11月22日(火)痔(疑惑)と餃子ランチ定食と戦う八洲
「失礼します!」
「は~い、どうぞ~」
間延びした返答に入出する。緊張が高まる。
僕は医務室、病院へ来た時にお医者様と会う診療室に来ていた。白い。全てが白い。その日常的ではない白さにより一層、緊張が高まる。
「私し、ユリノ商事の八洲と申します!
この度は森岡教授に御紹介頂きまして、桐島教授の貴重なお時間を割いて頂き、有難う御座います!」
僕は名刺を差し出した。
一般的には名刺交換のタイミングだが、先方から名刺を出されぬことも多々ある。受け取る手に適当さなど日常茶飯事だ。だが僕は深々と首を垂れ、名刺を差し出した。
「ん? あぁ……、
あ~~~」
目の前に座っていた桐島教授が僕の名刺を一瞥し、やれやれといった表情をする。
あぁ、これも想定内。そんなことなど珍しいことではない。あぁ、これはよくある情景だ。
「あ~~~、あれかぁ。
通りで森岡から連絡来るなんて珍しいなって思ったんだよ。
なんだよ、何かしらのVIPかと思って枠開けたのに。
君は痔じゃないのね?」
「え? ……えぇ?
はい、痔ではありません。」
「はぁ……。」
「……。」
深いため息。
一気に興味を失ったように僕から視線を外し、手元の書類へと桐島教授が目線を落とす。
瞬時に空気が変わった。部屋の白さと相まって冷たさすら感じる。……いやこれも想定内だ。
「それで? 何しに来たんだい、君は。」
素早く鞄の中へと手を伸ばす。
会社案内のパンフレット、医療系を扱っているカタログ、聞いてる範囲内でプレゼンできそうな作成した資料……、あとそれから……
「あのモリィと、
うん、まぁよく仲良くなったもんだねぇ。」
そこで鞄に手を伸ばした手が止まった。
「はい、実は森岡教授の下でサポートしている並岡女子のことで相談を受けまして……」
「……、並岡教授のご令嬢?」
「えぇ。
どうも最近、ご機嫌が悪いようでして、どうにかならんものかと。」
果たしてこれより先を喋ってよいものなのだろうか。いわばプライベート、個人情報のようなものなのではないか。こういう話を第三者から第四者へとするものではない。
「なので私し、姉がおるものですから、その
女性が機嫌が悪い時にはどう接すべきか
など、僭越ながら色々とお話いたしまして。」
「へぇ~~~」
まずい、まずいな。これは興味をもたれているのか、それとも興味が無いか……、判断が尽き難い。ここで会話が途切れてしまってはまずい。
「先生は……、
森岡教授と、それに並岡女子とお知り合いでしたか。」
「う~~~ん、まぁモリィとは同期なんだよね。
進む道が全く違ったけれど、うん。
あいつって面白い男だろ? ど~もなんだ、生き方とか全然共感できないんだけど、だからかな。今でも仲良くやれるのは。
あいつはなんだろ? 歳取らないよなねぇ。嫉妬すら感じるよ。」
そこから桐島教授の話すに任せ、適度に相槌を打ちながら話を聞いた。
どうやら森岡教授とは学生時代、そもそも高校からの長く親しい間柄のようだ。並岡さんの父上は実はここの大学教授だったらしい。故人ではあるが二人には思い出深い方だったと推測できる。
師に巡り合えるということは、人生において最も幸せなことなように思う。
桐島教授にとっては別の方だったようだが、森岡教授にとって並岡教授は特別な、並大抵では無い存在なのだろう。そのご令嬢なのだから尚更、気にかけてしまうのかもしれない。
「ところで、
結局のところ、君は何しに来たんだっけ?」
「ハッ、
弊社は日常的な薬品、機材等は勿論扱っておりますが、長年やっておりましたが故に深く広くネットワークが御座いますので。
もしや桐島先生が興味持たれた薬品などが御座いましたら、即日にでもご用意出来るかと。」
「ふぅん、そう。」
「何か気になるものが御座いましたら、是非にお声がけ頂ければ。
そう思い、本日はご挨拶に伺った次第です。」
プレゼン用に作った資料、何かしら必要になるかもしれない新商品をまとめたものを取り出す。
一瞥され、視線を外されたた隙に、名刺とともにそのデスクの傍らに置いた。
「お忙しいところ有難う御座いました。
本日はお会いできて嬉しかったです……
何かお困りの際には是非にご連絡下さい!
……失礼いたします!」
立ち上がり深く一礼する。
これでこの後に繋がるかはわからない。だがここで粘るのは、なんだか得策ではない気がした。
大学病院を出て空を見上げる。
空が低く薄雲っている。羊雲、というよりは餃子が並んでいるように見える。母が大量に包んで盆に並べていた、あの焼く前の餃子を思い出す。
今日の天気は晴天ではなかったか。朝に見た天気予報では晴れだったはずだ。
故郷の空。
曇天や豪雨、台風の日もあった。でも晴れの日は突き抜けるほどに空が青かった。わかりやすいぐらいに空の青さと雲の白さが際立つ空だった。
ずっとあのそらを見ていない。
僕にあの晴れた空は巡ってくるのだろうか。
いや何を言っているんだ僕は。この薄曇りの先にあの青空があるじゃないか。あるのは確かじゃないか。
再び前を見て歩き出す。
もうそろそろ昼時か。目に入った中華料理屋。少し早いが昼食にしようと暖簾をくぐる。
「しゃっせ」と短く迎え入れられる言葉。
ここは、そうか。今時珍しく券売機が無い店か。案内なくカウンターの隅に座る。
メニュー表に目を落としたところ、際立って書かれた「餃子ランチ定食」の文字。迷わず頼んだ。書かれたランチタイムよりもちょっと早かったが、即答で返される「あいよ」の言葉。
備え付けられたグラスを取り水を灌ぐ。それを一息に飲み干す。
僕は西崎課長、あの大先輩のようになりたい。
直接はその栄光、スタンス、その行動の実績を知らない。伝説のような噂話しか知らない。だがその栄光、阿修羅神の如く三面六臂で弊社の礎、この「ユリノ商事ここに在り!」を打ち立てた伝説。
そして、その表裏を可憐に彩った嶋エレナ課長。
嶋課長の傍に僕は並び立ちたい。
西崎課長との役割は逆転しているかもしれない。が、そういう様課長の隣にはに並びたてる力を僕は持ちたい。
嗚呼、男として生まれたからには!!
「ギョウ定でぇ~っす」
傍らにパッキンな女子が盆にのせられた「餃子ランチ定食」と伝票を置いていく。
なんだろう? 親父さんの娘さんかな? 似てはいないけれども。いや不愛想な感じは似ていなくもないが。
「餃子ランチ定食」なるものが何かを、現物を確認してはいなかった。
ゆえに目の前にだされたものに驚愕する!
まさかなんと、こんなにも大きな餃子か! 通常の餃子の三倍はあるのではないか! それが三つ! そしてご飯は大盛、味噌汁であろうか汁物は豚汁並……
しめて三人前相当。なのに価格は820円!
……、八洲家にとって出されたものは完食するのが鉄則! 久々の大盛オーバーだが完遂する覚悟ッ!!
次々に現れる近隣に勤務しているであろう大食漢達。
席がいつの間にか満席となる。だが僕はこんなところで負けるわけにはいかない。
こんなところで負けるわけがない! むしろこれは午後からへの活力!!
……、午後からの営業は正直、僕のポリシーから言えば常軌を逸しってたかに思う。
半ばと書いて半信半疑、いや焼けっぱちとも言える。満身創痍、いや満腹過ぎる腹を抱えながらの、堂々と恰幅ある交渉。
う〜ん、これは正しいのだろうか?
行った先で言われた「なになに〜、今日はいつもと違って精力的じゃないのよ〜」という言葉が印象深い。
なんだろう? 西崎課長の攻勢な感じはここにあったのだろうか?
……いや、これは幻想、たまたまだ。
そんな事を考えながら帰社した。
そんなわけないか……
今日はたまたまテンションが上がっただけか。奢るな八洲玲央。僕にそんな力量が備わっているわけないじゃないか。
嶋課長と並び立つにはまだ程遠いではないか……
僕の帰社と皆の退社時間帯が被ったせいだ。
色々な会社が入った複合ビルにある我が社。その正面入口から流れ出る人々の流れ。
それを遡上する魚のように逆流する。
段階的に流れる人々の途切れ。その合間を僕は文字通り遡行する魚の如くすり抜けていく。
その隙間、人々の途切れの中に混じり退社する嶋課長を見止めた。僕の動きが止まる。
歩夢嶋課長の隣には生田がいた……
流れゆく人々の波の中で唯一、静止している立木のような僕。その存在に気が付いた嶋課長。時が一瞬止まったかのように目が合う。
隣の生田と軽やかな談笑、からの僕を見て
蔑むような冷笑。
「あら八洲君、お疲れ様。」
「お疲れ様です!」
嶋課長に視線を合わせられず、逸らすように直立で深く礼をする。
「……、そうだ。
明日は祝日なのだけれど、都合は付けられる?」
「!!
はい、もちろんで御座います!」
「んじゃ、後で連絡するから。」
生田と颯爽と立ち去られる嶋課長。
悔しさに歯を噛みしめ最敬礼のまま首を垂れ、二人が立ち去るのを背で見送る。
たがいや!「後で連絡する」ということは僕の電話番号を知っているということ! まだ一縷の望みは絶たれてはいない!
負けんぞ僕は! 嶋課長の隣に並び立つのは僕だ!!
そう思いながら、
僕は夕日に染まる石畳みの地面を睨んだ。
葛藤の無い日々など無いであります
挑戦することが大事だと思うわけでありますが!
どうでありましょうか?
"(-""-)"ゞ




