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1人目

「そう言えば幕僚の話になりましたが」


 ティーネが話を変えて来た。


「さきほどの皇帝陛下に対する請願、聞き入れられて何よりでしたね」


「本当は私も機会が与えられればティーネと同じ事をお願いしようと思っていたんだけど、先に言われちゃったからね。おかげでもう一つのお願いが出来たわ」


 まあティーネが褒美に願う内容があれだと言う事は知っていたのだけど。

 もちろん前世のヒルトは「偽善者ぶったいけすかない女!」と激しく憤っていた。


「ひょっとしてあの奇襲部隊を率いていたクライスト少将を麾下にとお考えですか?」


「さすがに隠せないわね。向こうが承諾してくれれば是非、と思ってるわ」


 私も少将になると次の戦場では五百隻を超える分艦隊を率いる事になる。今の時点で私自身の指揮能力はお察しだし、それだけの艦隊をまだ少佐のエアハルトに常時指揮させるのはさすがに無理があるだろう。


 そうなると相応の階級で優秀な実戦指揮官が取り敢えず一人は欲しい所だった。


 この二日、ざっとハンスパパの幕僚達も含めて第三艦隊の人材の能力を見てみたが、エアハルトはもちろん、クライスト少将ほどの能力を持つ人もいなかった。


 このままでは私とマールバッハ家の行く末は本当にエアハルト一人に託されてしまう。


 この能力、鏡越しでもモニター越しでもとにかく動いている相手の顔を見なければ発動しないのが不便だ。そうでなければ軍人のリストを見るだけで済んだのだが。


「実は私も少し目を付けていたのですけどね」


「贅沢過ぎるわよ。ティーネにはもう優秀な幕僚が何人もいるじゃない」


 しかもこの先も桃李満門・多士済々と言った感じで若手の優秀な提督が集まって来るのを私は知っている。


「私も中将となると人材なんてどれほどいても足りない気分ですが……早い者勝ちと言う事で今回は諦めましょう。あなたが救われたのですしね、あの方は」


「心配しなくてもティーネの元にはこの先、いくらでも人材はあつまるわよ。自分の才能に自信がある平民や下級貴族出身の士官なら自分からティーネの元に集いたいと思うでしょ」


 むしろ何人か分けておくれ。

 カシーク提督は何か怖いしコルネリアはさすがにちょっと気まずいので出来ればそれ以外で。


「随分と高く買って下さるのですね、私を」


 ティーネが笑顔を収めるとそう訊ねて来た。


「そうね。私はティーネが中将や大将程度の地位に留まるとは思っていないわ。いずれ帝国軍の頂点に立つ人間だと思っているし、そうする事が帝国のためだろうとも思っている」


 帝国の頂点に立つ人間だ、とはさすがに口に出せなかった。


「買い被りですよ、と言いたい所ですけど、それはやめておきましょう。さすがに私も十八で中将となってしまっては下手に謙遜しても嫌味なだけですからね。ですが私がそのように階梯を登って行くのは、あなたやあなたの御父上や一族に取っては望ましくない事なのでは?」


 ティーネの目がわずかに細くなった。


「父は父、私は私よ。確かに生まれ持った私の家柄と地位は私の幸福と繁栄を約束してくれている。だけどそれも、その裏付けとなるこの神聖ルッジイタ帝国と言う国家が消えてしまえば、同時に消えてしまう儚い物。あるいは、私の実家は消えて帝国はまた新制度の元で生き残る事も出来るかも知れないけど。それが分からない人間達と一蓮托生の運命になるつもりは、私はないわ」


「大胆な事を言われますね、それも宮中で」


 ティーネが彼女らしくもなく、若干気圧されたような表情で言った。エアハルトも慌てたような顔をしている。


「今はここまでにしておくわ。ただ私がそう言った考えの持ち主だと言う事は、是非憶えていて」


 若干、踏み込み過ぎたかもしれない、と思ったが、曖昧な誤魔化しはティーネ相手には危険だろう。

 元々、立場的には友好的になる理由がない相手なのだ。もし一度警戒されてしまえば、後は何をやっても疑われてしまう事になるかもしれない。


「次は是非ティーネの元で戦いたい物ね、私も」


 分艦隊は基本的に本隊となる戦略機動艦隊に追随するが、一時的に他の艦隊の下に付いたり、戦略レベルで独立して運用される事もある。


「ええ、もしその時が来ればよろしくお願いします、ヒルト」


 もっともティーネの次の戦いは、同時に彼女が生涯の宿敵と初めてぶつかり合う事になる激戦になるはずだった。


 つまり恐らくはロスヴァイゼが語っていた連盟側に生まれたもう一人の天才であろう人間が、ティーネと戦う事になる。

 さすがにそこに巻き込まれるのは今は遠慮したかった。色々と怖すぎる。


「先程の言葉、本音ですか?」


 ティーネと別れた後、エアハルトが戸惑ったように訪ねて来た。


「ええ、本音よ。半分はね。残り半分は話してないけどね」


「残り半分、とは」


「帝国が消えればマールバッハ家も消えるように、人類その物が消えてしまえば帝国も消えるわ。もしティーネがそれを分かっていない人間なら、私はあの子とだって一蓮托生になるつもりはないの。分かってくれている人間だ、とは思いたいけど、さすがに今の時点でそれを口に出して確かめる訳にもいかないからね」


 私の先程の物よりずっと大胆な言葉にエアハルトは息を軽く呑み、それから首を小さく横に振った。


「帝国と連盟の戦争は、互いに血を流し過ぎている。これ以上こんな不毛な歴史を続けたら、人類その物が危ういわ」


「ヒルト様のお話を伺い、このところのお振舞いを見ると、その戦争を止める事が目的であるかのように聞こえますが」


「ご名答。さすが私の一の子分。良く分かったわね、褒めてあげるわ」


 私は足を止め、エアハルトの方を見た。エアハルトは真顔でこちらの顔を見詰め直す。


「どうやって止めようとお考えなのです?」


「さあ。ティーネの力を借りるか、利用するか、それともまた別の手段か。今はまだ具体的な事は何も見えてないわ。ただどんな手段を選んだとしても、私にはあんたの助けは絶対に必要でしょうね、エアハルト」


「本当に、何があったのですか?ヒルト様。まるで今のあなたは、私には見えない物が見えておられるようです」


「買い被りよ。私には見えてなくてエアハルトが見えている物の方がずっと多いわよ、多分」


 私の答えに、エアハルトはしばらく黙り込んだ。


 何だか最近、嘘を付かずに本音を隠す事ばかりしてるなあ。

 私がこの世界で本当の本音を他人に包み隠さず話せる時が来るんだろうか。


「いつか、あなたが変わられた理由は、話して頂けるのですね、ヒルト様」


「それは、約束するよ。その時が来たら、絶対にあんたには話す」


「であれば私はヒルト様がどのような道を歩まれようとも、その時まで全力でお仕えし、お支えします」


「ありがとう」


 本当ならエアハルトだって主を選べばいくらでもこの世界で羽ばたける才能の持ち主になのに。

 全くどこまでも罪な女の子だぜ、ヒルトと言うのは、と自分の事は棚に上げて私は考えた。

第十九話です。応援、感想、ブクマ、評価を頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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[一言] 民主崇拝は怖いな
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