11月2日(水) 子猫とお醤油で悩む生田
先輩は豆腐を受け取ってくれませんでした まる(。
なぜだ……、なぜなんだろう?
何を間違ったのだろう、先輩はなぜ豆腐を受け取ってくれなかったんだろう?
先輩は豆腐って嫌いだったっけ? いやそんなことは無いよ。だって去年の忘年会の時に、あたしが鍋から取り分けた豆腐とか白菜とかタラとか食べてくれたもん。
あれ? 最近になって、嫌いになったのかな?
え? 豆腐って嫌いになる??
いや違うちがう! だって書き置きに「料理しない」って書いてあったもん。
あれ? え? あれれれれれ? え? それって、え?
あたしに作ってくれってこと?
え? ええええ?
「生田、
何やってんだ、予定表に向かって、豆腐持って。」
「あ、あはー、八洲君おはよ~~~。
これ? うへへへへ~」
「朝からしまらない奴だな。キモイぞその笑顔。
朝はまず自分の容姿を確認した方がいい。」
八洲君は朝から辛らつだなぁ。
あたしは就業1時間前から万全の態勢で出社していたというのに。
「まぁいい。西崎三課長は?」
「先輩?
いやいやいやいや! あたしは別に先輩に湯豆腐を作って差し上げようだなんて、これっぽっちも、
いや滅相もございま」
「……。
いつまで妄想してんだって! だから!」
うん、八洲君にしては鋭いツッコミかもしれん。
「いや待て、会社で湯豆腐作る気か?
あぁ……、もういい。」
そして諦め、切り替えも鋭い。相変わらずだな、八洲君。
「参ったな、
三課長にしか頼れない案件なんだが……」
「ん? どったの?」
まず同期のあたしを頼ろうぜ! 八洲君ッ!
「あぁ、
まぁウチの二課で受注ミスがあってだな。
受注ミスって言うより確認不足なわけだが。相手は西海大学の森岡教授。
知ってるか?」
「知ってるような、知らないような……」
「……、
それを知らないって言うんだよ。
森岡教授は三課長の元顧客だぞ? 直属の上司なんだからそれぐらい知っといて当たり前だろうが。まったく。」
いやいや、いくらあたしだって先輩の、知らないことの一つや二つやだね……
「森岡教授も普段は無害なんだけどな。
何というか物事に無関心というか。
ミスの原因は、元はと言えば教授にあるんだが「知らない、無理ですね、そちらで処理してください」と、取り付く島も無い。
全くのお手上げだ。」
「う~ん、三課案件といえば三課案件だねぇ。」
相変わらずのマイペースだね、八洲く~ん!
「まぁ二課で処理出来ればそれに越したことないんだけどな。」
「えっと。資料とか、預かっとく?」
「いやいい、
また来る。三課長に連絡だけしといてくれるか?」
「おっす、了解っす!」
二課も大変だな~。
一課は新規開拓、二課は顧客の現状維持。そして我らが三課は、一課二課のサポート。平たく言えば資料作りや苦情処理やらの雑用課なわけだけどさ。
うちの会社は、そういう意味では役割分担が出来てて、上手く回ってると思うよ。うんうん。
まー、三課はヒエラルキーが低いんだけどね笑
は~~~、さて。
先輩は朝から居ないんだよな~~~。
どういうわけかな~~~。
直行直帰ってことは、帰ってこないんだよな~~~。
今日は会えないんだよな~~~。
あ!
西崎三課長は、同じ大学出身なので「先輩!」と呼んでます!
先輩とは全然被ってないんですけど、企業説明会の時に「同大出身」って来ていらっしゃったので、それからは「先輩!」と呼んでます!
一目ぼれだったんですけどね! でも妻帯者でしたからね!
んで離婚しましたけどね!!
最初は「別にお前の先輩じゃねぇ。」って言ってましたけど、今は否定されません。ちょっとは受け入れてくれた感じだと思います!
と、あたしは心の中で解説してみる まる(。
いやいや、そんなことしてる場合じゃないよね?
早速、先輩に連絡せねば!
「もーりーおーか、
って誰ですか? どーゆー方ですか?」
っと。
『どう言う意味だ。』
ラインで送ったのに直電来た! 速攻で来た!
「そ、そのままの意味っす!」
『【森岡って誰なの?
どういう関係なの??】
の、本文はまぁいい、この際。
なんでハンカチ咥えて涙流す猫のスタンプなんだ。
きーーー、じゃねぇ。』
「え? 可愛くないっすか?」
『……、
どこの森岡だ。』
「えっと、大学教授のです!
二課の八洲君が、なんかトラブったって、言ってたっす。」
『わかった。』
そして、唐突に電話が切られた……。
ひどい! ひどすぎるわっ!!
一方的に話して、一方的に質問して!
あたしの質問には答えないで一方的に電話を切るだなんて! いっつもそう!!
【週末に子猫が湯豆腐を作りに伺います
まるで夢のような世界!
にゃ~ にゃ~ にゃ~!】
と、本文。
スタンプ・本文コピペ・スタンプ・コピペ スタンプ・コピペ!
連打、連打、連打!!
【そういうのはいらん
薬は貰った
ありがとう】
ふっふっふ!
これで少しは溜飲が下がった! あたしの勝ちだ!
でもなぁ、
「いらん」と言われても、子猫の問題も先輩に相談したいし、やっぱ週末に行こうかな??
あたしは知っている。先輩は本当は優しい。
いつも、疲れているような、怒っているような、不機嫌そうな。ぶっきらぼうで人付き合いを面倒くさがっているようにしてるけど、本当は誰よりも優しい。
会社に迷い入ってきた虫を素手で捕まえて、それを窓の外にポイって捨てた。いつもの面倒くさそうな顔で。「課長~、素手でやるなんてワイルドですねぇ」って誰かが笑ってた。でも殺してない。
「殺さないんっすね」って、気づいたあたしが聞いたら「殺す理由がねぇ」って当たり前のように言ってた。
忘れられていく会社の観葉植物も、先輩が水やら肥料をやっている。密かに。
お陰様でうちの会社の観葉植物はすくすく生き生きだ!
「生き物をかうのは嫌なんだ」ってあたしに言ってだけど、先輩はそういうのを見捨てられないからだ。本当は動物も植物も好きだけど、きっと責任感が強いから、優しいから飼いたくないだけなんだ。
動物も植物も人も。部下も。
先輩は絶対に見捨てない。
「甘えてんじゃねぇ。」
って言う時は「お前なら出来る」って意味。「頑張れ」って意味。
「それは俺がやっておく。お前はこっちの仕事をやれ。」
って言う時は、仕事で潰れるのを見越して。でもちゃんと新たな目標を提示する。
見限ったり見捨ててるわけじゃない。
「いいんじゃねぇか。これで。」
って言う時は褒め言葉。
きっと上司から褒められることが重要なんじゃなく、結果や、それでつく自信だとか責任感なんかを認めてくれてるってこと。
「……、気にするな。あとは任せろ。」
成功は部下の手柄。失敗は上司の責任。そうやって動いている。前に進んでいる。
きっとあたしだけじゃない。この三課で働いてる人は、ヒエラルキーが低いなんてことは微塵も気にしてない。みんな先輩の元で生き生きと働けている。
あたしは、
先輩が、三課が好きだ。
「さてさて!
そんなあたしはエライな~、居なくなった先輩に代わってこの書類の山を片付けますかね! 一網打尽にしてやっちゃるよ、このやろ~!」
「お、生田くん。今朝も気合いが入ってるねぇ~。」
「あ、部長。おはよーございます!」
「ん、おはよう。」
部長があたしの手元を見る。
なんでその糸を束ねたみたいな目で、あたしの手元が見えるかな~。
「ん? それは豆腐かい? 朝食かい?」
「やだなぁ、部長!
豆腐は飲み物ですよ!」
「ははは、相変わらずだね。うん、結構、結構!」
去っていく部長の後姿を見てあたしは考える。
はぁさて。
この豆腐は給湯室にある冷蔵庫にしまっておこうか。
えっと、お昼にお醤油を買ってこようかな? あと鰹節とか生姜とかもあった方がいいかな? えっと、お醤油ぐらいは給湯室にあったような……。
とりあえず冷奴一丁ぐらいは、お昼ご飯代わりに食べられるよね?
あーあぁ、
せめて作ってきたお弁当をあたしの代わりに食べてくれる人がいればさ、
言うことはないんだけどね~~~。
あーうーんと、えっと
犬派ですか猫派ですか?
え? あと鳥派とか?
(≧▽≦)