11月25日(金)啖呵切り、蒼天を仰いだ八洲
「野に咲く花のように、
いつ、どこで、誰の為に、
とういうことではなく、その……
弊社の傍らで咲き続ける、皆を元気付ける。そういう人物でありたいと思います(≧∀≦)!」
何を言ってるんだこいつは。
『採用された場合、あなたはどのように弊社で貢献していきたいと思いますか?』という質問に対する答えがそれか。
そもそも御社と弊社の違いぐらい判別しろよ。
そう思ったのが生田との初対面。うちの会社の三次合同面接の席上、僕の隣に座った生田の答えだった。
お陰で僕は動揺の果て、その時になんと答えたか覚えてはいない。おそらく採用されたところを見るに、当たり障りない答え、いや「僕という人間がどこまで頂きへと走り続けるのか。ひたすら向上していきます!」などと答えたのかもしれない。
未だ僕は、上へ上へとチャレンジしていきたいと思っているからだ。そう、未だにだ。
「そこの。この状況をどう思う。」
野太く、ドスのきいた声が狭い室内に響く。ずらりと並んだ強面な方々の視線が僕へと刺さる。
ここはヤクザ屋さんの事務所だったろうか。声を発した老齢の会長、正面上座に座る方の視線がことさら鋭い。その背後にある虎の掛け軸までもが僕を射抜きにかかっているようではないか。その下にある日本刀は本物なのだろうか。
緊迫した空気。
そんな中、僕は走馬灯のようにうちの会社の面接時を思い出していた。いやあの時以上の緊張感かもしれない。ここで返す言葉いかんによっては命すら危ういのではないか。
緊張して自失している場合ではない。
走馬灯。
その時間軸を僕は脳内で急速に現在時間へと進める。
昨日は嶋課長からのお誘いで、どういうわけか私服のコーディネート、からのなぜかプレゼント。
何がどうしてこういう運びになったのか。まったくもって夢の世界だった。そしてオフのときの嶋課長は直視出来ないくらい可愛いかった……
いやそんなことを考えている場合ではない。
今朝のことだ。
「八洲君、午前中は同行出来る?」
「ハッ、……あの、えっと」
始業と同時に二課へと現れた嶋課長。ツカツカ歩み僕の横で声をかけられた。
咄嗟に二課長へと視線を向ける。
落ち着いた様子で、眼をつぶりながら深く2回頷く二課長。
その肯定に直ぐさま僕は応えた。
「ハッ! なんなりと!」
そうして来たのがここだ。
ここへの道中で嶋課長から聞くに、
一課の担当社員が精力尽くすも新規契約直前でなかなか身を結ばず。先方から「月次会議をやるからそこでプレゼンせよ。そこで最終決断する。だがただしお前は来るな、上長自ら来い」という傍若なオーダー。
それが今日だ。
なかなか不可思議なオーダーであるが、いやなぜ僕が同行しているのか。
聞くにその相手先はニッチな分野で尖った、専門職バリバリな町工場とのことだ。がしかし、通されたここはヤクザ屋さんの事務所としか言いようがない。
そしてこの強面の顔ぶれ。ここはヤクザの総会か何かではないのか。
そんな中、実に堂々と、時には微笑みながら流れるようにプレゼンする嶋課長。何一つ文句のつけようが無い。芸術性すら感じる。
こんな魅惑……、魅力的なプレゼンを堂々と展開出来る様になりたいものだ。
『この状況をどう思う。』
どう、とは? 何一つ気に触ることなど見当たらない。何を問われたのだ僕は……
「これは弊社における、御社を思っての最大のご提案であります。あとは御社のご決だ…」
「そんなことじゃねえ。」
怒鳴るとか、では無い。ないが有無を言わせぬ恫喝の如く、低く強く重い言葉。
背筋に一筋の汗が流れ落ちる。
「なんで女が喋ってんだ。」
女? この人は女と言ったのか? 嶋課長のことを女と? この男女雇用均等化社会にあって「女のくせに」と蔑んだのか?
落ち着け。その滾る情念を肚に納めろ。
肩幅へと脚を開く。体重は正中に降ろす。前に組んでいた両手を後ろへと回し腰高に組む。胸を張る。天を仰ぐ。
ゆっくりと深く息を吸う。ゆっくりと静かに吐く。再び息を肚へと吸い込む。
両眼を見開く。そこに見えたのは濃い茶色の板目の天井だ。その天井に阻まれ空は見えない。だがしかしその先には、間違いなく天をつらぬく蒼天がある!
「僭越ながら申し上げます!
只今プレゼン致しました嶋は、私の尊敬する上司で在り目標である人であります! 何かしら至らない部分があったのかもしれません。がしかしこれが弊社のベストであります! それは……、女、男に関わらずであります! 私の他、弊社に気に入らない部分があるのは深く受け止め、改善へと活かします!
ですが! 男女の性別で判別して頂きたくありません!」
件の会長を真っ直ぐに見つめ、僕は啖呵を切った。
「手前ぇ! 誰に向かって口きいてんだ!!」
専務だったか常務だったか。一際血の気の多そうな細身の強面が席を立ち怒声を上げる。続けて「おう! おうおうおう!」と立ち上がる他の強面な方々。
だが僕は揺るがない。胎を決めてここに立っているのだ。視線は会長から外さない。
「……、座れ。」
会長の発声。
直ぐ様、皆が座り再び静寂となる。静寂であるのにも関わらず、放たれた炎は納まること無く、灼熱の豪炎は部屋を埋めている。僕の肌をジリジリと焼く。
「すまんな、若いの。
誤解があったようだ。」
「ハッ!」
「見ての通り、ウチは職人気質の男衆しかいない会社だ。二人の事務員にしたってこいつと、そこの奴のカミサンだ。男勝りな、な。」
深く溜息のように息を吐きながら、会長がギジリと椅子の背もたれへ上体落とし預ける。
重たい空気が支配する。
「んなもんでな、こんな別嬪さんが来た日にゃあコイツら、こんな顔してるが内心浮足立ってやがる。
……、正常な判断なぞ出来ずに、なんでもホイホイと受けやがるだろうよ。
なぁ、おい。」
会長の隣りに座った社長が面目なさそうに俯き「仰る通りです、会長」と小さく答える。他の強面衆も一斉に俯いた。
滾っていた炎が一気にに鎮火する……
「お前さんの会社の商品、その提案いいじゃねぇか。
もちろんこれはウチにしたって一か八かの大博打だ。乗るからには社運をかけて、ここにいる全員、社員家族全ての生活が掛かってる。だから決めるからには命を張って取り組む。
どうだ若いの。
ウチと心中する気はあんのか。
ウチだってやるって決めたからには全力だ。死ぬ気でやる連中だ。」
「ハッ! 勿論であります!
全力で取り組み、御社とともに歩む所存であります!」
「……若いの、名前は。」
「八洲、八つの州、世界八つの州と書いて八洲で御座います!」
不動の姿勢のままに45度の最敬礼。
「八洲。」
「ハッ!」
「契約だ。」
「ありがとうございます!」
「……惚れてるのか。」
「ハッ! 惚れております!」
「だったら明日、改めてお前一人で来い。
こいつらに色目使われたくなかったらな。」
僕は最敬礼のまま無言で肯定した。
件の会社を出、駅へと向かう道の最初の角を曲がった時に、僕は詫び入れた。
「嶋課長、大変申し訳ありませんでした!
勝手に発言し、一課の培ってきたものを全てを台無しにするところでありました!」
「そお?
全部計算通りに行って、
結果、契約出来たけど?」
「え? ……いや、
え?」
「そういう硬派な会社だったし、君なら適任だと思ったから。」
そう、そうなのか? 全て嶋課長の計算通りの展開だったのか? なんということか! この修羅場すら制していたというのか!
「これでこないだのさ、一課で貰った君からの案件。
その恩返しになったと思うけど。
どお? きみ、
やれる?」
「ハッ、もちろんであります!」
「それって「一課でやって行きます」って意思表示だけど?」
「!!
ハッ! 是非に務めさせて下さい!」
立ち止まり最敬礼した。が、表を上げると嶋課長は先へと歩いていた。
慌てて走り追いかける。まだまだ隣に立つには程遠い存在だ。
「ところでさ、
惚れてるか?って質問になに、惚れてるって答え。
ちょっとオーバーだよね。」
契約成立のためか、すこし嶋課長の声が明るく感じる。
「いや……、あの、その、
……オーバーではありません。」
怪訝そうに嶋課長が振り返えった。
立ち止まった嶋課長の細めた冷やりとする目線。ゾクリと僕の心を撫でたものの、僕は今一度、肚を決めた。
「僕が嶋課長に惚れておるのは事実であります!
……、
好きです! 自分は好きであります!
この先、貴女の隣りに立ちたいと思い、共に歩みたいと望んでおります!」
「ん? んへ?」
「もし仮に……
本日の契約成立を祝って頂けるのでありましたら、昨日のお礼も兼ねて食事を奢らせて頂けないでしょうか!」
「え? なに? どういう……」
深く息を吸い込み天を仰ぐ。
嗚呼、今は秋晴れの青空が、天高いその蒼さが僕を吸い込む。
「僕と肉を食べに行きませんか!」
「……、
何言ってんの?
祝杯を上げるにはまだ早いから。」
再び嶋課長が歩き出す。その背を見る。
その隣りを堂々と共に歩く自分の姿を見てを想像する。
季節は暮れとなる。
遅いかもしれない。もう晩秋かもしれない。
でもここから咲く野の花に、僕はなりたい。
根強く強かに。貴女の傍らに咲く花に僕はなりたい。
「覚悟を決める」
それ以外の選択肢は極論、無きように思います
"(-""-)"ゞ




