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過去の万バズは黒歴史。

 僕の登録者数が跳ねたのは、VTuberを始めて間もないころに、とある対談企画に呼ばれたときである。


 対談企画を頻繁に行っている狐娘VTuber、小鞠テンコさんとのコラボだ。

 普段から企業勢や個人勢、話題に上がったVTuberと頻繁に対談コラボをしている人で、僕はそこに呼ばれた。

 僕にはVTuberを始める際に協力してくれた師匠的な人がおり、その人が僕をテンコさんに紹介してくれたのだ。

 小鞠テンコさんは、中の人は実際のところ女性なのだが、ボクは男ですと豪語している男の娘VTuberだ。なんか僕に属性が似ているのだが微妙に違う、ひどく混乱を招くコラボだった。


 テンコさんは非常に会話がうまく、対談コラボは非常に高評価。

 さらにまだ中学生の僕を気遣って巧みに会話を引っ張ってくれていた。


「次は引きこもって二ヶ月のカタツムリさんからのお便り。中学に行きたくなくて二ヶ月登校できていませんと。おっと、これは不登校初心者さんからのお便りです。ボク個人としては触れにくいのですが、なんでもソーダくんは少し前まで不登校だったと聞いているんですけど、本当なのでしょうか?」

「純度百パーセント真実ですね。この春に中学三年生になったばかりですけど、小学六年生から中学一年生の途中まで、完璧に不登校でした」

「おおう。こ、これはボクとしても触れていいか微妙なラインだと思うのですが……。ソーダくんを紹介していただいたモカからは、弟くんはNGラインが存在しないのでボクの得意なセクハラ絡みもなんでもオッケーと聞いているので問題ないでしょう」


 モカというのが、僕にVTuberのいろはを教えてくれた師匠である。


「とりあえず師匠はあとでケツバットです」


『リアライブルの大御所にすげぇ発言w』『相手の子中学生でしょ? セクハラは問題じゃない?』『不登校の話はなー』


 コメントの様々だが反応は悪くない。


 時刻は午後九時。小鞠テンコさんの配信はVTuberの名物的配信になっており、見ている世代も様々と聞く。僕と同性代の子どももいれば、大人もいる。ただ悪のりだけをしてくる場ではない。

 人生経験の乏しい僕だが、テンコさんが拾ったお便りは明らかに僕を意識してのもの。もしかしたらお便りを出すにも結構勇気が必要だったかもしれない。


「いいですよ。不登校の話、どんと来いです。テンコさん、続けちゃってください」

「わかりました。えっとですね、先ほどの続きです。

中学に行きたくないと親に言っていかなくなりましたが、でも行かないといけないとも思っています。行けなくなったら理由は、いじめです。どうすればいいでしょうか。アドバイスをお願いします。と、なるほどなるほど」


 僕は、雨宮颯太はかつて、不登校だった。小学六年生から中学一年生の間で、何年も、というわけではないが、それなりの期間学校というものに通えなかった。

 当時は不登校を明けてそれほど時間がたっていなかったが、それでも配信ではけろっとそのことを話していた。

 ただ、テンコさんの配信に呼ばれたころは、雨宿マキアバフがあったとはいえ少なければ一桁、たまたまタイミングよければ一〇〇人程度のリスナーが配信に来るくらい。それでも結構すごいことなのだが、不登校の話をテンコさんのところに送ってくるあたり、僕のリスナーもテンコさんの配信に来ているのだ。


「うんうん。学校、行きたくなくときあるよね。いじめっていってもどんな種類か、肉体的か言葉的か、そのあたりのこともわからないから、軽率にわかるなんて言えないけど。僕も不登校は経験あるよ。嫌だよね。本当に」


 学校に行く価値が見いだせなくて行けない人は、義務教育とはいえ行かなくてもいいんじゃないかと、個人的には思う。ただ義務教育でしか学べないことはあるし、自分であれこれ勉強して将来のために備えることは難しい。大人になって、あのとき勉強しておけばと思っても、それはきっと遅い。

 高校生になった僕でさえ、過去の不登校を悲しく思っているのだ。主に修学旅行に行けなかったこととか。姉さんは不憫に思ったのか北海道と沖縄に一週間くらい連れて行ってくれたから、それはそれで面白かったし感謝しているけど。


 とにかく、リスナーさんのいじめで学校に行けなくなったというのは、少なくともその根底には行きたいけど行けなくなったという思いがあるのだろう。


『いじめは許さない』『不登校って辛いよね。お便り出した人がいたら、ぜひここでは楽しんでほしい』『なんだかんだで、子どものときの学生生活は貴重だからな』


 コメント欄にも優しい人が多い。


「僕から言えることは、もしまた学校に行きたいなら、少しずつでも学校に行けるようにリハビリをしてみることかな。家から出ないようにしていると、どんどん出なくなっちゃうからね。ゲームとか漫画とVTuberとか雨宿ソーダとか」


『さらっと自分を楽しいもの発言してて草』『まあたしかに一度出なくなると出ていけなくなるよね』


「テンコさんが子どものころはまだVTuberとかスイッチとか、なかったと思うんでわかりにくいかもですけど。テンコさんの世代は、どこでしょうか。ファミコン世代とかですか?」

「人のことどれだけオジサンだと思ってるの! 違うから! も、もう少し上、ボクの世代はもう少し上だから!」


『すごいぞこいつ流れるようにテンコを殴りに行った』『本当に中学生かよ草』『たしかテンコは64世代』


「リスナーうるせえ黙ってろ!」


 テンコさんから暴言が出て、コメントは一気に沸き立った。

 その流れを一通り楽しみつつ、僕はお便りにコメントを戻した。


「公園に行くでも海に行くでも、街を散歩するでもいい。まあ、子どもの僕らが平日からあちこちうろうろしてたらおまわりさんに声かけられるから、できれば家族に協力をしてもらおう。それと、今が四月の末で不登校二ヶ月ってことは、不登校になったときは前の学年で、新しいクラスになってるよね。いじめっ子はもういないかもしれないし、環境も変わればいじめもなくなるかもしれないし、助けてくれる人もいるかもしれない」


 人間関係が変われば、状況が変われば、よくも悪くも自分を取り巻くすべてが変わる。いじめが悪化する可能性もあるが、好転する可能性も大いにある。


「それから最後に、これは僕が思う、ちょっときついかもだけど世界の真実を話そう。テンコさんの配信なんで、テンコさんがよければ」

「配信が消されないレベルならオッケー」


 若干声が震えていたが、配信主から了承も出た。

 少し間を置いて、僕は口を開く。


「意外かもしれないけど、案外みんな、自分以外の誰かのことに興味はないよ」


 きついかもしれないが、これは真実だと思う。


「自分の立場で考えてほしいんだけど、たとえば学校に通っていたときにクラスの誰かが不登校になっても、すごく親しくなければ、かわいそうだな、不憫だなって思う程度」


 よく知らない誰かのために一生懸命動くヒーローなんて、現実世界には存在しないのだ。


「でも逆にいいこともある。不登校になっている自分がもし学校に出てきたら、悪く思われるかも、生意気って思われるかも。そんなことを思っているのかもしれない。でも、案外みんな気にしないものだよ。ああ、出てきたんだって、それくらい。中にはもしかしたら出てくるなんてすごいじゃんって、好意的に思ってくれる人もいるかもしれないよ。だから最初の一歩を頑張って踏み出していこう。それが、かつて不登校だった僕からのアドバイスかな」

「君は本当に中学生か? めちゃめちゃなんか、達観したこと言うな」


 テンコさんから褒めているのか呆れているのかわからないコメントが出る。

 高校二年生の今にして思えば、なんてクソ生意気な中学生だと思うが。


『安心して戦ってこい!』『いつでも勇者の帰りを待っている。成功しても失敗してもソーダの配信で祝福してやる』『いじめは絶対許さない』


「ああ、それと、今度僕の配信でいじめについて語り合おうか。僕のところに来てくれる数少ないリスナーたちは、僕を含めて性根がひん曲がった連中だ。どうやっていじめっ子を撃退するか、悪知恵を振り絞って考えよう」


『突然の悪口』『いじめ対策の集合知がここに』『大人が教えてくれない対策を教えてあげよう』


 テンコさんの配信は上々のつかみだったと思う。

 テンコさんとの絡みも問題がなかったように思うし、緊張しながらもだいたい噛まずに話せたと思う。

 しかし、この配信で僕のチャンネル登録者数は大きく躍進して一万を超えることになるのだが、このいじめの話はまだ前哨戦だった。

 問題の場面は配信の終盤、配信の落ちとして打ち合わせしていた流れ。


「えーとそれでは最後の方になりましたが、今更ですが、雨宿ソーダは、実は男子という誤情報が流れていると耳にしました。こんなかわいい声をしている子が男なわけありません」


 とテンコさんから指摘。


「残念ながら僕はれっきとした男です」


 当時はもうじき一五歳という年齢だったが、声変わりは一応終わっていたはず。高校生二年生の僕と聞き比べてもほとんど差を感じないほど。まあ自分でも中性的な声をしている気はしていたので、性別に関してはずっと言われていたのだが。


 否定してもテンコさんは食い下がる。


「いいえ、ボクは信じません」

「だったら僕のスカートに頭をツッコんで付いているかどうか確かめるといいです。姉さんも脱がすまでわからないと言っていました。一緒に確認しましょう」

「や、やばいこの中学生強い! 配信が本当にBANされるかもしれない!」

「それではここで、僕の師匠から伝授されたテンコさんを落とす口説き文句十選」

「え、急になに」

「いや言う機会ないかとびくびくしてました」


 咳払いを一つ入れ、僕は慣れない操作でエコーを入れる。


「……テンコちゃん、今日はずっと一緒にいてほしいな」

 

 当時の配信を聞いても死にたくなるほど恥ずかしいが、そのときはなんとなくノリでできてしまったのだ。なよっとした声でしなを作り、中性的な声を目一杯使った台詞。師匠にさんざん練習させられたのだ。

 効果があるのか疑問だったが、テンコさんは大ダメージを受けたようにうめいた。


「ぐはっ! な、なんだそれ、なんか今、胸がきゅんとした」


 テンコさんの表示されているアバターが、途端にぼろぼろになって包帯でぐるぐる巻きにされた満身創痍版に変化する。さすがに人気者はアバターの差分も豊富である。


『テンコが中学生にすごい台詞言わせ始めたぞ』『これはもう犯罪では?w』『いやでもたしかにいいなこれ』『女の子にさせるとまずい気もするが、男だったら問題ないよね!』


 リスナーも楽しんでくれているようでなにより。


「い、いやなにかするとは聞いてたけど、これは結構ぐっと来るぞ。やるな雨宿ソーダ……」


 ダメージがあるようなので、たたみかける。


「えー、続きましてー、んん」

「え、まだ続く?」

「口説き文句十選ですので」

「マジで全部やる気だ!」


「僕のスカートの中、テンコちゃんになら見せてもいいよ……」


「やばいやばい! ボクのなにかが反応しちゃう! すごいぞくぞくする気持ちいい!」


 これで喜ぶテンコさんも、僕の師匠も、そしてそれを言われたまま読み上げる僕もそうだが、VTuberというのは本当にイカれている連中の集まりである。

 これでリスナーも盛り上がるのだから世も末である。


 しかし、この配信はあちこちで拡散。テンコが中学生にセクハラしているだの、中学生が変な色気を出しているだの、SNSのトレンドに乗るレベルでバズってしまった。万バズである。チャンネル登録者数はこの一撃で一万くらい増えて、そこからさらに波に乗って上昇を続けていったのだ。



「……みたいなことが昔あったんだよねー」


 雨宿家の雑談配信で、昔のことをしみじみと語る。

 なんとなくどこでチャンネル登録者が伸びたかという話になり、自然と僕が一番初めに注目されたテンコさんとの対談コラボの話になったのだ。


『俺その配信でソーダ知ったわ』『あの口説き文句十選は定期的に聞きたくなる』『よくあんなの中学生のときにやってたよな』


 と当時を振り返ってくれる古参リスナーもちらほら。

 ちなみに。

 現在の雑談相手であるココアから、非常に気まずそうな声が上がる。


「実は、私も一番初めに見たソーダくんの配信が、テンコさんとの対談コラボでした」

「……かつてなく死にたくなりました」


 あれを最初に見られた人間が僕のリアルを知っているのか。どんな羞恥プレイ。とりあえず過去の自分を、馬鹿なことをやめろと殴りつけたい。黒歴史になること間違いなのだから。


「とりあえず、僕のテンションがこれ以上なく落ち込んだので、今日の配信はここまでで……」

「そんな配信の終わりあるかな! あるみたいだね! よしそれではこのあたりで終了! 今はゴールデンウィークだからね。まだまだ配信するから! それではみんな、よき連休を!」


 ココアがすぱっと切れ味よく配信を終了する。


 現在はゴールデンウィーク真っ只中。本当なら明日も高校は休みで配信し放題であるのだが、あいにくと明日は外出予定があるのだ。

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