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11月24日(木)不可思議なドアノックとカヌレと森岡

 ドンドコ ドン!


 ふむ、なんとも不可思議なドアノックだ。

そんな事を思いながらも私は視線を上げることはなかった。手元に積まれた書籍、その印刷された私の名前の横に印を捺し続ける。

この仕事に何の意味があるかはわからない。なんでも『限定』と付けると売れるらしい。別に売れようと売れなかろうと私は気にならなかったのだが、出版元はやはり商売なのか「100冊ほど、直筆サインか御印鑑を頂ければ……」と、私の書籍100冊を置いていった。

仕方がなく、中学生時代の美術の時間に作った落款印を捺している次第である。


「どうぞ。

 ここはいつで……


森岡(モリィ)よぉう、ありゃないんじないの。

 久々にモリィから連絡来た! って思ったら、全然痔でも無いしVIPでも無いじゃないか。」


 はて、なんの話だ。

それにしても(かしま)しいやつだ、桐島は。



「はいこれ、お土産。」


 ガサっと置かれる紙袋。

ふむ。これはなんだ、音から察するに瀬戸物の類ではないな。ではなんだ? 書籍にしては軽いように思う。ではこれは衣類の類だろうか。


「最近流行ってるらしいよ~、カヌレ。

 うちの看護師連中が色々なお店のを買ってきては品評会やってるよ。

 二つだけ貰ってきたから、二人で食べなよ。」


 カヌ? カヌエ? それはなんだろう?


「あれ? 並岡のお嬢はいないの?」


「最近は彼女も忙しいからな。

 サラちゃんに用事があったなら暫く待ってたらいい。時機に顔を出すだろう。」


 んん? 何かおかしなことをいっただろうか。

桐島がにやにやと笑っている。笑われるようなことを言った覚えはないのだが。


「ところでさぁ、モリィ。

 どうなの? 並岡のお嬢とは?」


 どうなの? どうなのとは一体どういうことか。


「最近聞いたところによると、約一か月の周期で女性は気分の浮き沈みがあるという話だね。今までは彼女もそういう素の部分は隠すように努めていたらしい。全く気が付かなかったよ。

 だが時として豹変するが如く、そういう感情を表現する時があるそうじゃないか。

 いやそれはむしろ、安心や信頼。今までの培ってきた関係性から表出するものらしい。であればこれは歓迎すべきことなのだ。信頼に値するという表れではないか。

 今まさにそういう時期に入ったのだ。

 解決、そう。そういう時は甘いものや好きなものを与えたら機嫌が直るとか。

 そういえば君の持ってきたお土産は食べ物、甘いものなのかな? だとしたら助かるな。

 それにそのことが事実なのか参考までに意見を聞きたい。もちろん反証でも構わないのだが。」


「……、ほんと君は相変わらずのバカだな。

 日光が眼鏡に反射して眩しいからこっち見んな。」



 こちらの言葉を遮るように手を挙げ顔を背ける桐島。

馬鹿とはなんだ。

そもそも馬鹿とはサンスクリット語の「無知」「迷妄」への当て字という説が有力だ。無知? 迷妄? しかも「相変わらず」? 理解しがたい。

むしろ自分が無知であることは重々理解している。だからこそ今もこれからも我々は「学術の徒」であるのではないか。


「あのさぁモリィ?

 わたしが並岡のお嬢を貰っていいの?」


 もらう? もらうというのはどういうことか。

医学部へと引き抜きたいと? それは本人意思の問題だろう。そもそもサラちゃんかがそっちの方向に興味があるとは思えなにのだが。

……いやなんだろう、なんだかそれは嫌だな。


「それは……、本人意思を確認しなくては。」


「あのね、モリィ。

 あ~~~、もっと感情が揺さぶられてるかと思ったのにそれか~

 ……、いやそれがモリィだよね。

 ほんと鈍亀、神経あるの?

 いいかな? そもそもさ? モリィはお嬢のことどう思ってるの?」


「どう思ってる?

 ……、恩師から預かった、大切な娘さんだ。

 並岡教授がそうされていたように、温かく優しく見守っ」


「はいはい! んじゃだよ?

 そのご令嬢がね? ご結婚となったとするじゃない。

 並岡教授の代わりにだ、君が……」


「サラちゃんが結婚するのかッ!」


 思わず立ち上がる。

勢いあまり、椅子がガタンと倒れた。


「いやあの……

 例えば、の話しだよ。」



 我々の間に沈黙が流れる。

昔から思うのだが、桐島と居るとどうも落ち着かない。倒れた椅子を元に戻し、再び座った。


「例えばそうなったとして、君は並岡教授の代わりにお父様役だとか、仲人になれるのかな?」


「……、そんなこと考えたこともなかったな。」


 そんな事を考えもしなかった。

だが確かに黙って居ても時代は流れ我々は歳を取る。世の中は確かに子々孫々、そうやって脈々と紡がれてきた。それは今も昔も、形こそ変えど普遍的な事だ。

サラちゃんが結婚。

そうか。


「もう少し、自分の気持ちとお嬢の気持ちを考えた方がいいんじゃないの、モリィ。

 君ってば、ほんと外ばかり、過去ばかり見過ぎだと思うんだけど。」


 言うに事欠いて何を言うか。

外の世界、過去の世界から学ぶこと。即ち、先人達の想いから学ぶことが未来への礎になるのではないか。

婚姻の歴史にしたって、知らないわけではない。



 ……いや、

そもそも釘を刺したのはこの桐島ではなかったか。


「思い出したんだが、

 そもそもサラちゃんを娘や妹のように扱え、と言ったのは君だろう。そこを間違ったつもりはないが。」


「あ〜〜〜」


 今度は桐島が立ち上がり椅子を倒す。

倒れた椅子がカシャンと鳴ったのを無視し、桐島は部屋の中をぐるぐると歩き回った。



「言ったよ? 言ったさね?

 でもあの時のお嬢はいくつ?」


「いくつ……、

 年齢はわからないが、

 確か小学生の4年ぐらいではなかったか。」


「だよね?

 で、いまはいくつ?」


「……。」


「24? 5?

 あの頃、モリィ言ったよね?

 お嬢のこと『聡明で可愛い子だ。それでいて繊細で儚く、折れてしまいそうで。手に取って包みたい』ってさ!」


「……そんなこと言ってない。」


「言った! 言ったから!

 それに近いこと!」


 確かにこの年齢でこの聡明さ、流石は並岡教授のご令嬢、と思った記憶はあるが。


「だからね?

 そんなモリィを犯罪者にすべきではないと思ったわけ!」


「犯罪など犯すわけないじゃないか。

 何を言ってるんだ君は。」


「あ〜〜〜!」



 桐島が椅子を元に戻す。

だが座らないらしい。それに手を掛け、こちらを見据えながら言った。


「もうあの「娘や妹のように扱え」って言葉は時効ね。

 ちゃんと見てあげて? じゃないと浮かばれないよ、あの子も。」


 いったい何を言いたいのだ。ちゃんとサラちゃんを案じているではないか。

桐島はいつもこうしてアドバイスをくれるが、その心配の要諦が図れない。



 コン コンッ



 ドアノックの音が我々の会話に句点を打つ〇


「どうぞ。

 ここはいつでも開かれた場所です。」


「失礼します。」


 扉が開かれ、清涼な風が室内へと流れる。


「あら? 桐島先生、ご無沙汰しております。

 今、お茶を……」


「いやいや並岡ちゃん、今帰るところだから大丈夫。ちょっと立ち寄っただけなんだ。

 最近どう? 忙しいのかい?」


「いえいえ、先生ほどでは。」


 サラちゃんがにこやかに対応している。

うむぅ、桐島もサラちゃんに対しては笑顔ではないか。


「んま、

 医学部には興味ないかもだけど、いつだって並岡ちゃんなら大歓迎だからねー。

 何か困った時には来てよ、って、

 このセリフも、いつもの挨拶みたいな感じになってきたけどさー ほんと大歓迎だからね!」


 ヒラヒラと手を振り、桐島がサラちゃんと入れ違う。


「じゃ、モリィ。

 失ったものを追ってばかりいたら泣くことになるからな!」


 なんという捨て台詞か。

桐島はそのまま振り返ることなく立ち去っていった。



「お邪魔では、なかったですか?」


 サラちゃんが桐島の退室を見送り、後ろ向きのまま声を掛けてきた。


「いやいや、よくわからないが本当に立ち寄っただけのようだよ。

 ……、桐島がカヌーとやらを手土産に置いてったんだか、一緒に食べないかい?」


「はい、では珈琲をお淹れしますね。」


 そう言ってサラちゃんがポットの方へと歩む。


 その姿を見て、見慣れた情景であるのに目が追ってしまう。これは当たり前ではないということなのだろうか。いつまでも続く情景ではないということなのだろうか。



 改めて『ちゃんと』見なければならぬ。


 そういうことなのだろうか。


 そう思いながら珈琲を淹れてくれる彼女の横顔を見つめていた。

あぁ、世の中は不可思議で構成されている

生涯かけても世の中の知れることなど、1%すら満たないのでらなかろうか?

うむ、「無知の知」とはまっこと真理であろう

(@_@。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 天然と天然が掛け合わさるとものすごい椅子転倒合戦になる。 とはは今回それを学びましたね。 でもこれがきっかけで森岡先生にも気づきが生まれたのかな? 一読者、そうあってほしいと願ってしまいま…
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