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再び、三星系へ

 帝国歴三四〇年十一月十五日。

 三星系の奪還から約一月半が経ったこの日、私と私の麾下の第四艦隊は三星系を目指して帝都を出立する事となった。


 私と共に旗艦メーヴェに乗り込むのは、エアハルトとエウフェミア先生、そして私の部下になったばかりのレッチェルト姉妹……エーファとレタだ。

 クライスト提督はシュトランツ提督とマイヤーハイム少将と共に、麾下となった第六艦隊を率いてゼベディオス・アインに設置された三星系総督府へ一足先に向かっている。


 艦隊の出立と言っても、戦略機動艦隊はその大部分が惑星軌道上の港湾に駐留しているので、実際にルッジイタの地上から飛び立つのはメーヴェと数隻の護衛艦だけだ。


 西暦時代と比べればはるかに自由に宇宙を飛び回れるようになった人類だけど、それでも大気圏からの離脱の時はエーテル機関の恩恵に預かる事が出来ないため、打ち上げに膨大な燃料を消費するのは変わっていない。

 それによって生じるコストの削減のため、特別な必要が無い限り大規模な艦隊は大気圏外に駐留させるのが通例だった。


 総督は帝国直轄領の全権を委任される要職で、任地内の行政・軍政に関しては宰相府や三長官の指示をすら受ける事なく、自由裁量が許される。

 最前線である三星系の総督ともなれば帝国内でのその影響力・発言力の大きさは、それらの職務に次ぐ、と見なされていた。


 当然お父様やお母様は娘がそんな栄誉ある職に付けたと言う事で大喜びで見送りに来てくれている。

他にも数多くの軍の要職や大貴族達も見送りに来ていた。

 宇宙港の奥まった所に特別に誂えられた貴賓席から、皇帝陛下もこちらを見送っているのが分かる。


 戦略機動艦隊副司令長官に就任したティーネや彼女の部下達も無論いるが、さすがにこんな場所で和やかに歓談する訳には行かいので、互いに儀礼的な見送りをするだけだ。

 むしろフライリヒート公爵やツェルナー子爵達、門閥貴族の人間達が積極的に私に話し掛けて来る。


 着々とティーネが帝国軍中枢で地歩を固めつつあるように思える現状で、対抗馬である私が中央を離れるのが不安なのだろう。


 社交辞令もほどほどに、私は二人を始めとする明らかに浮付いた様子の大貴族達を、それぞれ遠回しな言葉で軽挙はしないように戒めて行く。

 暴発されて帝都で無秩序なテロや暗殺事件でも起こされては大変だ。


 貴族達のもう一人の盟主であるフライリヒート公爵と、対ティーネ最強硬派であるツェルナー子爵が大人しくしている限りはまず大丈夫だろうけど、私がいない間に他の貴族の不安や不満が波及して、勝手な事を始める、と言う可能性は十分にありそうだ。

 まあその場合帝都がティーネを押さえている現状、一番心配すべきなのは多分貴族側の方なんだろうけど、それでも私達のコントロールを離れた事態が起こるのは望ましくない。


 見送りの中には、当然クレスツェンナもいた。相変わらずクラフト兄妹を左右に控えさせ、おどおどした雰囲気で周囲の様子を伺っている。

 軍内では公的な地位は無く、貴族としても現在は概ね私の下風に立っていると見做されている彼女だが、それでも帝位継承権を持つ人間として彼女に注目する人間は特に貴族達の中には残っている。

 そんな人間達からの視線に晒され、居心地が悪そうだった。


 私は自分から彼女に近付くと、挨拶をする。

 それでクレスツェンナは少し表情を柔らかくした。


「ヒルト様、この度は大変重要なお役職への就任、お祝い申し上げます」


「ありがとう、クレスツェンナ。私がいない間、あなたのお父様やツェルナー子爵達の事はお願いね」


 実際に事が起こった時に彼女がどうするかは、すでにティーネも交えて三人で話し合って、準備もしている。

 もし不測の事態が起きても、ティーネの指示に従っていればまず大丈夫だろう。


「はい……ただ、一つだけ伺ってもいいですか、ヒルト様」


「何?」


「もし、ヒルト様とティーネ様、どちらからも指示を受けられないような状態になったら、私はどうすればいいですか?」


 クレスツェンナは少しだけ声を落として、随分慎重な様子でそう聞いて来た。

 私はその質問の意味を少し考えた。


 私がここを立つ直前になってから敢えてそんな曖昧な質問をして来た意味は何なのか。

 単純に言葉通りの事を憂慮している点があるなら事前にティーネも交えて話し合う機会は十分にあったはずだし、それに思い当たらないほどクレスツェンナは抜けている子ではない。

 そもそもティーネであれば何かの理由で直接指示を出せなくなった時の事にも十分に備えるはずだ、と言うのはクレスツェンナにも良く分かっているだろう。


 と言う事は……


「その時は……もしそれが出来るのなら、カシーク提督に相談すればいいと思うわ。あの人なら私とティーネ、双方に良く配慮した上で、あなたに適切な助言をくれるでしょう」


 私はそう返しながら、ちらりと少し離れた所であからさまに退屈そうにしているカシーク提督を見やった。


「カシーク提督に?」


 クレスツェンナもカシーク提督の方を見る。

 私とクレスツェンナに視線を送られた事に気付いたカシーク提督は、ふてぶてしげに笑う仕草を見せると、すぐにそっぽを向く。


 まあ何しろ私は対外的には政敵であるティーネ一派の弱体化を図るために、カシーク提督の腹心二人を強引に引き抜いた事になっているのだ。表向き仲良くは出来ない。


「ヒルト様は、カシーク提督の事は信頼なさっているのですね」


 クレスツェンナが神妙な表情で言う。


「そうね。人格も能力もとても」


 カシーク提督の事は、と言う言い回しに、何とも言えないニュアンスが込められている気がした。


 私が帝都を立つに先立って、私とティーネ、クレスツェンナの三人は秘密裏に何度も会合を行っている。

クレスツェンナは、その最中に、私がどこかでティーネの事を本気で警戒し始めた事に、敏感に勘付いたのだろう。


 その彼女の年齢に見合わない聡明さに驚嘆する一方、私はまだ子どもと言っていい彼女にそんな気の使わせ方までさせている事に若干の自己嫌悪を憶えた。


「ヴェルナー大佐、ジークリンデ大佐」


 私はクレスツェンナの後ろに立つクラフト兄妹を見やった。

 今までクレスツェンナを見守っていた二人が少し意表を突かれた様子であらためて私の顔を見る。


「私はクレスツェンナとカシーク提督の事を同志として信用しています。二人ももしこの先判断に迷う事があれば、私とカシーク提督を信じてクレスツェンナの事を支えて上げてください」


 私の言葉にジークリンデ大佐の方は何故あらためてそんな事を、と言うような怪訝な顔をし、ヴェルナー大佐の方は少し考え込むような顔をした後、頷いた。


 これ以上具体的に話す事は出来なかった。私が今ティーネに疑念を抱かれていないのは、実際の所はほぼ完ぺきにティーネの忠実な同盟者としての動きしかしてないからだ。

 そうでなければ、私には彼女の目を誤魔化す事などとても出来ないだろう。


 三人と別れ、メーヴェに乗り込む所でエーファとレタの二人が横に並んでくる。

 エアハルトは出航のための指揮を執っており、エウフェミア先生は早々に見送りの式典から離脱して船に乗り込んでいるのでこの場にはいない。


「クレスツェンナ様とはずいぶん話し込んでおられましたね」


 タラップを登りながら、口を先に開いたのはエーファの方だった。髪に赤いリボンを一つだけ付けている。


「ええ。私がいない間、カシーク提督と仲良くして上げてね、と」


 私は冗談めかして答える。


「ヴァーツ兄様からは閣下の下にいる間、帝国軍人として閣下に忠誠を尽くせと言われています。そして帝国軍人としての範疇を超えた決断をせねばならなくなった時は、まず自分に相談せよ」


「それが出来ない場合はどうしなさい、って言ってました?あの人は」


「その時は」


 今度は口を開いたのはエーファではなくレタの方だった。こちらは青いリボンを付けた髪が揺れている。


「閣下に事情の全てを打ち明けて頂くようにお願いし、その上で自分達で判断せよ、と」


「そう」


 私の人格とこの姉妹の能力をすでにそれぞれそれなりには信頼している、と言う事をあの人らしい遠回しな表現で言葉にしてくれたのだろう。

 正直当分の間帝都の事もティーネの事もクレスツェンナの事もあの人一人に丸投げしているような状況で、その信頼はとてもありがたい。


「もちろん必要があればあなた達にも全てを話すつもりだけど……そうしなきゃ行けない時が来る、なんて出来れば思いたくはないわね」


 私はそう言いながらタラップを登り切った所で振り向いた。

 穏やかな笑顔でメーヴェと私を見つめるティーネと、ちょうど目が合う。


 そう、このままティーネと最後まで同志のままでいられれば、本当はそれが一番いいはずだ。

 私は彼女に向けるつもりでタラップの一番上から一礼すると、メーヴェへと乗り込んだ。

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