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レアモンスターだけど会いたくありません。

 配信業であるVTuberにとって、休日はいつでも配信が可能なゴールデンデイズである。平日の日中などはパソコンやスマホとずっとにらめっこしている人は少数であるが、休日ともなればその人数はずっと多くなる。ましてや現在、あまたの無気力人間量産期間であるゴールデンウィーク。視聴者数がそもそも多い。


 だから視聴者が多い休日は、配信者がこぞって配信を行っている。朝活雑談やお昼ご飯を食べるだけの配信、長編ゲーム配信者や地獄の耐久配信まで、魑魅魍魎な配信がネットを支配している。世はまさに大配信時代。配信王に、僕はなりません。


 一応僕も例に漏れず、土日にも配信はしているのだが、平日からそれなりに配信をしているので、土日だからと言って特に違ったことをするわけではない。

 毎日とは言わないがそれなりの頻度で配信しているため、リスナーからはよく勘違いされるのだが、僕はインドア派というわけではない。予定がないときはぶらりと外に出て行く程度には外出も好きだし、スポーツをすることもあれば旅行だってしたい趣味人なのである。


 そしてゴールデンウィークの真っ只中、僕は休日で賑わう街中の雑踏にやってきていた。

 五月のぽかぽか陽気は、外出するにはちょうどよい気候だ。寒くもなければ暑くて汗をかくほどではない。


 青色のパーカーにジーンズという簡素な格好で、スマホ片手に空を見上げる。

 今日の天気は雲一つない晴天。外出時に雨とか最悪なので、晴れ晴れとした空を見ると気分もよくなる。早く大人になって、雨を気にせず外出できる車がほしいものだ。そして車にどうにか配信設備を備え付けられないものか。移動するVTuberカー。これは流行る。やる人いないだろうけど。


 僕たちが住んでいる街は、東京圏にほどよい距離の郊外にある。電車を使えば一本で東京まで行ける程度には交通の便がよく、日常生活を送るには快適な場所だ。本当ならもう少し田舎な場所の方が個人的には好みなのだが、あまりに田舎過ぎるとインフラが整っておらず、配信業には酷だと聞く。世知辛い。


 ともかく今日の予定は東京にあったので、僕は東京まで出てきていた。


 時刻はお昼を過ぎてしばらくしたところ。

 到着してからSNSを眺めながら時間をつぶすこと十五分。


「お、お待たせしました……っ」


 待ち合わせの場所に、息も絶え絶えに声をかけてきたのは、同じクラスのド陰キャさん。


 と、思ったがどうやら違ったようだ。

 いつもお下げにしている髪はまとめたりせずに肩に流されており、頭には黒色のベレー帽をかぶっている。白いサマーニットに、下はロングスカートと、街歩きしやすいようにするためかスニーカーを履いている。

 わずかに上気させている頬は赤みを帯びているが、化粧でもしているのか印象が違って見える。

 普段高校で目にしているブレザー姿であるわけはないのだが、クラスメイトの新鮮な姿に思わずまじまじと見てしまう。

 似合わない黒縁眼鏡は相変わらずだが、レンズの向こう側で申し訳なさそうに眉を下げており、胸を押さえて必死に息を整えようとあえいでいる。


 遅れてしまったかと小さな腕時計で時間を確認している少女に、俺は笑ってスマホを振る。


「まだ予定の三十分前だよ。僕が早く来てただけだから。とりあえず落ち着いて、紗倉さん」

「は、はい、三十秒ください……」


 具体的な時間を指定して、紗倉さんは日陰に入って息を整え始める。

 僕は近くの自動販売機で水を買ってきて、三十秒超えてもなおぐでーとしているインドア少女に差し出す。


「そんなに息切らして来なくても、別に僕は一時間遅刻されても怒ったりしないよ」

「そ、それは寛容を通り超して相手に興味がなさ過ぎるだけでは……。お水、ありがとうございます」


 紗倉さんは受け取った水を、勢いよく一気に半分ほど飲み干した。相当喉が渇いていたようだ。


 そして僕は改めて紗倉さんの姿を見やる。

 普段どんな服装で生活しているのかわからないが、今日はずいぶんおしゃれしているように思える。

 ただ……。


「ばっちりベレー帽に眼鏡までかけて、全身隠す勢いのコーデ。なんかおしゃれというか、変装してるみたいだね」

「うっ……」


 ぐさりとなにか言葉の刃でも食らったように紗倉さんはうめく。


「こ、これは、癖、というか……。外で、雨宮君といるの、もし誰かに見られたらと思うと、つい……」

「僕と出歩いてるなんて知られたら高校でいじめに遭うかもしれないと」

「い、いやいや、そこまでは言ってませんよ!」


 どこだ。どこが境界だったのだ。笑いものにされるくらいは思われているのだろうか。


「僕なんて道ばたの石ころ程度にしか思われてないよ。ドラえもんの導具に石ころ帽子ってあるでしょ。あれを常備装備しているようなもの、クラスメイトと出くわしたって、僕だって認識してもらえるかどうか」


 まともに僕であることを把握しているのなんて、高校全体でみても桐也くらいではなかろうか。ほとんど高校で行動らしい行動をしていないので、僕を認知している人がどれくらいいるかも考えたくはない。


「あ、でも、紗倉さんは服、すごく似合ってるよ。一瞬紗倉さんじゃないのかと思ったくらいだもん。いや、女の子はおしゃれするとすっごく変わるね。僕は好きだよ」

「あ、ありがとうございます……」


 紗倉さんは見るからに顔を赤くして俯いてしまう。

 さらに肩にかけていたポーチに水を収めると、代わりにコンパクトミラーを取り出して前髪を整え始めた。


「そうやって意外にキザっぽいことを言う雨宮君は、普段通り地味な格好してますね」


 意趣返しのつもりか、やや強めに言葉をぶつけてきた。


「姉さんから常々言われてるからね。見て良いと思ったら、しっかり声に出すか形にするか文字にするか。なんでもいいから自分の外に出すようにって。ちなみに服は機能性重視」

「マキアさん、ですか。たしかにあの人も、よくいろんなこと褒めてくれましたね」


 やや乾いた笑いを浮かべる紗倉さん。どうやら僕の気持ちを少しはおもんばかってくれたようである。


「あの人はイラストレーターだから絵にするけど、僕は絵心も文才もないから、きちんと声にしますよ。うん、やっぱり似合ってるよ」


 さすがに誰彼構わず言うなんてことしないが、二人で出かけることにしたクラスメイトにさえ言わないようでは、一生かけても僕にそういうタイミングはやってこないのである。

 改めて褒めると、紗倉さんはさらに顔を赤くし、ぽかりと僕の腕を小突いてきた。


「も、もうそういうのはわかりましたから、早く行きましょうよ。帰りが遅くなると、お母さんが心配するので」

「はーい、了解です」

 


「それで、コラボカフェはここから近いんですか?」


 息を整えた紗倉さんは歩き始めるとすぐに聞いてきた。


 今回紗倉さんに声をかけたのは、僕らVTuberのママにである雨宿マキアがイラストレーターを務めるソーシャルゲームがコラボカフェに行くためだ。


 コラボカフェとは、カフェが現在人気のあるアニメやゲームなどのコンテンツとコラボし、関連したメニューとともにグッズ販売をするイベントである。

 姉さんは躍動感がある、そしてキャラクターの喜怒哀楽がはっきりしている感情あふれるキャラクターが得意で、僕たちと同じ高校生から大人気だったイラストレーターだ。

 今回のゲームは、人類が別次元から現れた生物兵器に絶滅寸前まで追い込まれた地球を舞台に、生き残っていた子どもたちが異能や武器を手に戦う物語だ。

 ストーリーとしてはよくある物語なのだが、登場人物が死亡するまでに切迫した展開と、それでも死と隣り合わせの日常、登場人物のキャラクターが非常にたっており、現在でもプレイ人口が多いソーシャルゲームとなっている。


 雨宿マキアが単独で担当しているわけではないのだが、十数部隊に分かれているキャラクターのうち数部隊を担当しており、今回はその一部隊と他の絵師さんの部隊とのコラボになっている。


「コラボカフェ自体は歩いてすぐ行ける場所だよ。ただ、SNS見てると今は滅茶苦茶混んでるみたいなんだよね。ゴールデンウィークに入ったばかりだから、人の出も多いしね」


 だから集合時間をずらしてお昼を食べたあとにしているのだが、それでも昼の混み具合が現在もまだ続いているらしい。

 本当なら、桐也と来る予定だったのだったのだが、桐也は他の友人と一足先に行ったのだ。さらにその翌週に僕とも行こうとしていたのだが、一回目で食べ過ぎて胃の調子が悪いらしく、一人で行ってきてくれとのたまったのだ。

 しかしさしもの僕も一人でコラボカフェに行くほどメンタルは厳しい。そこで姉さんのファンだという紗倉さんに声をかけたのだ。


 絶賛繁盛中のコラボカフェのSNSを見た紗倉さんは楽しそうに笑った。


「マキアさん、すごいですよね。昔から人気ありましたけど、最近はさらにいろんな仕事されて、人気絶頂って感じです」

「僕らのやってることとか、いろんなソシャゲが出てきたし、ラノベのイラストとか、仕事の種類も量が、業界で昔よりずっと増えてるらしいからね」


 まだ僕らが生まれたころはイラストレーターという業種も市場規模が小さくイラストレーターの母数も少なかったと聞いている。しかし現在は市場規模が比べものにならないほど大きくなり、売れっ子ともなれば納期に追いかけ回される日々。数年先まで仕事で予定が埋まっているというほどになると聞く。

 実際姉さんは仕事に追いかけ回される日々が続いており、ここ最近は特にグロッキーな状態が続いている。


「そういえば前から気になってたんだけど、紗倉さんはどこで姉さんと知り合ったの? アバターとか、その、どういう経緯でもらったのか知らないんだけど」


 コラボカフェがある場所に向かいながら、僕はずっと聞きそびれていたことを紗倉さんに尋ねる。

 急遽直談判からのコラボだったため、細かいことを聞く以前に配信準備が忙しくて聞きそびれていた。


「あー、それはですね……」


 説明しにくそうに言いよどみながら、紗倉さんはピンク色のほほを指でかく。


「私、昔からマキアさんの大ファンで、コミケとかのイベントにお邪魔させていただいたり、画集を買わせてもらったり、売り子をさせてもらってたりしてたんです」

「え? 君、売り子なんてできたの?」

「し、失礼なっ。私だって命かければ売り子くらいできますよっ」


 売り子に命をかけていたのか。というか紗倉さんがVTuberになる前って少なくとも当時中学生だったはずでは。姉さん、中学生に売り子させるなんてまともな神経じゃないな。知ってるけど。


「ただ……」


 紗倉さんは、歩きながら視線をどこか遠くに向けた。茶色の目から色があせ、今ではない過去へと視線が向けられたようだった。


「私、中学生のときにしばらく不登校になっちゃいまして……」


 突然の重い告白に、僕は口の中に苦いものを感じた。

 テンコさんの配信を初め、僕もたびたび出す不登校の話題。思い返しても、あまり気持ちのいい思い出ではない。


「それで家に引きこもってたら、どっぷりVTuberにはまっちゃいまして」


 急に話がコミカルになった。

 話の緩急に僕の肩はがっくり落ちてしまう。


「ま、まあ気持ちはわからんでもない」


 このご時世、子どもにだってパソコンがあればスマホがある。ハイテク機器は苦手らしいが、動画を見るくらいは誰にだってできる。家に引きこもっていればアニメを見るかゲームをするか、配信を見て時間を潰すくらいしかないことだってあるだろう。


「太陽カルアさんの配信とかは本当に面白くて、ほとんどの配信を見たと思いますね。まあ私が見始めたころは、もう卒業されたあとだったので、全部アーカイブですけど。他にもリアライブルの蒼山モカさんとか花吹雪ミロさんとか、たくさんのVTuberを見てきました」


「……それでそんな中に僕とテンコさんの対談コラボもあったと。あ、またテンション下がってきたな」


 つい昨日、その話を聞いたばかりだ。昔の話なんかするんじゃなかったと今更ながら後悔し始める。


 紗倉さんはちらりとこちらを見やると、恥ずかしそうに顔を逸らした。その横顔は、どこか赤くなっているように思えた。


「そ、そうですね。雨宮くんの配信を知ったのも、不登校になったころ、そのころですね。それで、VTuberさんたちから元気をもらって、また学校に通えるようになったんです。そしたら、マキアさんが不登校卒業祝いだよって、ライブ2Dのモデルと、昔使ってたっていう機材をまとめてくれて。それから、ちょっと私もVTuberやってみようかなって始めて、今に至ります」

「……なんか、うちの姉さんがごめんね」


 イカれてやがる。不登校の卒業祝いがVTuberデビューセットって、ちょっとまともな人間がすることではない。姉さんがまともな人間でないことなんてわかりきっているが。

 たいていの人間ならVTuberとして活動なんてできるとは思えない。できたとしても継続なんてできないが、なんの因果か紗倉さんはきちんと今でもVTuberをやることができている。いろいろすごい話である。


 僕は歩きながらスマホを見て、足を止めた。


「ごめん紗倉さん、大丈夫なら、ちょっと寄り道しない?」

「え? やっぱり、私と行くの嫌になりましたか?」


 不安そうに目をそらす紗倉さん。

 なんでそんなに卑屈なの?

 と言いたくなる気持ちを飲み込み、苦笑いしながらスマホを見せる。


「違う違う。まだお店が混んでるみたいだから寄り道しない? すぐそこにゲーセンあるんだ」


 今から行ってコラボカフェにできているであろう行列に並ぶには、一抹の不安がある。なんか紗倉さん、いきなり逃げ出しそうな感もある。ゲーセンで見張っていればその可能性も少なくなるだろう。


「ゲ、ゲームセンターですか。こ、怖い人がいるんじゃ……」

「大丈夫だよ。クレーンゲームになんかいいグッズでもないか見たいだけだから。面白いのあったら、配信のネタにもできるしね」

「……雨宮君、本当にいつも配信のこと考えてますよね」


 呆れられたように感心されたように笑われたが、しぶしぶではあるが付き合ってくれるようだった。


「あ、でもたしかに人は多いかな。ゲーセンみたいな人の多いところ大丈夫? きついなら、無理しなくてもいいよ?」


 高校で大人しくしているのは、人の目があるからだと以前言っていた。ゴールデンウィークの街は人の目だらけと言えなくもない。


「こういうっところは、なんとか。服装も私だとわからなくしてるつもりですし。目立たないようにすれば、い、いけます」


 それでも多少無理をしている様子は見て取れた。それでもしっかり付き合ってくれるのだから、やっぱり根はいい子である。


 この近辺に出てきたときには必ず寄っているゲームセンターは、連休ということもあって大変賑わっていた。学生から家族連れ、カップルなどで繁盛していた。

 ただまあ、今ではスマホやパソコンでいくらでも室内に引きこもることができるようになっているので、最近はゲーセンから人が少なくなっていると聞いている。悲しいことだ。

 桐也とときどき来ることもあるのだが、そのときはコインゲームやアーケードゲームなどで遊ぶこともある。


 しかし現在、僕の影のように距離三十センチくらいをぴったりと付いてくる紗倉さんと一緒では、それも困難である。がちがちに体がこわばっており、レトロゲームのようにカクカクと動きながら後ろを付いてくる。ひどいレスポンスである。


「取って食われたりしないから。いざとなって絡まれても、僕がどうにかできるよ。たぶん」

「う、腕っ節に自信があるように見えませんが……、雨宮君、こう、なよなよしてますし……」


 陰キャのくせに、なんか意外に容赦ないこと言うんだよなこの子。


「一時期、武闘派配信者にはまってた。必要なら、僕の右ストレートが火を噴くよ」

「じょ、冗談でもやめてください」

「怒れるときに怒らないと、本当になにかが言いたくても言えないよ。適度にため込んでるものを発散するのが、潰れないコツかなって思ってる」


 両替機で百円玉をいくつか錬成し、紗倉さんにも何枚か手渡す。

 紗倉さんは手の平の硬貨に目を落としたまま、考え込むように目を伏せていた。


「雨宮君も、ため込んで、潰れたことがあるんですか……? それってもしかして、不登校のときの……」

「……さあ、どうだったかな」


 ノイズの入った古いテレビのように、一瞬、今より小さな机が並ぶ教室の情景がよぎった。

 頭を振って振り払う。

 すぐにゲーセンの爆音BGMとまぶしい光が戻ってくる。

 そして目の前に、不安そうにこちらを見上げる紗倉さんの姿があった。


「もしかして、姉さんからなにか聞いてる?」


 苦笑しながら尋ねると、紗倉さんはぷるぷると首を振った。


「そういうわけでは、ないんですけど。配信でも不登校の話とか、されてるじゃないですか」


 自分ではわからなかったが、どうやら相当意味深な発言に取られてしまったようだ。


「まあテンコさんの配信もそうだし、他でもたびたび不登校の話はしてるしね。まあ、僕も配信者を始める前はいろいろあったんだよ。ため込みすぎてね。今にして思えば、それほど大したことじゃなかったんだけどね」


 言って、僕はクレーンゲームがある一角に紗倉さんを促した。


「そのとき学んだことが、いろんなものを好きになっていこうってこと。興味がわかない、面白そうじゃないなんて考えずに、たくさん自分の好きを見つけたいんだ。家に閉じこもってるんじゃなくて、たまには外でいろいろ発散すること。だから外に出たら、目一杯遊ぶようにしてるの。だから紗倉さんもちゃんと付き合って」


 紗倉さんはきょとんと首をかしげていたが、途端に噴き出して、おかしそうに口を押さえていた


「それじゃあせっかくなので、お付き合いします」



「ちっ、前からほしかったキーホルダー、これ、なかなか取れないな」


 思わず舌打ちが漏れてしまう。


 つり下げられているグッズの数々。アームがつかんで引っ張り、落とせたら景品が取れるタイプのクレーンゲーム。

 見つけたのはVTuberのイラストが描かれたキーホルダーで、よく配信を見にきてくれるイラストレーターさんがデザインしたグッズだ。売れっ子で、発売当時数日で姿を消してしまったのだが、なんの因果か数点ぶら下がっているのを見つけたのだ。

 しかしなかなかアームがキーホルダーに引っかからず、まったく景品が落ちる気配がない。


「アーム壊れてるんじゃないの? いつもはもっと簡単に取れてるんだけどな」

「……あの、ちょっと変わってもらっていいですか?」


 僕が不平を漏らしていると、後ろに控えていた紗倉さんが顔をのぞかせてきた。


「え、取れる?」

「ど、どうでしょう……」


 まだ回数が残っていたのでそのまま紗倉さんにバトンタッチ。

 紗倉さんは少し不安そうな顔をしながらも僕の代わりにクレーンゲームの前に立つ。

 そして、しばらくアームとキーホルダーの位置を確認したのち、ボタンを操作する。

 なめらかに、それでいて迷いなく動くアームは、するするとキーホルダーの前まで行く。

 紗倉さんがボタンを放すと、アームがキーホルダーをつかみに行く。

 するとどういうわけか、アームはあっさりとキーホルダーをつかみ取り、ずるずると金具からキーホルダーを引っぺがし、ぼとんと取り出し口に落ちた。


「おお、紗倉さん天才!」


 一発でキーホルダーを取って見せた紗倉さんは、じとっとした目でこちらを見てきた。


「雨宮君、意外と不器用なんてですね……。もうちょっと考えてアーム動かせばいけそうだったのに」

「ぼ、僕はこつこつ努力型なの。事前に準備しておかないとだめなの」


 自分でも情けない自覚はあるが、クレーンゲームは苦手なのだ。とにもかくにも練習が難しい。家に実機を買おうかと両親に言ったら、馬鹿かはお前はと怒られたこともある。冗談だったのに、お前ならやりかねないと言われてしまった。

 オンラインゲームやリズムゲームならひたすらもくもくと練習ができるが、クレーンゲームはそういうわけもない。練習の機会が少ないクレーンゲームは鬼門である。


「まあ、雨宮君の事前準備はいつもすごいとは思ってますけど。普段はどうやってグッズ取ってるんですか?」

「普段は桐也が取ってくれるんだ。クレーンゲームの達人で、僕はお金を出してとってもらうだけ」

「滅茶苦茶情けないこと言いますね」

「ぼ、僕にだって得意不得意はあるよ……」


 わたわたしていると、ぷっ、と紗倉さんが吹き出した。


「あはははっ、おかしい。雨宮君、真剣にクレーンゲームに向き合ってるのに、全然違うところ掴むし、取れないし、も、もうだめだ……っ」


 紗倉さんは帽子をずらして顔を隠し、体を震わせながら笑いを押し隠している。


「そ、そんなに笑う? ひどない?」

「わ、私悪くない……、面白いのが悪いです……ぷぷっ」


 それでもただひたすらに笑い続ける紗倉さんに、僕は気恥ずかしさで顔が熱くなる。

 というか、学校では笑うどころか表情すらほとんど変えることがない紗倉さんだが、意外にも感情があるらしい。

 普段の配信ではころころと表情を変える天真爛漫なキャラクターであるが、それはVTuberを行う上での演じているものだと思っていた。

 人の目を気にしてしまい萎縮してしまうらしいが、本来の紗倉さんはもっと、感情が豊かなのかもしれない。


 とはいえ、ここまで一方的に笑われるのは、なんか癪だ。


「よし、では僕のアーケードゲームのスキルを見せてあげよう。対人ゲームならそこそこ自信がある」

「そ、そっちは私がやったことないですよ。筐体のゲームなんて、お父さんたちの時代が主流で、今はあまりやる人いないんでは?」

「僕がおじさんとでも言いたいのか。それならリズムゲームで勝負だ。ここのゲーセンはリズムゲームも豊富だから」

「そういえば、さっきからずいぶん賑わってますね」


 店内BGMが爆音を響かせているなからでも、ひときわ爆発的熱狂に包まれている場所がある。

 音ゲーやリズムゲームと呼ばれるゲームは、今でこそ自宅やスマホでできるが、もともとはゲーセン主体で流行ってきたものだ。

 アーケードゲームなども同様だが、ゲーム好きが集まるゲーセンでやるリズムゲームが別の楽しさがある。


 もっとも……。


「ひ、ひぃいい……、こ、こんな人が多いところでゲームなんてできないですよぉ……」


 衆人環視の、それも砲声と熱気が狂喜乱舞している人間たちに囲まれてゲームをすることは、陰キャには酷すぎるようだが。

 たしかに街中とは違い、筐体の前にいけばいやでも人の目を引く。これはさすがに酷だったか。

 がくがくと体を震わせながら目を白黒させている紗倉さんは、陽の結界が張られた空間に体が弾かれるようで、近づこうとしては弾かれて、近づこうとしては弾かれてを繰り返している。


「も、もういいじゃないですか。コラボカフェのほう、行きましょう。お、音ゲー空間にいるより、コラボカフェに並ぶ方が一億倍ましです。ホント、ホントお願いします」


 その言葉が切実すぎて、僕は苦笑いしかできなかった。


「わかったよ、ごめんごめん。でも、のぞくだけのぞいていこうよ。なんかすごい盛り上がってるからさ」

「う、うぅ……わ、わかりました。勉強、勉強のつもりで、がが、頑張ります」


 決死の覚悟をしている紗倉さんをともなって、僕たちは音ゲーエリアに進んだ。


 音ゲーエリアは店内BGMが聞こえないほど熱狂に包まれていた。

 多くの観客に囲まれて行われているのは、ダンエボと呼ばれる踊りとリズムゲーが合体したゲームだった。楽曲と同時にモニターに表示される矢印を、足下のフットパネルを踏んでいくものだ。かなり昔からある音ゲーだが、バージョンアップを重ねて現在でも根強い人気を誇っている。

 このゲーセンのダンエボは二台並べて設置されており、二人のプレイヤーが勝負できるタイプだ。

そして現在、ダンエボでは二人のプレイヤーが苛烈な踊りを繰り広げながらゲームをしていた。


「うわぁ……なんだかすごい人がいますね……」

「ああ、変なのがいるね」

「もっと近くに行かなくてもいいんですか? 私は行けないですけど、雨宮くんは行ってもいいですよ?」

「……いや、ここから見よう」


 僕たちは大衆の端っこで立ち止まり、遠目に渦中の人たちに目を向けた。

 大衆に囲まれて踊りを繰り広げている二人は、男性と女性だった。

 男性は大学生くらいの人で、軽装にアクセサリーじゃらじゃらの、いかにもノリも軽そうな陽キャさんだ。周りには大学生の友人らしき人も声援を送っており、盛り上がりの一端を担っている。


 ただ、今回盛り上がっている大部分は、もう片方の女性側だ。

 もういろんな意味でイカれている。


 小柄な女性。高校生である紗倉さんも同年代では小さい方の部類だが、ダンエボで踊っている女性は紗倉さんよりわずかに高い程度の身長。体も細身だが、服の袖からのぞく手足はすらりと細く、健康的に引き締まっていることがわかる。

 そしてなにより目を引くのが、その服装だ。

 まだ五月だというのにノースリーブパーカーに短いスカートという活発な格好。ただそのパーカーというのが猫耳パーカーなのである。白を基調としたパーカーのフードに、立派な猫耳が生えているのである。しかもミニスカートの腰からは元気なしっぽまでのぞいている。リアルではなかなかお目にかかれない、完璧なレアモンスターだ。

 ダンス中にも関わらずフードは外れず、しっぽを揺らしながら華麗に舞を続ける猫耳少女。

 しかも、スコアが非常に高い。

 相手にしている男性も決して下手には思えないのだが、テンポの速い難しい楽曲でそもそも高得点が困難なもの。

 それでも猫耳少女はほとんどフルコンボの勢いで得点を積み重ねている。

 猫耳少女が驚異的なスコアで男性を圧倒している展開に、ゲーセンは大盛り上がりだ。

 結局、僕たちが見始めてから一つのミスもなくコンボを続け、猫耳少女の圧勝でゲームは終えた。

 拍手喝采に包まれるゲームセンター。

 男性側は息も絶え絶えな様子で、だらだらと汗を流しながら肩で息をしている。進入禁止の柵に体を預けてぐったりとしているが、勝負に負けても悪い気はしてなさそうだ。

 男性とハイタッチしている猫耳少女は息も切らしておらず、猫耳フードからのぞく白い頬には汗もかいていなかった。


「いやいや、どーもどーも」


 軽い調子で周囲の観客に答える猫耳少女は、人々の間をするすると抜けて、ゲーセンを出て行こうとする。

 僕の後ろに隠れていた紗倉さんは、先ほどまでとは打って変わって目をきらきらとさせて、感動した様子でぱちぱちと手を叩いていた。


「すごい、本当にすごかったですね」


 普段ほとんど感情を出すことがない紗倉さんのような人でも魅了する才能。

 あの猫耳少女は、そういう非凡な能力を持っている。

 だけど、紗倉さんは間が悪い。本当に余計なことを言ってしまう。


「かっこよかったですね。雨宮君」

「……雨宮?」


 ゲーセンのノイズは大音響だ。隣にいる人の声でも聞きこぼすほどだ。

 しかし、ゲーセンの入り口に向かって歩いていた猫耳少女は、それなりの距離があったにも関わらずピタリと足を止めた。

 迷いなくこちらを振り返った猫耳少女と、僕の視線が交錯する。


「あ、あああああああああっ!」


 よし逃げよう。

 僕は紗倉さんの手を掴む。


「さあ、紗倉さん行きますよー。コラボカフェが僕らを待っている」

「え、ちょっ――」


 紗倉さんの手を引き、猫耳少女が向かっていた側とは違う出口目がけて足早に歩いていく。

 ゲーセンを出ると、先ほどまでの爆音と光の明滅に密閉されていた空間から解放される。


「あ、あれ? 雨宮君、どうしたんですか?」


 困惑する紗倉さんを引き連れて、路地裏に逃げ込もうと雑踏を突き進んでいく。

 そして、人通りのない路地裏に駆け込んだ。

 まあここまでくれば大丈夫だろう。

 あの人混みで追いかけられるとは思えない。思えな……


「やあやあ、珍しいところで会うねー」


 かったのだが、元気いっぱいに朗らかな声とともに、首に腕がかけられ引っ捕まえられる。


 紗倉さんがびっくりして目を丸くしており、同時に僕の肩はげんなりと落ちた。

 振り返ると、先ほどダンエボで乱舞していた猫耳少女が立っていた。猫耳フードの陰で口を緩めており、二つの大きな目はおもしろそうに笑っている。


「いきなり逃げるなんてひどいなー。まるで見られてはいけない瞬間を見られたようじゃないかね、弟くん」

「見られたくはないのは事実ですし、ちょっと用があるんで離してもらっていいですか?」

「ふっふっふ、こんな面白そうな現場、私が見逃すはずないんだなこれが。それに……」


 猫耳少女は、僕たちの傍らでそれこそ猫のように目を丸くしている紗倉さんを見やる。


「こんにちは」

「ひ、ひぃ……こ、こんにちはです……?」


 混乱しておびえた様子で、うっかり答えてしまう紗倉さん。

 その声を聞いた猫耳少女は、にんまりと笑った。


「やっぱりあなただったんだ。弟くんに妹ができたって聞いたんで、ちょうど会いにいこうと思ってたんだ」

「え……」


 紗倉さんが呆けたように口を開け、僕の口はへの字にひん曲がる。

 猫耳少女はおかしそうに笑って、さっと猫耳フードを外す。

 フードの下から、肩ほどで切りそろえられた綺麗な小麦色の髪がふわりと広がった。大人びて見える整った容貌をしているが、やんちゃを残した二つの目は捕まえたおもちゃをからかうつもり満載。

 そして、猫耳少女は普段人に聞かせている、とても耳に残るソプラノボイスで口を開く。


「はじめましてです、桜木ココアちゃん」


 さらに周囲に人がいないことをいいことに、自らのVTuber名を告げられた紗倉さんに、たたみかけるように衝撃的事実を告げる。


「私は、蒼山モカ。リアライブル所属の、VTuberです」

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