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なんか良い香りがする。

「はーい。それでは今日は、だんだん恒例になってきた相談配信するねっ」


 ココアが軽快にテンションを上げながら配信を盛り上げている。

 僕は配信をせず、一人読書をしながらココアの配信を見ていた。


 僕の配信環境はモニターを二つ並べたデュアルモニターで、その片方にココアの配信を流している。

 誰かの配信を見ながらもう一方の画面で作業をすることもあるが、今は読書である。

 姉さんが挿絵を担当しているライトノベルで、小説自体も面白い。発売日がちょうど今日で、早速買って読んでいるのである。

 読書中はさすがに配信もできないので、ココアの配信を見ているわけだ。 


「今日のお便りは、悩める高校生さんから。あまり学校が楽しくありません。どうすればいいですかというお悩み。わかる! 私も学校あんまり楽しくない!」


 そしてこれでもかと学校が退屈な場所であるかという熱弁。

 ココアも、紗倉さんもかつて不登校だったからこその恨み節が入っていた。

 ココアの配信は、姉さん、雨宿マキアが認めていることから公認の高校生VTuberである。

 その目玉配信が、同じ学生からの悩みを一緒に考える相談配信だ。


 僕もときどき相談配信を行う。

 やっぱり高校生であることが大きいのか、同じような話題が寄せられる。僕はできるだけ暗めの話題を拾って、どうにかしてあげたいと思って相談に乗っている。

 そしてココアの配信も比較的暗めの話題が多い。

 お便りの実年齢がわかるわけではないが、実際配信を見ている年齢層はわかり、桜木ココアの配信は低年齢が多く見ている。お悩み相談の多くは本当に学生だろう。

 ただココアの方は恋愛相談や友人関係の悩みも多いようだ。

 ココアはその学生からの悩みに真摯に答えている。


「でもね、通えているなら大丈夫、ちょっとずつ、楽しいことを探していくことが大事かなって思う。もちろん、逃げたいときは逃げればいいんだよ。無理して戦う必要はない。そういうことは、本当に自分が戦わなければいけないときに残しておく! 学校なんてどうにかなるよ! まずは同じ趣味を持っている人を探すとかね。あとは勇気を持って話しかけてみる! 私はそれで雨宿家を作りました!」


 リアル凸なんてやられた方からしたらたまったもんではないけどね。


 しかしリスナーの反応は上々だ。

 高校での陰キャぶりからは想像もできないほど明るく話す桜木ココア。

 配信者は何よりもまず会話を続けることが必要不可欠だが、その点ココアはよくトークできている。一人でもコラボでも問題なしである。

 続いて、ココアはいくつもの相談事に答えていった。

 ときどきあるふざけた質問からは、はい馬鹿ですと一蹴することもあるがそれもリスナーは面白がっている。


 ココアはうまいな、と思うのが、最初は暗めの話題を拾い、後半になるにつれて徐々に明るい話題を増やしていることだった。これなら配信後の後味も悪くない。相談にきてくれた人も、最後まで見れば明るい気持ちで終えられるだろう。

 やっぱり配信の内容はとてもいいと感じる。

 高校生の女の子なのに、立派なものだ。

 登録者数十万に行きたいそうだが、僕なんかに関わらなくてほっとけば行きそうなものだが。


 しかし桜木ココアは貪欲だ。

 先日、相手から受けて申し出も、二つ返事でオッケーしていた。


 配信もエンディングに入り、告知タイムに入る。


「それと、今後のことでちょっとお知らせがあります。なんと――」


 その先の言葉に、改めて聞いても苦笑いを浮かべるしかなかった。


    Θ    Θ    Θ


「はーい、雨宿家にいらっしゃってるみなさーん。はじめましての方ははじめましてー、どこかで会っている人はこんモカでーす。リアライブル所属VTuber、蒼山モカでーす」


 配信画面で、ソーダやココアのアバターより圧倒的に動く猫耳少女が笑っている。


『うぉおおおおおお本物だ!』『今回のゲストやばい!』『めちゃめちゃ大手来た!』『モカちゃんだあああ!』


 雨宿家の配信を見に来たリスナーが、これまでにないくらい盛り上がっている。

 同時接続数はまだ配信を始めて間もないというのに三万人を超え、見たこともない数字になっている。大手の企業勢こえぇ……。


「ようこそいらっしゃいましたー」


 ココアは軽快な声で拍手をしている。

 今の紗倉さんご本人は、たいそう羞恥で顔を真っ赤にして、なんとも言えない表情をしている。

 しかしそれは僕も同じなのだが、楽しみに見に来てくれているリスナーさんたちそっちのけでおかしな空気を作るわけにはいかない。


「はい、それでは今日はですね。ビッグゲスト、蒼山モカさんとコラボ配信です!」


 モカさんのアバターは、銀髪の猫耳少女。頭にはご立派な猫耳が生えており、長い銀髪の一房はリボンでゆるく結ばれている。下の画面端からは長いしっぽがはみ出してゆらゆらと揺れていた。現在モカさんが使用しているアバターは、オフショルダーの青色のドレスという歌姫スタイル。透明感のある布地がキャラクターの精細さを演出している。大手リアライブルともなれば、複数のアバターは所持しており、ライブ衣装や制服衣装、メイド服や軍服などもある。いくつもの衣装に着替えられるのは大手の特権である。



 モカさんが雨宿家にゲストとして出演したいと言い始めたのは、コラボカフェを訪れた日。

 ゴールデンウィークの最終日にコラボをしないかと誘ってきたのだ。


 僕はモカさんとは旧知ではあるが、これまでコラボ等はしたことがない。

 それはリアライブルという大手企業所属であるモカさんが忙しすぎてなかなか時間が取れないので、僕が遠慮していたという面が強い。コラボしてもいじり倒されるのは目に見えているし。

 しかし、コラボしてもらえるというなら本気でやらねばいけない。


「今日はですね、実は私、モカの家でオフコラボなんです。配信枠はココアちゃんのとこにお邪魔させてもらってるんですけど、ソーダくんとココアちゃんは私の家にお邪魔してる。なんかややこしいなー!」


『本当にややこしい』『おいソーダそこ変われ』『めっちゃいい匂いしそう』


 リスナーや知り合いも阿鼻叫喚のこの状況。

 あといい香りはしているから本当にちょっとドキドキしてる。


『焼き討ちの準備じゃあああ!』

 そして切り抜き師のキリシマさんがうるさく騒いでいる。休み明け学校に行ったら殺されるかもしれん。


 僕だって逃げ出せるなら逃げ出したかったさ。

 蒼山モカさんご自宅、都内のご立派なマンションの一室で、僕と紗倉さんは直接お邪魔させていただいて、オフコラボをしているのだ。

 正直男の僕がモカさんの部屋に直接、というのは荒れる可能性もあったので断りたかった。だが、ココアだけ行かせるようとすると、私を殺す気ですかと真顔でせがまれて仕方なく着いてきた。


 モカさんはルームウェア用の猫耳パーカー。僕と紗倉さんもあまり衣服の音が出ない軽装でモカさんの自宅に招かれている。

 今回はモカさんが提案してきたものなのだが、そのコラボ内容がオフでしかできない内容だったのだ。


「では今日は歌枠です。三人で歌っていきますのでよろしくお願いします」


 歌枠とは、カラオケで歌うように、配信で生歌をする配信である。

 配信者によって、得意な配信スタイルや人気な配信が存在する。

 僕であれば勉強配信や雑談配信、自炊配信など。ココアであれば高校生の相談配信やイラスト配信など。

 モカさんはオールレンジになんでも配信するタイプなのだが、リアライブルはアイドル事務所的な側面もあり、歌唱にも力を入れている。その例に漏れず、モカさん歌枠は常に一万人の同接がある人気枠となっている。


 モカさん配信部屋は完全防音の一室に三つのモニターが並び、お高い機材で埋め尽くされた完全プロの部屋だった。わざわざ三人が歌に参加できるようにセットを作っており、カメラとマイクを三つ並べて、三人で同時に歌えるように仕上げている。


 複数人での歌枠は少し面倒な点がある。それが音ズレである。別々の曲を歌うならともかく、一つの歌を二人で歌おうとすると、ネットを介していることもあって音ズレが生じる。特殊な機材やソフトを使えば音ズレもなく一緒に歌うこともできるらしいが、個人勢の僕やココアが持っているものではない。


 というわけで、二人そろってモカさん宅にお邪魔しているわけだ。

 配信画面にはモカさんの猫耳少女アバター、ココアの美少女アイドル風のアバター、そしてその隣に僕の男の娘アバターが表示されている。

 背景はモカさんがいつも使っているライブステージのものを借りており、今まで雨宿家で使ったことがない配信画面になっている。


 僕たちの現在の目的は、桜木ココアのチャンネル登録者数を増やすこと。僕の配信を直接見てもらうよりココアのチャンネルに誘導したいので、桜木ココアのチャンネルで配信を取っている。配信前にココアが緊張しすぎて配信を立てられないと言い始めたのはリスナーには内緒である。僕が代わりに操作してギリギリ立てることができたのだ。


 初コラボとはいえ、さすがリアライブルで長年配信をしているモカさん。

 まったく動じた様子も臆した様子もなく、なめらかで聞き取りやすい声で、配信を進めていく。


「前にココアちゃんの配信見たときから思ってたんだ。絶対この子歌も上手だって。一緒に歌枠をやってもらいたかったんだ」

「きょ、恐縮です。わ、わた私も、毎回モカさんの歌枠見てます。こ、光栄です!」


 いつもであれば、配信ならリアルの性格は持ち込まずに、立派な陽キャ演じきるココア。しかしさすがに大ファンである本人の前とあっては、リアルのド陰キャ成分が隠しきれず見え隠れする。

 しかも通話の向こう側にいるわけではなく、実物が隣にいるのだ。緊張するなという方が無理な話。

 とりあえず僕は、がちがちに体をこわばらせている紗倉さんの背中をとんと叩く。


「大丈夫大丈夫。モカさんのところのリスナーは優しいことで有名だから。僕は一生懸命ハモリをやりますので、ココアは自分のペースで歌ってください」

「が、頑張ります」

「そうそう、のんびり自由に、楽しんでいこう! メインはモカとココアちゃんが歌って、ソーダ君はハモリでの参加です。なので今日はハモリ多めの選曲です」


 僕はもとより歌が得意ではない。カラオケには行くことはあるが、モカさんのような歌唱力はない。ぶちこわさないように徹する。

 モカさんに目配せをして、セットリストの一番手の曲を再生。

 ここ最近ネットに投稿された曲で、歌ってみた動画もこぞって投稿されている人気曲。


『きたあああああ!』『待ってました!』『ココアちゃんがんばー』『ソーダの立場不思議すぎる』『テンション上がるわああ!』


 コメントともに、ペンライトのスタンプが雨のように流れていく。

 歌枠をしない僕に対しては需要がない配信種類なだけあって新鮮な感覚だ。

 柄にでもなく、気持ちが高揚していく。

 アップテンポの曲が流れ始め、早速モカさんが歌い始めた。

 楽しげな歌声。

 それがモカさんの歌い方に対する評価でもっとも多いものだ。歌唱スキルや声量などは言うまでも高レベルであるが、聞いているこちらまで楽しくなる歌声と歌い方。


 モカさんの自枠で配信を行えば、毎回数万人が視聴する大人気コンテンツ。

 心が震え、高揚し、楽しげに歌っているモカさんと一緒に楽しくなる歌だ。

 それが自分の配信で流れているの。横目に見るとココアの目はきらきらと輝いていた。

 もちろん大部分はモカさんを見に来ているリスナーだが、中にはおそらく、モカさんは見ていないが、ココアの配信は見ているリスナーもいる。

 そのリスナーがモカさんの歌声に熱狂している。

 悔しいが、僕たちには決して真似することもできない、モカさんだけの配信だ。


 しかし、なにより驚いたのは、ココアの歌だ。

 もとよりココアは非常に綺麗な声をしている。

 ときどき自分の枠でも歌枠をしていたのは知っていたが、あまりそちらは視聴できておらず、実際どのように歌うのかはよく知らなかった。

 今日も事前に三人でカラオケにこもって練習などもしてきているのだが、それでも、すぐ隣で声を吐き出しながら歌っているココアに驚きを隠せない。

 モカさんに負けず劣らず、かといって言って同じではなく繊細で丁寧で、美しい歌声。制作者オリジナルの歌に忠実で正確無比な歌唱がリスナーを熱狂させていく。


『ココアちゃん歌ウマ!』『やばすぎる』『マジでアイドルみたい』

『かわいいかわいいかわいいかわいい』『ココアちゃんの他の歌も聴きに行こー』


 高校二年生のここに至るまでに、いったいどこでこの技術を身につけたのか。高校ではド陰キャでほとんど人付き合いもしていない様子。もしかしたら普段から配信のためにカラオケに閉じこもって練習などしていたのだろうか。一人カラオケなんてマネができるとは思えないのだが。


 なんにせよ、歌ツヨツヨVTuber二人に挟まれても一般高校生レベルで気合いを入れてハモリを入れる。

 僕は声質だけなら中性的とも取れる声をしているので、二人の歌唱に混じってもさほど違和感なく紛れ込んでいる。

 ただ、いくら歌っても二人に関するコメントが大多数で僕に関して触れる人はほとんどいなかったけど。せつないぜ。


 そして最終的に、同時接続数五万を記録して、僕たちのコラボ歌枠は終わった。

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