11月20日(日)しめじと納豆と乾燥ヒジキと並河
改札を抜ける。ピッと短くなる音。
すれ違う人の靴音、駅アナウンスの機械的な声。車の走行音、人々の話声。色々な音が入り混じり「喧噪」として私の周りに漂う。
今日は休みだから人は少ない。けれども音の質量は変わらない気がする。外に出れば音の渦からは逃れられない気がする。
それが私を不安にさせる。
駅の階段を降りて商店街へと入る。
道の先を見る。この道の先に続く目的地を私はわかっている。
でもふと、自身の先を考える。道が無限に広がっている。私は上を、先を見ながら進んできたはずなのに。この道の先はどこにつながっているのか知らない。ただ前に進んでいる。
商店街を抜け、住宅街へと姿を変えていく景色。
歩んできた道に不安を感じ、ふと後ろを振り返る。
何を成してきたんだろう。何を得て来たんだろう。私は成長しているんだろうか。私はただ足踏みしているだけで前には進んでいないのでは? わからない。なにもわからない。私はどうしたいんだろう? どうなりたいんだろう?
ふと見た時、立ち止まったところにお寺があった。
その正門の掲示板には何かしらの「言葉」が掲示されていた。
足元へと視線を落とす。揃えられ次の一歩を待つ私の足先。履きなれたスニーカーの足先。その汚れは私が今まで歩いてきたことを示していたけれども。
不安を振り切り、私はまた一歩。そうして歩き始める。
目的地に着き、チャイムへと指を伸ばす。
でも私はそこで押さずに一度大きく深呼吸した。何かを始める前に自分自身の背中を押す「きっかけ」が必要だった。
チャイムを押し、待たされることなく開かれるドア。
「いらっしゃいませ~!」
「こ、こんにちは。」
オウカさんは出会ったときから変わらず私を明るく出迎えてくれる。おおらかで元気な人だなと思う。でも私は少し緊張してしまう。これは私が人と話すことに慣れていないからなのかもしれない。自分の心を開くことに慣れていないからなのかもしれない。
なんだか申し訳なさが頭の片隅を通り過ぎる。
「おっと、食材を買ってきちゃいました? そんな気を使わなくてもいいのに~」
「あの、
今日の朝ごはん作りの練習に使うかなと思って。
それと、お土産に肉まんを買ってきました。」
「あ~~~! いいですね! 秋は肉まんですよね!
わかってるな~! 相変わらずサラさんは!!
それと、食材を確認をっと! えっと、失礼しますね~
お豆腐、しめじ……、お豆腐としめじの味噌汁かな?」
「わかりません。しめじが安かったので買ってきました。」
「おおぅふ! えっと、しめじは安かったですか?」
「大特価と書いてありました。」
「ふむむ……、なるほどなるほど~
えっと、ひき肉と納豆……、納豆好きですね! サラさん!
ちなみに先生は納豆好きなんですか?」
「食べられないものはありませんね。」
「お、おっけす!
そういえば嫌いな食べ物も好きな食べ物も無いんでしたっけね!
あと、これは何だろう……、そっかぁ、乾燥ヒジキかぁ……」
「うちの朝の食卓によく出てきます。ひじき。」
オウカさんが俯く。動きが止まっている。
どうしたのだろう? 私は何か間違った発言をしてしまったのだろうか。
「素晴らしい! それは朗報です!!」
そう言ってオウカさんは私の手をがっしりと両手で握りしめた。
「ひじき煮ですね! それはきっとひじき煮ですね!
是非にお母様から教わって習得してください! 早急に!!」
「えぇ……、あ、はい。」
「なのでこの乾燥ひじきは持って帰って頂きつつ、帰り道でたぶんおそらくきっと、十中八九! 油揚げは買っていってくださいね! うん、入ってるよね?」
「えっと、あと人参がとか厚揚げとか……
お豆とかこんにゃくだったりレンコンが入ってたり……、します。」
「素晴らしい!
ごめんなさい! 帰りの買い物はお母様に一報入れてからにして下さい!」
「はい……」
泣いているのだろうか。
オウカさんがブンブンと振っていた両手を離し、天に向けて両手を掲げている。
「ところで本日はお味噌汁を作りましょう!
しめじと油揚げ、そこに合わせるのは小松菜と長ネギ、どちらがいいですか?
いやこの際、葉野菜を扱っておきましょう! 今日は!」
「えっと、小松菜と長ネギは買ってこなかったです……
あと油揚げも……、」
「大丈夫です! うちにあるんで! 長ネギも! 小松菜も!
油揚げも冷凍してるんであるんですよ!
あ~、長ネギは刻んで保存してあるしこれはですね、お昼ご飯に麻婆豆腐を作ります!
主にあたしが!」
「麻婆豆腐って作れるんですか?」
「調味料さえあれば意外と難しくはないんですよね~!
うちには各種調味料があるので大丈夫!!
それに今は素も売ってますから、難易度は低いのです!!」
「あの……、
今日のオウカさん、いつもよりテンションが高くないですか?」
「え? あ、えぇええ??
そ、そうです? えぇ? そ、そんなことないですよ~~~!」
「……何かありました?」
「うえぇ……、う~んと、え~っと……」
「……。」
オウカさんがジタバタと、これを右往左往というのだろうか。不思議な動き、挙動不審な動きをして文字通りフリーズした。
止まったからわかる。目がグルグルと回っている……
やはり何かあったのだ。
申し訳ないことを私はしてしまったのかもしれない。何が彼女を混乱させてしまったのだろう。本当は肉まんじゃなく、餡まんとか。いやもう少し女性らしいような、例えばプリンとかケーキのようなスィーツの方が良かったのかもしれない、お土産は。
私は駄目なのかもしれない。
もっと女子力を、もっと洋菓子に興味をもつべきなの……
「わ、わかりましたよ! も~っ!!」
オウカさんが再び私の両手をガシッと握りしめた。
「えっと、ごめんなさい!」
「はい、こちらこそごめんなさい……」
反射的に私は謝った。だがそうではないらしい。
「うえぇっ?と、んにゃ! そうじゃなく!
今日はマッハで昼食を作りましょう! 麻婆豆腐は主であたしが作るんですけれども、お味噌汁じゃなく、小松菜としめじの中華スープに変更で! うん、ときたま風でいきませう!
なので油揚げはお土産に持って帰って頂きたく!
そいでですね! 言い訳なんですけれども!
朝食は簡単、つまりマッハ! でもちゃんと美味しく! でも愛情を!
んぐぐぅう!!
そう、ちゃんと気持ちはこもっているんだけれども、あまり手間暇など!
あ~~~~~! あれです!!
今日は本気の桜花さんでいくんで!
お味噌汁も中華スープも序盤、下拵えは同じなんで! あたしのマッハなサポートで付き合ってください! 大丈夫! ちゃんとサラチャンの活動の足しになるから!!」
「あ、えっと、はい。
私はそんなに早くないと思いますけど、よろしくお願いします……」
そこからのオウカさんの手際の良さはすごかった。ほぼ同時進行、ほぼ仕上がりのタイミングは同じ。
でもその間でも、小松菜の洗い方や豆腐の切り方。保存できるもの、保存の仕方。目分量だけれどこれは最初は体得するまでレシピ通りに、だとか。
私に伝えるべきこと、学ぶべきことをちゃんと教えてくれた。
料理は30分程度で終わった。
「では、本日の昼食は中華で頂きます! です!」
「はい、いただきます……」
「……、」
「あの、それで……」
「それでですね! あの! 実はですね! 昨日……」
話しを聞くに、どうやら意中の先輩、西崎さんと何かあったらしい。概要はあっちこっちに話が飛んだのでわからなかったけれども、要約すると一歩前進したらしい。
オウカさんの話を聞きながら私は決意した。
今一歩、私も踏み出さねばならない。ちゃんと成長しているはずなのだから。
そうだ。
私もちゃんと前へと進むんだ。
今日は休日でしたか?
良い一日でしたか?
明日に備えてゆっくり休みましょうね
( ^^) _旦~~




