11月29日(火)ビールと梅子に助けを求める西崎
「そりゃ、まぁ、その……
文句とかそういうあれではないんだが。
んまぁそのな、
ほとんど準備をしてもらったしな。
だが、そのなんと言えばいいか。
もうそろそろ、ここにあるやつをダダっと入れちゃあー、駄目なのか。」
「ダメっす!」
駄目なのか。
明らかに美味しそうなものを見るだけ。
それを肴にグラスに注いだビールを一口、二口と飲む。
「全部入れたら水炊きじゃないっすか、先輩。
水炊きもそれはそれで旨いですけど、今日はしゃぶしゃぶ、っすから。
シャブシャブしないと駄目なんす!」
「あぁうん、確かになぁ。」
グラスをコトリと置く。
先週、俺の失態を許すと言った生田が求めたのは「しゃぶしゃぶ」だった。
考えれば考えるほどにパワハラ、モラハラ、セクハラな失態だったと思う。もちろん本意ではない。そういうハラスを気を付けてはいた。俺のこの性格だ。だからこそ、そうならないように気を付けてはいた。だがやはり人間なのだ。失言、失態は常にある。
リカバリーは真摯に謝れば、というのは甘い考えなのかもしれない。だから生田の要望は聞こうと思った。
先週末は出張や仕事上の色々があったこともあり、リカバリーの機会は週明けとなった。
幾つか接待などで使っていた店の内、しゃぶしゃぶをやっている店に予約を入れようかと思い、昨日、生田に予定の確認を取った。だが「明日、ご自宅に伺いますんで!」と、
一方的に決められてしまった。
ちなみに出張中の梅子の世話は、言うまでも無くやってくれていた。
いやこれは文句は言えない。梅子の世話もそうだが。
そもそもうちはそんな「しゃぶしゃぶ」なんぞ出来るような整った家ではない。
そう言いかけたところで「ご心配なく! 定時に御帰宅していただければ全てこちらで準備はやりますんで!」という……
仕方なく昨夜は部屋の掃除をし、今日は帰宅してから梅子の世話をしていた。
訪れた生田は、前回以上にたくさんの荷物を背負ってきた……。
カセットコンロとガス、土鍋。そして予め下処理をした食材。
なかでも来る途中に買ってきたのだろうか。多めの肉。うむ、しゃぶしゃぶだしメインだし、店だと気がつきにくいが食べる量はこんなもんなのだろうか。
「幾らかかった。」
財布を取り出そうとすると、
「そういうのはいいんで!
それより勝手がわからないから、準備にちょこっとだけお手伝いをお願いします!」
「いやそういうわけには……」
生田のいつになく真剣な眼差し。
出鼻を挫かれる、というより主導権はあくまで生田だ。
「……、あぁわかった。
それで、なにを手伝えばいい。」
リカバリーしようとするこちらの奉仕と、生田から与えられたものに大きな差は感じる。だがいや、これは致し方が無い。
重要なのは相手の要望を叶えることなのだ。求めているものを理解し、それを提供する以外に方法はない。
俺は言われるがままに行動し、問われるがままに応えた。
「さあ先輩! お待たせしました!
思う存分シャブシャブしましょう!」
「うん、あぁ。ありがとう。
いただきます……」
二度目の「いただきます」を宣告し、俺は肉を一切れ取り、クツクツと静かに沸騰する鍋にくぐらせた。
三種類の用意されたタレ。そして幾つかの薬味。
スタートはあっさり系からいこうかとおろしポン酢で食べた。
あぁ……、美味いな。
前にも思ったが、生田は料理が上手だな。
「美味いな。」
「それは良かったっす!」
そのあとの言葉は続かず、一切れ、二切れと肉をくぐらせ口にする。
生田が俺が口にしたのを見届け、安心したような納得したような。うまく言えないがそういう柔らかな笑みをたたえ、自身も肉を口にした。
「美味いっすね!」
「あぁ、美味いな。
生田は料理が上手だな。」
「ふぇ?
んん、うんん……、
本当にそう思ってます?? 先輩?」
「んん、あぁ。
……それになんだ、」
こないだは「すまなかったな」とか「悪かった」という言葉を飲み込んだ。
「……、ありがとうな。」
梅子を見る。
「ウチで鍋などやって大丈夫だろうか」と心配していたが、梅子は生田の傍らで、鍋が入っていた箱の中で、すやすやと眠っていた。
「いえ、その……
先輩にはウメちゃんを飼って頂いているわけですし、その
約束したことと言いますか、それはあたしの責任でありますし」
鍋に予め入っていた白滝かトコロテンのようなやつと白菜を摘まむ生田。
視線はタレの入った小皿に落とされ表情は読み取れなかったが……
可愛いな
ふとそう、その仕草にそう、思った。
そして娘のことを、成長した娘達のことを思った。
この思い、こういう想像は彼女に対して不謹慎で失礼なことなのかもしれない。
だがもし……、娘達が成長したら……
生田は小柄だ。そして歳は、
俺が晩婚だったせいもあるが、娘であってもおかしくないぐらいの年齢差だ。
それが……、余計に俺の判断を、心を捉えにくくする。
生田が俺のことを好いてくれているのはわかっている。それは奢りとか自惚れとかではなく。だが、俺が娘であるだとか仕事上の部下、後輩に思うのと同じく。彼女のその感情は父親だとか先輩、上司に思う「敬愛」のようなものではないのか。
自分にそういう側面があるのかはわからない。だがこの自分の感情が父性の情愛であるならば。子が成長し、巣立っていくのを見届け、背を押すのも務めではないのか。
「なぁ、生田。」
箸を置き、グラスに残っていたらビールを飲み干す。
「は、はひ?」
「……、なんだその。
生田は肉は食べないのか。」
しばらくお互い無言で食べていたせいか、唐突な俺の呼び掛けに文字通り跳ねるように顔を上げた生田。その反応に俺は、つい聞こうとしたことと違う問いかけをしてしまった。
「恋人とか好きなやつとか、気になる相手はいないのか」いや違う「猫が好きなのか」いやそりゃ多分そうだろう「欲しいものはないのか」いや全然違う「この先の人生プランは」……あぁそうだ「一課でやろうと……」
「うにゃ? う~んう~ん、
いや食べるんすけど、えっとなんか肉と昆布の出汁が染みた野菜とかそいうの美味いじゃないすか?
いやえっと、その、
美味しいもの作って、あっと、えぇっと……、
作れたとして!
それで「美味しい」って言ってもらえたら満足というか嬉しいというか、なんか良かったなぁって、その」
「うん、まぁ……
いや確かにな。
同じかどうかはあれだが、いや、うん確かに。」
旨味の染み込んだエノキと白菜を取って食べる。
胡麻ダレの濃厚な味わいがまた美味い。
良い意味で互いに競い合い、切磋琢磨する環境は理想だ。「次は! 次こそは!」と好敵手、あるいは各々の目標を定め、互いに成長していく。好循環に競い合う世界は全体の成長でもある。
その裏側で。サポートという決して華やかな表舞台の主人公ではなくとも。裏方でありながら相手の成功、いや全体の成果に達成感を。チームとしての喜びを自身の喜びと結びつけられる者もいる。
実際のところ、どんな世界だろうとバイプレイヤー、日本語で言えば『脇役』な訳だが、居なければドラマにしたって映画にしたって成り立たない。
むしろ引き立て役、サポーターがいるから主人公は主人公でいられる。
いや……
どうなのだ? 各々の人生にあっては、各々が主人公ではないか。
生田は多分、決めつけるのは良くないが、やはり。人を支えることが彼女の喜びではないのだろうか。
それがつまり一番この子の喜びであり、自身の人生ので主役となる形なのではなかろうか……
いや、そんなこと俺が決めつけることではないな……
「会社でも……、あぁなんだ。
よくやってくれてると思う。」
「ん? うぅん、そのえっと……
そりゃ仕事すから!」
「ちゃんと評価はしてる。
なんだその、あれだ。自分の進みたい方向を見定めたなら応援するから遠慮なく言えば、やればいい。」
「あー、
……野菜類の第二陣、いっきまーす!
きっとさらに美味いっすよー」
「……そうだな。
肉あまり食べてないだろう? せっかく買ってきたんだし、あとは生田が食べていい。俺は何もしてないから「遠慮とかするな」って言えるあれではないが」
「ふへ?えぇええ?」
驚く生田を見据えながら、何か間違ったかと続ける。
「いやなんだ。この歳になるとな、肉が重くなる。
あとは野菜とかつまめれば俺は満足だ。
言われて確かに、あぁ
この出汁の染み込んだ野菜が美味い。」
「あれ? えっと、その……
肉があればそれ以外は要らない!的な、
いやいや、それは健康上アレっすよね~
的な
え? あれ?
先輩は肉上等!!ではなく?」
「ん? まぁあれだ
若い頃はそうだったかもしれん。
でも最近は肉より魚。浜出身だったせいかもな。
あとはなんだ、野菜も美味いよなって思う。」
「えぇええぇぇ……」
なんだ? なにか間違ったか?
いや確かに作ってもらってる立場なわけだから、ん?
生田が鍋にかかってる間に席を立ち、冷蔵庫へとビールを取りに行った。生田はまだグラスにサワーが半分残ってる。ここで新しいの持ってくとアルハラになりかねんのか?
「うん、なんだ。
若いんだからスタミナは必要だろう。
俺のことはいいから、この後の活力として肉食べとけ。」
「ふ、ふぇえぇぇ……」
生田のよくわからない反応に振り返った。
生田は鍋を食べて暑いのか、顔が赤い。……いや違う、これはいくら俺でもわかる。つられてこちらまで顔に血が昇るのがわかる。
鍋に集中しているようで、必死に顔を伏せているじゃないか。
冷静に考えてみろ。
さっきから偉そうなことを考えたり言ってきたりしたが、それはおかしいだろ。そもそも二人きり、一つ屋根の下で鍋を囲んでるこの状況は、
あぁ……
俺は席に戻らずにその場で缶を開け一気に飲み干す。新たにもう一本取り出し席に戻った。だが、お互いに全く会話が出来なくなってしまった。
クツクツ鳴る鍋の音だけが響く。
その静けさの中、梅子が「にゃーん」と呑気に伸びをし、我々を見上げてくる。この場の空気、気配が変わったことに感づいたのだろうか。
なぁ梅子、助けてくれないか。
俺はどうしたらいい?
そのなんだ、
何歳になろうと、成功も失敗も色々と体験してこようと
やはり思う。
なにが正解なのかは結果は、選択した後じゃないと
解答を得た後じゃないと、わからないもの
なんじゃないかと
(。-`ω-)




