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陰キャ女子の意外な特技。

 それから二時間ほどかけて、パソコンパーツを交換、増設していった。

 パソコンの部品交換は繊細であると同時に、静電気一つでパーツが壊れる可能性もある作業。時間をかけながら一通りの作業を丁寧に行っていた。コネクタを差し込むたびに、深呼吸をしながら作業をしていく。

 できうる限りすべてのパーツを取り付け終え、ケースのカバーをはめて、外していたコード類をすべて接続していく。


 何度やっても立ち上げが確認できるまで不安は慣れない。問題ないはずなのに部品の相性とかで起動しない、コードが刺さっていない、静電気で壊れた、あるんだよなぁ……。

 緊張と不安が入り交じった指先で起動ボタンを押す。ケースの中でファンが回り始め、冷たい風がパソコン内部に巡り始める。モニターが点灯し、パソコンの起動を知らせてくれる。


「なんとか、なったかな」

「おおーすごいですすごいですっ」

「まだわからないけどね。それより、このまま僕はパソコンを見てて大丈夫? 見られて困るものとかない?」

「見られて困るもの……? あ」


 間抜けに呆けるような声がしたあと、もともと装備されていた超高速SSDによる高速起動が発生。本名をほとんどそのままVTuber名にしている通りガバガバなセキュリティ意識は、パスワードすら設定していなかった。


 ぱっと、デスクトップの壁紙が表示される。


 それは僕、雨宿ソーダと、紗倉さんこと桜木ココアの二人組が、背中合わせで腕を組み、雨空の下で朗らかに笑みを浮かべている一枚絵だった。

 初めて見るイラストだった。


 ばしんと頬に掌底が突き刺さり、首がぐきりと曲がる。


「わああああああっ、これは違くて! バカバカバカたれ見ないで! ちょっと気の迷いで描いちゃっただけで! 別に、別にそんな深い意味は……っ」


 僕の思考が一瞬真っ白になる。


「…………は、はぁああああ!?」

「ひゃい! ごめんなさい!」

「これ自分で描いてんの!?」

「は、はいいいい……え? そ、そうですけど……」

「マジすか……」


 正直、驚くべき絵のレベルだ。姉さんの絵ばかり見て目が肥えていると桐也から言われている僕だが、それでも間違いなくうまい。躍動感のあるキャラクターのポーズに、しっかりと描き込まれた背景。明るいポップな色彩に、感情あふれる表情の雨宮ソーダと桜木ココア。全体的なバランスや構図も見事だ。まるでイラストから雨音が聞こえてきそうで、はしゃぐ二人の声音まで響いてきそうだ。

 意外な特技、いや特技で済ませていい話なのだろうか。


「配信もできて歌も得意でイラストまで描けるとか……多彩すぎて腹立ってきたな……」

「え、ええ……別にそんなすごいイラストじゃ……。プロの人たちに比べたら全然」


 どこと比べてるんだ。たしかにプロと並ぶかどうかと言われれば僕に判断は難しいところだが、SNSにあげようものなら多数のリプがもらえることは間違いない。

 しかし、ふと思い至る。


「さてはそれで姉さんのファンだったな?」

「あ、あはは、ばれましたか……」


 この画力は一朝一夕のものではない。以前から描いていたのであれば、姉さんのファンであっても不思議ではない。それきっかけで追っかけをしていたのであれば、そのあたりでサイン入りのアクリルポスターをもらう機会でもあったのだろう。

 高校生時代からバリバリのイラストレーターとして活動してきた雨宿マキアは、若い世代のイラストレーターに大人気だったのだ。


「もったいないなー。SNSとかピクシブで投稿して導線引けば、チャンネル登録者数も増えると思うけど」

「そ、そうですかね。そんなに褒められると恐縮ですが、今はあまりたくさん絵を描く時間もないので……」


 それもそうかと納得するが、それでももったいないと感じるのは強欲がすぎるだろうか。

 その後、増設したパーツが反映されているかを一つ一つ確認していった。パーツはきちんと機能していることがわかり、特に異常もないようだった。以前のパソコンよりも一段二段はパワフルに動いてくれている。これだけアップグレードしておけば、今回のSSの大会は問題ないはずだし、配信環境においてもかなり負荷が減るはずである。

 必要なソフトウェアのアップデートも終えたあとで、試しにSSを起動してもらい、トレーニングルームで軽くプレイをしてもらった。


 紗倉さんはゲームパッドを使うタイプのようで、ピンク色のコントローラーを握りしめてモニターに向かう。

 大会でも使用する予定のヒーラーであるカエデ。戦闘服に改造された和装を身にまとい、後方から味方を支える力強いキャラクターだ。


「え、なにこれすごいです! すごいなんか、ぬるぬる動きます。カクカクしません!」


 感動とばかりに目をきらきらさせながら報告してくる紗倉さん。

 今までいったいどんな限界環境で配信をしていたのか。なんだかんだで、ぎりぎりのスペックでの配信をしていたようだ。

 SSの大会に出ようと誘った手前、事前にプレイ可能なスペックがそろっているかどうかの確認をしてなかったこちらに非がある。むしろ全面的にこちらが悪い。早い段階でクーが気づいてくれたのは助かったという他ない。

 プロゲーマーに、自分のプレイがうまくなったときはいつですか、という質問をした際、高確率で環境のアップグレードをしたときという回答がある。それほどゲームをプレイする環境は大切という話である。


「とりあえずSSも問題ないかな。一通り配信周りとか、日頃やっていることが大丈夫かどうかを確認したら、もう少しSSをプレイしてみようか。基礎的なことだけになるけど、僕で教えられることはいろいろ教えられるよ」

「はいっ、よろしくお願いします!」


 朗らかに笑ってうなずく紗倉さんに、不本意ながらどきりとしてしまう。


 初めて、紗倉さんがしっかり笑っているところを見た気がする。


 高校では地味な格好に暗い性格を装っている紗倉さん。

 しかし実際のところ、素の紗倉さんはとてもかわいらしい見た目をしている。普段常備している黒縁眼鏡やあえて陰キャに見える三つ編みお下げなど、わかりやすい記号で自らの武装している。だから気がつかないが、同年代の人たちと見比べても、そうそういないくらい整った見た目をしている。

 性格だって素直で一生懸命で、一緒に配信をしていても……。


 余計なことを考えてしまいそうになり、頭を振って雑念を振り払う。

 僕はそちら側に、あまり深く関わるべきではないのだ。


 一通りの動作確認も滞りなく終わり、パソコンのアップグレードは完了した。

 その後、紗倉さんにはシンギュラリティシールズにソロでプレイをしてもらい、基礎的なことのレクチャーを始めた。


「あ、バーストライフルがポップしました。これ好きなんですよね。一撃で敵を倒せるライフル。私、あんまり当たらないですけど」


 バーストルライフル。小さい障害物なら貫通でき、当たる場所にもよるが一撃で相手を倒すことが可能である、SS随一の攻撃力を持つ武器である。ただし、あまりマップに出現する武器ではないので、必ず手に入るものでもないのだが。


「バーストライフルが出たら紗倉さんが持ってもいいかもね。パッドでのプレイはエイムアシストあるから当てやすいし。クーはごりごりのインファイトだし、僕はあまりゆっくり狙えるようなポジションに今回はいない。後方で一番落ちちゃだめな紗倉さんが持ってて、当たらなくても弾がなくなるまで撃ちまくっててもいいかも」


「カエデは体力回復と、味方がダウンしても蘇生できるじゃないですか。優先的にはクーちゃんを蘇生した方がいいですか?」

「ケースバイケースかな。クーは前線で死んでることも多いからね。その都度僕かクーが指示出すよ。紗倉さんの最優先は紗倉さん自身の安全確保かな。カエデが生きていれば後からでも巻き返しはできるから」


「基本的にIGL? ゲーム中の作戦や移動ルートはクーちゃんが決めるんですよね?」

「そうなるかな。でもあいつ、目の前に敵がいると突っ走ってバーサーカー状態になるからね。僕がサブでいろいろ紗倉さんには指示出してくれて言ってたよ。あと、僕は性格が悪いから、悪巧みは任せるって」

「わ、悪巧み?」

「相手が嫌がることとか、想像しにくい奇襲とか、とにかく正攻法じゃないやり方考えてくれって」

「そ、それはたしかに性格が悪い雨宮君専門だ……」

「なんだとこのやろ」

 

 時間はあっという間に過ぎていき、気がつけば窓から夕日が差し込んでいた。


「おっと、長居しすぎたね」


 一度パソコンに向かうと何時間でも同じ作業を続けることができるのが、配信者という生き物である。それが大人気ゲームともなればどっぷりである。


「い、いえ、こんな時間になるまで付き合わせてしまって……」


 そこまで言って、紗倉さんははっと声を上げる。


「あ、ホントにやば……っ、そろそろお母さんが帰ってきちゃいます……。雨宮君が来ることとか、なにも言ってないのに……」


 たしかにお仕事に行かれているであれば、そろそろ帰ってきてもおかしくない時間だ。僕も紗倉さんのお母さんと顔を合わせるのは気まずい以外のなにものでもない。


「それじゃあ帰らせてもらおうかな。僕も帰って作らないと晩ご飯ないからねー」


 言って、僕は持ってきた荷物を片付けようと手を伸ばす。


 しかし。

 ばん、と勢いよく紗倉さんの部屋の扉が開いた。


「そういうことならっ、是非ご飯を食べていって!」


 突然、すごい美人が部屋に凸してきたのだった。

 あばばばと奇声を上げ、白目をむいて倒れそうになっている紗倉さん。


 僕も、これはよくない状況だと本能的に悟ってしまった。

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