11月16日(水)栄養ドリンクと胡麻アンパンを買う嶋
やってしまった。週の始まりなのにやってしまった。
昨日、ドラマの一挙配信を一挙見してしまった。いや実際のところそんなことは何事でもない。月に何回かはあるし。
でも今回は週末でもないのに2本立て続けに「一挙見」してしまった。
睡眠時間が2時間……、気合と栄養ドリンクで乗り切るしかない!
カッ カッ カッ
ヒールの音が妙に廊下に響く。自分でも言うのもなんだけどこの音は脳に響く。
威圧的な音。刺さるような音。まるで細く長い楔を一本一本打ち込んでくるような音。自分で奏でる音に自分が攻撃されてる。
なじみの薄い社員がすれ違い様に道を譲る。一応は左側に寄って歩いているはずなんだけれど、中には立ち止まり直立姿勢で会釈してくる社員すらいる。
理由はわかっている。
ウチは昔から、子供の頃から眉間にしわを寄せる癖がある。それを見て「機嫌が悪いのだろう」と思われる。怖がられる。
機嫌が悪いわけでも、人を畏怖させようともしているわけでもない。
ただ考え事をしているだけ。
でもその眉間のしわは、相手にそう思わせる。特に寝不足の時や生理の時は尚更そうなる。
『可愛げが無い』『女のくせに生意気だ』『年下のくせに』
昔からよく言われてきた言葉。
『美人の無駄遣い』『肉食系女子』『女帝』などなど。
ここ最近、たまに耳にする言葉。褒められてるのか貶されているのかは謎。
気にもしてないけど、いい気分でもない。
「あ! 嶋課長、おはようございまっす!」
「おはよう、生田さん。」
おはよう……
「おはよう」だろうか。彼女の勢いに返してしまったが今の時間は11時半を回っている。お昼が近い。出勤直後は時間によらず「おはようございます」と挨拶するのは業界用語、というか社会常識みたいなものだけど。
それにしても相変わらず良い笑顔をする子だ、生田ちゃんは。いつ会っても、どんな時でも笑顔でいる。
「ところで生田さん? お昼はいつもどうしてるの?」
「お弁当派です(≧▽≦)ノ」
なんだろう、このキラキラエフェクトは。見えないはずの声なのに絵文字すら見える。やはり寝不足が原因か。幻視してしまうとは……。あとでもう一本、栄養ドリンクを飲んどこ。
それにしてもお弁当? お母さんが作ってるの?
いや違う、一課に誘おうと思った時に社員履歴は確認している。中部の出身で今は一人暮らしだ。
あ~~~ら、そう! 手作り弁当=料理上手、しかも毎日?
その上見た目が小動物系! 可愛い系ときた!
なにこの子! なんて恐ろしい子! なのに女子力高すぎじゃん!
これは八洲が惚れるのもわかるわ~~~。むしろウチが娶りたいわ!
「あら、そう……」
「嶋課長は今日は何を食べるんですか?」
「近場でランチでも、って誘おうと思ったのだけど、またにするわね。」
なんか妙な敗北感すらある。ウチと生田ちゃんは対極キャラ。だから、ゆえに欲しい! こういう「自分とは違う個性」は組織に歓迎すべき。組織は多様性をもって方向性を統一すべき! 一課に欲しい!
ん~だけど今回は時期早々かな? 「急いては事を仕損じる」
それにバンビ君とのジレキュン・ラブも見れなくなっちゃいそうだし。
立ち去ろうかと思ったけれど、生田ちゃんがフリーズして動かない……。
えぇ? 目がぐるぐると回ってる……。
なにこれ? ロード中のアイコン? え? 生田ちゃんってAIだったりするの? ロボット?
「嶋課長! あのっ!
あそこの角に出来たベーカリー! あそこのサンドイッチはもう食べました?」
再起動した生田ちゃんが満面の笑みで聞いてくる。
なんだろう? 何が始まったのだろう? 「あそこの角」って随分と漠然とした会話のスタートだけど、うんまあ、あの店の話か。行ったことすらないけど。
「えぇっと、まだ食べてないし行ってもいないわね。」
「あたしもまだ食べてないし行ったこともありません!」
「ふ、ふ~ん。」
じゃあなんで話ふるし!
「たまにお店の前を通るんですけどぉ~、お昼食べた後とかでなかなかタイミングが合わないんですよね~。
でもローストビーフのやつと、チキンとトマトとたくさん入ったやつが美味しそうなんですよ!
なのでシェアしてくれませんか? あたし買ってきますんで!
ランチご一緒しましょう!」
「……いいわね、そういうのも。
でもわたしが買ってくるわ。わたしが食べるんだし。」
上手いな、上手い。
相手の要望と自分が提供できるものの相違を、ごく自然に解消するこの流れ。
そもそも「相手が口にした要望」、表面上の要望。それに捉われることなく「本当に望んでる要望、目的」を的確に掴んでいる。
そしてそれを叶えるべく、ごく自然に障害を取り払う。
これは生田ちゃんの生来の優しさ、相手を想う心、目の前の相手を知ろうという性格から来ているのだろう。何より気が付かないうちに自分のペースに乗せリードするのが上手い。
これを天然でやってるのだろうから、尚更すごい。
「では一緒に行きましょう!」
そしてこれだ。
咄嗟に言った「わたしが食べる」はウチの失言だった。自分、個、孤立した表現。
それを自然に覆して「一緒に」と行動を促す。連帯感、共存性。売り手と買い手を同じ共通目的に向かうパートナーとして結びつける。
雷太がこの子を育てたか。いや違う。伸ばした、か。
長所短所こそが個性。均一に染め上げ同一規格を量産する組織はいづれ破綻する。そもそもから無理なんだ、そんなこと。人を均一にするなんて。
気が付かないうちに歪が生じてその組織は内側から瓦解する。
外もそう。時流に乗ってるときは絶大な破壊力になる。と同時に、些細な変化に対応できずあっという間に全滅する。
変化に対応するのは多様性。そして個人で言えば柔軟性。
ウチには無い。それは。
獣として生まれた以上、獣の生き方しかできない。
だったら生きあがいて、その屍が後進の礎となればいい。
「では12時に!」という言葉を遮り、ウチは「それだと混むでしょ? 多少のフライングはいいじゃない。」と、半ば無理やりに生田ちゃんを連れて噂のベーカリーに向かった。
確かに、確かに良いお店だった。時間の無い時には重宝するかもしれない。
生田ちゃんにパン選びを任せた。お目当てのサンドイッチがどれかわからなかったし。途中で「このネコの胡麻アンパンって可愛くないですか??」と目を輝かせていた。よく笑う子だ。そしてするすると心の内に入ってくる。
会計に向かおうとする彼女からトレーを奪った。
「会計はウチがするから。」
「あ! あぁ~~~。
そうでした。あたし、お財布持ってきてませんでした……」
さっき生田ちゃんが目にとめてた「胡麻アンパン」をトレーに追加する。
そのまま会計へと並ぶ。サンドイッチはもう半分にカットをお願いした。
「生田さんって、バンビ君と同期だったわよね。」
社に戻る途中で何気なく聞いてみた。
「はい! そうです!
八洲君って面白いですよねぇ~」
「そお?」
「だってこないだも「朝ごはんの匂いが嫌いだ、でもあれが好きだ」って、
あはは! どっちだよ! って感じじゃないですか。」
あ~~~、う~~~ん、うん。
反語的な何か? その前後の会話がわからないから何とも言えませんけどね。
これは……、脈が薄いかな?
「いい人ですよね」とか「面白い人ですよね」とか。一見、肯定だけどこれはフラット評価の常套句。
「そうね、八洲くんって真面目わよね。」
う~む、これはウチが何とかしてやるしかないかな?
うん、萌えるじゃないのよ!
「気が付いたら恋に落ちてました」ってシチュエーションは!
秋の夜長だっけ? たまにはいいじゃん
公あっての私だけど、
私あっての公じゃない?
(-。-)y-゜゜゜




