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11月8日(火) 濃霧とネクタイに彷徨う八洲

 始業前に社内共有回覧、新着メール、チームの進捗状況の報告をチェック。急ぎの案件が無いことを確認。続けてネットを流しニュースの他、今朝の情報をチェック。業界の動きは特に調べる。

これは僕の始業1時間前のルーティンだ。


 時計を見る。うん、始業していたが時間はまだある。

二課の予定表を眺めた。普段は気にしていなかったが、他のチームの動きを知る。


 デスクの上の未処理、納期がまだ先の書類を手に取る。時計を見る。

直近の予定しているプレゼンはまだ先だ。だからこそもう一歩、もう少し何か。

妥協点や安全牌などではなく、切り込めるものがあるのではないか。

暫し思案する。



 まるで濃霧に包まれた森の中のようだ。

前に進むのが正しいのか、それとも右か左か。あるいは引き返すという選択、別のルートもあったのではないか……

「正解の道」というものを選ぶのは3割に満たない、実感として。いくら考えても、

そう、現実は。

そして3割のうち1割に満たないのが「真のトゥルー・エンド」だということも知っている。だが、仮にその道を決めた(選べた?)としよう。稀にわかる時がある。だが、その道を「選んだ」のは、なぜ選べたのかは、わからない。

仮に、「これだ!」と思った方法論も、次の機会には失敗に終わる。

正解ではない、正論王道は無い。これが僕の結論だ。


 ただあの時は運が良かっただけと知る。


 あぁ、まるで「株を守りて兎を待つ」のようだ。

待っているわけじゃない。でも前回の正解は今回も正解するとは限らない。

成功体験は人を強くもするが、鈍らせ、驕らせ、曇らせ。我々を欺く。傲慢にさせる。



「……おっと、時間か。」


 そうつぶやき、僕はこれからの目的のためにデスクから腰を上げた。今日は一日、スケジュール調整してフリーな状態だ。万全の態勢だ。



 なぜならば、

出勤すると僕のデスク、PCに付箋が貼られていたからだ。


『10:00に一課へ』


 との短い言葉。そして「嶋」の印鑑。


 まるで怪盗の予告状のようではないか。

あぁ! 僕は何を盗まれるというのだ!

「あなたの心です!」

だろうか!




「失礼します。」


 09時40分。僕は一課の扉をノックし入室した。

想像していたのと違い、そこは思いのほか静かだった。二課は始業前後から終業に至るまで、電話アポやらミーティングで騒々しい。一課なのだから朝は特に、二課よりもっと活気溢れているのかと思っていたが、いつも来る午後と同じく閑散としていた。行動予定表には「外勤」のマグネットが並んでいる。

五分の一も人がいるだろうか。電話を掛けている者はさらに数人ぐらいだろうか。


 その奥で書類に目を通す一課長。

窓から差す朝の陽光が後光のように輝く。落とす影すら美しい。

まるで一枚の絵画のようだ。



 嶋課長のそばまで僕は進む。


「お呼びでありましたでしょうか。」


 嶋課長がチラリとデスク上の時計を見る。


「早いな、約束の時間より。

 暇なの? 二課は。」


「ハッ!

 は、いいえ課長、急ぎの案件かと思い僕が早めに来ただけです。」


「急ぎじゃない。

 コーヒーでも飲んで待ってて。わたしはまだ手が空かないから。」


「ハッ!」


 僕は数歩下がり、視界を避けてそこに留まった。

少しでもその動き、その所作を見ていたかった。


「……。

 うちの課は待っててもコーヒーは出ないけど?

 お茶くみは事務の仕事じゃないし、そういうのやめたから。」


「いいえ! あの、すみません!」


「ふ~ん。

 ま、空いてる席に座ってて。気が散るから。」


「ハッ、失礼します!」



 冷静。そう思わせる鋭く冷たい、書類に落とす目線。


 だがその瞳の奥にある燃え滾るような熱。

そこにかかる長い睫毛。水の流れを体現しているような艶やかな髪。キリリと性格を顕すような顎のライン。そしてその強い意志を持った結ばれる薄い唇。


 その唇から、まるで虚空の誰かへと紡がれるように言葉が発せられる。


「……、その席に、かつてわたしが座っていたんだよね。」


 おぉ! ここに! この席に嶋課長が!


「ここ、一課にはスケジュールを隙間なく詰め込む人間と、

 出来るだけ詰め込まないようにする人間、その2タイプがいるけど。

 君はどっち?」


「僕は……、

 僕はスケジュールを三段階に分けてコントロールしてます。

 避けられない、あるいは喫緊であるもの。

 喫緊ではないけれども、早ければ早いなりに、それなりに成果と言いますか良いもの。

 そして、隙間時間にでも処理できるもの、

 です。」


「わたしは詰め込まないようにするタイプの人間。」


 僕の回答は間違いだったのだろうか?

暫しの沈黙、静寂が流れる。




「君は、

 ……ニュース、世の中の動きはチェックする方?」


「はい、一通りの情報は武器になると思うので、毎朝チェックしてます。」


「かつて、わたしの知り合いが言ってた。

 『世の中の動きなんて、一々知る必要が無い。

 世の中は無駄に情報を発信、無駄に垂れ流ししている。

 それをすべて拾うなんて馬鹿げてる。

 必然的に人々はそれを取捨し、淘汰して流行り、トレンドが発生してる。』

 ってね。」


 言葉を発しながらも、書類に目を通す速度は落ちていない。


「『そんなことに時間を費やすぐらなら、本を読んで学んだ方がマシだ。

 先人たちはすでにその本質を体験済みだ。程度の差はあれど真実は変わらない。

 その歴史、思想から学ぶことの方が遥かに重く、有用だ。』

 と言い放ったやつがいるんだけど、

 君はどう思う?」


「その方の言わんとしていることはわかりますが……

 僕は新たな発見や、トレンドなどは掴んでおくべきじゃないかと。」


「ふふっ、同感。

 ただね、そいつにそう言ったらなんて返したと思う?

 『そういう類のものは相手が勝手に要約して語るから、それに耳を傾けるだけでいい。

 話したいやつは、重要だと思うことは誰もが口にするから、自分で雑多な情報から取捨する必要はない。人は興味あることを話したがる生き物だから』だって。

 『トレンドは勝手に耳にに入ってくる』だって。

 まったく他力本願。そう思わない?」


「それは……なんとも、傲慢というか達観というか……。」



「チッ!」



 その舌打ちに、その鋭い音に、その怒気に僕の背中を、

脳天から一気に足の指先まで痺れ、稲妻、冷気が走り抜ける。

あぁ! あぁッ!!

僕は、僕は何か間違えたのだろうか! これは失言だったのだろうか!!


「横田……、

 いる?」


「横田チーフはもう外勤に出ておりますが。」


 パソコンを打っていた男が振り返り、緩慢とも思える動きでこちらへやってくる。


「うん、

 これさ、詰めが甘いね。これだと競合にまたすぐひっくり返されるから。横田くんにもう一回、再考するように、チームで検討するように伝えておいてくれる?

 あと、このプレゼン資料なんだけど……」


 端的かつ冷静かつ、的確な指示が飛ぶ。

そこに、ぶれない「何か」を僕は感じる。ただ僕にはその「何か」の解答が、「勝つこと」以外に見つけられずにいた。漠然とその先にあるもの、本当の解答があるはずだとはわかるのに。



「すまんね。もう少しだけ待ってくれる?」


「ハッ!」


 その僕へとかけられた声に我に返り、反射的に返答した。だが待ってるのは僕の勝手なのだ。謝られるのは筋違いだ。




「んじゃ、行こっか。」


 09時53分。

嶋課長が、目を通した最後の書類をパサリと置き、席を立つ。


「はい! よろしくお願いします!」


 僕もすぐに席を立つ。

今後の予定は聞かされていないが、これから営業先への同行を許されたことであろうことは容易に察し出来る。意図はわからない。だが学ぶチャンスを与えられていることだけは本能的にわかる。




 いくつかの電車を乗り継ぎ、僕と嶋課長はオフィス街を歩いていた。

ふと、嶋課長が紳士服を扱っている店の前で足を止めた。


「……、八洲君さ。ネクタイはどういう基準で選ぶ?」


「ハッ、

 自分はその、派手じゃない無難なものを選びます。」


「なるほど。」


 おもむろに嶋課長はその店に入っていった。

慌てて僕はその後を追従する。ネクタイを置いてるところでパパっと手に取る課長。

僅かに満たない所作。決断と実行が早いとはこのことだろうか。手に取ったネクタイをレジで会計を済まし、包装を断り、そして店を出た。

あっという間の出来事。


「はい。

 今日はこれ付けて一緒に行動して。

 あと、こっちは特別なときに使って。」


 手渡される二本のネクタイ。

これは何だろうか。僕のセンスが無いということ、ダサいということだろうか。

このままでは隣に並ぶ資格なし、という意味だろうか。


 返す言葉が見つからず、僕は受け取ったネクタイを急いで身に着けた。


 理解が僕を越えている。ただその日は、嶋課長の指示に追従するだけだった。

想定外の出来事があった時!

それは己の真価を問われてある時ではないかと!

そう思うでありますが、

どうでしょうか?

"(-""-)"ゞ

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