VTuberで勇者になりたい人、手ー上げて!
「VTuber勇者決定戦……?」
「そー、シンギュラリティシールズで、参加者はVTuber限定のFPS大会だよ。歴史もあって、今回で十回目」
VTuber勇者決定戦は、とあるVTuberがVTuber同士のFPS勝負を見たいという理由で開催された由緒正しいVTuberの決戦場である。
「SSは三人一チームのゲーム。で、僕と紗倉さんと声をかけてきたリーダーと三人で、一緒に大会に出てくれないかって頼まれてさ」
「私とって……雨宮君はともかく、私は本当にダメダメヨワヨワレベルですよ。一緒に大会に出ることなんて……」
「別にトップチームと張り合えって言われてるわけじゃないよ。そもそもが、僕ら二人くらいじゃないと誘ってきたやつがチーム自体組めないって問題があるんだよ」
「……ポイント制度のことですか?」
「お、さすがに知ってるね」
FPSなどのチームで戦うゲームにおいて、好きな人と誰でも構わずチームを組むようなことになれば、パワーバランスが地獄になること必至。有り体に言えば、VTuberで最強と言われる三人がチームを組んでしまえば、他の参加者が圧倒的に不利になり、見ても面白くない大会になりかねない。
そのため導入されているのがポイント制度である。
各プレイヤーのこれまでの成績や実力などをポイントで評価され、ポイントの合計が一定数以下でなければチームが組めないという決まりである。
「誘ってきたやつはFPSがツヨツヨなやつでね。僕は平均よりちょい上くらいのポイントになるんだけど、そうするとあと一人はド初心者くらいしか誘えないんだよね。それで、雨宿家の二人でどうかって」
「雨宿家ということであればモカさんもいけるのでは……」
「あの人、今ライブの準備で忙しいんだよ。それにポイントでも無理」
スーパーオールラウンダーであるモカさんはSSでも実力者だ。確実に平均以上の実力はあるし、僕とモカさんではチームを組めない。さらには大手事務所の大仕事、3Dライブでてんてこ舞いという状態だ。大会の数日前くらいがちょうどライブの日で、SSの大会に参加できる余力はないだろう。
「えっと、それが地獄の招待状ということですか……?」
「なかなかの地獄だよ。なにせこれから大会まで、ひたすらSSをやってまともに戦えるようにならないといけないからね。僕も紗倉さんも」
「で、でもでも、絶対に優勝を狙うとか、そういう話ではないんですよね?」
先ほどの話と違うということで紗倉さんは混乱している様子だ。
「それが、中途半端に手も抜けないって事情があってね……」
Θ Θ Θ
「Vtuberで勇者になりたい人、手ー上げて!」
通話アプリの向こう側で幼い声が飛び込んでくる。
通話をつなげると同時に、飛び込んできた呼びかけに、顔は見えなくともココアが目を白黒とさせていることがわかる。
僕も安定のスルー。
数瞬の間のあと、僕とココアともう一人いるそいつは、すんと声音を落とす。
「はじめまして。桜木ココアさん。常森クルリです。よろしくお願いします」
画面の向こう側で三つ指を立てて頭を下げているんじゃないかというお淑やかさで、クルリはココアに挨拶している。
「こ、こちらこそよろしくお願いします。桜木ココアです。今回はVTuber勇者決定戦にお誘いいただきまして、誠にありがとうございます」
お互いにビジネスライクなやりとりをしている二人。ココアも普段なら陰キャを押さえて快活に応対をするところなのだが、相手があまりにも丁寧にきたものだから変にかしこまった挨拶になっている。もちろん相手がこんな低姿勢で接してくるのなんて最初だけである。
雨宿ソーダ、桜木ココア、そして今回リーダーを務める常森クルリが、VTuber勇者決定戦に参加することが正式に決まり、初の顔合わせ配信をすることになった今日、六月一日から僕たちの地獄のシンギュラリティシールズが始まることになった。
「二人ともそんなにかしこまらないで。FPSでは連携を取るために敬語もやめるべきってばっちゃんが言ってた」
「あんたのおばあさん何者よ」
「畑で水をぶっ放しているたくましいお人。ちなみに今日の配信のお供は、おばあちゃんから送られてきたトマトとキュウリ。マヨネーズだけで延々に食える」
「こっちはウーバーで豪勢にやってるわよ」
「あんまりウーバーばかりに頼ってると太っちゃうぞー」
「死ね」
「お、おおう……」
飛び出す強い言葉に、ココアが面食らったようにうめいている。
とまあ、相手のクソガキVTuberが丁寧な対応をしてくるのなんて、本当に初手だけである。
「お、お二人は、仲がいいんですね……」
「まあ、付き合いは結構前からあるからね。こいつ口とか性格とか品性とかいろいろ悪いから、ココアも気安く話せばいいよ」
「マジで死ね。というか、ソーダに性格悪いって言われるとか心外すぎなんだけど」
バチボコに殴り合ってもお互いに気にしない程度には仲がいいとは言えるだろう。
そしてこいつの口の悪さは一級品である。
「あ、でもこの子に本当に敬語とかいらないよ。話したと思うけど、こいつ、現在進行形で中学生だから」
「現在進行形で中学行ってないけどね」
どやっと効果音が付きそうな様子の常森クルリちゃん。全然誇らしくないんですけどね。
「今、中学三年生、なんでしたっけ……」
「そー、でも配信で忙しいからほとんど中学行ってないの。必要な授業とかイベントだけは行っているって感じー」
感じーじゃないが。
と言いたいところだが、よく考えなくても、僕もココアもVTuberデビューしたときは中学生だ。どんな業界もある程度成熟していると低年齢化が進むと聞いたことがある。しかし中学生までは義務教育なのに学校行かずに配信業。
ホントにろくでもないなVTuber!
ココアにコラボ相手が中学生だと伝えたときは、冗談かと思われたほど。
ただ僕は常森クルリご本人と会ったこともあり、住んでいる場所もだいたい知っている間柄。
常森クリルは正真正銘、本物の中学生VTuberである。僕たちの二歳下だ。
しかしまあ、僕とココアは別として、常森クルリが中学生ながらVTuberをしていることには、かわいそうな事情があるにはあるのだが。
「とりあえずクー、今回の経緯をざっくり説明してあげて」
クーというのはクルリの愛称である。リスナーの多くもその名で呼び、僕もそれで呼んでいる。
「ええー私からー?」
「クーに否はないっつっても、君発進の活動なんだからちゃんと説明しなさい。コメントで突っ込まれても対応できないでしょ」
「……あー、わかってるわよー」
画面の向こうで子どもみたいに頬を膨らませている様子が想像できる。いや実際子どもなのだが。
「ココアさん、ちょっと込み入った話になるんだけど、配信始めるまで、聞いてくれる?」
「は、はい。クルリさん、だいじょぶです」
事の発端は、二週間ほど前、クーの周りでリスナーが揉めるという出来事までさかのぼる。
VTuber勇者決定戦は、リーダー権というものがシンギュラリティシールズを主に活動している人やインフルエンサーなどに配られる。そしてリーダー権を与えられた人を中心にチームを作っていく、という流れがある。リーダー権を返上してリーダー同士がチームを組むこともあれば、リーダーが声をかけて招集、参加したいと挙手してチームになることもあり、チームの成り立ちは様々である。
常森クルリも、リーダー権を与えられた一人だ。
そしてクーの場合は、クーとチームを組みたいと声を上げた二人の配信者と組むことをなっていた。
一人は企業所属の男性VTuberで、もう一人は個人勢の女子VTuberだった。二人ともきちんとした社会人で、クーより年上である。
VTuber勇者決定戦、通称V勇は、VTuber関連のイベントでもトップクラスに注目度が高いイベントである。本配信の同時接続は数十万人にもなり、その期待と熱気は開催数を重ねるごとに増えている。
ただ、注目度が増えるということは、同時にトラブルも増えるということ。
クーはかなり早期にチームメンバーが決まっており、早い段階から三人でチーム練習を行っていた。
ここで問題になっていたのが、客観的に見た三人の温度差である。
クーは主体配信がSS。しかし他の二人はSSもプレイ経験ありだが、他の配信がメインな人たちだった。当然他の配信も行っていた。ゲームに歌、雑談などだ。もちろんそれ自体は悪いことではない。配信者としてむしろ当然のことだ。
ただそんな中で、一つの話題が持ち上がった。
こんなメンバーで、クーは優勝できるのかと。
それは熱狂的な常森クルリのファンからの出たコメントらしい。
クーだって出るからには優勝を狙うが、それ以前にV勇はお祭りなのだ。みんなで楽しくイベントを作る。それが大前提。
にもかかわらず、こんなメンバーでは常森クルリは優勝ができない。だから今からでもメンバーを変えるべきという話題が上がった。
あくまでも客観的に、というところが重要だ。実際クーが言うには、ちゃんと他の二人も自分たちが割ける時間を精一杯使ってV勇に望む意気込みだった。
しかしそんな熱を、リスナーが十分に受け取ってくれるとは限らない。
小さな火種をきっかけに、リスナー同士がコメント上で喧嘩を始めてしまった。中身はどうあれ、見かけ上の温度差もそれに拍車をかけた。
クーのリスナーがチームメンバーの配信に乗り込む、チームメンバーのリスナーがクーの配信に乗り込むという、血みどろの争いだ。
クー側のリスナーからは、やる気がないのならV優を降りろだの、もっと練習をするべきだの。
他のチームメイトのリスナーからは、強いからって年上に対する敬意がないとか、口が悪いとか。
クーやメンバーそっちのけで、喧嘩が発生してしまった。
そしてチームメイトの他の配信にまで飛び火して配信は滅茶苦茶。
個人勢の子に至ってはメンタルを病んでしまって活動休止。企業勢の方は、公には言えないが企業側から大会はできれば辞退するようにお願いがあったとかなんとかとクーから裏情報。
結局事態は収束せず、クーと二人はこのまま大会に出ることはできないと判断し、チームメンバーを解散することになったのだ。
それが、チーム結成してわずか二週間で起きた出来事だった。
優勝までとは言わずとも、クーが手を抜きたくない理由は、元々のチームメンバーをおもんばかってのこと。
元チームメンバーはクーとは付き合いも長い二人で、活動フィールドは違えどとても仲がよいつながりだったのだ。
FPSを初めとした対人ゲーは気性が荒い人が目立つ分野でもある。
だからこそ、こんなメンバーで優勝できるのかよ、なんて苛烈なコメントが出てしまうのだが。
しかし常森クルリはそれが気に入らない。自分のリスナーでも、自分のことを好いて配信を見てくれているとしても気に入らない。
だから常森クルリは考えた。
残りメンバー二人を、どっちも学校生活がある人間にして、絶対に大会にフルコミットできない状態で好成績を残し、自分やチームメンバーに文句をつけた人間に、一杯食わせてやろうと。
「で、その代役に僕たちが呼ばれたってわけ。感想は?」
「……一応、事前にその話を聞いて、心の準備をしておきたかったです」
不平とばかりにため息を落とすココア。
「言って逃げられるのは嫌だったから、土壇場まで黙ってました。代役探しも大変だからね。けど、V勇はすごいぞ。企業に所属していない個人勢でもルールに則れば参加できるイベントでは最大規模だ。活躍すれば登録者数もじゃんじゃん増える。頑張っただけの見返りはあるイベントだ」
うんうん、とクーが同意する。
「それは間違いないね。ココアさん、登録者数増やしたいんだよね? だったらV勇は絶対おすすめ。全国民が感動必至。それは配信の枠を超えた。SNSで絶賛の嵐。世界中が震撼。VTuber業界の大作イベントだかんね」
つらつらとうさんくさいキャッチコピーを並び立てるクー。
正直断りたい気持ちもあるのかもしれないが、もう配信時間がすぐそこに迫っていること。喉から手が出るほど登録者数の誘惑が勝ったのか、ココアはそれ以上特に不満を口にすることなく、シンギュラリティシールズの大会に出ることになった。




