第一幕 2 【異世界の国】
-ここはどこなんだ-
その一言に尽きる。
眼前には中世を思わせる巨大な門。その横には武装した門番らしき人間が二人。
おおよそ日本国では見ることの無い光景だろう。
いや、もしかしたら大昔にはこのような光景が当たり前だったのかもしれない。
だが、俺の生きていた時代では絶対に見ることはない光景。
これは近年話題になっていた異世界転生というものなのだろうか。
立花叶人は至って普通の男である。
日本に生まれ小中高大と卒業し中小企業へ新卒で就職。
業績は秀でた所はなかったが人並み程度の成果は出し給与も少なくない額を貰っていた。
容姿も悪くはない。耳に少しかかる程度に揃えた黒髪、平均より少し高い身長。ガッチリとはしていないもののしっかりと筋肉はついた体つきだが薄手のパーカーに隠れてしまっている。
タレ目気味の瞳は優しげな印象は人付き合いでは一役買っていただろう。
しかし現状その優しげな瞳は伏せられていた。
「これは認めるしかないだろうな」
ローレンさんを待つ間辺りを観察していたが残念ながらここは日本ではないらしい。
確かに人間はいる、が殆どの者がおそらく本物であろう剣を帯剣して歩き回っている。日本なら即刻逮捕される。
ただそれだけならまだ希望はあったのだが獣の耳や尻尾を持つ人型の生物がチラホラと見えてしまった事で俺の知る母なる地球では無く別世界である事が確定してしまった。
正直、森の中で目覚めた時点で何となくそんな気はしていた。
頭の傷が無くなっていたのも血まみれだった服が綺麗になっている事も、何よりこんな中世を思わせる巨大な建物は日本には無い。
だが異世界に転生されたと考えればこの光景にも納得は出来なくとも全てに説明がつく。
不思議なのは何故俺が転生されたのか。
よく語られる異世界転生では神様に転生してもらったり、何らかの使命を果たす為異世界人に召喚されるというのが定石だった筈。
だが、俺は何かをやり直す為でも使命を果たすでもなく、勝手に転生して森に放り出されただけ。
もしかしたら死後何人かはこういった異世界に転生するものなのだろうか?
人間死ぬのは人生で一度きり、死後どうなるかは誰にも分からない、もしかしたら異世界転生するのが普通なのかもしれない。
「どうしてを考えるよりどう生きていくかだな」
経緯はどうあれまた人間として新たな生を授かった以上はこの世界で生きていくことになる。
自殺という選択肢はない。死ぬ間際の恐怖は二度と味わいたくない。
「お待たせしました、タチバナ殿」
「いえ、少し考えたい事もありましたので大丈夫ですよ」
「では、約束通り私の家に向かいましょうか」
「お願いします」
いそいそと御者台へ登るローレンさんに続き荷台へ戻るとパチッと鞭の音が響きゆったりと馬車が動き出す。
「到着しました。中へどうぞ」
「お邪魔します」
馬車で数分程揺られ到着したのは石造りの一軒家。
ローレンさんに着いて中に入る。
中は俺の知っている世界と大して変わりないワンルーム程の空間に家具一式。異世界と言ってもこの辺りは変わらないのだろうか
「飲み物を用意しますので座って待っていてください」
「分かりました」
部屋中央のテーブルに備え付けてある椅子を引き座る。
ローレンさんを待つとしよう。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとうございます。…美味しい」
湯気の立つカップを持ち一口。ハーブティーだろうか、渋みが強めだがほのかに甘みも感じる。香りも凄くいい。
「お口にあったのならよかった。それで私に聞きたいこととは」
「それについてまず私が何故森の中にいたのかをお話します」
森の中で目覚め、ローレンさんに会うまでの過程を仮説を交えて伝えていく。
「…異世界転生、ですか」
「はい。疑われるのはご最もです。私自身信じ難い事だとは思いますし」
「いえ、タチバナ殿を疑っている訳では無いのです。これでも商いを生業としていますのでそれに似た話を昔風の噂で聞いたと思いまして」
「…私の他にもこちらに来た方がいるということですか?」
「えぇ、とは言ってももう百年程前のお話ですけれど」
百年前か。え、百年前…百年前って
「つかぬ事を聞きますがローレンさんお歳は…」
「歳ですか?どうでしたかな…百二十くらいだったと思いますが」
「ひゃ、百二十ですか。ということは」
「えぇ、お察しの通り私は人間ではありませぬ。ゴブリンです」
そう言ってローレンさんは深く被っていたフードを取る。
緑の顔に尖った耳、頭には小さな角が二本、ゴブリンと言われて想像する特徴そのままだ。
「あまり驚かれないのですな」
「年齢の方に驚きが持っていかれてしまった感じですね」
「そちらでびっくりされたのは、初めてですね」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのかクツクツと押し殺したように笑うローレンさん。
「んん!さて、私がゴブリンである事は一旦置いておくとして、タチバナ殿のお聞きしたいことを伺いましょうか」
「はい、この世界について教えて頂きたいです」
「分かりました。では簡単な所からお話しましょうか」
一度仕切り直すようにローレンさんはハーブティーを一口飲み。どこから話すべきかを少し考え事てから話し始めた。
「駆け足気味になりましたがこの辺りは知っているべきでしょうな」
時間にして一時間程、大まかに説明を聞き終え一度休憩を挟むことになった。
ローレンさんから教えもらったのはこの世界の分布、通貨、金銭の稼ぎ方の三つ。
この世界は大きく五つの大陸に分けられており俺がいるのは北東に位置する大陸ーアラリア大陸にあるクレボニアと言う国。
通貨はどの大陸でも共通で銅貨、銀貨、金貨、白金貨の四種。銅貨だけは小中大に分けられており小銅貨は一枚一マール。そこから十倍ずつ価値が上がり一番価値のある白金貨は一枚十万マールになるが使うのは限られた者だけらしい。
金銭の稼ぎ方に関しては人によって得意不得意がある為自分に合ったものを探すのがいいらしい。
「助かりました。そろそろお暇しますね」
「いえいえ、私も助けて頂きましたしお互い様です。そうだ少ないですがこれを」
ローレンさんはゴソゴソとポケットを漁ると数枚の中銅貨が乗せられた手をこちらに差し出す。
「受け取れませんよ。お礼は既に頂きましたし」
「遠慮しないでください。元々お渡しするものでしたし宿に泊まるにもお金は必要です」
「分かりました。また何かあれば頼ってください。それでは」
「えぇ、その時はまたお願いします。またお会いいたしましょう」
見送りをしてくれるローレンさんに軽く頭を下げてから外へ歩き出す。
手の中には半ば強制的に握らされた中銅貨数枚、お礼として貰ったがこのままでは宿に泊まることも食料を買うことさえ出来なかった俺には正直有難い。
ローレンさんの優しさに甘えてしまっているがここは素直に甘えさせてもらおう。