよ」

「わ、わかった」

「決まりだね。それじゃあ隠れる前に、この物資ボックスに回復アイテムを、拾われてないように偽装して、置いて……」

「そ、そこまでするか……」


 クーにさえ引かれてしまうが、やるなら徹底的にだ。

 こうしておけば油断して物資を拾いに来る可能性が高まる。逆にばれる可能性も高まるが、本番のこんな局面でハイドする連中がいるとは普通思わない。これはきっと刺さる。


 そして、実際にこの作戦は予想以上にド刺さりした。


    Θ    Θ    Θ


 高校生切り抜き師の一日は忙しい。

 高校生活を送りながら、推しであるVTuberたちの配信を追いかけることは非常に大変なことなのだ。


 でも、どれほどの時間を払っても止められない。それほどVTuberは魅力的だ。

 そしてときどき、切り抜き師としてビビッとくる配信がある。


 俺、志摩桐也の同じ高校の同級生である雨宮颯太こと、雨宿ソーダの配信。


 終盤にさしかかったVTuber勇者決定戦。

 大勢が見ることを見越して土曜日のゴールデンタイムに配信しているこの大会の視聴者数は、すでに四十万を超えている。


 雨宿ソーダと常森クルリ、桜木ココアのチームが、大会の最中にえげつない戦法を実行。

 本来なら少しでも先に進んで安地に入る選択を取る場面。

 あえて狭い通路にハイドして、後から急いでやってくる攻撃特化の『アニマルビデオ』を襲撃。ほとんどノーダメージで三人を叩き伏せる事態に本配信は大盛り上がりだった。

 大会本配信のメイン画面も急いで切り替わる。


「おおーっとエリアの取り合いで激戦が行われている遙か外、『クソガキヒーローズ』がまさかのハイドで後続部隊を強襲するというとんでもない作戦に出ました!」

「いや冷静ですね。残っているかもわからない安地より、勝算の高いハイドで勝負に出ましたね。しかもこれは索敵キャラがいるチームにはまず刺さらない。攻撃全特化の『アニマルビデオ』だからこそ完璧にはまった作戦でしょう」

「しかし直前に思わず拾いに行きたくなるアイテムを置いていたそうです。現在の安地に向かう道でハイドしたり、これはまさか本当に索敵キャラがいない『アニマルビデオ』を狙い撃ちに作戦なのか! 本当にやることがクソガキすぎるぞ『クソガキヒーローズ』!」


 実況と解説のアキさんとランマさんのマッチ序盤のまさかすぎる展開に大盛り上がり。


「あはっはっは! ホントにソーダのやつ無茶苦茶!」


 断言できる。こんなえぐい戦法を考えたのは間違いなくソーダだ。ココアさんはそんなことは考えないだろうし、戦闘狂ではあるが正攻法の戦い方をするクルリさんの戦い方ではない。

 引き続き配信を見ながら、早速新たに見つけた切り抜き動画のネタを見返し、推しの切り抜き動画を作るために、チェックポイントをメモしておく。

 この配信の終了後、ソーダの配信も必ず切り抜く。


 今は、ソーダから頼まれている仕事がある。

 流れていくコメントを睨み付けながら、やばいものは徹底的に排除していく。そういうお仕事。


    Θ    Θ    Θ


 ハイドで『アニマルビデオ』を強襲、壊滅させたあと、奇跡的に安地にも滑り込むことができた。

 『アニマルビデオ』のチームは非常に潤沢な物資を持っており、安地で有利な建物を奪う戦いをかなり有利に進めることができたのだ。


 結果、終盤の戦闘でも生き残ることができ、最終順位は三位。キルポイントは全チーム中トップで、一躍上位に躍り出た。


 いやでもマジで嫌われそうだ。ちゃんと桐也に僕が作戦を考えたってことを切り抜いてもらわないとココアやクーに変なアンチが付きそうで怖いわ。


 実際、VTuberの大会というのは荒れてアンチが付きやすいものだ。推しが勝てば嬉しいが、推しが負ければ悔しいし悲しい。

 時に推しが負けた際の怒りが、勝者へと向くことがあるのだ。

 僕とココアなんて補欠参加で最も期待されていないメンバーだ。僕たち自身は勝てばもちろん嬉しいが、他のファンは僕たちの勝ちに興味はない。むしろ勝ったらなんでとか思われかねないレベル。

 まあ、事前にモカさんに前振りをしてもらっており、僕たち、というより僕がどんなことをしてもあとでキリシマさんに面白おかしくネタにしてもらうまでの手はずは整えてある。あとは神頼みだ。

 とりあえず、第四マッチにして大きく順位は躍進。一桁台、6位まで来ることができた。



「こ、これは、結構いいところを狙えるところまで来たのでは……っ」


 FPS初心者、大会すら初参加のココアは信じられないという思いで呟いている。

 僕だって正直驚きだ。

 搦め手はあくまで裏で練習してきたことで、本配信までリスナーにも見せることがなかった隠し球だ。ここまで効果が出るとは思っていなかった。

 ただ……。


「うん、最終試合も第四マッチと同じような結果が出せれば、3位以内も狙えると思う」


 ココアの考えに同意するクーではあるが、その答えはやや歯切れが悪い。


「それだけだと、正直ちょっと3位以上は厳しいね。最終戦はこれまでのマッチよりさらに乱戦になる。みんなキルポイントと順位ポイントをたくさんとって上位を狙う必要があるからね」

「これまでの戦法だと、通じないかもってこと?」

「ワンチャンはあるけど、どうしてもそれだけだとってところね」


 僕もあまり、このままではこれ以上の順位が狙える可能性があまり想像できない。

 しばらくの黙考のあと、クーはおそるおそる口を開いた。


「ねえねえ二人とも、最終戦だけ、使うキャラ変えたいって言ったら、怒る?」

「いや、怒らんが?」

「クーちゃんが使いたいキャラを使えばいいと思うけど」

「いいんだ!」


 僕とココアの回答に、クーはのけぞるように驚いた声が離れていく。


「え? なんでそんなに驚くの?」


 大会初心者のココアはただただ疑問なご様子。


「基本的にFPSの大会だと、同じ構成を使って試合を続けるものなんだ。その構成で練習してるから当然っちゃ当然なんだけど。終盤は構成を変えるパターンは博打色が強いからね。上位陣は間違いなく構成変えない。それでうまくいってるわけだから。僕たちもどっちかと言うとうまくいっている側なんだけど、最終戦で逆転するにはちょっと厳しい。だから、構成変えようかって話だよね?」

「う、そ、それはそうなんだけど……」


 言いよどむクーは少し気まずそうだ。


 僕たちは現在、リスナーに向けて話してはない。配信には遅延をつけており、僕たちの会話が届くのはしばらく後だ。だけどあとで聞かれてしまうことには変わりないので、そのあたりをおもんばかってのことだろう。


「構成を変えるのはギャンブル的要素があるのは事実。失敗したら、結構ひんしゅくかうかも、だから」

「この大会はクーが誘ってきたもんでしょ。僕たちは手伝ってるだけのポジション。クーがやりたいようにすればいいでしょ。だいたい僕とココアのリスナーにそんな過激派いないから」

「そうだよ。私も全然いいよ。うまく連携できるかは、わからないけど」


 キャラを変えれば連携も変わってくる。僕たちの難易度が上がることも事実。

 だけど、僕も正直これが正解だと思う。


 狙うのは……。


「人に気を遣うなんてクーらしくないぞ。やりたいようにやりなよ」


 僕の念押しに、クーは押し黙る。

 そして、しばらくの逡巡のあと、大きく息を吐いた。


「わかったわ。じゃあ最終試合、私の本気を見せてあげる。二人ともしっかり着いてきなさい。だけど目標はあくまでも控えめに」


 クーの言葉に、熱と力がこもる。

 そう。戦闘狂の常森クルリの目標は初めから変わりない。

 チームメンバーを変えざるを得なくなり、そのときに衝突したリスナーを見返すために、上位を狙いたい。そんな中途半端な考えが、戦闘狂のクーにあるわけがない。

 言葉にはしていなくても、僕はわかっている。

 そして初めて、これまで一度として口にしなかった思いを、吐き出す。


「私、やっぱり優勝したいの」

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