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師匠は大企業勢Vtuber。

 コラボカフェで販売されているメニューは、コラボするゲームやアニメをイメージした料理に、キャラクターのピックやコースターが使われている。料理を食べるだけではなくグッズを持ち帰ることができる点も、コラボカフェのいいところだ。他にもコラボカフェでしか販売されていないアクリルスタンドやキーホルダー、フィギュアや関連商品などもあり、大ファンともなれば距離も関係なく何度も足を運ぶ人もいると聞く。

 コラボされているゲームでは、作中で頻繁に料理も出てくるため、グッズだけではなく料理も見栄えがあっておいしいと口コミでも評判だった。コラボカフェは本来、同様の料理を食べるだけよりは価格が高めになるのだが、それでも十分にお腹いっぱいになるほどボリュームがある。


 ただなぜか。


「おっほー、やっぱり今回のコラボカフェは大当たりだよね。料理も滅茶苦茶おいしいし、グッズもかわいいし、何度も来ちゃうなー。ね、弟くん」

「そうっすねー……」


 来る予定だった人数のボリュームも増えているのは謎でしかない。

 ゲーセンを後にした僕と紗倉さんは、そのままの足でコラボカフェに向かった。

 しかし、ゲーセン直後に捕まえられた猫耳少女も一緒に行くと言い始め、結局コラボカフェまで着いてきてしまったのだ。

 僕の向かいで猫耳少女は、コラボカフェで人気が高い大盛りロコモコ丼とフルーツサンドをがつがつと食べている。


 そして僕の隣には、ほとんど過呼吸みたいになっている紗倉さんがいる。


「やばい……やばいですよ……き、緊張して、息が、息ができない……」

「お願いだから死なないでよ。救急車呼ぶのとか嫌だからね」


 胸を押さえながら本当に息苦しそうにしている紗倉さんは、運ばれてきた料理に手をつけることもなく息も絶え絶えである。

 室内なのでベレー帽は外している紗倉さんだが、眼鏡さえも外して猫耳少女を拝んでいた。もう、両手をこすり合わせながら感極まって変になっている。


「モ、モカさん、ホント、本当に大ファンです。お会いできて、光栄で、す……」


 一言言ってしまうとまたぜぇぜぇと息を切らし、僕が水を差し出すとコップを一気に飲み干してしまう。

 僕らVTuberは、基本的に同業者を見るVTuberオタクがほとんどである。

 紗倉さんも同じようにVTuberを頻繁に見ているそうなのだが、中でも彼女は毎回チェックしているほどの配信者らしい。


「あ、あと私の名前、桜木ココアって名前でやってます。本名は、紗倉心愛って言います……っ」

「本名は名乗らなくていいから……」


 猫耳少女こと蒼山モカさんは、人なつっこい顔でころころと笑う。


「ありがとー。じゃあココアちゃんって呼ばせてもらうね。いや私も嬉しいな。なかなかそんな風に言ってくれる人いないから」

「いや嘘つけ」


 思わず突っ込んでしまう。

 モカさんはぷくっと口を膨らませる。


「嘘じゃないもん。面と向かってVTuberしてますなんて伝えられる人、そんなにいるわけないじゃん。対面で言ってもらえるのはやっぱり嬉しいの」

「別に言う必要なかったですよね? 一般通過猫耳少女で通しましょうよ」

「弟くんがデートしてる現場なんて見つけて、私が見て見ぬふりできるわけないでしょ! こんなおもしろいこと」


 おもしろい言うな。


「この部屋には今、VTuber配信者が三人そろってるんだよ? こんなすごいことそうそうないよ」

「あなたのところじゃ珍しくないでしょ。あと、大声でそんなことでかでかと言わないでください」

「だから大丈夫だって。ここのVIP席、最近できたばっかりだけど完全防音の個室だし、口が堅い店員さんしかこないからさ」


 僕たちがコラボカフェに来て通された部屋は、普通のオープン席ではなく、完全に仕切られた個室の部屋だった。四人がけテーブルが一つあり、周囲の壁や棚にはコラボしているゲームのポスターやフィギュアが飾られている。

 ここのカフェは積極的にコラボカフェをしている店舗なのだが、コラボカフェがことごとく好調らしく、配信者やメディア向けのVIP席を作ったらしい。最近できたばかりのスペースらしく、関係者以外利用できない部屋らしい。

 そしてなぜか着いてきたモカさんが店舗に連絡を取ると、当たり前のようにVIP席に通されたのである。


「はぁ……なんでこんなことに……」


 深々とため息を落としながら、運ばれてきている巨大カツカレーとハンバーガーを、スマホのカメラで撮る。帰ったらSNSに投稿する予定だ。


「あ、雨宮君は、その……親しいんですね」

「気軽にモカって読んでくれてオッケーだよ! ココアちゃん!」


 たじたじになっている紗倉さんにはお構いなしに、ぐっと両手で親指を立てるモカさん。

「で、では、私もモカさんとっ!」

「はい、喜んで」


 にっこりと笑ってうなずくモカさんに、紗倉さんは今にも昇天しそうなほど笑顔を浮かべている。こんな紗倉さん、初めて見るな。

 まあ、そこまで歓喜するのも、仕方ない話ではあるのだが。


「モカさんは、姉さんと昔からの友達なんだよ。僕も昔から知ってて、たまに姉さんと一緒にご飯に行ったり、どっか遊びに行ったりしたことがあるってだけだよ」

「そ、だから弟くんとはマブダチなの!」


 僕はそこまでは言ってません。

 姉さんとモカさんのつながりは深く、中学生時代からの付き合いなんだそうだ。中学高校も学校は違うが、イラストを通じて知り合っており、大学は同じところに進学している。卒業した今でも絶賛仲がよく、しょっちゅう二人で遊んでいる様子だ。二人とも忙しくてなかなか時間はとれていないようだが。


「それと、配信ではちらちら言ってるけど、モカさんはVTuberにおける僕の師匠みたいな人なんだ。配信のやり方とかもモカさんに教えてもらった。あとはほら、テンコさんの対談コラボでも口説き文句十選を考えてくれたのもモカさんだね」

「あったあった。懐かしいな。あれを弟くんに言わせるの。面白すぎて真希とおなかがよじれるほど笑ってたよ」


 そんな台詞を中学生に言わせているあんたたちは異常です。

 しかしふと思い至る。


「そういえば、僕、モカさんとコラボはしたことないかも。ときどき話題には出すけど」

「弟くんつれないんだよねー」

「違うでしょ。あなたがすごくて忙しすぎてまともにスケジュールが取れないからです」

「私、別にそんなにすごくないんだけど」


 頬に指を当てながら首をかしげて見せ、本気で自分がすごくないとか思ってそうなご様子。

 だから嘘つけ。


「モ、モカさん、リアライブル所属、なんですよね……? 登録者、このあいだ二〇〇万人耐久されてましたし……」


 リアライブル。

 VTuber黎明期に創設されたVTuber事務所で、国内外に大人気VTuberを排出している業界トップの企業である。所属VTuberは軒並み大人気VTuberで、登録者や投げ銭ランキングの上位を埋め尽くす勢いで、熱狂的人気を誇る。

 蒼山モカはリアライブルの中でも古参の一人で、登録者が文字通り僕たちとは桁違いの二〇〇万人越え。業界全体に顔が広く、配信内容から配信者仲間まで、様々なところに姿を現すことで有名だ。

 モカさんはお腹を押さえて笑った。


「あはははっ、なに言ってるのココアちゃん、すごいのなら君の隣にもいるじゃない」

「え?」


 呆けたような声を出して、紗倉さんは僕の方を見る。

 僕は僕で、いい加減食べないとカツカレーが冷めてしまうので、とりあえずスプーンでカレーをすくう。


「君の隣にいるのは、個人勢で登録者数三十万人超えのVTuberだよ。企業勢でもないし、まだ高校生で配信頻度や時間をたくさん取れるわけでもないのにだよ。私からしたら、弟くんの方がよっぽどすごいことやってるけどね。個人勢でそこまでやれている人間なんて、全体見ても何人もいないよ」


 いや、僕はマジでそんなに大したことはしていないが。

 毎日こつこつと配信を続けていただけで、たまたま登録者数が増えていただけだ。

 テンコさんの対談コラボを初め、要所要所でバズる反響を得ることができただけである。

 カツカレーを食べながら、ハンバーガーに刺さっているピックを見やる。刀を背負った女子高生のイラストが描かれている。そのイラストを描いたのは、僕の姉である雨宿マキア。

 雨宿マキアはペンネームで、姉さんの本名は雨宮真希という。

 ただ、VTuberを始めるに当たって、姉さんの弟ということは公言しようと思っていたので、ペンネームから名前をもらって、雨宿ソーダでデビューをした。

 僕がある程度の人気を得ているのは、ただ姉さんからもらったアドバンテージが大きかっただけだ。

 流されて始めただけなのに、どうしてこんなことになっているのか自分だってわからない。


「それに……」


 モカさんは目線を紗倉さんへと移した。


「ココアちゃんだってすごいよ? デビューして二年で、ほとんど一人で登録者数三万人まで行ったんでしょ? 企業の後ろ盾もなく、コラボを積極的にするでもなく、ほとんど個人配信だけでそこまで登録者数を増やした。十分すぎるほどすごいって」

「わ、私なんて全然そんな、まだまだ、まだまだでございます」


 顔を真っ赤にして縮こまり、変な敬語になる紗倉さん。


「とりあえず紗倉さんもご飯食べな。ご飯冷めちゃうよ」


 紗倉さんが頼んだ料理はクリームシチューに小さなピザ。会話をしてばかりではせっかくの料理が冷めてしまう。

 紗倉さんは慌てた様子で両手を合わせ、スプーンを手に取る。


「おお、おいし……」


 そして幸せそうな笑みを浮かべてシチューをぱくぱくと食べていく。


 ああ、それにしても、と僕は内心ため息をつく。


 この状況は姉さんがうるさそうだ。あとで私だけのけ者にして三人でご飯とか食べてずるいうらやましいとか。モカさんの口止めは難しいだろうし、面倒くさいな。

 なぜ、コラボカフェに遊びに来るだけで予定なくモカさんとエンカウントしてしまったのか。

 自分の不運さを呪う。

 カツカレーのカツをかじりながら、深々とため息をつく。コラボメニュー、作戦必勝祈願のカツカレーだが、僕はすでに今日という日に負けている。

 モカさんはやさぐれている僕を見て、カフェオレの入ったグラスをマドラーでかき回しながらにんまりと笑った。 


「そこで一つ、二人に提案があるんだけど……」


 その提案に、カツカレーのスプーンが僕の手から滑り落ち、カレーに突き刺さった。

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