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皿どころかテーブルまで口に突っ込まれた気分だよ!

「ところでザウアー元帥に司令長官を辞めてもらって艦隊司令としてだけ職に留まってもらう、と言うのはやはり難しいでしょうか?」


 私のこの質問は先生だけでなくクライスト提督にも向けた物になった。

 職業軍人の心情や機微に関しては先生よりもクライスト提督の方が通じている部分もある。


「困難であると思います。ザウアー元帥は私心の無い方ですが、同時に人一倍軍人としての矜持も持っておられます」


 やはり先生ではなく、笑いを収めたクライスト提督が答える。


「仮に皇帝陛下に直接何か言って頂いても無理でしょうか?」


「それだけは、おやめになって頂きたい、と小官は思います。軍人を、コマの一つとして扱うような物です」


「分かりました。やめておきます」


 クライスト提督のはっきりとした物の言い方に、若干気圧されながら私はすぐに頷いた。


 ステータスが見えると言っても、この世界の人間はやはり皆生きた人間だ。

 私がどれだけ政治的な影響力を手にした所で、ゲームのキャラの様に好き放題に人事を動かす、と言う事はどこまで行っても出来ないのだろう。


「と言う訳で先生、何か良い案はありませんか?」


 秒で先生に振った。


「随分ザウアー元帥にはこだわるんだな、君も。エーベルス伯、ジウナー提督、カシーク提督、クライスト提督にエアハルト、フィデッサー提督にマイ提督、それに今はザウアー元帥の下にいるヴァイス提督とディークマン提督。戦術レベルの指揮官に不足しているとは思えない、むしろ下が詰まっているぐらいだと思うが。エーベルス伯も上級大将に昇進してからさらに自分の部下を何人か分艦隊司令クラスに昇進させる予定のようだし」


「それは、まあ」


 前世の内乱でザウアー元帥の強さを見ちゃってるからね……


 最終的には敗北したとはいえ、あのティーネを相手に戦術レベルではほとんど互角の戦いを繰り広げていたのだ。

 ヴァイス提督とディークマン提督以外の頼りになる部下の少なさと門閥貴族達の足の引っ張り(主に私だけど)が無ければ戦いは最後までどうなっていたかは分からない。


「ま、そうだな。それなら現実的な妥協点としては、元帥はしばらく戦略機動艦隊司令長官の職に留まってもらったまま、その上に帝国軍最高司令官とかそう言う職を作って三長官の権限を委譲させるしかないんじゃないか?エーベルス伯が帝位に就くまでのつなぎの役職としてはちょうどいいし、軍を掌握しようとするフロイント元帥に対するけん制にもなるだろう。改革はそれでも多少以上遅れるだろうがね」


 表情だけで察してくれたのか、先生は私の返事を待たず案を出してくれた。


「あ、それいいですね。それで行きましょう」


「たが、すでにザウアー元帥を降ろそうとして動いているフロイント元帥とフライリヒート公爵の派閥をどう言う名分で止めるのだ?今の所形としては味方ではある相手だろう?」


 クライスト提督が疑問を差し挟んだ。


「この先、万が一エーベルス伯との帝位を巡る内乱になった場合を考えればザウアー元帥は戦力として使えるようにしておいた方がいい、とヒルトが言ってやればいいさ。現状、フロイント元帥とフライリヒート公爵に一番不足しているのは実戦での戦力で、その点はヒルトに頼るしかないからな。君がザウアー元帥が味方にいない限りエーベルス伯と戦う自信が無いと言えば向こうも折れるだろう」


「なるほど」


 良くもまあこうもすらすら色々思い付く物だ、今更ながら感心してしまった。


「ところで」


 話題が一区切りついた所でクライスト提督が真面目な顔を作る。


「はい」


「戦略機動艦隊の改革が必要である、と言うのは私にも理解出来ますが、そこまで急ぐ理由はあるのですか?確かに連盟との和平を考える上で貴族艦隊の暴発と言うリスクはありますが、それを短期間抑えるだけであればむしろザウアー元帥にこのまま睨みを効かせてもらい、その間にエーベルス伯に帝位に就いて頂いてからじっくりと改革を、然る後和平を進めれば良いのでは?」


「それはまあ、そうなんですが」


「不躾ながら閣下とフロイト准将、それとベルガー准将の三人には何やら私が与り知らぬ急ぐ理由がおありのように見受けられます。もちろん私が知る必要が無い事であるのなら、話して頂く必要は無いのですが」


 ここで「いずれ話します」で済ませてもクライスト提督は特にそれ以上何も気にせず今までと同じように仕事を続けるんだろうなあ。


 けど、そろそろこの人にも全部話しておくか。

 話すタイミングがずっと無かっただけで、この人もエアハルトや先生と同じ私の仲間だ。


 私がそう思った時、そのエアハルトが部屋に入って来た。


 私が総督就任のための仕事で忙しい分、エアハルトは他の事で私の代わりに駆け回ってもらっている。


「ヒルト様、急ぎのご報告が」


「あら、どうしたの?」


「ホトヴィー中尉から新しい調査報告が入りました」


「早いわね。何か大きな進展があったのかな」


 ミクラーシュはあれから引き続き潜入調査活動に努めている。


 三星系を帝国が占領し、そこからの捕虜や難民に紛れての連盟領への直接潜入する事に成功したようだけど、具体的に何をしているのかは私も知らない。

 こうしてたまに調査報告が入ってくるだけだ。


「む……では私はこの辺りで」


 話の内容が裏側の事になる、と察したのかクライスト提督が離席しようとした。


「いえ、いい機会ですし、クライスト提督にもこのまま聞いてもらいましょう。私達が本当に敵としている物が何なのか、知ってもらいたいと思います」


「……分かりました」


 立ち上がり掛けたクライスト提督が席に戻る。

 エアハルトは少し緊張した様子でミクラーシュからの報告データを全員に転送した。

 五年前に彼が連盟で調査した内容の再調査にある程度成功したようだったが……


 三〇分ほどの時間を掛けて私達は報告データを一通り閲覧し終える。


「つまり」


 大抵こう言う時には真っ先に口を開く先生が珍しく沈黙していたので私が口を開いた。


「五年前、飛び入りで帝室の一員になったばかりのティーネの過去を探ろうとした当時はまだ大将で統合参謀総監部情報部長だったフロイント元帥の指示で、ミクラーシュは彼女に関する調査を始めた……その結果、ティーネが本当は連盟出身である事が分かり、追加調査のために連盟に直接潜入した、と」


「はい。そしてエーベルス伯が連盟にあるドメイン能力開発研究所と言う施設の出身である事まで調べ上げたようです」


 答えるエアハルトの声も少し上擦っていた。


「だけど今回の調査で分かったのはそこまで……現在ではその研究所は閉鎖されていて当時のデータも残っておらず、その研究所が何を研究していたのか、ティーネがいつ何のために帝国にやって来たのかも今は分からない、と」


 おいおい。


 ある程度想定の範疇にあったとは言え……

 これかなり危険な案件じゃない?


「あー……あーあーあー……」


 先生が変な声を上げた。

 目が泳いでいて、いかにも「気付きたくもない事に気付いてしまった」と言う顔をしている。


「……何か聞きたくも無いけどどうしました、先生」


「あー……うー……いや、しかしこれ……まさかとは思っていたがまさかだな」


 珍しく先生が若干青ざめている。


「毒を食らわば皿までですよ。何か知っているのなら教えて下さい」


「そのドメイン能力開発研究所って言うのな……多分それ私の『もう一つの実家』だ」


 はい。


 確定で超々ド級の厄ネタが来ました。

 皿どころかテーブルまで口に突っ込まれた気分だよ!

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