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夢みる対価



 夜のとばりが降りた。



 黒くそびえるビル群、鮮やかに輝くイルミネーション、響き渡るクラクションは街のBGMに掻き消される。


 雑踏さっとうは駅から吐き出された多くの人で埋め尽くされ、主要道路には赤いテールランプの帯が延々と続いている。



 ビル壁面に掲げられた大型スクリーンからは、アメリカ大統領来日のニュースが流れている。


 主要道路が大渋滞しているのはその影響だ。テロ対策の為に、警官隊による規制線があちこちでしかれている。


 その様子を尻目に、路肩に街宣がいせん車を停めて、大音量の軍歌を流しているのは銀狼会ぎんろうかい系列のものだ。


 流石は関東の覇者といった具合に、応援に駆け付けた神奈川県警の警官隊と、窓越しに激しい言い争いを繰り広げている。


 自分には直接関係ないが、やけに高揚こうよう感が湧いてくる。

『もっとやれ、警察なんかに敗けるんじゃない』そう心の中で応援する。




 信号が変わって車列が動き出す。


 ウィンカーを掲げたタクシーがゆっくりと右折する。


「うおっ!」

 咄嗟に叫んだ。


 横断歩道を駆け抜けようとして、タクシーにひかかれそうになったのだ。勢い余ってボンネットに腕を押し付ける。



「なにしてんだよ、俺を轢き殺すつもりか!」

 ムカついて運転手を睨み付ける。


「……ですが、急に飛び出してきたから……」

 窓から顔を出して申し訳なさそうに言い放つ運転手。


「はぁ? 俺が悪いって、言いたいのか?」

 眉根にしわを寄せて、辺りをうかがう。


 突き刺すような視線は感じていた。


 雑踏の人々、後続する車の運転手達が怪訝そうに自分を見つめている。



 言われなくても分かっている。確かにこの場合、いきなり飛び込んできた自分も悪い。


 轢かれたとはいえ、こすった程度。大した怪我などしてもいない。


 もしかしたらこの運転手、自分を"当たり屋"だと思っているのかも知れない。


 それは正直願い下げだ。自分はそんな小物じゃない。



 そもそもこの手の一般人、見た目で良し悪しを決めてかかる。


 がっしりした体格に黒いジャージ。ソフトモヒカンに刈り込んだ髪の毛、そしてあごひげ。

 この自分の姿で、悪党と決めかかっているのだろう。



 ちっ、と舌打ちする。


 普段ならこの手の連中、引きずり出してワビのひとつでも言わせるところだ。

 人を見た目で判断するな、そう言って、しつけてやるところだ。



 しかし時と場所が悪い。辺りには多くの警官隊がひしめいているし、なにより時間がなかった。


「今度会ったらぶっ殺すからな」

 そう吐き捨てて、再び走り出した。







 こうして向かった場所は、事務所などが入る雑居ビルの二階だった。


 ハァハァと息急ききり、合鍵を使ってドアを開く。



 内部に明かりは灯っていない。


 建ち並ぶパチンコ屋のネオンに照らされて、赤や青、様々な輝きが射し込むだけ。



「この事務所を捨てるだって?」

 ぐっと視線を凝らして訊ねる。


「ああ、ショウタの野郎が酒に酔って、エデンの女にこの場所を暴露した」


 ネオンの青い輝きに、煙草の煙が揺れる。


 室内には他に二人の姿があった。長髪の端正な顔付きの男と、メガネを掛けた茶髪の女だ。


 長髪の方は様々な書類を片っ端から段ボールにぶちこんでいて、女の方はパソコンの画面相手にぶつぶつ何かを囁きながら必死に操作している。


 一刻の余裕もない、そんな状況が窺えた。



「ショウタって誰だっけ」

 問い質す若者。


 エデンというのは彼らもよく行くキャバクラの名前だ。値段は少々張るが揃えている女の質はいい。


 だがその間違いを犯した人物の名前には、聞き覚えはなかった。


「一ヶ月前に入った田舎モンだよ。俺は必ずビックになる、って調子こいてた奴」


「ああ、いたな。消防団が嫌で田舎を捨てた、とか言ってた奴」

 その長髪の答えにうんうんと頷く。


 顔と名前は一致しないが、そんな男がいたのを思い出す。


 ようはただのコマだ。使い捨てカイロと同じようなもの。顔と名前をいちいち覚えていたらきりがない。



「とにかく少し休んで、それから片付けようぜ」


 途中で買ってきた缶コーヒーを渡して、暫し小休止をとる。



「だけどホステスに喋ったからって、警察デコスケが動くとはかぎらないだろ」


「念には念をいれとけって、カズマさんの命令なんだ。あのキャバクラ、デコスケの出入りもあるから。」


「成る程な確かにあの店、内通者エスの噂もある。さすがはカズマさんだよな。やることは大胆だけど、引き際も弁えている。支配者の貫禄だな」


「全ては潮時だったのさ。この場所じゃ沢山の夢を見せてもらったしな」



 東京の全ては夢で形作られている。夜空を遮るビル群、活気溢れる喧騒、煌々と灯るイルミネーション、それぞれが夢の欠片。


 いわば東京の見る夢。




「それでその田舎モン、これからどうすんだよ?」


「一応これ以上余計なこと言わねーようにしつけておいた。デコスケに見つからないように、当分の間監禁しとけって、それもカズマさんの命令さ」


 コーヒーをひと口 すすって、長髪が傍らの仕切りを押し退ける。



「ビックになるとかほざいて、上京した割りには惨めだな」


「たまにいるんだよ、東京に来れば、それだけで夢が叶うと思っている馬鹿な奴」


「東京で見る夢は別格ってか? そういう輩がいるから、俺達の商売も成り立ってるんだがな」


「それ言えてる。所詮こいつらは、田舎から逃げ出したのさ。そんな奴が夢なんか掴めるかっての。俺らの手足となって、ドブ水飲むのがちょうどいいんだよ」


「夢見るのは勝手だか、その代償は大きいってことだな」



 奥の方には誰かの姿があった。両手両足を縛られて、無惨に床にへばりついている。


 着ている衣服はボロボロだ。身体中傷だらけで、血と涙と埃にまみれている。


 それでもまだ意識はあるようだ。猿ぐつわで声が漏れないようにしてあるが、くぐもったような嗚咽おえつが辺りに響いている。


 ぽつりぽつりと続く血だまり。激しい制裁のあとを窺わせるように、折れ曲がった鉄パイプが投げ捨てられていた。



 夢見るというのは一種のギャンブルのようなものだ。


 叶えた者にはバラ色の未来が待っているが、敗れた者には暗い未来が待っている。


 ギャンブルの対価は現金だが、夢見る対価は人生そのもの。



 それこそがこの世界の摂理、それが嫌ならば暗闇で引き篭っていればいい。それだけのことだ。



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