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11月9日(水) 自由と名前呼びに戸惑う並河

「並河……、サラさん?」


「?」


 後ろからの声に私は、半ば条件反射のように振り返った。

普段は裏方のような、人と接する機会があまりない仕事。いや語弊がある言い方かもしれない。狭い世界で、接する者が限られた世界。新しく出会う人々も多くはないし、出会っても長い付き合いにはならない人々。

教授の講演会の後片づけを終え、私は一人、大学へ戻ろうかと考えながら歩いていた。油断していた。こんなところで名前を呼ばれるなんて考えていなかった。

まして疑問形で呼ばれるとは。


「あ、えぇと、ユリノ商事の……」


「ユリノ商事の生田、です!」


 元気よく折り目正しく、そして満面の笑顔で挨拶される。

ペコリ、と音が聞こえてきそう。


 一瞬「どうしてこんなところに?」と頭をよぎり、続けて「またなんかやらかしたのか、教授は」と考えてしまった。

つられてお辞儀を返している間に、彼女は挨拶を続けた。


「先日は助けて頂いて、ありがとうございました!

 今日は先生の講演会ということで、勉強させてもらいに来てました!」


「あぁ、そうでしたか。」


 「そうでしたか」とは言いつつ、なぜ?という疑問がわく。

顔に出てしまったのだろうか、それとも間が開いただからだろうか。


「えっと、

 お客様なのにあたし、全然知らなくて。

 お伺いしたときに講演会のことを聞いたものですから、是非お邪魔させてもらおうと。せんぱ……、いえ、うちの課長も誘ったんですけど、あたし一人で。」


 私が先ほどまで歩いていたからだろうか。タタっと横に並ぶと、促すように彼女は歩き始めた。

その自然な流れに私も歩くのを再開させた。



「今回は民俗学を知らない方に向けたものでしたけど。

 難しくはなかったですか?

 教授は回りくどい上に、話すときは右脳ですから。」


「知らないことばかりだったから楽しかったですよ?

 でもちょっと、学生時代を思い出しました! 懐かしい感じです。」


 そう言って彼女は楽しそうに笑う。

明るい人だな、そう感じながら少し気になることがあった。「懐かしい感じ」とは言うけれど、彼女はいったい幾つなのだろう? 新卒であれば「懐かしい」とは言わない気がする。

でもなんだか年齢を聞くのもはばかれて、私は別の質問をした。


「今日はお休みですか?」


「いいえ、仕事中です!

 でも、せんぱ……、かちょ……、

 えっと、上司に確認取りましたら、行ってこいって許可されました!」


 上司、課長、先輩……

ということは西崎さんのことだと思うけど、先輩?

どう見ても西崎さんとは年齢が近そうにない。どういう関係なのだろう。

いや、実は彼女はものすごく年上なのだろうか? 若く見えるけど。


「西崎さんとは……、何かの後輩なんですか?」


「えっと、大学が同じだったんです!

 でもぜんぜ~~~ん、被ってないんですけどね!」


 また楽しそうに笑う。

不思議だ。なぜか質問ばかりぶつけてしまう。彼女に興味をもってしまっているということだろうか。最初に会った時には気が付かなかったけれど、私には無い「なにか」が彼女にはあった。


「お幾つぐらい……、離れているんですか?」


「う~ん。

 あたしが25歳だから……、20才ぐらいですかね?」


「え?」


「ん?」


「……。

 同い年、なんですね。私と。」


「そうなんですか!

 いやぁ、落ち着いてるし助教授だし、年上だと思ってました!」



「助教授、ではないですけどね。」


 それに、私は彼女のことを年下だと思っていた。

年下と思っていたけれども、彼女も私のことを年上だと思っていたようだし、これはお相子だろうか。いや、それよりも「落ち着いている」というのは誉め言葉、なのだろうか?


「大学卒業して、ユリノ商事さんに?」


「はい!

 でもうちの学校、短大併設だったんで、短大の方を卒業して入りました。」


「……、なんか羨ましいです。」


「えぇぇ?」


「だって、

 なんか、生田さんは同い年ですけど社会人なので。」


「? ……、そうですか?

 あたしは、まぁ、まだまだ半人前ですけどね!」


 生田さんが後ろに手を組みながら、少し私の前を歩く。


「でも、こうして自由にさせてもらっているわけですし。」


 私はその背を追いかけるように声をかける。


「自由……。うん、そうですね。

 生きたいように生きるようにしてます。あたし。」


 なにか間違った質問をしてしまった気がする。急に不安になる。


「あたし、

 元々は学校の先生になろうかなぁって思ってたんです。漠然と。

 社会科が好きだったし、公民が得意だったし、それしか出来なかったから。でもそれってなんか違うかも?と思っちゃって。

 だから全然、得意なのとは違う世界に進みました。いまでは間違ってなかったと思ってます。」


 タタッと進んで彼女が振り返る。


「自由と公共の福祉による制約、これって憲法の基本の一つなんですよ。

 自由と制約、相反するアクセルとブレーキ! 変でしょ?」


「それは……

 自由とは言っても、全て自由だったら崩壊するからじゃないでしょうか?」


「正解です!

 制約って、いわば安全なんですよ。

 自由と安全。天秤にかけてどっちにウエイトを掛けるかなんです。自由だけど危険、制約はあるけど安全。

 日本は和の国ですから、他者を重んじる文化だった。だから自由が少ない代わりに安全大国なんですね。」


 からからと笑う彼女。実に自由で、実に楽しそうに感じる。


「だから、

 自由であるということは、危険、リスクを自分でちゃんと背負うということだと思うんです。

 言い訳したくない、人のせいにしたくない。

 だって自分の好きなように生きたいじゃないですか!」


 自分はどうなんだろう。

私は自分を顧みて、その場で立ち止まってしまった。



「あたし、実はサラさんもそうなんじゃないかなって、勝手に思ったんです。」


 生田さんが微笑む。


「生き方を自分で選択して行動する。その分、リスクもしっかり受け入れる。

 それってもう、立派な社会人じゃないですか。

 きっと、サラさんはそうして今の仕事をなさっているんではないかな?って。」


 私は再び歩み寄った。


「うちって営業の会社なんで……、比較的、自由なんですけど、結果が数字に出ちゃうんで、なかなかこれがまた、いつも先輩に助かられてます。えへへ。

 だから先日のサラさん見て、格好いいなぁって思いました!」


「そんなことは……、えっと、ありがとうございます。」


 私は素直にお礼を述べた。

不思議だ。彼女といるといつの間にか彼女のペースになっている気がする。

でもそれは嫌な気分ではなかった。


「それに、名前呼びって、ちょっと羨ましいっす。」



「……、へ?」


 思わず変な声が出てしまう。

彼女はにこにこと、前を見上げて歩いていた。


「あ~~~、あれは……、

 教授とは古い付き合いというか、子供のころからの知り合いですので。

 いまだに私、子ども扱いされてる気がします。」


「そうなんですか!」


 まずい……、これはまずい。

思わず答えてしまった。生田さんが両腕で私の手を取る。すでに逃れられない気がする。目がキラキラしている。間違いなく今度は私が質問される番だ。


「お昼ご飯まだですよね?

 これから一緒に行きましょう! 駅前にたくさんありましたし!

 何が食べたいですか?」


「なんでしょう。パスタ、とか?」


「いいですね! あたし、ピザが食べたくなってきました!

 では行きましょう!」


 完全に勢いに飲まれてしまった。




 そのあと、気軽く入れそうなイタリアンレストランで、なぜかパスタとピザをシェアしあいながら食事をした。当然、私は色々と話してしまった。

とはいえ、話すことがたくさんあったわけじゃないけれど。

でもお互いが、淡いながらも年が大きく上に離れた相手に恋心を描いていることが分かった。なんとなく、共通の仲間が、友達ができた気がした。


「では! また連絡しますね!」


 そうして彼女は、桜花さんは私に料理を教える約束をして、走り去っていく。

気が付けば、『彼の胃袋をつかむ大作戦!』に私は参加させられていた。


 どうしてこうなったんだろう。

お疲れでしょうか?

今夜はゆっくりとお休みいただければ

( ^^) _旦~~

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