表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/31

11月12日(土)八宝菜とエナジードリンクに飲まれる八洲

「おぉ! ちょうど良いところに八洲君! ここで会ったが三日目!」


「……。」


 踵を返す。つまり180°ターン。来た道を引き返す。


「相変わらずクール! クールっすなぁ、八洲君!」


 無視したのにもかかわらず、駆けて来た生田桃花が俺の横に並んだ

なぜお前が会社に居る。土日祝、年末年始とお盆。定休日だろ、お前は。



「クールとかそういうものじゃない。

 思い出したことがあったから事務所に戻るだけだ。」


「時に八洲君、知りたいことがあるんだけど~」


 無駄に語尾を伸ばす喋り方。受け答えをあしらったのにもかかわらす、避けているのにもかかわらずこちらを気にしない無神経さ。いや、話題が急だろ! そして「お前のパーソナルエリアはメーター切ってんだよ!」という、ぐいぐい寄ってくる感じ。


 僕は生田桃花が苦手だ。

苦手なこいつと入社は同期。こいつに限らず同期の全員が僕にとってはライバルという位置付けだ。が、特にこいつは苦手&厄介。

にもかかわらず僕の先手を行っている。その上この性格。



「先日メールで渡したデータが全てだ。()()()、だ。

 あれ以上もあれ以下も無い。わからないならそこから先は自分で解析しろ。」


「うん、()()はあんがとね!」


 あれ? 僕も確かに「あれ」と表現したが「あれ」扱い?

どれだけ僕が時間と労力を費やして揃え取捨し重ね重ね推敲して作り上げた資料いや作品といっても言い過ぎではない出来栄えの君にとってはただのプレゼン資料かもしれないけれど僕が誠心誠意込めて作った代物しどろもどろだと思ってんだ!


「それとは別件、

 うん、いんや、まったく別の相談てゆうか、

 一般的なアンケート調査なんだけどね?」


「……。」



 この女。全く以て奇想天外。

話しの流れがわからん。いや、今までだってわかったためしが無い。


「好きな食べ物……、てゆうか、うぉー--っ! こいつはグッとくるぜ!

 ってな感じの、男心を揺さぶりまくる料理ってなにかな?」


「なんだ、その質問。」


「あれさ、定番な感じだとカレーライスとかラーメンとか。

 童心に帰ってからのオムライス、ハンバーグとか。

 お袋~~~ッ! てな肉じゃがとか八宝菜とか。」


 八宝菜? ますます意味が分からん。

文脈を考えてから発言しろよ。


「……そんなもの、個人的主観とか好きなものは多種多様。人それぞれだろ。」


「そうなんだけどね~~

 んま、市場調査みたいなもんですよ!

 んで、八洲君は何が好き?」


 なんなんだこいつは。何が知りたい。

……、もしやこいつ。新たな市場拡大の先駆けとして僕を試金石に使ってるのか?

そうは思ったがこいつの思考についていけず、ぐるぐると考え続ける僕は思考の端で答えを口にした。考えてる最中の無意識なる発言。あぁ失言。



「魚を焼く匂い、ベーコンを焼く匂い、目玉焼きを焼く匂い。」


「んん?」


「僕ははっきり言ってこの匂いは好きじゃない。

 いや違う。朝に目覚めた時に嗅ぐ匂いとして、この油の匂いは好きじゃない。」


「ほほぅ。」


「僕は朝に強い方じゃない。だから朝から油の強い匂いはっきり言って胸焼けがする。吐き気すら我慢するほどにだ。もう一度呼吸を止めて眠りに落ちたいぐらいだ。だがそれは、そんな僕の要求など無視して僕を強制的に揺さぶる。匂い……

 そして、

 うちの朝はいつも必ずこの匂いがした。」


「ほほぅ、朝食の、朝の一風景ですね!」


「あぁそうだ。

 でも今になって思う。この匂いは好きじゃなかったけれど、でもやはりこの匂いは日常だった。それが当たり前だった。日常の「当たり前」というのは安定感だ。

 僕はメカブとか生卵とか御新香とか明太子とか……、そういうあっさりしたもので良かったが。」


「うん。」


「そう、

 白米と味噌汁と、ちょっとしたおかずがある朝食。

 そういう「当たり前」な朝食が、起きた時にあればグッとくるというかジーンとくると……

 おい、何の話だ!」


「いやいや、これは貴重なご意見! あざます!!」



 本気で理解の範疇を越えている。本気で意味が分からない。

生田が何事も無かったかのように立ち去っていく。

私服……、会社は家じゃない!

180°ターン。踵を返し立ち去る。そして何でついて来たんだおのれは。



 好きな食べ物……、グッとくる食べ物、か。

「好きな食べ物」「食の好み」という概念ならば、それは純粋にそれだ。個々人のそれぞれにある()()だ。

そしてそれは時折々、時勢や流行り廃り、個々人レベルで変化し続けるものではないか。僕は最近まで「ピザ&地ビール」にハマっていた。だが今は「アジアン・カフェ」にハマりつつある。

だが確かに普遍的な好み。つまり「心揺さぶる何か」がある気がする。


 それは……

もしやシチュエーションによるのではないか? 心揺さぶるのだから、心揺さぶるシーン、いや心揺さぶる人と共に過ごす、共に食べる、共有する環境が「グッとくる」んじゃないのか?


 ……。

それはそれだ。それは間違いない。

だが、それはそれと置いといて、とはいえ共に過ごす人の好み、好きな食べ物は重要だ。



 僕は自分の事務所、二課を通り過ぎ三課へと早足になった。

幸いなことに生田とは逆方向。あいつとは会わないで済む。


 何気ない調子に、事も無げに、いや何かしらの事務的な所要があるが如く。

僕は初めて三課へと足を踏み入れる。そうだ、何のことは無い、平常心が必要だ。「恐れるに足らず」、いやそうじゃない。平常心だ平常心。


 三課は土曜日なだけに閑散としていた。数人だけ静かに仕事していた。その奥で一人、PC作業をこなす人物。その元へと一直線に進む。



「おう八洲、なにか問題か。」


 目的の人、西崎三課長が僕を見止め、PCから視線を外し、大きく伸びをする。

ギシリ。椅子が短く音を立てる。


「あの、えっとごくプライベートな質問だったのですが、ちょっとだけお時間

 ……よろしいでしょうか。」


 軽率だった、僕は浅はかだった。

これもそれも生田のせいだ。土曜とはいえ、よりによって就業中のこの時間に訪れて聞くような質問じゃない。勢いに飲まれ行動した自身を悔やむ。

やってしまった。今更どう誤魔化せばいいのだろうか。

あぁ! まったく思い浮かばない……



「最近、老眼が進んだのか。

 どうにもパソコン作業ってのが苦手だ。」


 西崎課長が面倒くさそうに、しかめっ面で立ち上がる。

「付き合え」というように手を挙げ先に進む。会いに来たのは僕なのだから、いたたまれなさで去ることも出来ず、僕は西崎課長の後に従った。


「八洲は煙草は吸ったか。」


「ハッ、いえ、自分は。」


「そっか。」



 1階の奥にある自動販売機に小銭を入れる西崎課長。

この中途半端な時間に自動販売機を利用する社員はいない。辺りは社内だというのに静かだ。ゴトリ。買った飲み物が落ちる。その音が響く。


「好きなもの買えよ。」


 すでにお金が入れられ、飲み物の選択ボタンが光を放っていた。

西崎課長は先に自販機の横に据えてあるベンチに座る。

僕はコーヒーと悩んだ挙句、エナジードリンクを選んだ。



「ご馳走になります。」


「んで?」


 西崎課長が缶コーヒーを飲む。


「あ……、えっと、」


 カシュル


 プルタブを引き鳴った、その短い音が静かに響く。



「西崎課長はその……、好きな食べ物ってなんですか?」


「……。」


 僕は一気に半分ほど、エナジードリンクを飲み込んだ。

何を言っているんだ僕は。何をしているんだ僕は。



「無ぇんだよな。

 無ぇ。」


 西崎課長が一口、缶コーヒーを口にする。


「色々と食べたいものが思い浮かぶ。

 あれが食いてえなとか、最近あれを食ってなかったな、とか。

 でもそれが「好きな食べ物」か、と聞かれたら、

 ……違う。」


「……。」


「好きな食べ物すら出てこなくなったら老人だな。ハハッ!

 あぁ、なんだろうなぁ。

 食欲は生きたいっていう根幹なんだろうけどな。

 いや、あぁ、

 答えになってねぇな。」


 西崎課長が一気に缶コーヒーを飲み干し立ち上がる。

僕はそこに取り残される。その動きをただ目で追う。

空き缶をゴミ箱へと静かに入れる西崎課長。


「んま、俺の話はさて置き、だ。

 聞きたいのはそれじゃねぇんだろ?」


「あ……、えっと、ええっと、

 ……すみません。」



 西崎課長が背を向け歩き出し、大きく伸びをする。


「肉が好きだ。

 意味わかんねぇけど、肉なら鶏、豚、牛。なんでもいい。肉だ。

 高級だとかレアだとかは二の次。「肉を喰ってる」感が重要だ。

 焼肉屋に行ったら肉しか食わねぇ。」


 西崎課長が去りながら手を挙げる。



 取り残された僕は残っているエナジードリンクを、意識せず一口一口と飲み込む。


 「肉……か。」それだけが頭を駆け巡った。

寒さには弱いであります

暑さには耐えられる自信があるではありますが!

皆様はどうでありましょうか?

"(-""-)"ゞ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ