11月28日(月)終わりで新たな始まりの嶋
「中落ちカルビ、サガリ、あとリブロース、各二人前で」
いつもの食べ飲み放題プランで最初に出る、ノルマ的な肉を焼きながら直ぐさま追加注文した。野菜は奥へと押しやった。
店員の復唱を聞き流し、予め調合しておいたウチ好みの辛さ増し増しのマイタレに肉をつけ、最初の肉を食べる。「うっま!」と心の中で叫ぶ。続けてそれをビールで流し込む。
うん、安定の旨さ。そう、これがスタート。
「あの、ええっと
まるでしゃぶしゃぶのようですね、その
食べ方というか焼き方が」
「あぁ、大丈夫。たぶんこの店のは生でも大丈夫と思う。
つかさ、わたし。ブルーレアぐらいが好きだから。」
「ブルー、レアですか。」
「ロー、ブルー、ブルーレア、レア、ミディアムレア、ミディアム、ミディアムウェル、ウェル、ウェルダン、ベリーウェルダン」
ウチは次の肉をささっと焼いて再び食べる。
この肉汁を迎え入れる瞬間が「食べてるな!」って感じる。
「別に、焼き加減なんて好みだから?
好きな様に焼いて食べて。」
「ハッ、では。」
そう。そっか。
君は割としっかり焼くタイプなのね。
タイミングが合わんな。
「ご飯が必要でしょ、君はたぶん。」
そう思い呼び鈴を押す。
「ライス、カクテキ、あとビール。」
直ぐに来た店員に告げる。
「米は食わん感じすか?」
「うん」
「野菜もすか」
「うん。
だって焼肉屋じゃん」
野菜が食べたいなら「焼き野菜屋」に行ったらいい。米というか炭水化物はお昼だけでいい、ウチは。
むしろアルコールって炭水化物じゃん? 元を辿れば。
どうしてこうなった。
そんなことを思いながらウチは、ジュッ・ジャッ・ジュジュッと鳴くお肉をタレに付けて口に運ぶ。滴る旨味を蒸発させる意味が分からない。このタイミングこそ脂の焼けた香ばしさと肉汁の旨味の黄金比率!
ウチにとって言えば自身のベストな状態。それを維持し、そこに全ての焦点を置きながら他者をコントロールする。己がベストを尽くせねば配下もベストを尽くせぬと考える。もちろん人それぞれの「ベストな状態」のペースはあるだろう。それはもちろん尊重はする。が、それを獲得・キープするのは最早、自己責任だ。
世間や情勢、環境のせいにして喰っていけるなら肉食獣ではない。環境変化で死んでいく草食動物。そんなのウチらの餌でしかない。
◀◀
「昨日は有難う御座いました! 無事に契約成立して参りました!」
「うん、お疲れ。」
そりゃあれで捕れなかったら君は死罪だよ? ここでは生きていけないよ? バンビ君!
そう思いながら差し出された契約書を受け取る。
んでだ。
その件のバンビ君、八洲くんはその場で不動の姿勢。次の指示を待つというね!
「……、お願い事があったらまた指示するから。」
「ハッ!
……、あの、
肉を食べる件については、ご検討如何だったでしょうか!」
おっと……、そこは食い下がる、いや押してくるわけね。
「……、わかった。
ただしウチに任せてくれる? お店の方は。
あとで連絡するから。」
そう言って、手元にあった企画書に視線を落としながら、会話に終止符を打ったのが数時間前。
▶▶
えぇええ~~~?
なに? なにがどうしてこうなったの? え? NTR??
いやいや、生田ちゃんとそういうんじゃなかったのよね? そうじゃないの?
え? なんなの??
先週末のあの発言は空耳じゃないの?
何かしらの何かしらで変換されてウチの耳に届いた音じゃないの?
あれからバンビ君、何聞いても「ハッ」しか言わなかったし! 誤解・勘違い・聞き間違いの類いじゃん?
ちょっとはさ? 最近は「孫を抱く日はまだか」って嫌味を言わなくなった母ちゃんにさ? 諦められたのか「父ちゃんに似て職人になる気か……」ってさ? いやいや、ウチの職業は職人じゃないし!
って、そんな母ちゃんの顔が浮かんだりもしたよ? この週末はさ?
でもなんなの?
君は幾つだったっけ? ウチはもう37なんすけど? もう今から子供とか……考えんは!!
無理だって! ごめんよ母ちゃん!!
んって、んぎゃッ!
この貴重なウチの週末自分時間を潰したバンビッ!
君の罪は重いぞよ!!
▶
そうしてバンビの断罪も兼ねて、行きつけの焼肉屋に予約入れて現在に至るわけだよ。
……、なにがどうしてこうなる。
『お待たせしました〜』と、軽快に追加注文を置く店員が去るのを見送り、ウチは口直しにカクテキをつまむ。
「バン……、んッんん……、
八洲くんさぁ、仕事上で上司に惚れてくれるのはわかるわけだけどさー」
「ハッ!」
「今はあんな昼行灯な感じだけどね? 部長も一線にいた時は、相当ヤバかったわけ。」
「ハッ、聞き及んでおります!」
「惚れるとか……
一応さ? ウチ、んッんん……
そういうのはね、誤解されるから」
「あの!
その……、西崎課長やウチの課長、部長も尊敬してはおりますが、その……
やはり僕では西崎課長のようにはならんでしょうか!
その……、僕に足りないのは」
「はい、ストップ。
肉焼けてるよ?」
「ハッ! 失礼します!」
なんでそこで西崎雷太の名前が出てくるし!
足りる足りないって、あんなオッサンに恋愛感情あるわけないじゃん……
そうだ。
それを確認したかったんだウチは。この子はウチに恋愛感情として「惚れてる」の?
それとも仕事上の上司として?
ライスの上に焼き上げた肉を乗せ、焼肉丼にしながら豪快に食べるバンビ君。
時折、なんか漢って感じを見せるね、君は。
「ウチの……
どこに惚れたわけ?」
つい、
一番ウチが聞きたい本音が口から漏れた。
呟くように。
「……。
恋に落ちる、という言葉がありますが。」
「うん。」
カタンと平らげたうつわと箸をバンビ君が置いた。
でもねウチは直視出来なくて……、肉を焼いた。
「僕が入社1年目ぐらいでありましたでしょうか。
帰宅の電車で、偶然にも嶋課長と同じ車両になったことがあります。」
なんか……、
熱い視線がウチのあたまに当たってる気がする。
「同じ車両に泣き喚く我が子を抱く、懸命になだめる母子がおりました。でもなかなか泣き止みませんでした。
そのうち、酔っ払いでしょうか。中年男性がその母親にウルセェと怒鳴り散らしたのであります。その後もクドクドと嫌味を言っておりました。その母親はずっと謝っておりました。」
「ふーん。」
なんの回想シーンが始まった!
いやなに? 全然わからん!
「僕は肚を決め、いざ行かんと思ったその時。
貴女は颯爽とその男性に近寄ると、
「テメェの声の方がウッセイし!
子供は泣くのが仕事なわけ? なにあんた?
仕事なめてんの? それとも世間をなめてんの?
どっち?」
と一喝し、その男性を黙らせました。」
「……覚えてないし。」
つかなにそれ? 恥ずいし!
「バツ悪く、次の駅で降り立ち去った男。
そして今度は貴女に詫びる母親。
そこで貴女は
「これだけ一生懸命泣く子なんだから、将来はきっとお母さんを守ってくれる強い子に育つんじゃないですか」と
優しく微笑まれました。」
いやいやいや! それウチかなぁ??
「そのとき、僕は落ちたのです。
カタンと。
その優しさと強さに恋に落ちました。」
目線を上げると真剣な眼差しに目が合った。
「聞かれたので答えたではありますが。
いつか正式に、貴女の隣に並び立つに相応しくなって、ちゃんと告白したく!
そう思うであります!」
いやそれ、……もう告白じゃん!
「ふーん。
……、焼肉屋に来てるんだからさ、
肉食べなさいよ。」
「ハッ! では!」
急に赤面してメニューを眺めるバンビ君。
いやほんと、そういうの恥ずいから!
「サガリ、特上塩ホルモン追加で。
あと、牛タン食べる?」
「頂きます!」
「ウチの前で無理すんの禁止だけど?」
「では豚トロと、粗挽きソーセージで!」
「各2人前ね」
恋に落ちる音って。
君は「カタン」なんだ。
ウチはなんか今……
ズズン
って聞こえたけど?
本気にしていいわけ?
バンビ君が呼んだ店員に追加注文をしたあとに、改めて彼を見る。
「ウチ、煙草吸うけど?
つか、いますぐ吸いたいし」
「ハッ!」
「その硬っくるしい言葉使い禁止」
「心得……、はい、わかりました」
「対等な関係でいたい」
「頑張ります!」
「う〜ん、
そうじゃなくて、ありのままで対等に受け入れるっていうか、互いに尊重する感じ。いまを。」
「……はい。」
「結構、ウチの方が年上だけど?」
「歳下は.……嫌いでしょうか。」
いや、若い肉………
子羊とか仔牛とか? いやちょっと! なに言ってるん?
「そういうのじゃなく」
もう! なんか年上なんだから敬えみたいな感じで、さっき言った「対等に」とかと真逆だし!
じゃなく!
「僕も年齢は関係ないと思います。
相手を好きになるということとは。」
「ふ ふーん」
「あのさ、
でも仕事上ではちゃんと、
立場をわきまえたい。」
「!
もちろんであります! 仕事上でも貴女の隣に立てるよう鋭意邁進していく所存です!」
「だから、硬いって」
「ハッ!」
追加できた肉を焼いて食べる。
もう、旨いけどなんの肉かわからなくなってきたんだけど? これって……
ウチってもうOKしたっけ?
いや、正式に告白するって言ったよね? 君は?
「あと……
年齢的にさ、ウチは長くは待たないからね?」
「ハッ!」
「……、ウチ
そこは肉の焼き加減と同じかと思う。」
最後はなに言ってんのか、自分でもわからなくなった。
そこから先は仕事の話とか趣味の話しとか、休日の過ごし方とか。そんな他愛もない話をしたと思う。
▶▶▶
どうしてこうなった……。
翌朝、目が覚めるとウチの隣にバンビが寝ていた。
「マジかー、
週初めの火曜にそう来たかー」
上体を起こして思わず呟く。
まもなく11月が終わり師走へ入る。仕事も世間もイベントが増え、そして年末という終わりへと一気に走り、年明けという新たな始まりを迎える。
でも。
ウチは世間より一ヶ月早く、終わりと始まりを迎えたようだ。
「マジかー」と心の中で今一度、呟く。
「ほら八洲、起きなさい。
ウチといて遅刻とか許さないから。」
「ハッ!」
飛び上がるように起床するバンビ君。
うん、まだ寝ぼけとるね? いまの状況を理解してないね?
ほぼ全裸な彼をバスルームへと押しやっていく。
「さっさと眼を覚ませ、八洲」
さて……
うん、まずは自分を落ち着けよう。いつものルーティンに戻そう。
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをグラスへと注ぎ、ゆっくりと一杯を飲み干す。
「うん、さて……始まりを迎えるか。」
ストレッチを始める。
こうして昨日という過去が終わり、今日という未来が。新しい日が始まる。
そう、
これがウチの11月の終わりで、新たな始まりの日になった。
誤解のないように言っておくけど、
ウチは普通に部屋着を着て寝てたからね?
こいつが「シワになるんで……、いや僕はいつも、」
って勝手に脱いだだけだから!
(-。-;)y-゜゜゜