VTuber勇者決定戦、開幕。
「さあさあ、リスナーのみんな! 今日は待ちに待ったVTuber勇者決定戦の本戦。盛り上がってるかお前ら! 我らが雨宿家のソーダくんとココアちゃん、そしてクルリちゃんのチームが、VTuber勇者決定戦に初参加! 今回三人の枠をミラー配信で実況させていただくのは私、雨宿家のお姉ちゃん担当、リアライブルの蒼山モカでございます!」
『おおおおおおおお!』『同時視聴枠助かる!』『モカちゃーん大好きー!』
『雨宿家コラボ最高!』『待ってました本戦!』『三人が楽しむことが大切だから!』
蒼山モカである私のリスナーは今日も大盛り上がり。
まだ始まってはいないが、同時接続数はすで数万にもなっている。それだけ注目度が高いイベントだ。
私は自宅マンションの配信部屋で、一人トリプルモニターを前に配信を行っていた。
今日は事前にお仕事は入れないように調整をしており、このV勇の本戦を観戦するために予定を空けていた。
最近はまともな睡眠を取ることさえできないくらいばたばたと忙しくしている。けどこの生活を心の底から楽しいと思えるのは、やっぱり私は根っからの活動者だからだろう。
ここまで来るには大変な道のりがあった。私が所属するリアライブルも私が加入したころはまだまだ小さな事務所だった。今では数十人の活動者を抱える大御所だ。ずいぶん立派になったものだ。
とはいえ、今日は私もお姉ちゃん枠として参加している雨宿家の晴れ舞台だ。精一杯盛り上げなければいけない。
これは、ソーダくんから頼まれたことでもあるのだ。
お姉ちゃんとして精一杯お仕事をさせてもらう。
「みんな、今日は弟くんのソーダ君からメッセージがあります」
神妙な声でマイクに向かってそう告げると、リスナーたちのコメントが一時少なくなる。
そして、私は事前にソーダくんから言われていることを口にする。
「今日、滅茶苦茶意地悪な戦法を使うかもしれないそうなので、事前にご了承をくださいとのことです。どういうことやねん、ってね」
私の親友の弟で、高校生VTuberをやっている男の子は、なにを考えているのかわからないときがある。
しかしその裏では、本当にやばいことを画策、そして平気で実行するのが、雨宿ソーダというVTuberなのだ。
Θ Θ Θ
「うわあ、言っちゃったよあの人。冗談だったのに」
隅っこに表示している蒼山モカさんのチャンネルで、戸惑うリスナーたちを眺めながら思わず笑みをこぼす。
「わわわわ……だ、だめだよ本当に……。悪いことしちゃ荒れちゃうよ……」
つい先日敬語を止めてもらった紗倉さんは、ついに本番ということもあってか今日はずっと緊張している。しかしこんな状況であっても、配信が始まればかちっとスイッチが入るので信頼している。
同じくボイスチャットに入っている常森クリルが楽しげに笑う。
「大丈夫よココア姉」
「そうはいっても私、大会自体初めてで……。クーちゃんよくそんなに平気でいられるね」
ここ最近ずっと一緒にSSの練習をしていたこともあり、紗倉さんとクーはすっかり打ち解けていた。内面の性格は子リスと狂犬だが、一応歳も近いので仲良くなるのも早かった。
「FPSの配信をやってて、荒れたことがない人なんていない。荒れて一人前とも言える」
「それな」
対人ゲームあるあるだが、血気盛んなプレイヤーたちが己の研鑽をかけてつぶし合う。荒れる人間が出てこない方がおかしいのだ。勝てれば嬉しいが、負ければそれはもう悔しい。そして自分の推しが負けるのは誰だって嫌だ。配信のコメントでリスナー同士が言い合うなんて日常茶飯事、NGワードに登録される罵詈雑言が連投されるなんてありふれた一コマである。
しかしだからこそ、モカさんに事前に僕たちが荒れるかもしないということを告知してもらった。僕たちを見ている人はモカさんのチャンネルを複窓して同時視聴している可能性も高いので、なにをやるにも最初からやるつもりですと公言している方が荒れにくいと考えてのことだ。
実際にいろいろ策を考えてきてはいるが、本番でうまく使える場面が来るかなんてわからないけど。
そしてもうじき、大会が始まる。
僕たちの配信も、そろそろ始めて、大会配信につないでいく。
「準備はいい? 二人とも」
クーが僕たちに呼びかけてくる。
「だ、だいじょぶ。二人の足を引っ張らないように頑張るね」
「気負わない気負わない。練習でも大会でも、変わらず楽しく、イカれ狂って配信をしていこう」
「わ、私イカれて狂った配信なんてしたことないもん」
「じゃあ今回が初めてね。目標は控えめに、勝てるだけ、勝ちに行くわよ」
クーの言葉に、空気がひりつく。
声をかけられ、三人でVTuber勇者決定戦への参加を決めてから数週間。
しっかり準備をしてきた。
さあ、いよいよ大会本番だ。
「こんばんは。みなさん、大変お待たせいたしました。VTuberのVTuberによる、VTuberのためのシンギュラリティシールズの大会、VTuber勇者決定戦、いよいよ開幕です。私は主催兼解説の篠原アキが務めさせていただきます。よろしくお願いします!」
本配信は怒濤の反響の嵐。
本配信の配信画面には、二人の姿がある。
一人は、今し方挨拶を篠原アキさん。
篠原アキさんはSSを中心に活動する大手個人VTuberで、SSが好きすぎるあまり、VTuberのみが参加できるV勇を主催したイカれた人、もとい、イカした人である。
赤い髪に青い瞳という現実離れした容姿に、紺スーツというギャップあるアバターを用いている。SSの腕前もプロ顔負けで、ランクシステムの最上位であるSランクに常駐しているバケモノである。
「そして実況は、SSの元プロプレイヤー、海藤ランマさんが務めます。ランマさん、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。紹介に与りました海藤ランマです」
アキさんの隣に映し出されている人物は、アバターではなく生身の人だ。こちらはリアルにスーツをまとい、きっちりネクタイを締めた大人の男性だ。短く切りそろえた黒髪にはヘッドセットがかけられており、すでに実況モードに入っていることがうかがえる。
ランマさんはにこやかな笑顔で続ける。
「いやー、前回のVTuber勇者決定戦から半年。回を重ねるごとに話題性が増していっており、私自身この日を心待ちにしておりました」
「選手の練度も年々上がっていっていますからね。プロで活動していたランマさんとしても実況しがいがあるんじゃないでしょうか」
解説席では二人の熟練配信者二人が、巧みな会話で場を暖めていく。
僕たち三人もすでに自分の配信を立ち上げており、大会専用の部屋に入室して試合開始を待っている。
「僕はここでエナジードリンクを一本」
「え? 急にどうしたの?」
「カフェインは摂取してから十五分くらいで効き始めるらしいから、集中したいときの少し前に摂るといいって、姉さんが言ってた」
ぶっちゃけ高校生にはいらない知識だが。
そんな適当な会話を挟みながら、アキさんとランマさんの進行に意識を向ける。
大会の導入に続き、話題は大会の概要へと変わっていく。
協賛やらライブビューイングやら、個人が開催しているとは思えないほどイカれた規模の紹介がされている。
大会の景品はコラボPCや高価なオフィスチェア、絢爛豪華なトロフィーなどすさまじいラインナップだ。
そして、大会本旨の詳細が語られる。
VTuber勇者決定戦の勝敗はポイント制になっている。
マッチは全5マッチ。マッチの順位によって得られる順位ポイント、敵を倒したポイントによって得られるキルポイントがあり、二つのポイントの総数によって最終的な順位が決定される。多くのキルを取ればポイントは高くなるが、順位が低くければポイントは低くなる。キルをせず最終的な順位を上げることでもポイントを稼ぐことができる。順位ポイントも切るポイントも、どちらのポイントも狙っていく必要がある。
基本戦略として順位を上げるために序盤は戦闘を避ける傾向があり、僕たちもそれに習って基本的に順位を上げつつ、その中でキルも狙うという戦法になる。
続いて、チーム紹介に話題が移っていく。
第十回目にもなるV勇には、ベテランのVTuberが多く参加している。
ほぼすべてのVTuberが僕の知っている人たちで、SSを初めとしたFPSゲームを中心に活動している配信者も多くいる。最上位ランクのSランク経験者もいる。そのために極端に強いチームが組めないように、チーム編成にもポイント制が用いられており、レベルが高い人は初心者としか組めないようにもなっている。とはいえ、ハイレベルプレイヤーと正面戦闘とすれば、クーはともかく僕とココアはぼこぼこにされる可能性が高い。
あくまで、正面戦闘なら、だが。
「それでは早速チーム紹介していきましょう。エントリーチームは全部で二十。今回も強者揃いのメンバーが集まってくれました!」
篠原アキさんが快活にテンション高くチームを紹介していく。
チーム紹介の中で、優勝候補のチームはだいたい三つあげられた。
昨日までの五日間。練習カスタムというものが開かれており、本番に近い形式でマッチが行われている。そのカスタムで一位を取ったり、上位常連だったりするチームは、優勝候補と目されて期待されている。
一つ目は、女性VTuberでFPSが得意な企業所属の小春マリさんがリーダーのチーム、『フルーツジュエリー』。個人戦闘力と戦術レベルについて、間違いなくトップクラスのチームだ。
二つ目は、男性VTuber三人で組まれたチームで、全員がデビュー一ヶ月未満という新参チーム、『俺たちが最強ってわけ』。VTuberデビュー以前からSSをプレイしており、突出した選手はいないが、バランスよく強いパッションチームだ。
三つ目、最後は全員が動物を模したアバターを持つアニマルチームで、狗巻ジャーキーさんがリーダーを務めるチーム、『アニマルビデオ』。全員が攻撃キャラのみという超攻撃チームで、順位は高くないものの全試合通してキルが多い。昨日のカスタムではキルも順位もぶっちぎりの一位という驚異的な数字を記録している。
この三つが優勝候補。
対して僕たちは、練習カスタムではあまり結果が奮っていない。18位、9位、13位、10位、7位という全体的に芳しくない順位となっていた。
そして二十チーム中十八番。ブービーに紹介されたのが僕たちのチームだ。
「さあ、お次のチームは『クソガキヒーローズ』。元企業所属、現在は個人で活動している常森クルリ選手がリーダーを務めます。ここは一度チームが決定後にメンバー変更になったチームになります。残り二人のメンバーは、VTuber業界でも珍しい組み合わせ、二人とも現役高校生、さらには同じイラストレーターをママに持つ雨宿ソーダ選手と、桜木ココア選手です」
アキさんの解説にランマさんが軽快に相づちを打つ。
「いやー、雨宿家、いいですよね。現役高校生とは思えないほどしっかりした二人と、さらに追加で加入したあのリアライブルの蒼山モカさんとの絡みにたくさんのファンが付いているそうです」
「そうなんですよ。さらにその二人を率いるのが、現役中学生という常森クルリ選手。配信者の年齢はあまり公開されていないですが、平均年齢はダントツで若いチームでしょう。常森クルリ選手は言わずも知れたバチバチのFPSプレイヤー。若いながらも今大会トップクラスの戦闘力を誇っています」
「同じくSランクの人から見ても正面戦闘は避けたい相手とのことです」
「そしてこのチームでの成長枠は桜木ココア選手。チーム結成時は完全な初心者だったとのことですが、カスタム中でも援護に徹底して十分機能している素晴らしい働きを見せています」
成長枠とは、こういった大会の最中に成長した人たちのことを指す言葉だ。大会に参加した初心者は大会の準備期間に成長していくので、そういう風に言われるようになったのだ。
実際、ココアはチーム結成時は初心者だったが、補助ポジションとしてきちんと機能していた。カエデという蘇生回復キャラは今大会でも採用しているチームは少ないが、カスタムでもココアの働きに助けられた場面は何度もあった。
続いてランマさんが続ける。
「だけど驚きなのは桜木ココア選手だけではありません。雨宿ソーダ選手ですが、チームメンバーの申請時にはDランクという平均的なランクだったのですが、昨日時点でのランクが上から二番目のAランクにまで上げてきているそうです。いや、アキさん、これは大丈夫なんですかね?」
「ルール上は全く問題ありません。チーム結成時でのランクポイントでチームを決定しており、その後練習して強くなることに問題があるわけがありませんからね。ただ、VTuber勇者決定戦において、結成時から本番までにここまでランクを上げた例は他にありません。私のところにも、ずるではないかとたくさんのくじょ、んん、ダイレクトメールが届いたほどです」
マジかよ。そんな恐ろしいことが。あとで僕が運営に謝罪メール送っておこう。
「本当に呆れるわよ」
チーム紹介を聞いたクルリがため息とともにごちる。
「裏でいったいどれだけプレイしていたのよ。あんた普通に高校行ってるんでしょ? 一体どれだけやってればそんなにランクが上がるのよ」
「休憩時間はうまい人のプレイ動画見たり、対戦チームの試合見たりして、家に帰って夜遅くまで練習してただけだよ」
もともとあまり時間をかけてプレイしたことがなかったのだが、今回は本腰を入れて頑張らせてもらった。クーや上位陣にはまだ及ばないが、足止め程度ができる程度には基礎力を高めてきたつもりだ。
「な、なんで私も誘ってくれなかったかな。そしたら私だってもっと頑張ったのに」
「ココアは十分頑張ってたよ。あまりやり過ぎて日常生活に支障を来しても本末転倒だから」
「あんたがそれ言っても本当に説得力ないわ」
口では憎まれ口を叩きながらも、クーはおかしそうに笑う。
「ソーダは耐久配信やりなさいよ。全然やってないけど、向いてるわよ」
「嫌だよ耐久配信なんて。まあ、今回みたいに止むに止まれぬ理由があれば、するかもだけど」
それでもやっぱり、連日の睡眠不足であくびがこぼれそうになり、エナジードリンクの最後の一口で強引に睡魔を飲み込んだ。
全チームの紹介が終わり、いよいよVTuber勇者決定戦本戦の、試合が始まる。
「大会中はコメントを見ることはできません。みんなのコメントはあとでゆっくり読ませてもらうので、試合が終わったあとにまた会いましょう」
僕たちが実際にプレイしている状態と、配信されている映像には遅延がある。たとえば、僕たちがプレイした映像をリスナーが見るのは二十分後になる。そういう感じである。
これをリアルタイムにしてしまうと、試合相手の現在位置やプレイ内容を盗み見ることが可能になってしまうからである。
いつもの配信とは違う。リスナーと一緒に配信を作り上げるのではなく、ここから先は、僕たち三人の真剣勝負だ。




