言っても、詮の無い事だ
「そんなに驚くような事でもあるまい。別に隠す気も無かったんだが」
先生が肩を竦める。
「驚きますよ!現役の統合参謀総監が大変なスキャンダル抱えているじゃないですか!」
横を見るとクライスト提督も姿勢を崩し掛けていた。
エアハルトはそんなに驚いてもいないようだ……予想していたか、あるいは案外独自に調査をしていたのかも知れない。
「軍令のトップがそれって、ひょっとして帝国軍上層部ってザウアー元帥とその周り以外割とダメダメなんじゃないですか……?」
「今さらだろう、それこそ」
あけすけな先生の言葉にクライスト提督が額を抑える動作をする。うん、頭痛がしてくるのは分かる。
「ですがそうなると」
私とクライスト提督が頭を抱えているのでエアハルトが口を開く。
「いずれフロイント元帥が軍内の政争で劣勢になればこの件を持ち出す可能性もあるでしょうか?」
「どうだろうな。何度か言っているがあの人は悪辣ではあるが愚かではない。さっきも言ったがエーベルス伯の権勢が固まった所でこの情報を出しても効果は限定的で、むしろエーベルス伯に取ってフロイント元帥が絶対に始末しなくてはならない相手になるだけだろう。それぐらいなら仮に何か証拠をつかんでいてもずっと腹に抱えるんじゃないかなあ。もし使う気があるならもっと早くにそれとなく噂を流すなり何なりしてエーベルス伯を揺さぶっていると思うよ」
「むしろ」
私は色々な事を考えながら口を開いた。その中には、先生のフロイント元帥に関する感情も当然含まれている。
「もしフロイント元帥がティーネの過去の事を詳しく知っているのなら、いざと言う時、味方に出来る可能性もあるんじゃ?」
先生とは親子な訳ですし、とは言わなかった。
「一応血のつながりはあるが、だからと言って説得して味方に付ける自信は全然無いぞ。互いに積極的に殺しはしないが、それでもさっさと死んでくれたらいいな、と思っている程度の関係だし。それに人類以外の侵略者、と言う存在をあの人が真面目に信じるかどうか、信じた所でそれをどう受け止めるかも私には判断が付かない」
私は遠慮したと言うのに先生の方は全く気にした様子もなく自分の父親に対する感情を語る。
「いや、その」
クライスト提督が口を挟んだ。
「一体君は今までどう言う感情を抱いて軍で働いていたんだ。君はかつて統合参謀総監部にいたはずだし、閣下の下で働く事になってからもフロイント元帥とは顔を合わせる機会はいくらでもあったはずだが」
「そんな事は今は関係ないだろ」
「関係無いかも知れないが気になるのだ」
「クライスト提督が仕事中に自分の個人的な関心の話題を優先させるとは思わなかった」
「先生」
先生の意地悪な物言いに対してクライスト提督が言葉に詰まったのを見て、私はたしなめるような声を出した。先生がわずかに舌を出す。
クライスト提督は単純に先生の事が心配で、そして自分の父親に付いて荒んだ感情を吐き出す先生の事を見ているのがいたたまれないのだ。
私にも分かったその程度の事が分からない先生ではないだろう。
「悪かったよ。フロイント元帥との関係については私の心情も含めてまた二人きりの時にでも話すさ、クライスト提督。だが、今は元々の話題に戻りたい」
「えっ、先生とクライスト提督が二人きりで」
「そこに食い付いて来るんじゃない、ヒルト。ますます話が逸れるだろ。まず話を戻しなさい」
「どこまで戻るんです?」
「『敵』への対応、かな。具体的にはエーベルス伯がその『敵』だった場合、我々はそれに対処するためにどう地歩を固めるべきか、だ」
「統合参謀総監部と言えば」
先生の返事に納得したのか、あるいは言われた通り今は忘れることにしたのか、クライスト提督が再び口を開く。
「フレンツェン大佐……今は彼も昇進して准将だったか。彼もそこでフロイント元帥の部下として働いているのではなかったかな」
「ええ、そう言えばそうですね。いつのまにかフライリヒート公爵にもだいぶ気に入られているようで、三星系への出兵案の提出にはあの人もかなり裏で動いていたとか……」
私がそこまで言った所で先生が天井を見上げた。
黙って話を聞いていたエアハルトも視線を泳がせる。
「何か気付きました?先生。それにエアハルトも」
「いや、ふとある嫌な可能性に思い当たっただけだ。根拠はない」
「私もです。同じ事に思い当たっている気はしますが」
「話して下さい」
「待った」
私が促すのに応じて口を開き掛けた先生をクライスト提督が制した。
「何だい」
「どうせ聞くのならベルガー准将の口から聞きたい」
「またどうしてだい、そりゃ」
「フロイト准将が嫌な予感を口に出して現実にならなかった試しがない」
「言ってくれるなあ、人が内心気にしている事を」
先生が苦笑し、エアハルトの方を見た。こちらは吹き出して笑っていたエアハルトが笑いを収める。
「いえ、これは確かに根拠のない思い付きなのですが、フレンツェン准将が暗躍していると思われるハーゲンベック侯爵の叛乱、三星系への侵攻作戦……そしてヒルト様が前世で体験されたと言う帝国の内乱……これらはあるいはエーベルス伯のためにフレンツェン准将が起こした、と言う側面があるのでは?と」
「ティーネの功績稼ぎのために?」
「はい」
エアハルトが頷き、先生を見た。先生も表情で同意を示している。
「有り得そうな話ではある……いや、フレンツェン准将とエーベルス伯が共に『敵』側の人間だとしたら、そうであって然るべき、と思うべきか」
クライスト提督が苦さの混じった声で呟いた。
「仮にそうだとしたら私達がティーネを帝位に付けるために後押ししているのは敵の手助けをしているような物になりますね」
「そうなるな。まあ、同時に君がただの血統に物を言わせたハリボテではなく、対抗馬として通用するほどに地位と実力を上げて来ているのは恐らく想定外だろうが」
「もしかして先生がずっとティーネが次の皇帝になる事にどこか消極的だったのは、これを予想していたからですか?」
「そんな訳あるかい。もしそうだったら私は戦略家じゃなくて預言者を名乗っているよ。ただ私は常に最悪の状況を想定し代替案を用意すべし、と言う戦略の初歩的な原則に従いたかっただけさ。エーベルス伯を皇帝にする、と言う戦略一本に全てを託す気にはどうしてもなれなかった」
「先生、いつか言いましたよね。もしティーネがダメなら後は私が自分でやるしかないって」
「そんな感じの事を言った記憶はあるな。君が私を最初に訪ねて来た時だったか」
「本気で私に出来ると思います?」
「思うよ」
何でも無い事のように先生は言った。
「自分の能力に自信がありません」
「能力云々と言うなら今からやろうとしている三星系の総督だって多分君には分不相応だろうさ。一個艦隊の司令だって無茶だったかもしれない。だが君はここまで人を集め、集めた者達の声を聴き、それなりに自分の地位の責任を果たしてきた。皇帝だってその調子でやれるだろうさ。君はそう言う人間だよ」
「漢の高祖」
「それ」
私の短い返答に我が意を得たり、とばかりに先生がにこりと笑う。
エアハルトとクライスト提督には意味が通じなかったようだ。
私にとっての張良が最後まで側にいてくれるのなら、私も自分を劉邦だと信じられるんですが、とは、さすがに哀し過ぎて口に出せなかった。
言っても、詮の無い事だ。
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