11月21日(月)ソファに座り肉を所望する生田
「ふえぇええぇぇ~!
あの、えっと、うんと、あの! えっと!
あの梅子ちゃんをあれですよ! あのラインでも言ったじゃいですか、あの、
えっと、ちゃんと去勢しましてしましたでありまして……
ふえぇええぇぇええ! ちゃんとやりましたから!
あの! あとはウェヴで……、じゃなかった! あとは!
ラインをちゃんとかくにんしてくだしゃいぃ!!」
あたしは先輩にキャリーを、梅子ちゃんの入ったキャリーを押し付けながら先輩を突き放し、その場から走り去った……
にゃ~~~うぅ~ん(≧▽≦)!
というのは二日前の出来事 まる(。
って、うぉおおをぉぉおおぃいっっ!!
あたしはなんで先輩に抱きしめられたのでしょうか!!
うにゃあぁぁぁあああ~~~~!!
ちょっと待て! ちょっと待って下さいよ! 冷静になれ生田桃花!!
深呼吸だこんちくせう!!
すぅ~~~~~、はぁ~~~~~ すぅ~~~~~、はぁ~~~~~
すぅ~~~~~、
うん、そうだよ!
ちゃんとラインで言ったわけですよ、あたしは。
あたしはちゃんと先輩に「梅ちゃんを土曜に病院へ連れて行きますからね〜」って連絡してしたわけですよ、前もってさ?
でも返信がないじゃない。いつも通り既読無視だけど!
そしたらさ? やっぱり予想通りとはいえご自宅には居ないわけですよ! あの先輩野郎は! 想定内とはいえですよ??
仕方がなく、うん仕方がなくですよ? 合鍵で侵入して、梅ちゃんのお皿を洗ったり、使い終わったグラスもついでに洗ったり、ちょっと待とうかなってソファに座ったり、でもやっぱり帰ってこないから、でも換気しとかないとねーって窓をちょっと開けたりですよ。
ちょっとしたことやって、病院に行って無事に帰還じゃないですか?
なんで抱きしめるん? そこであたしをなんで先輩は抱きしめるん??
ぶにゃ~~~~~! にゃんにゃんにゃんっ(/ω\)!!
いやだから冷静になろうよ! 生田の桃花さん!!
して、現在は週明けの月曜、始業まで間もない会社です まる(。
昨日はですねぇ、サラチャンさん改めサラさんがおいで下さいましてですね?
いやなんと言いますか、近況報告と言いますか。
その、あの、近況って昨日の出来事やないか~~~い!
ってですよ、うん。
不思議ですよね? 人に話しているうちに全体像だとか今後の課題だとか今の心情だとかが客観視できるわけです? なのであたしも「あ~、まずは確認からやなぁ」ってさ?
うん、一旦はこれは事故のようなもので、まずは状況確認からだ!
と、心の整理と言いますか、肚は決まったはずなんですよ。
でもですよ。サラさんがね?
『羨ましいです……』
って、なにがやねん(*´Д`)ノ
はい、サラさんが帰った後も、寝る前も、寝た後も!
安眠安息が取柄なあたくし生田桃花は! 悶々とぐるぐるヽ(@_@)丿絶賛、寝不足中です! お陰様でこの有様っす!!
取り合えずは、うん。先輩の今日のスケジュールを確認しておこう。
あたしの秘書スキル(自称)さえあれば、先輩の行動パターンは丸はだ……、ケフンケフン、全て丸みえ……、ごふっ!
全ては! 把握ッ(/ω\)!
それによりあたしのいつもの流れの逆をいけば!
先輩と遭遇することなど有りえん!!
「生田、ちょっといいか。」
って! 遭遇するし! 朝一は居ないと思ったのに事務所にいるし!!
あたしは聞こえない振りして180°ターン!
踵を返してダッシュ! 脱兎! 脱出&トイレへと避難!!
そうだ! 人けの多い時ならば!
「生田、」
「はい、ユリノ商事、生田がお受けいたします!
あ! これはこれは〇×△@……」
電話を受けたふりからの、長電話風一人演技(>_<)!
「……。」
先輩が書類に目を落としたすきにダッシュ! 逃亡! 逃走! 戦略的撤退!!
逃げよう、もう逃げよう。
これはなんだ、先輩はなんで居るんだ……
あたしは無理やり今日やる必要のない、かもしれないアポを取って、素早く行動予定表へと「外勤」のマグを張り、コートをかっさらって一階エントランスへと向かった。
「ちょっと待て、生田。」
先輩の声が後ろから聞こえる。
なんで追いかけて来るかなw
でもあたしは聞こえない振りをして足を速める。
ドキドキと心臓が早くなるのを感じる。そのおかげで血流が早まり、顔が熱を帯びるのがわかる。耳が熱い。
「おい!」
後ろから頭をガシッと掴まれた。
あたしはその感触に動けなくなり足が止まり、俯く。
頭を撫でられた。
その手が不意に離れ、ゆっくりとあたしから離れていく。
あたしから遠ざかるのがわかる。
「その、なんだ。
こないだはすまなかったな。
ん、んんぅん、その…ありがとな。」
先輩が傍らの自販機に小銭を入れる音がわかる。
僅かな逡巡のあと押されたボタンの音。
ガコンと何かの飲み物が落ちる音。
この世にあたしたち以外に居ないかのように、その他の音なんて無いかのように響く無機質な短い音。
続けて入れられる小銭の音。
横目で見たら先輩が顎をしゃくり、あたしに促す。
「悪かったな。」
なんだか納得がいかなくて、あたしは返金のレバーを下げた。
ちゃちゃりんと響く小銭の音。
「……、なにがっすか。」
嫌な言い方になった。本意じゃないのに。
「避けてるじゃねぇか。
……、仕事になんねぇ。
いや、俺が悪いな……。」
なにがっすか! なにが悪いんすか! 悪かったってなにがすか!
なんで? なんで先輩は謝るんすか! ねぇ?なんで?
なんで先輩はそんな困ったような、周りの人たちに、いつものように、部下に向けるような、そんな目で私を見るんすか! そんなの! そんなのないじゃないすか!
あたしは! あたしはあたしは!!
「……、避けてないす、偶然す」
「……、」
先輩が無言で落ちて来た小銭を、釣銭を出す小窓へと、身を屈めて手を伸ばす。
ずるい、ひどい。
何で謝るの? 先輩は悪いことしたんすか? あたしを抱きしめたのは悪いことなんすか? それはしたくてしたわけじゃないってこと? それは勢いとか…
あ~~~~~! もう! なんなんすか?
そんなの! そんなのないじゃないすか!!
あたしは! あたしはこんなに先輩が好きなのに!
先輩は! 先輩は! ねぇ? 先輩はあたしのこと……
先輩は間違っ……
あたしは歯を食いしばって数歩下がる。
嫌だ、泣きたくなんかない。認めたくなんかない。そんなこと知りたくない。
先輩のその屈んだ背を睨んだ。
あたしは先輩のことが好き 大好き
初めて出会った時のことを今でも覚えてる ドキドキしてしまったことを覚えてる
先輩が既婚者だってことを知った時に
そりゃそうだよなぁって そりゃねぇって
あたしは自分の感情を押し殺した
あたしは先輩が幸せなんだったら いやきっと幸せなんだから
って
先輩と後輩 上司と部下
それだけでいいやって それだけでも幸せじゃないかって
いつかきっと
「あたしも幸せになりました!」って
そういえばいいじゃんって
先輩が離婚したってわかっても
そんなの そんなのチャンスじゃない
そんなのあたしは
だって先輩は別れたくて別れたわけじゃないんでしょ?
先輩はそんな人じゃないよね?
だからあたしは
でも先輩は
でもその先輩の背中は
なんでそんなに哀しいの?
嫌だ いやだいやだいやだ!
そんなのは嫌!
あたしは
あたしは先輩が好き 大好き
本当はあたしが先輩を支えたい 守りたい
先輩を抱きしめたい
それなのに……
いやだ 許さないもん
ちゃんとあたし 言ってないもん
ちゃんと聞いてないもん
ちゃんとあたしの気持ちを
言うんだもん!
「……肉」
「あぁ?」
先輩がゆっくりと立ち上がる。
振り返る前にあたしは言い切る。
「しゃぶしゃぶで手を打つっす!」
先輩が振り返る前に、あたしを見る前に、言葉を出す前に、
あたしはダッシュした。
答えを聞く前にその場から走り去った。
きっとですね!
明日は良い一日になると……
そう願うのは自由じゃないですか?
(≧▽≦)