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相対的に私とエアハルトが一番順調なんじゃないか?

「ところで……もしその万が一の場合、ジウナー提督の方は私達の側に立って下さるでしょうか?」


 この際だから、と言う事もあり私は気になっていた事を口に出した。


 気になっていた、と言うのには単なるいざと言う時のジウナー提督の動向以外にも、実際の所この二人はどう言う関係なのだろう、と言う個人的な興味も正直だいぶ含まれている。


 私の質問にカシーク提督は今日一番の困った顔をした。

 意外な質問をされた、と言うよりも、当然来るだろうと予想していたはずの質問の答えを結局見付けられなかった、と言う顔だ。


「恐らくこの銀河の中ではラダの事を俺以上に分かっている人間はいないでしょうが……それでもあの女がどう動くのかは予想が付きません。ひょっとしたら全てを理解した上で、『敵』の方について戦い出すかもしれない。それがあり得ないと言い切れないほどには、予想が付かない」


 しばらく思案した上で、カシーク提督が首を横に振る。


 自分以上にジウナー提督の事を分かっている人間はいない、と敢えて前置きする所に、私はカシーク提督の自尊心のわずかな抵抗を感じた。

 冷然として見えて、こう言う所が微妙に子供っぽいんだよなこの人……その辺に親しみやすさも感じるんだけど。


「以前に少しだけ話しましたけど……あの人は自分の事を戦争と人殺しが好きな人間だ、と仰ってました」


「多少露悪的で誇張もあるでしょうが、全くの虚構でも無いでしょうな。ラダ・ジウナーとはそう言う狂気を抱えた女ではあります」


「カシーク提督は、ジウナー提督の事を怖いと思われますか?」


「何故そんな事を?」


「ジウナー提督が言われていたんです。子どものころに人を何人も目の前で殴り殺した女なんて怖いだろうから、だから自分とカシーク提督は恋人関係にはならない、と。要約すればだいたいそんな感じの事を」


「驚きましたな。ラダは俺達の子ども時代の事まであなたに話したのですか。その辺りまで話したのは、俺が知る限りでもティーネ様とコルネリアの二人しかいないはずです」


 カシーク提督は言葉通り本当に驚いているようだった。


「カシーク提督がジウナー提督とお付き合いをされないのは、ジウナー提督の事が怖いからですか?」


「何故真面目な顔でそんな事を聞かれるのです」


 答えるカシーク提督の方が真顔のままだった。


「大切な事だからです、多分。ジウナー提督には、抱き止めてくれる人間が必要ですから」


「ラダの事を怖いと思った事は一度もありませんよ。厄介な女だとは良く思いますが」


 今度は半ば諦めたような口調でカシーク提督は答えた。


「では好きですか?」


「その質問について明確な答えを返すのは俺にとって戦いで負けるのと同じ事です」


 本当に真面目な話のつもりだったのに、私の方が吹き出してしまった。

 それはほとんど敗北宣言じゃないだろうか。


「そんな学院初等部の男女の恋愛じゃないんですから……」


「ベルガー准将への想いを散々面倒な方向に拗らせていた公爵令嬢に言われたくはありませんな」


 それを言われるとぐうの音も出ない。

 いやでも私はまだ子どもから大人になる時期の年齢だから!


「お付き合いされないのは、どうしてなんです?」


 騎虎の勢い、と言う感じでそのまま踏み込んでみた。


「貴族学院中等部の時に、ラダが人を殺す羽目になったのは、俺が弱かったからです。俺がもっと強ければ、ラダに手を汚させる事は無かった」


「そんな事は」


 当時子どもだったカシーク提督がそこまで気に病まなくてはならない事なのか。

 一方的に相手が悪い状況で、必死に身を守ろうとした結果でしか無いはずだ。


「あの時に、確かにラダはどこか心が壊れました。そして今でもラダは人を殺し続けている。まあ、今の所は戦場での事だけではありますが。俺にはそれは止められない。少なくとも、戦いは全て俺に任せて軍から身を退け、もう人を殺すな、と言えるほどに俺は強くはない」


「ジウナー提督が戦っている分も全て自分一人で背負えるぐらいに用兵家として強くなるまでは、想いを伝える気は無いって事ですか?」


 カシーク提督は黙って頷いた。


 いやそれ無理じゃないかな……

 カシーク提督が弱いと言う訳じゃなくて、それはもう、そもそも人類に到達出来る領域じゃない気がする……


「下らない意地ですよ。しかし男には時にそんな物が何よりも大事なのです」


 何故自分はこんな事まで語っているのだ、と言う自嘲がカシーク提督の表情に滲み出ている。


「気持ちは、分かります。本当の所は分かっていないのでしょうけど、カシーク提督にとってはそれが大切な事だと言うのは。でも、出来ればちゃんとジウナー提督と話して上げてください。手遅れになる前に。少なくとも、カシーク提督がジウナー提督の事を怖がったりなんてしていない、と言う事ぐらいは」


「手遅れ、とは?」


「それは、言葉の綾です。具体的に何かが見えている訳ではありません」


 私の前世ではジウナー提督は連盟との戦いでカシーク提督よりも早く戦死している事までは、さすがにこの人にも話していない。

 その時までに二人の関係がどうなっていたのか、そしてジウナー提督の戦死をカシーク提督はどう受けたのか、それについては私は知る由もない。


「心には止めておきますよ」


 カシーク提督の返答は、恐らく言葉通りの意味だろう。

 それ以上強く言う言葉は私も持たなかった。結局これはカシーク提督とジウナー提督の二人の間だけの問題なのだ。


「すみません、随分と込み入った事まで色々聞いてしまいました」


「構いませんよ。俺も、胸襟を開いて語れる人間がそう多くいる訳では無いのです。公爵令嬢は、俺にとっても色々と物を言いやすい方ではある」


「不躾ついでに、もう一つお願いしておいていいでしょうか」


「何でしょう?」


「コルネリアの事、少し気に掛けておいて頂けませんか?この先、ティーネの所で本当は何が起こるのかは分かりませんけど、きっとエアハルトは心配しているでしょうから」


「兄妹との事でしたが、あまり二人で語る時間も取れていないようですな」


「どちらも、公私の判断はしっかりつける人間ですからね。だからエアハルトも内心心配していても、私に彼女の事を頼んだりはしないでしょう」


「心得ましたよ。もっともコルネリアは誰よりもティーネ様の事に忠誠を誓っておりますから、俺が出来る事は少ないかも知れませんが」


 それも憂慮点、なんだよなあ。

 彼女とも一度話しておきたいけど……事前に接触するにはティーネに対する個人的忠誠心が強過ぎる気がする。


「ところで」


 ふと思い立って私はいたずらっぽい笑みを浮かべて見た。


「もしティーネと出会っていなかったら、提督は代わりに私の同志になって下さっていたでしょうか?」


 フッ、とカシーク提督も笑う。


「さて、その時は俺はあるいは自分の手で帝国の頂点を掴む、などと考えていたかもしれませんが……そこまで思い切れなかったとしたら、そうしていたかも知れませんな」


「ありがとうございます」


 最大の賛辞だ、と受け取って私は礼を言った。


 カシーク提督と別れた後、一人でシミュレーター室に残った私は、それにしても、と呟いた。


「お互い厄介な問題を抱えたカップル未満の男女二人組多すぎでしょうこの銀河……」


 ひょっとしてだけど、相対的に私とエアハルトが一番順調なんじゃないか?惚気抜きで。

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