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11月6日(日) 味噌汁と家族を届ける生田

 ピ~ン ポ~ン


 ピ~ン ポ~ン

 ピンピンピン ピピピピピ……


「うっせぇいッッ!」


「うにゃ~~~~~ッ!!」


 うおっと! カメラ付いてるインターフォンだったから、音声で答えると思ったのにドアがいきなり開いたし! 直に怒鳴られたし!!

映ってるかな~、と思ってピースしたままフリーズしちゃったし!!


「……、何しに来た。」


「うぇえええ!

 先輩、言ったじゃないすか! 週末にお伺いすると!

 一応、昨日、電話したのに電話に出なかったじゃないっすか! 折り返しもくれなかったじゃないっすか! 予告状通り、可愛い後輩の登場じゃないすっか! なんと子猫付き! お値段そのまま!!」


「……、押し売りの類、訪問販売、新聞購読は一切お断りしています。」


 ガチャン と、ドアが閉められた。 ヒュ~~~~ゥゥウ。

あたしはピースサインのまま空っ風に吹かれる。


 なんという塩対応。なんという仕打ち。



 一応、ちょこっとだけその後の反応を期待しながら待ってみたけど、ドアの向こうから聞こえるのはなんだか慌ただしい音だけ。再びドアが開かれることは無かった。


「おっ邪魔~~、しま~っす。」


 鍵の掛けられていないドアをゆっくりと開けてみる。


「もう少しだけ待て。」


 ニャーン


 キャリーの中の猫ちゃんが、あたしの代わりに応える。

玄関で素直に待つあたし まる(。



「……、なんで俺んち知ってる。」


 奥から聞こえる先輩の声。


「えっと、だって、

 前に飲み会の後で、みんなで先輩んちで宅飲みしたじゃないっすか。」


「……、去年。いやそれより前の話じゃねぇーか。」


 半分本当で半分はあたしのウソ。

うろ覚えだったから、社員名簿でこっそり先輩の住所を確認していた。


「おっ邪魔っしまーーーす。」


 待ちきれず、あたしは靴を脱ぐ。


「だから、待てって!」


「いーーーじゃないっすか。」


 玄関から次の扉を開けてみたら、先輩はテーブルを拭いていた。

あたしを押し留めるほど、想像するほど散らかってはいなかった。むしろ全然、物がない部屋。

前に来た時より片付いてる印象すらある。


「あーーー、うーーーんと。

 ちゃんと生活してます?」


「うっせ。」


 そう言いながら先輩は手を止め、あたしを見る。


「……、なんだ。

 まるで家出少女みたいだな、お前。

 なんなんだ、そのリュック姿は。」


「うへへ!

 家出少女だったら囲ってくれますか?」


「……、ねぇよ。」


 ですよねぇ~。


「ちょっと荷物が多かったので、こんな感じでっす!

 よいしょっと!」


 猫キャリーと、リュックを下ろす。

先輩が深いため息を漏らす。うん、それは想定内!!



「んで。」


「んで、湯豆腐、」


「は、食べねぇ。」


「と、

 言うと思いまして、豆腐の味噌汁、」


「……味噌なんぞ、うちには無ぇ。」


「と、思いまして、

 味噌、ダシの素、あと増えるワカメを持参。」


「……、作る気か。」


「作りますよ?

 何を食べるにしろ、味噌汁はあった方がいいじゃないですか。

 あったら幸せじゃないっすか。」


「……、バカが。」


 その諦めにも似た先輩の横顔、視線を逸らした横顔を尻目に、あたしはリュックから材料を取り出し、あまり使われていない形跡の台所へと向かう。



 包丁とまな板があった。良かった。

……、ボールが無い。しょうがない、この丼ぶりでいっか。


「先輩は、味噌汁に長ネギを入れる派っすか?」


「……、あればな。無くてもいい。」


「切っとくんで、入れたかったら入れてください。

 余ったら冷凍してくださいっす。」


 あたしはネギを輪切りにし、持ってきた保存容器に入れて冷蔵庫にしまう。

冷蔵庫の中は、ビールとケチャップとマヨネーズと、

ワサビと、いつ買ったのかわかんないチーズのパックだけがあった。


 なんだか泣きそうになった。


 息を取り戻したワカメを手で絞る。

予定よりちょっと多くなってしまったワカメを鍋に入れる。

うん、あとは食べる前に味噌を溶いて、ネギを散らすだけ。

適量にお玉に味噌を取り、ラップをかぶせる。


 身も心も温まる味噌汁の一歩手前、完成 まる(。



「こいつの……、名前は付けたんか。」


 ニャウーーーン


 ふと見ると、先輩が子猫を抱き上げ、目線の高さで見つめあっていた。


「……えっと、仮称ニャン太郎っす。」


「こいつ、メスだが?」


「マジっすか??」


「……、見るからにな。」


「あ~~~、う~~~んと!

 お前に父さんと呼ばれる筋合いはない! 娘はやらん!」


「……、いらん。」


「え~~~~~っ!

 いや、そりゃないっす! 大事な娘なのに!」


「娘と今知ったお前が何を言う。」



 あとは味噌を溶くだけの鍋の火を落とし、あたしは傍らに見つけたインスタントコーヒーを淹れ、コップと湯呑に入れて先輩の元へと戻る。コップの方を先輩に差し出す。

子猫は初めての場所、初めての人、初めての匂いに警戒したのか、本棚のわきで小さくなってこちらを心配そうに見つめていた。


「……。

 可愛いでしょう? この艶やかな毛並み、この(つぶ)らで愛くるしい瞳。

 もはやあなたはこの子の虜じゃないですか?」


「……。

 あのなぁ。可哀そう、可愛いから。見捨てるのは無慈悲。それはわかる。

 でもな、最期まで面倒見る覚悟がないなら、それはただの自己陶酔だ。

 自分の優しさに酔ってる、それを理解しない他人を無責任に否定してる行為だ。」


「仰る通り!

 無責任な優しさは、ただの押し付け。自己満足。」


「じゃあ拾ってくるな。俺に押し付けるな。」


 ニャァア~ン


「でもですよ?

 目の前の失われていくかもしれない命に手を差し伸べるのは罪ですか?

 先輩だってそうでしょ? この子を今更捨てられますか?」


「……、強引だ。それはお前の無責任な優しさを押し付ける詭弁だ。」


「先輩を信頼しているからこその行為です!」


 あ~、これはちょっと強引な発言だったかな?


「……、

 迎え入れる準備はしてねぇ。環境が整ってねぇ。」


「とりあえず、餌とかお皿とか、爪とぎとか。

 細かいのは買ってきました、用意してあります。

 あとはこの後、トイレの準備だけです。


「……。

 いいか、俺のもし不注意で逃げ出してしまったとしよう。

 そん時、こいつはまた野良猫を増やすかもしれん。」


「存じ上げています。

 なので、近日中に去勢? します。

 その経費はウチでみます!

 相談した保護団体からアドバイスを受けました。」


「……、俺が飼わない時の保険を掛けていたか。」


「先輩が飼わないって言った時には、あたしは引っ越すつもりでした!

 先輩と同じマンションに!!

 里親探しをするつもりは御座いません! うちの娘は他にはやりません!」


「いや、それはなんか。

 いやそれは、まぁ、わかった。」


 ニャゥウ


 なんだか心配そうな鳴き声。

うん、大丈夫! 先輩は大丈夫! 優しいから!


「……、俺は出張することもある。知ってるだろうが。

 そんときは誰が面倒を見る。」


「あたしが責任をもって!

 アフターケアは万全に行います! 是非にご安心を!!」


「……、バカやろうが。」


 深くため息を吐きながら、先輩は子猫を見つめた。

その瞳は優しさが滲み出ている。そしてなんだか寂しい色を纏っていた。



「……、お前。

 営業上手くなったな。一課でもやれるかもな。」


 え? んん?

今なんて? 一課? いやいやいや、無理無理無理!!

なんで急にそんな振りかなぁ! え? それが条件ってこと??


「挑戦したいと思ったら考えとけ。

 それも一つの選択だ。そろそろお前も、先の目標を立ててみたらどうだ。」


 先輩が子猫に手を伸ばす。

でも子猫は一層、身を縮こまらせ警戒を解かない。


「うぇ? いやそれは当方には驚きの展開で、

 いやいや、想定外の……」


「バカが。

 戯言みたいなもんだ。頭の片隅に置いとけ。いや、ちゃんと自分のことも考えとけ。

 猫のことばかりとかじゃなく。」



 暫しの無言の後、先輩が立ち上がる。


「……、

 駅まで送る。猫砂とトイレと、あとは何だ、爪きりとブラシを買うついでにな。」


 あたしが応えるのを待たずにコートを羽織る。


「ちょ! ちょっと待ってください!

 さっき鍋に火をかけたんで、留守中に火傷とかしたらこまるんで、

 えっと、猫をキャリーに入れますんで!」


「……、そっか。なるほどな。

 お前のいいところかもな、それは。」



 そっとつかまえた猫を撫で、その不安そうな表情に「大丈夫だよ? うん、大丈夫。先輩はああ見えて優しいから。また来るからね?」と頬摺りした。うん、大丈夫。何の心配もないからね?

きっと大事にしてくれるから。

不安そうな猫をキャリーに入れる。あたしは名残惜しいけど、空になったリュックをもって玄関に走る。



「……、

 保険だ。不測の事態以外は使うな。」


 そう言って、玄関を閉めた鍵を、そのままあたしに先輩は手渡した。


「うぇ? えっと、はい! もちろんです!」


「あ~~~、

 心配でしかねぇ。」


「えっと、買い物はあたしも付き合っていいですよね?」


「まぁ……、いいが。」


「猫ちゃんの名前、一緒に考えましょうね!」


「……、別にお前が決めていい。

 ただし娘だということを忘れるな。」


「はいっ!」



 やっぱり先輩は優しい。


 うん、わかってた。先輩が猫を引き取ってくれることを。


 うん、わかってた。今の先輩には帰って来た時に迎えてくれる、

そういう誰かが、家族が必要だってことを。

あの、えぇっと……

今日は何食べましたか?

(≧▽≦)

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