表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

109/119

後継者

 三星系の防衛に当たるため、第八、第十二、第十七、第十八の四個艦隊が到着したのと入れ替わるように遠征軍の艦隊は順次帝国首都へと帰還する事になった。

 帰還した私達を待ち受けていたのはシュテファン星系の時をはるかに超える勢いと規模の官民挙げての歓待だった。


 まあそりゃあなあ。


 帝国三百年以上の悲願がようやく達成されてしまったのだ。

 国全体が熱狂的な喜びに包まれ、戦いから凱旋した将兵達は過剰なまでの称賛の嵐に包まれている。

 特にその中でも勝利の立役者と見なされているティーネ、そして私への称賛は少し行き過ぎていて、怖いほどだった。


 そして黒鷲宮で戦勝式が開かれ、皇帝陛下に対する戦勝の報告と、論功行賞が行われた。

 遠征軍の名目上の司令官であったパッツドルフ上級大将は元帥に昇進の後健康問題を理由に退役を願い出て、棚ぼた的にその軍人生活を輝かしい栄光の内に終える事に成功した。

 アクス大将は上級大将に昇進してそのまま戦略機動艦隊総参謀長の地位に留任。

 ツェルナー子爵を始めとした命令違反を起こした貴族艦隊の提督達は功を持って罪を償ったと言う事でお咎め無しとなった。


 そして提督の中ではティーネが上級大将に、私は大将へと昇進する。

 他の提督達も大きく功績を称えられたが、さすがに全員を揃って大将にすると軍の運営に支障が出ると言う事で、艦隊司令の中で即座に昇進した人間はいなかった。


 中将未満で昇進した人間はたくさんいた。その中でも私が嬉しかったのはクライスト提督だ。

 クライスト提督も今回の戦いで功を持って罪を償ったと見なされて降格が取り消され、さらに勝利の立役者の一人になった功績から実質二階級特進で中将になれた。


 これでようやくこの人を一個艦隊の司令として使う事が出来る。

 他にエアハルトとエウフェミア先生が准将に昇進、マイヤーハイム准将が少将に昇進した。


 私はエウフェミア先生から衝撃の告白を聞かされた後、すぐにエアハルトの元に駆け込んで彼を相手に色々無茶苦茶言いながら数時間泣き続けてようやく少し落ち着けたけど、先生とクライスト提督がどんな話をしたのかは分からなかった。

 少なくとも二人とも、表面上は今までと変わらない様子で仕事をしている。


 ティーネ配下ではフィデッサー提督とマイ提督、コルネリアが揃って中将になっている。コルネリアはこれでジウナー提督の記録を塗り替え、平民出身者では最年少での中将だった。

 シュトランツ少将も私が推薦すれば中将に昇進できただろうけど、本人が自分は一個艦隊を指揮する器ではない、と固辞したので今回は見送りになった。


 軍人以外では、クレスツェンナも特別に戦勝式に呼ばれ、皇帝陛下に直々にその功績を称えられた。

 いずれ彼女も兵役に就いた時には、今回の功績も加味されるだろう。

 帝位争いでは私とティーネの二人が大きくリードする事になったが、一応フライリヒート公爵家も面目を保てた形だ。


 一通りの儀礼的な行事が終わった後、私とティーネは二人揃って皇帝陛下の元に呼び出された。

 それも謁見室ではなく、宮廷内の庭園でだ。


 他に廷臣もおらず、わずかな数の衛兵と従者だけを伴って、陛下は庭園の一角に備えられたガゼボ(あの庭園に良くあるあずまや。名前は最近知った)の下で待っていた。


「良く来てくれたな、クレメンティーネ、ヒルトラウト。昇進した事で軍務も忙しかろうに、呼び出して済まなかったな」


 陛下は安楽椅子に座ったまま鷹揚に笑う。


「いえ、陛下のお呼び出しとあらば」


「本日はお招きに預かり光栄です」


 二人で揃って敬礼する。

 高級ではあるのだろうけど量自体は控えめでそこまで豪奢とも思えない飲み物やお菓子が並ぶテーブルに二人で付いた。


 しばらくは雑談が続いた。陛下は三星系での戦いの話よりも、三星系の人々の暮らしぶりや、帝国の占領政策に対する反応についての話を好んで聞きたがった。


 三星系の人々の反応は———とりわけ、連盟側に近いダーニエール星系とフィリップス星系では———かなり動揺が見られたが、それでも大きな暴動や抵抗運動の兆しは今の所無かった。

 帝国側の占領政策がかなり抑制的で穏健な事と、いずれ連盟側が制宙権を確保し直せば帝国軍は撤退すると言う見込みがあるから、だろう。

 ただ、それもこのまま占領している状態が何年も続けばどうなるか分からない。


「二人も知っておろうが」


 ある程度話が進んだ所で陛下がそう切り出した。


「余は本来皇帝の地位に就くような人間では無かった。二人の兄がおり、そのどちらも余よりはるかに優れていた。まずオスヴァルトが戦場で不慮の死を遂げ、そしてクレメンティーネの父でもある先帝エーリッヒが若くして死んだ事によりたまたま皇帝となる事になった。もし先帝がもう十年長く生きていれば、余が皇帝となる事は無かったであろう」


 相槌も打つのも難しい話題なので私はひとまず黙っていた。ティーネも同じだ。


「そんな余であったから、皇帝となってこの方、あまり自分で何かを決めた事も無かった。幸い、臣下は優秀な者達ばかりでそれでも帝国はどうにか維持は出来た。しかし、世継ぎの事だけは臣下に任せず自分で決めよと皆が言う。そうでなければ、混乱が起こるらしい」


 そう言って陛下は紅茶を口に運ぶ。この人は下戸で有名だ。


「だが悩んだ末に答えは出なくてな。結局、そち達に訊ねる事とした。クレメンティーネ、ヒルトラウト。そち達は次の皇帝になりたいか?あるいはそれぞれどちらの方がより皇帝にふさわしいと思っているか?」


 もちろん前世では、陛下がこんな事を私達に訊ねてくる事はなかった。前世ではこの頃私とティーネは徹底的に対立していたし、それが軍や貴族達の間でも勢力争いとして波及していて、もう皇帝とは言え鶴の一声で世継ぎが決まる、と言う情勢では無かったのだ。


 この人は自分で言うほど暗君では無いと以前から思っていたけど、私が思っていた以上に深い考えの持ち主なのかも知れない。

 私はティーネの方を見た。ティーネも私と目を合わせ、頷く。


「それでは陛下、恐れながら申し上げます。皇太女には私ではなくエーベルス伯を」


 私がそう言った事にさほど意外そうな顔も見せず、陛下は頷いた。


「ヒルトラウト、そちもまた十分にこの帝国を統べるに足る器の持ち主であろうにな」


「それは、買い被りです。私の能力はエーベルス伯の足元にも及びませぬ」


 私は本心でそう言い切った。


「クレメンティーネ、そちもそれで良いか?」


「非才の身なれど、それが陛下のご意向であれば」


 ティーネもはっきり答える。


「全く、歴史を見れば才も器も無くただ野心だけがある者達が至高の座を争った例が数え切れぬほどあると言うのに、余は後継に恵まれすぎておるな。余を跡継ぎにせざるを得なかった兄と比べれば何と幸せな事か」


 十分名君ですよ、と言いたくなる。


「そち達が後の帝国の事を考えていつからか気脈を通じ合っておったのは察していたが……何か余に出来る事はあるだろうか」


「でしたら陛下、私からお願いが」


 いずれ二人で上奏しようと相談していた事があったのでちょうど良かった。

 ここまで陛下が私達の味方をしてくれるとは思ってなかったけど。


「ほう、何だ?」


「私を三星系の総督に任じて頂けませんか」


 総督は皇帝陛下に任命され帝国直轄地の政治・軍事全般を統括する要職だ。

 当然、その権限はただの防衛司令官よりもはるかに強い。


「そちの今の階級と家柄であればそれは問題なかろうが……あの地の総督となってどうする?」


「私達は連盟との和平のために三星系の独立が必須であると考えています。私は総督となってその準備をしますので、陛下にはいずれあの地の独立を認可して頂きたいのです」


 もうぶっちゃける事にした。


「何と」


 さすがに陛下は驚いたようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新待ってました! 三国鼎立策さあどうなる?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ