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その女の子は学年一のド陰キャ。

 黒板にチョークを走らせていた音に、授業の終了を告げるチャイムが割って入る。


 切りの悪いタイミングにまゆをひそめた先生が、白髪が目立ち始めた頭を掻きながら出席簿を閉じた。そのまま日直に続いて生徒陣が挨拶をすると、先生はのそのそと教壇を降りる。

 待ってましたと言わんばかりに、一部のクラスメイトが激戦区の購買に向かうべく開幕ダッシュで先生より早く教室から消えていった。


 かくいう僕は、よほど余裕がない日以外は家なりコンビニなりで用意してくる派。のんびりと机の上を片付けていく。

 ただ昼食のために席を立つ前に、スマホを取り出してメモ帳を開く。


 ……先生の社会の窓が開いていた場合の、適切な指摘方法を教えてください。


 話のネタは小まめにメモメモ。

 教室ではあまり気付いている人はいなかったようだが、しっかり授業を聞いていた僕は気づいていた。先生のズボンのファスナーが開いていて、半分も頭に入らなかったけど。最後に先生がまゆをひそめていたのは、誰も突っ込んでくれなかったことを憂いてのことかもしれない。そんなわけないな。


 そんな馬鹿なことを教室後方にある自分の席でもんもんと考えていると、視界のすみに軽くとらえていた生徒がそっと席を立った。

 周囲の生徒が、近くで誰かが立ち上がったことに気づかないほどの存在感の消し方だ。 


 派手派手しいメイクや個性あふれる髪型、高校指定のブレザーでありながら着こなしに差別化を持たせる涙ぐましい努力。教師陣に注意されては直し、また攻めては繰り返し、ぎりぎりのラインを突き詰めるイタチごっこ。以上が、僕の女子高校生への一般的な偏見。

 そんな陽キャ女子とは対照的に、容姿のポイントを挙げることが困難なほど取り立てて特徴のない少女。


 強いて言うなら地味なところ、だろうか。


 三つ編みお下げに目元まで隠れる前髪、文句の付け所がないほどきっちり整えられたブレザー。顔の大部分を覆っている大きな黒縁眼鏡。周囲とは違うところと言えば、色素薄めな亜麻色のような髪色をしているくらい。生まれ持っての地毛らしく、このクラスになったばかりのころ陽キャグループがうらやましがっていた。僕は陽キャではないので近くで弁当をつつきながら聞いていただけだけど。

 ただ、そんな魅力的な部分さえ、本人の根暗オーラでくすんで見え、このクラスになって半月もたった最近は誰もなにも言わなくなってしまった。

 会話も必要最低限しかせず、授業中に教師から当てられてもぼそぼそと話す程度で、声を聞いたことがある生徒はかなり稀少。


 言葉を選ばず言うなら、彼女はこのクラスでもダントツの陰キャ女子だった。


 僕がそんな情報整理をしながら少女を軽く目で追っていると、向こうもこちらをちらりと見てきた。

 瞬間、ゴキブリでも見つけてしまったのかと思うほどの速度で視線を逸らされた。

 そのままそそくさと、弁当箱の包みらしきものを手に、誰とも会話ややりとりなどをすることもなく教室を出て行った。


「はぁ……なにがどうなってるんだか……」


 一人ぶつくさと言いながら、僕も鞄から弁当箱を取り出す。

 するとちょうど、教室に一人の男子生徒がやってきた。


「おーい颯太ー、一緒にお昼食べよー」


 はつらつとした声、高校二年生の中でも高めの身長に、天井目指してキンキンに立てられた鮮烈な金髪。購買で早速買ってきたと思われる包みを手にさわやかに笑っている。昨今の多様性を重んじるためか、僕たちの高校には髪色に関する校則がない。だからって自由すぎるんだよねこいつ。


「あ、志摩くんだっ」

「今日もかっこいいねー」


 ただ教室に足を踏み入れて一声発しただけなのに、途端にクラスの女子たちが色めき立つ。

 見た目はチャラいのに基本整った容姿で人懐っこい性格をしているそいつは 男女問わず大人気だ。

女性陣にきらきらスマイルを振りまきながら、金髪男は僕のところまでやってくる。

 隣のクラスに男子にして、学年でも有名な伊達男とも言われる男、志摩桐也である。


「……なんだよ桐也。悪いけど僕は今日、一人で食べたい気分なんだけど?」


「つれないこと言わないでさー。ちょっと二人っきりで話したいことあるんだって。誰もいない部屋で二人きりで」


「イカれてるのかおい。気色悪いわ」


 キャーッと一部の女子から黄色い声が上がる。

 誰に対してもフレンドリーかつ親しみやすい距離感で接する桐也は、男女の隔たりもなく友人も多い。だが僕相手にいいスマイルで殺し文句を吐かれても殴り飛ばしたくなるだけである。あ、さぶいぼだ。

 ぶるりと体を震わせながら席を立つ。


「ねぇねぇ、やっぱりあの二人って、そういう関係なのかな」



「どっちが受けで、どっちが攻めなのかな」


「ばーか、志摩くんが攻めに決まってるじゃん! ああ、でも誘い受けで、ええと誰だっけ、あっちのが志摩くんを責め立てるのも見てみたい!」


 身の毛もよだつ会話を背中で聞きながら、そそくさと教室を逃げ出した。


 あと、存在感ないにしてもクラスメイトの名前くらい覚えてほしいな! 僕は始業式の日にはクラスメイト全員の名前覚えたよ! なにが配信のネタになるかわからないからね!



「言ったよね? 今日は考えたいことあるから一人でお昼食べるからって」


「そんな邪険にしなさんなって。俺も仕事みたいなもんなんだからさ」


 仕事で人の昼休みを邪魔するなんて最低な労働者だ。そんな社会滅びてしまえ。


 しかしなんだかんだで、僕と桐也はよく一緒に昼食を食べる仲だ。


 というわけでお決まりの場所が、僕と桐也が所属するパソコン部の部室。去年新調されたデスクトップパソコンが二台と、少し古めのノートパソコンが三台並べられた大机が一つある、簡素な教室。

 僕と桐也以外は幽霊部員しかおらず、活動実績も非常に曖昧な部活だ。ただパソコンが流行し始めたときから存在する由緒ある部活であるため、それなりの活動でもお目こぼしをもらえている。

 一応部室内での食事許可ももらっており、昼食や他人には聞かれたくないときにはパソコン部の部室を使うことが定番になっている。


「それでさっそく聞きたいんだけどさ」


 パソコンが置かれていない机の一角に購買の戦利品を広げながら、桐也が口を開く。


「本当はそういう会話、誰もいないにしても高校で出さないでほしいんだけどな」


「いいじゃん、お前高校終わったらすぐ帰るし、放課後だって付き合ってくれないじゃん。VTuber業が忙しいのはわかるけどさ」


 桐也は僕がVTuberをしていることを知っている数少ない人間だ。

 桐也とは一年のときに同じクラスになってしまったのが運の尽き。

 自分から正体を明かしたわけではない。にもかかわらず、会ったその日にある事情から僕がVTuber、雨宿ソーダであることに気づいたイカれ野郎だ。


 しかも油断すると、平然と人前でするにははばかられる話題をぺらぺら話し出す。そのため、人目に付かない場所でしかまともに会話ができないのだ。

 ただ、僕は自分がVTuberをしていることを公言、自供したりはしていない。


 たいていの場合、VTuberは2Dモデルというアバターを使っている性質上、自らの素性をさらすことにメリットは少ない。せっかく匿名性を、わざわざつまびらかにする必要もない。

 隠しているし、素性を出すメリットもない、のは間違いないんだけどなぁ……。

 つい先日のことを思い返し、そっとため息をつく。


「それより、僕もちょっと聞きたいことあるから、こっち先に聞かせて」


 桐也と反対側の椅子に腰を下ろしながら、僕も弁当箱の包みを広げる。

 話に割って入られた桐也だが、文句を言うわけでもなく、コロッケパンを口いっぱいに含み、その先を促した。


紗倉心愛(さくらここあ)って女の子、知ってる?」


 少しきょとんとしたような間があったあと、視線を踊らせながらコロッケパンを飲み込む。


「紗倉心愛さん、ああ、知ってるぞ。声は聞いたことないけど」


「声の話を聞きたいわけじゃなくて」


 桐也に彼女の声を聞かれていたら、僕が置かれている現状よりもっとまずいことになっていたはずだ。うん、これはまだ不幸中の幸いだ。


「去年も別のクラスだったしな。あれだろ? おとなしい子だろ? いつも髪を結ってて眼鏡かけてて、ちょっと暗めの子だったな。あまり親しい友だちがいるって印象はないかな。まあ言葉を選ばずに言うと……学年一のド陰キャ、かなぁ」


「僕から聞いた話だけど、ストレートに言うのはやめてあげて」


 しかしやはり、桐也も紗倉心愛さんについて知っていることは僕とそれほど違いないようだった。あまり目立つ子ではなく、どのクラスにもだいたい一人か二人はいる、あまり活発ではないタイプの子だ。


「だけどあれだな、颯太が普通の女子に興味を持つなんて珍しい。二次元にしか興味がないかと思ってた」


「僕を特殊性癖みたいに言うの止めてくれる? それに二次元にしか興味がないのは桐也でしょ」


「ははっ、違いねぇ」


 さらりと受け入れてしまうところが桐也のすごいところである。

 聞きたいことも聞けたところで、僕は自らの弁当から箸で唐揚げをつまみ上げ、ぱくっと一口。うん、冷めててもおいしい。

 すると桐也が目をきらりとさせて弁当箱をのぞき込んできた。


「おっ、それが今朝配信で作ってた弁当か? 朝早くから配信してたもんな。ほほー実物も手が込んでる。よくやるもんだ」


「早起きするのは疲れるからそんなに頻繁にはやらないけどね」


 自作弁当を作ることにもずいぶん慣れてきた。こだわりがあるわけではないのでコンビニで用意することもあるが、弁当作りも楽しいので時々は自分で作るのだ。


 うらやましそうに自分の机の購買飯と比べてくる桐也。この高校の購買パンだって十分おいしいしリーズナブルなのだ。そんな捨てられた猫みたいな顔をしても、唐揚げ一個くらいしかあげない。揚げ焼き唐揚げである。

 弁当箱を桐也の方に押すと、嬉しそうに唐揚げを一つつまんで口に運んだ。


「あざす、代わりにこれあげる」


 言って、小さめなクリームパンをこっちによこした。物々交換としては悪くない。 

 一口で唐揚げをおいしそうに平らげる桐也だったが、ふときょとんと眉を上げた。


「つうか、紗倉のことなら俺よりも颯太の方が詳しいだろ。同じクラスなんだし」


「まだ半月もたってないからね。僕だってよく知らないさ。逆に桐也はよく知ってるね」


「学年全員の名前と顔は、一年の一学期には全員覚えたぞ。どこで動画のネタにできるかわからないからな。人間関係からアイデアをもらうこともある」


 動機が不純。まあそれは僕も言えた話ではないけど。


「それで、なんで紗倉の話?」


「……話したくない」


「おいおい、お前それはないだろ」


 呆れた様子の桐也だったが、僕が弁当を食べながらそっぽを向くと、それ以上は追求してこなかった。


「まあ、いいや。それよりこっちの本題なんだが」


 前のめりになりながら桐也は目を光らせる。


「はいはい、今日の話はなに?」


「ここ最近で面白かった配信とポイント、また教えてくれ」

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