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んっ……これは言ってなかったっけ?

「待て、待て。それではまさかエーベルス伯も君と同じ」


 冷や汗を流すクライスト提督が先生の方を見ながら口を開き、そこまで喋ってから自分の手で自分の口を閉じて部屋の入り口の方を確認する。


「鍵は掛けてあります」


 恐らく先生の次に冷静さを保っているであろうエアハルトのその声に、クライスト提督も冷静さを取り戻したようだった。だけどそれでも、続きを発しようとはしない。

 自分が口に仕掛けた内容がどれほど重大な事なのか、ゆっくり噛み締めているように見える。


 もしもティーネが先生と同じ研究所で生まれたのだとしたら。

 先帝の落胤と言うティーネの血統は嘘である可能性が非常に高い。

 そうなると当然ティーネには帝位継承権も無くなってしまう訳で……


「うわー、全力で聞かなかった事にしたい。闇に葬りたい」


「そうもいかないだろ」


 先生が無情に首を振った。


「これが帝国内の政争に関わる事だけなら最悪忘れるのも手だが、そもそもこの調査の発端は『敵』に関わる事なんだからな」


「……ティーネの出生の秘密が『敵』にも関係していると?」


「この調査の最中に、ホトヴィー中尉が『敵』に襲われて憑依されたのは事実だ。偶然たまたま、と言う可能性も無くも無いが、少なくとも『敵』は彼の調査範囲にいたと考えるべきだろう」


「先ほども言っておられたその敵、と言うのは何者なのです?」


 クライスト提督が戸惑い気味に、それでも完全に冷静な口調で声を発した。


「ええ。ちょうどいい機会だし、クライスト提督にも全部話しますよ。だいぶ常識離れした内容になりますが、最後まで聞いて下さい」


 私は半ば自分の混乱を落ち着けるために、頭の中でこれまでの色々な物を整理しながら、ゆっくりとクライスト提督に話しを始めた。


 内容はいつか先生に話した事と同じ、私のこれまでの経験と、これから起こるはずの事だ。

 なるべく私の想像を挟まず、それでも曖昧な部分は一つ一つ先生やエアハルトに確認を取って補足してもらう。

 クライスト提督は途中一切質問を挟まず、静かに話を聞いていた。


 私が話し終えても、クライスト提督はすぐには何も言わず、静かに聞いた内容を整理しているようだった。

 その間に私もまた、自分の頭の中を整理し直す。


「女神、前世、転生、そして敵……ですか。確かに信じがたい話ではありますが、閣下だけでなくフロイト准将やベルガー准将が信じている事であれば、私も疑う訳にはいかないようですね。信用して話して頂いた事、感謝しますよ」


「ごめんなさい。本当はもっと早くに話すべきだったんだけど、内容が内容だけにちょっとタイミングが難しくて」


「いえ、今までは私が知る必要が無い情報だった、と言うだけでしょう。それよりも重要なのは……」


「その敵とエーベルス伯が関わっているかどうかだな」


 クライスト提督の言葉を先生が引き継いだ。


「関わっているとしたら、どんな風に?」


「現時点じゃ情報が足りなさ過ぎて判断は出来ない。いくつか可能性は思い付くが、仮定と言うよりは憶測の範疇だよ」


「憶測でもいいから何か無いんです?」


「フム……では一つ軍事、取り分け安全保障と言う分野に関わる重要な事を教えてあげよう」


「何でしょうか?」


「本当の危険、リスク、脅威と言う物は予見し切れない物だ。重要なのは実際に何が起こるかを正確に予測する事ではなく、起こる可能性があり得ると思えるハプニングの中でも最悪の結果をもたらすであろういくつかの物に事前に備えて置く事だ」


「最悪の結果……」


「現状、我々にとって最大の、そして真の脅威は『敵』の侵攻だろう。それに対して君は曲がりなりにも対抗するための戦略を組み立て、それを実行に移そうとしている。簡潔に行って今の君の戦略は帝国をエーベルス伯の元で改革し、連盟と和平をし、手を携えて彼らに挑める態勢を整えよう、と言う物だ。さてそう考えた場合、起こり得ると思える君にとって最大のハプニングは何だろう?」


「……実はティーネが『敵』に送り込まれた存在、とか?」


 背筋が寒くなるような気分を感じながら私は呟いた。


「想像したくも無いが多分最悪はそれだろうなあ。『敵』の正体も能力も技術水準も分からない以上、具体的な事は推測すら出来ないが」


「ど、どうしましょう」


「まあ落ち着きたまえ。これはあくまで最悪の想定だ。そうじゃない可能性だって十分にある。今の課題はもしそうだった場合に備えてどんな予防策が貼れるかだ」


「えーっと……ティーネが先帝の落胤だと言うのが嘘だったとして、その証拠をつかんで公表出来るように準備しておく、と言うのは?」


「今なら反エーベルス伯派を勢い付かせる効果はあるかも知れないが、決定打にはならないだろうなあ。ましてや彼女が実際に帝位に就いた後では焼け石に水だ。仮に確かな証拠なんて物があったとしても、そんな物は捏造だ、と言われれば水掛け論になるだけだ。となると信用と勢力の大きい方が勝利するだろう」


「じゃあ……せめてティーネとの敵対に備えて味方を増やしておく、ぐらいですか」


「それが順当だが慎重にやる必要もある。疑心暗鬼、と言う事があるからな。エーベルス伯がシロだった場合、彼女との敵対に露骨に備えれば、逆にこっちが裏切りの準備をしている、と思われかねないからな」


 いっそ全てをティーネに打ち明けて問い質したい、とも思ったけれど、意味が無いだろう。

 もし彼女がクロで、そして本気で私を騙そうとすれば見抜ける訳がない。


「せめてカシーク提督ぐらいには機会を見て話しておくべきかなあ……」


 すでに「敵」の存在については共有しているし……仮にティーネと敵対する事になった時、あの人がこちら側に付いてくれればとても心強い。

 私の前世では最終的な理由は分からないにせよ……ティーネに対して反乱を起こした人だし。


 上手く行けばカシーク提督を通してジウナー提督も味方に付けられるかもしれない。

 ただ、内容が内容だけにこれも迂闊には出来ない。


「大々的に公表するのは無駄な混乱を生むだけの可能性が高いが、彼のような人間を味方に付けるためにもエーベルス伯の過去について調査は続けるべきだろうな。証拠があれば説得しやすくもなるだろう」


 私の呟きに先生が頷きながら答える。


「私もコルネリアを通してエーベルス伯の身辺の事をそれとなく探ってみます」


 エアハルトが口を挟んだ。

 エアハルトがコルネリアの事を自分から口に出すのは珍しいけど……妹の主君に実はとんでもない裏があるかも知れない、と言う事になるとさすがに平静ではいられないのかも知れない。


「無理はしないでね。変に疑われたらコルネリアの身も危ないかも知れないから」


 私の言葉にエアハルトが小さく頷いた。


「フロイト准将、君はその……ドメイン能力開発研究所と言う施設の事についてはどれほど知っているんだ?」


「いや、生憎だがほとんど何も知らないよ。子どもの頃に母親に出生の秘密について涙ながらに教えられた時、そんな名前が出て来た、と言うだけの事さ。軍に入ってからも敢えて探り直そう、とは思わなかったしな」


 クライスト提督の質問に先生が首を横に振る。


「五年前、ミクラーシュに調査を命じたフロイント元帥は、何をどこまで知っているんでしょうね……」


「さあなあ……仮に調査報告が行っていたとしても、研究所の名前が出て来た時点でそれ以上探るのはやめたんじゃないか、と言う気もするが。下手に追求すれば自分にも火の粉が掛かりかねない案件だし……」


「えっ、どう言う意味です?」


「んっ……これは言ってなかったっけ?」


 先生がきょとんとした顔で私達を見回した。


「『アレ』が私の父親だよ」


 フラッとよろめいた。


 聞いてない!

 全身全霊聞いてない!


 何か姓が似てるし、先生やたらフロイント元帥にだけ当たりが強いし、全く予測の中に無かった訳じゃ無いけどさあ!

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な、何だってー!? 帝国陣営ドロドロですやん
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