クソガキたちの宴。
改めてシンギュラリティシールズのゲーム内容をまとめる。
プレイヤーは三人一チームで二十チーム、計六十名が一つのフィールドに転送される。
今回のフィールドは近未来の開発実験島。島のあちこちにソーラー発電所、兵器開発工場、宇宙開発センターなど、ハイテクな施設があちこちに乱立している。
チームはそれぞれが、事前に決められたランドマークと呼ばれるエリアに降りる。
マッチ開始時はフィールドのどこにいてもいいが、時間が経つにつれてダメージを受けない安全地帯が徐々に狭まっていく。安全地帯は円形に縮小し、最終地点は中央とは限らず、どこに寄るかはランダムだ。安全地帯外に出るとダメージを受けるため、プレイヤーたちは収縮し続けるこの安全地帯内で戦うことになる。
フィールドには銃器や補助アイテム、回復アイテムなどが配置されている。
プレイヤーはフィールド、アイテム、使用するキャラクターのスキルを駆使して、最後の一チームになるまで戦い続ける。
これがFPSバトルロワイヤルゲーム、シンギュラリティシールズである。
ロード画面に切り替わり、キャラクター選択画面が映る。
構成は、近接戦に特化しているヤイバを戦闘力が高いクーが選択、僕は中距離で索敵や補助などを幅広く対応するクロウを選択、後方で僕たち二人を回復サポートするカエデをココアが選択している。
まもなく試合が開催される、そんなとき、ココアがふと聞いてきた。
「そういえば、なんでチーム名、『クソガキヒーローズ』なの?」
クーは正直チーム名にこだわりがなかった。即興チームだから仕方ないと言えば仕方がないが。だからクーに任せていたら、いつの間にか『クソガキヒーローズ』になっていた。
「そんなの決まってるよ」
僕が笑ってそう言うと、クーが画面の向こう側で笑った。姿は見えていないのに、意地の悪い笑みを浮かべている様子がありありと映った。
「これからクソガキムーブをするからに決まっているでしょう。この大会は私たちにとって、最っ高の宴よ」
フィールドに降り立ってからまずしなければいけないことは、決められた最短ルートで物資を回収していくこと。
今大会のルールでは、決められた場所、ランドマークに最初に降りなければいけないというルールが採用されており、初手から衝突ということはない。
「物資拾い終わったらすぐに移動するわよ。練習カスタムではあまり初手突撃されることは少なかったけど、本戦はどうなるかわからないから注意しとくこと」
「へい」「了解だよ」
僕たちのランドマークはサイバーセンター。電波塔が建っている施設で、物資が比較的多いランドマークだ。ただエリアが端っこ気味にあり、安全地帯が収縮していく場所によっては、移動距離が長くなるデメリットも存在する。
お互いが得意な武器を拾い終え、さっそく移動を開始する。
どんなFPSゲームも基本的に迎撃が有利である。SSも例に漏れず、向かってくる敵を倒す方が容易だ。SSでは安全地帯がマップのどこかに向けて収束していく。段階的にエリアが収束していくので、先んじて安全地帯に陣取ることが重要だ。
「「足音!」」
ココアとクーが同時に叫んだ。
自分たち以外の足音。歴戦のクーだけではなく、歌が好きなこともあってかココアも非常に耳がよく、索敵が早くて助かる。
僕が銃を取り出して撃ち始めるより早く、クーが見つけた敵目がけて銃を乱射する。
「28!」
体力は100あり、0になったらダウン。さらに追加で攻撃を受けるとデッド状態となり、特定の手順を踏まなければ同マッチには復帰できなくなる。
ヒーラーのカエデを使うココアは一番生存しておくべき立場なので、引き気味に長距離武器を撃ちながら後方に退避。
代わりに僕が敵射線の間に入り、接近してくる敵目がけて銃を乱射。
どうやら敵さんはクーに射撃されるまで気がついていなかったらしく、遅れてスキャンが飛んでくる。
序盤は戦闘を避けるべきなのだが、先制できているためクーは構わず接近。僕が真似できないような動きで敵を翻弄し、僕が本格参戦する前までの短い間に最初の一人を倒してしまう。
残り二人の敵チームは分が悪いことを悟ってか、ダウンしてしまった味方を置いて離脱してしまう。
移動中の事故のような衝突は一定数起こる。敵チームも仕方ないと冷静に割り切って逃げていった。
「深追い禁止。敵の物資だけ漁ったらまた即移動で」
クーも殺戮マシンにはならず、序盤はあくまでも生き残って順位を上げることを優先する。
それからは比較的戦闘は起こらずマッチは進んでいった。
本大会では順位を上げる戦い方が基本となる。
下手に序盤からだらだら戦闘をしていると、ダメージを負っている間に漁夫という後からきたチームに襲撃されて全滅、なんてことが発生しやすい。無駄な戦闘は避け、順位をこつこつと上げることが重要だ。
結果、ゲームの終盤において、二十チーム中十五チームが極狭いエリアに生存していた。
ここから最終安全地帯に至るまでに、泥沼の戦闘が繰り広げられる。
僕たちのチームはかなり後から安全地帯に入ることになったため、相手のエリアを奪う形で入ろうとしていた。僕たちはまだ平地におり、どこかの建物を奪いたいところ。
「あ、いい建物に人がいるじゃん」
僕が目星をつけていた建物に、一チームが入って閉じこもっていた。エリア移動に伴って移動するつもりのようで、ちらちら外に出ては周囲の様子をうかがっていた。
事前に裏で打ち合わせをしていた通りの場所だ。クーが少し前に出ながら銃を取り出す。
「やるわよ。中の攻撃はソーダに任せる。ココア姉は、顔をのぞかせた敵を一緒に撃って。あとは手はず通りに」
「りょ、了解です」
やや緊張した声音でココアが首肯する。
僕は一人、周囲の人間に気取られないように位置取り、なんとか銃撃されることなく物陰に隠れることができた。
と同時に、建物に閉じこもっていた索敵キャラが外をのぞきに来た。
僕が敵スキルによって察知され、すぐ近くまで迫っている僕に驚いて、カバーの人と一緒に二人で前に出てきた。
次の瞬間、クーとココアが息の合った銃撃が二人の敵キャラを襲う。
「一人瀕死」「一人三割ぃ!」
クーの冷静な報告と、ココアの申し訳なさそうな報告を聞きながら、僕は前に出る。
ダメージを受けた二人はすぐに建物に引っ込む。向こうも閉じこもれるなら閉じこもっていたいところ。安心して建物に戻る。
そこが、狙い目になる。
僕は建物に張り付き、銃を抜く。
この建物は、一つ異質な特徴がある。
一カ所、小さな隙間だが建物の中に射線が通る割れ目が存在するのだ。
狙える範囲はごくわずか。しかし、扉から離れた隅の場所で、ダメージを受けていると思わず回復したくなる場所なのだ。
予想通り、回復アイテムを使用し始めた敵がスコープに映った。
直後、銃撃。
Θ Θ Θ
ソーダくんの銃撃は建物の外から建物の中にいる敵を銃撃した。
私の、蒼山モカのチャンネルでもあまりに奇抜な戦法にコメント欄がどっと盛り上がった。
「おーと雨宿ソーダ選手が建物の隙間を縫って室内を銃撃! 一人ダウンさせたところで残り二人が建物に侵入。瞬く間に一チームを壊滅させて見せた! ソーダ選手、いったいどこから敵を狙っているんだ!」
実況のランマさんが興奮して叫んだ。
主催解説のアキさんが楽しげに笑った。
「ここは先日のアップデートで追加された建物です。守りやすく人気な建物なんですが欠点が一つ。室内に射線が通る隙間があるんですよね。プロや競技勢は積極的に使用しています。いやあ、迷わずあのポイントに走っていくとは、事前にかなり勉強していることがうかがえます」
「とはいってもこれをやられた側はたまったもんではありません! チーム名はそういうことか『クソガキヒーローズ』!」
『滅茶苦茶たちの悪いプレイでウケるw』『経験の差を特殊技で埋めようとするの、ソーダがやってそうなやり口』『敵チームこれ今頃キレてるでしょ笑』
「あははは! マジでおもろ! 初大会でこんなえぐいことやる人間いないでしょ!」
机を叩きながら思わず笑ってしまう。
ソーダくんたちはそのまま相手を壊滅させてその建物を奪取。
自分たちが同じように室内を銃撃されないように注意しながら、安全地帯が狭まっていく時間をやり過ごした。
最終安地での乱戦を生き残ることはできなかったが、5位にまで滑り込んでいた。
Θ Θ Θ
一戦目は準備していた搦め手がうまく刺さったが、二戦目と三戦目は結果が奮わなかった。
二戦目は安地が僕たちのランドマークから最も遠いところになっており、エリア移動の最中に戦闘になって一チーム撃破。しかし漁夫の利を狙った別チームが体力を削られた僕らに襲いかかり敗戦。
三戦目は、早々に僕とクーがダウンしてしまったのだが、ココアが一人で最終安地近くまでハイドで生き残ってくれた。1キルもできずにいたのだが、見事なハイドで4位の順位ポイントを得ることができた。
最悪とまでは言わないが、残り2試合を残して総合順位は12位。僕たちの総合力を考えれば、まずまずの順位だろう。
「ああもう最悪!」
しかし僕とは考えが違うようで、現状にクーが声を上げる。頭をかきむしって怒り狂ってそう。
「なんであの戦車に二連続でひき殺されるの!? おかしない!? ランドマーク結構離れてるのに! マナさんのバカ!」
VTuber界隈の戦車、優勝候補の筆頭チーム、小春マナさんだ。
クーはマナさんともコラボしたことがある間柄であり、隠すこともなく怒りをぶちまけている。
二戦目と三戦目はそれぞれ、マナさんのチームと鉢合わせることになり、瞬く間に壊滅させられてしまったのだ。瞬殺である。優勝候補は伊達ではない。三戦目でココアだけ生き残ったのは奇跡といっていい。
マナさんに唯一対抗できる戦力はクーだが、それでもやはり分が悪い。マナさんのチームは残り二人も完全に仕上げてきており、僕たちでは真正面からやり合うにはきつい相手だ。
「まあまあ、落ち着きたまえよ暴走列車」
「誰が暴走列車だボケ」
怒り狂っていても僕への悪態は欠かさないクー。
大会も折り返しにさしかかり、僕は二本目のエナジードリンクをぷしゅっと開ける。
「まだまだ上位は十分に狙える順位でしょ。残り二戦はキルポイント上限もなくなるから、可能性はあるでしょ」
V勇のようなカジュアル大会において、前半はキルポイント上限があり、後半は上限がなるパターンが多い。序盤で大差が付くような仕組みになっていると、挽回不可能な点差が付いた時点で大会が面白くなくなってしまうからである。クイズ番組の終盤でポイントが上がるあれと同じ。
現状はマナさんたちの『フルーツジュエリー』がトップだが、ファイト思考が強いメンバーが多いため順位はそれほど伸ばせていない。上位陣の順位はある程度横並びだ。
「わ、私は」
怒り狂っているクーに苦笑いを浮かべながら、ココアが話に入ってきた。
「私はこれまでの三戦、ちょっと戦い方が控えめすぎたかなと思う」
「……たしかに、それはあるわね」
少しばかり冷静になったクーが、認めたくなさそうにうなずいた。
僕たちの全体の実力は他のチームに劣っている。ある程度上位を狙うためにマッチ順位を消極的な戦い、あまり交戦をしないようにしていた。
対して他のチームは、攻めること大好きなチームが多い。特に僕たちのチーム周辺。
こちらが守りで相手は攻め。守備優位とはいえ、自力差で劣る僕たちの方がやや不利な戦いになっていた。
序盤に相当優位なポイントまで稼げていたら、後半守り主体でもよかったかもしれないが、残りに試合は、今のままではダメだ。
「うん、僕も同意見。これまでは守り重視の結果、順位は奮ってない。だから少し交戦を増やす方向に変えてみるのもありかもね」
「まあ……それがいいわね」
僕の提案に、わずかに逡巡しながらクーが同意し、ばりぼりとなにかを食べている音が聞こえた。こいつポテチかなにか食ってやがる。配信に咀嚼音乗せるなよ。
「上位に残れなかった私たちに守る選択肢はない。だから攻める。ま、残り二試合はどのチームもばちくそにやり合う戦略をとるはず。私たちも負けずにバチバチやるわよ」




