暗中模索
「ところでカシーク提督、この先の敵の動きに付いて少し相談したい事が」
私は折を見てそう切り出した。カシーク提督は小さく頷き、エーファとレタの二人に先に帰っているように告げる。
「連盟」ではなく「敵」と言っただけでカシーク提督はすぐに察してくれたらしい。
「なるほど、ここしばらく熱心にシミュレーター上での対戦を乞うていらしたのは、こうして自然に俺と二人で会う状況を作るためでしたか」
二人がいなくなるとカシーク提督はそう言ってわずかに首をかしげる。
私の小細工まで一瞬で見抜いたようだ。
「自分の実力を磨きたかった、と言うのも嘘ではありませんけど」
「フレイラム、と名乗っていましたか、あの敵は。奴らに付いて何か新しい事が分かったのですかな?今度彼らに付いて話す時があるとすればそれはティーネ様達をも交えた上での事になる、と思っていたのですが」
「私もそう出来ればいい、と思っていたんですけどね」
「ふむ、何か相当にまずい事が?」
「ええ……と言ってもまだ曖昧な話ではあるのですけど、少し放置しておけないほど重大な懸念が出て来て……カシーク提督はティーネの過去に付いてはどこまでご存知ですか?」
「フム?ティーネ様の過去について、ですか。一般的に知られている以上の事は具体的には知りませんな。何か連盟が絡む大きな秘密は抱えられていて、それがあの方の戦う動機の一つになっている事は何となく察してはいますが、敢えて探ろうとはしていませんでしたよ。俺が知る必要のある事とも思っていませんでしたので」
さすがはカシーク提督。ティーネの過去に公表されている物とは別の裏があるらしい事は察していたらしい。
「私も、ティーネが連盟の中にいる何かに対して復讐を望んでいる事は以前聞かされました。ただ、それに関わる私とティーネの連盟に対するスタンスのズレについては二人で話し合って解消したように思えたので、それ以上追及する事はしなかったのですが……」
私はそう前置きをした上で、ミクラーシュが調べて来た内容をざっくりとカシーク提督に語った。
さしものカシーク提督も途中から表情を困惑と険しさが混じった物に変える。
「なるほど、確かにそれは事前に俺一人にだけ話しておこうと思われても仕方がない」
話を聞き終えたカシーク提督が一度目を閉じて首を横に振った。
「ティーネのもっとも身近な人間の一人として、カシーク提督はどう思われますか?」
「俺の知る常識や個人的感情、それらのあらゆる前提を排して言えば有り得ない可能性ではない、と。現時点でそれ以上の事は俺には何も言えませんな」
しばらくの沈黙の後、カシーク提督がそう答えた。
恐らくは帝国、そして銀河全体を見回しても有数の軍事的知略の持ち主であろうカシーク提督をもってしても、やはり明瞭な答えを出せない問題に私はこの人を巻き込んでしまったらしい。
「それで、公爵令嬢は俺に何を期待されるのです?ティーネ様が危険かもしれないからあの方ではなく自分に付け、と?」
「そこまでは言いません。まだ何の確証も無い事ですから」
私は慎重に言葉を選んで喋っていた。
カシーク提督と言う人は冷徹な野心家と高潔な武人としての二面性を併せ持つ人物だ。こちらが賢明さと誠実さを持って接すれば、それに応じた反応を返してくれる。
嘘はもちろん、曖昧な誤魔化しも逆効果だろう。
「では何を?」
「万一にも確証が得られた時は、提督は私達の味方になって頂きたい。そう言うお話です」
「俺がティーネ様に対し忠誠を誓っているのはあくまであの方が帝国全体を良い方向に変えて下さる方である、と言う前提あっての事です。もし公爵令嬢の危惧が正しいとすれば、ティーネ様は帝国のみならず人類全体にとっての敵、と言う事になる。その状況で同じように忠誠を尽くし続けるほど俺は頑迷な人間ではありません」
「では」
「ですが同時に今の所はティーネ様の忠臣である身としては、別の可能性も考慮せねばならぬのです」
「それは?」
「これが『真の敵』による離間策ではないか、と言う可能性です」
「そんな事が」
「この話、情報の出どころは連盟です。連盟側にも帝国のフレンツェンのような協力者がいるとすれば有り得ない話ではない。公爵令嬢とティーネ様が仲違いされれば、当然あなたが主導されている連盟との和平プランも水泡に帰す。帝国と連盟との間で戦争を続けさせたい者がいるとすればこれが最善の手なのです。しかも『敵』にとっては何のリスクも無い」
「あり得ない話ではないかも知れませんけど……」
「そう、ただの可能性です。しかし可能性がある以上我々は慎重に事を判断して動かねばなりません。ひょっとしたら、こうして私が公爵令嬢と密談している事すら敵の狙い通りかもしれないのです」
先生も言っていた疑心暗鬼、と言う事だった。
「では、確証が掴めるまでは何もしない方が良い、と?最悪の場合『敵』の内通者が帝国皇帝の座に就く、と言う事もあり得ますが」
「すでに今の時点であっても公爵令嬢が帝国中央でティーネ様と覇権争いを始めても帝国を二分する内戦が起きますよ。しかもはっきり言って公爵令嬢の方が相当に不利だ。それより今は三星系総督としての地位を地道に固められた方が良い。それでティーネ様が中央を抑えられても万一の場合は独立して立てる体制を整えられるでしょう……そして万一の危惧が当たっていたとすれば、『敵』はその体制が完全に整う前に動き出すはず」
「なるほど」
「もしティーネ様があなたとの盟約を違えて三星系独立を潰す行動に出られたならその時は……いや、ここは明言はやめておきましょうか」
カシーク提督が微笑んだ。
「そうですね……全てが杞憂で終わればそれでいいのです」
私の前世でこの人がティーネに反旗を翻したのはひょっとして真相を知ったからなのではないか、と言う可能性に思い当たったが、それこそ今では何の根拠も無い話だ。
「代わりと言う訳ではありませんが、エーファとレタの二人を三星系総督府に出しましょう。まだまだ至らぬ所はありますが艦隊を預ければいざと言う時には役に立つはずです」
「あの二人を?ありがたい話ですけど……いいんですか?」
能力的には願っても無い人材だけど、カシーク提督にとっては腹心じゃないだろうか。
「何、それなりに実力はありますが俺の指揮の下ではどうしても甘えが出てしまいましてな。鍛え直すためにちょうど誰かの下に付けようかと思っていた所です。公爵閣下の元でベルガー大佐やクライスト提督から学ぶのも良いでしょう。事情についてはある程度俺から話しておきますよ。あの二人なら大丈夫です」
純粋に私の戦力増強にもなるし、万一の事が起こった場合、私とカシーク提督が連携をしやすくもなる。
そして……もし逆に私が野心に駆られてティーネを裏切ろうとした時、その抑止にもなる、と言う事か。
「あの二人、だいぶ提督を慕っているようですけどそこは大丈夫なんです?」
「昔から側にいた人間ですが、実はリボンを外されると俺にも見分けが付きませんでな。手を出した後でうっかり間違えでもしたら恐ろしい事になりそうで、何も出来ぬのですよ……いや、失礼」
これはセクハラか、とでも思ったのかカシーク提督は途中で笑いを止めて首を振った。
個人としては大変な女ったらしだ、と言う噂が流れているが真相の程は知らない。モテない男のひがみで言っているだけかもしれない。
少なくともこうして二人で会っていてもカシーク提督が私を口説いてくるような事は無かった……エアハルトとの事を知っているからか、あるいはそもそも子ども扱いされているからかも知れないけど。
とにかくカシーク提督の言う通り、現時点ではこれ以上の事は望むべくも無さそうだった。
ティーネが『敵』の手先であると言う確証がある訳ではないし……出来ればそうであってほしくはないのだ。




