プロローグ
「好きです。ずっと、ずっと好きでした」
夕日によって茜色の染まった教室。
まっすぐこちらを見つめたまま紡がれる言葉は、感情をともなって僕へと届く。
僕は、授業が終わって誰もいなくなった教室に、目の前の彼女に呼び出されていた。
僕と彼女以外誰もいない放課後の教室は、本来なら特徴のない平凡な部屋だけれど、なぜだろう。今は僕たち二人のために用意された特別なもののように感じられた。
夕暮れに照らされた亜麻色の髪がきらきらと光る。目元が隠れるほど長い前髪に、二つに緩くまとめられたお下げ。他の同級生たちが競うように丈を短くしていているスカートは、校則通りに膝下まできっちり着込まれている。
普段は野暮ったく地味に感じるそれらの要素も、ことこの状況においては色めいて見える。
この春から二年目の高校生が始まり、新しいクラスでの生活は一ヶ月もたっていない。以前から知っている子でもない。今年度同じクラスになった少女について知っていることはいくらもない。
ただ自己紹介や授業中などでさえぼそぼそと声を発し、クラスにもほとんど友人らしい友人がいた覚えもない。
でも、今はっきりと。
「もっと早く言いたいって、言わなくちゃいけないって思ってて……。けど、勇気がなくって」
弱々しくもはっきりと奏でられる声音は、暗めな印象を受ける少女の容貌とは乖離した、透き通った艶やかな色を持っていた。
呼び出された時点で、まさか、とは思っていた。でも同時に、そんなわけもないとも思っていて。
僕は取り立てて特徴の人間だ。少なくとも外世界においては、だが。高校では目立つような行動はしていないし、波風立てない生活を心がけている。平々凡々として、特筆してなにもしてこなかった人間。
そんな言葉を向けられる覚えが、小指の先ほども思い当たらない。
だけど、少女の視線は、声色は、まったく迷いも憂いも感じさせないほど真に迫っていた。
「雨宮颯太さん……私……私と、こ……」
恋人になってください。
その言葉が来ることを疑うこともせず、僕は炎のように火照っている体をこわばらせる。
一度言葉が飲み込まれる。
だが、再び決心したように、少女は胸の前で二つの拳を握り、感情そのものを吐き出すように、力強く叫ぶ。
「私と――コラボしてください!」
がつんと、言葉が頭を揺らす。
同時に、脳細胞が焼け死ぬんじゃないかと思うほど熱を帯びていた体が、急速に冷めていく。
そして逆に血液がパキパキと音を立てて凍り付いていき、全身から滝のように汗が噴き出していく。
ああぁ……ご同業の方でしたか。
ていうか僕、なんで身バレしてるの……?