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陰キャ女子はぼっち飯。

 その日は、いつも昼休みにやってくる桐也が高校を休んでいたので、一人弁当を持って校内をさまよっていた。

 なんでも、土日にスイーツを食べ過ぎたとかで内臓関係が激ローらしく、高校を休んでいるとのこと。そんな理由で休むとは、さすが桐也といったところだ。


 僕たち通っている高校は、普通科や情報科、商業科などのいくつかの学科にわかれている。

 世間一般では進学校の部類に入っているが、偏差値は中の上くらいでごくごく平凡な高校である。

 全校生徒数は千人まではいかないくらいで、一学年三百人くらい。同学年でも名前も知らない生徒は当たり前にいる。

 ふらふらしながら校内をさまよっていると、中庭を通りかかった際に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「でさ、俺は言ってやったわけよ。それがこの店の対応なんですかって。これ撮ってるんで、SNSに挙げちゃいますからねって」

「うわこわーい。それでどうしちゃったの?」

「そしたら店員の人、わたわたして涙目になってさ、急いで他の客追い出して、おまけにカラオケ代、タダにしてくれた」

「なにそれ超ラッキーじゃん!」


 うさんくさい話で盛り上がっているのは、中庭にあるベンチとテーブルがある目立つ席にたむろしている五人ほどの男女グループ。

 同じ二年生だが、一緒のクラスになったことはなく、ほとんどの人は面識がない。


 ただ話の中心にいる男子生徒だけは、見覚えがあった。

 誰に影響されたのか灰色に染めた長い髪。整った顔に自信にあふれた表情が貼り付けられており、指にはごつい指輪がいくつもはまっており、威圧感を放っていた。


「まあ俺、こう見えてチャンネル登録者数一万人越えだからさ、怒らせたら大変って向こうもわかってたのかも」

「さすが人気動画投稿者だよな。収益化通ってるなんてうらやましいぜ」

「これも努力のたまものよ」

「それで、さっきのカラオケの、予約が取れてなかったって話? それも面白おかしく編集して投稿してたのか。よくそんなイベントに遭遇できるな」

「バッカお前、そんなの嘘に決まってんじゃん。予約なんて初めからしてなかったっつの。相手すぐに新人バイトってわかったから、ちょっとからかってやっただけださ」

「なにそれひど! あはははは」


 今の話のどこに笑えるポイントがあったのか僕にはわからなかったが、グループの人たちは中庭中に響き渡るほど大笑いしていた。

 ホント、イカレてる。


 探している人は中庭にはいない様子だったので、とっとと通り過ぎようとしたとき、話の中心にいた灰色髪がこちらに気づいた。


「おっ、雨宮じゃん、おーい」


 無視することができる距離にいなかったので、仕方なく足を止めた。


「ん、根岸、久しぶりだね」


 男子生徒の名前は根岸誠。高校入学前からの、知り合いである。

 僕が一人であることに気がつくと、ニマリと、口が嫌な形で笑った。


「なんだ一人で飯食うのか。いつも一緒の志摩はどうした?」

「あいにく休みでね。今日は一人」

「だったら俺たちと一緒に飯食っていってもいいぜ。一人だとさみしいだろ」


 仲間に入れてやるぜ感が強い言葉で言われ、僕は内心小さくため息を落とす。


「せっかくだけど遠慮しとく。それじゃあ」


 それだけ言って、僕は足早に中庭を離れていく。


「けっ、相変わらずつまんねぇやつ」

「ねぇ、あの男子だれ?」

「中学のときの同級生。でもあいつ、実は昔俺が……」


 根岸の話をそれ以上は耳に入れたくなくて、振り切って中庭を出た。



「おっ、紗倉さん発見」

「ぶふぅうっ」


 ようやく見つけた目的の人物は、声をかけると同時に口に含んでいたお茶を吹き出した。

 生徒が日頃授業を受けている棟から一番離れた、この時期は使われていないプールの脇の木陰。そんな根暗スポットで紗倉さんは一人で昼食をとっていたようだ。発見に時間がかかるレアモンスターなだけはある。


「ソ、ソー」


 黒縁眼鏡の向こう側で目をまん丸に見開きながら、口をぱくぱくとさせている紗倉さん。


「そっち名前はこっちだと禁止だよ」

「あわわわ、ごめんなさいごめんなさい」


 ぺこぺこと頭を下げて謝る紗倉さんに、僕はおかしくて吹き出した。

 プール脇に並べられた木々の木陰には、適当に椅子が転がっている。数年前までは活動していた水泳部がたむろしていた場所らしいが、今はプール部が廃部してほとんど誰も使っていないと聞く。


「どどど、どうしてここに……」


 うろたえる紗倉さんは、口の周りのお茶を拭き取りながらきょろきょろと周りを見渡す。


「桐也ならいないよ。今日は僕一人だから」


 みんなどうしていつも桐也と一緒にいると思うのか。

 側に転がっていた椅子を起こし、土埃を払って腰をかける。

 昼休みも残り少ないので、持ってきていた弁当を膝の上に広げて食べ始める。

 昨日作った料理の残り物弁当。卵焼きやら焼きサバやらブロッコリーやトマトと一緒に、詰められるだけご飯を詰めた雑飯。


「あの、なんで……」

「え? 私の一人の時間を邪魔するなと?」

「……そ、そこまでは思ってないですけど」


 そこまでとは言わずとも、どこかまでは思われているみたい。どっか行けくらいは思われていそうだ。


「お兄ちゃんに対してひどいなぁ……」

「さ、さっき自分で言うなって言ったのにぃ……」

「大丈夫。聞かれてもそういうプレイをしているだけって思われるだけだよ」

「そ、それはそれで困ります!」


 必死に言い返す紗倉さんに、おかしくなって自分の顔がニヤついていることがわかってしまう。

 紗倉さんは少し頬を膨らませた様子だったが、そのままそっぽを向いてしまった。弁当は食べ終わっていたようで、お茶を飲みながらひなたぼっこしていた様子。

 ただ、膝の上には革製の年季を感じさせる手帳に目を落としている。赤い装丁の手帳で、授業で使うものにそんなものはないので、個人的な私物なのだろう。


「そ、それで、なにしに来たんですか?」


 手帳を読むことに集中できないのか、ちらちらとこちらを伺いながら、三つ編みにしたお下げしにした髪をいじっている。


「いや、ただどこでお昼を食べているのか気になって。まさかこんなところでぼっち飯とはね。けどいい場所見つけてるね」

「わ、私のお気に入りの場所だったのに……邪魔が……」


 邪魔とまで言われてしまった。

 僕はご飯をかき込み、ふと思う。


「そういや紗倉さん、意外にネットの外でも話せるんだね」


 クラスでもそうだし、初めてコラボの話をしたときもそうだが、会話下手でド陰キャを地で行っている女子高校生のようだったのだが。今もたどたどしくはあるが、一応まともに会話が成立している。

 紗倉さんは眼鏡の向こう側で目をぱちぱちと瞬いた。そして気まずそうに視線を逸らしたあと、もごもごと口を開く。


「……ここは、人の目がないので」


 僕は驚いた。


「つまり、紗倉さんは僕を人間として見ていない、ってことか……。お兄ちゃんショックだよ」

「……え? ええ!? いやちがっ、もうっ、なんでそんな風に捉えちゃうんですか!」

「いやごめん。なんかいじりたくなった」

「さっきからひたすらいじられてばっかりだよ!」


 ついにいつもの丁寧語さえ剥がれて突っ込まれてしまう。

 紗倉さんはむぅーと口を膨らませたあと、小さくため息をついて空を見上げた。

 今日は晴天だ。雲一つない、透き通った空が、木漏れ日の間に広がっている。


「私は、あまり人の目に慣れてなくて、いや、得意じゃなくて……。自分に向けられている目がたくさんないなら、普通に話せなくはないですけど」


「そっか。ネットで配信するときは、目を向けられているって感じとは、少し違うもんね」


 紗倉さんは少し自嘲気味な笑みを浮かべて、こくりとうなずいた。

 ネットで向けられているのは、目ではなく意識、といった感じが強い。直接目で見られているというものとは、言葉では言い表しにくいが違いがある。

 だからこそ、一女子高校生の紗倉心愛ではなく、配信者の桜木ココアと活動している間はあそこまで違いが出るのだろうが。


 それは別に紗倉さんに限った話ではない。

 僕だってそうだ。

 今こうしている高校生と、VTuberである雨宿ソーダに違いなんてほとんどないと思っている。

 ただ現実でできることと、ネットでできることには大きく違いがある。ネットでは好き放題放せるが、リアルではあそこまであけすけに話すことはできない。

 現実とネットで違いがあるほうが、むしろ普通だ。

 誰かに見られているのであれば絶対にできないことも、ネット上ならなんでもできる人間もいる。

 配信者なんてものはその代表格だろう。


 VTuberは、自分がなりたい姿になれる。

 紗倉さんがVTuberで本来の自分を生きられるのなら、それを一緒に手伝えるのなら、僕がVTuberをやっていてよかったと思う。


「まあ、意識されることも、ダメなこともありましたけど……あっ」


 ふと、ぽんと紗倉さんが手をついた。


「この話、そういえば配信でしたことないかも。今度の雨宿家でやりましょう」


 言って、紗倉さんは手に持っていた手帳に何事かを書き始めた。

 僕は話しながらも食べ終えた弁当を包みにしまい、紗倉さんが書き留めている手帳に目を向けた。


「それ、もしかして配信のネタ帳かなにかなの?」

「そうですよ。配信で話すネタとか、スケジュールとか、やらないといけないこととか、メモしてるので」

「なんでわざわざアナログな手帳に……。スマホに記録しておけばいいんじゃないの?」


 びくりと、紗倉さんが肩をふるわせる。そして気まずそうに視線を逸らし、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。


「私、あまりスマホとかパソコンとか得意じゃなくて、基本的に手帳派なので……」


 おいVTuber。

 という言葉を必死に飲み込む。

 しかしまあ、VTuberには意外にもパソコン周りに弱いという人が存在する。VTuberの中には、パソコン好きが高じてVTuberになる人もいる。ただVTuberに憧れてVTuberになる人は、必要な技術だけを徹底的に尖らせてVTuberにたどり着く人間がいる。企業勢にだって、マネージャーに全部任せているからとか、親兄弟が詳しくてとか様々である。

 自分でなにもかもできなければいけないというわけではない。

 個人でやっていてデジタル関係が苦手なのは、大変そうなのは間違いないが。

 なんか本当に、いろいろイカレてる子である。


「そ、それで、本当になにしに来たんですか?」


 書き終えた手帳を閉じながら、紗倉さんは恨めしそうな目を向けてくる。


「なにしにって?」

「お昼食べに来ただけってわけじゃなくて、用事があるんでは? 雨宮君は、そんな面倒なことしないたちだと思うので」

「VTuberなんて、面倒ごとのオンパレードだと思うけどね。同じくらい楽しいもあるけど」

「私はあまり面倒ごとだと思ったことはないですけど……」


 本気でわからないという様子で、口元に指を当てながら首をかしげる紗倉さん。ずいぶんVTuberが向いているようで。

 ただ、紗倉さんの言うとおり、少し用事があったのも事実だ。


「今度の連休なんだけどさ、ちょっと付き合ってほしいんだけど」

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