少女の遺した殺人事件録
ジャンル:推理
登場人物
⚫︎上田 紗世理……本作の主人公。十三歳。
⚫︎上田 芳雄……紗世理の弟。十一歳。
⚫︎宇佐見 加純……芳雄の友達。十一歳。
⚫︎阿部 蓮……紗世理の友達。十三歳。
⚫︎ルーシー……容疑者の一人。十一歳。
⚫︎佐藤……紗世理達の担任の先生。二十歳。
プロットはネタバレになるので簡単なサブタイだけ
・プロローグ 遺書
・一 校庭の死体
・二 事情聴取①
・三 事情聴取②
・四 決意
・五 仲間集め
・六 捜索開始
・七 早速のお咎め
・八 怪しい人物
・九 対談
・十 少女の生首
・十一 暗雲
・十二 葬式
・十三 虫の知らせ
・十四 犯人の手掛かり
・十五 対面
・十六 対戦
・十七 告白
・エピローグ 自殺
「これでもう、何も思い残す事はない。
弟もいず、親友もいなくなり、後は少年院での生活が待っているだけのこの世界で、あたしはこれ以上生きて行く意味がない。
あたしの十三年の生涯は何の為にあったのだろうかと思うと、泣けて来る。
――でもね、あたし、後悔だけはしてないんだ。これで良かったんだって思ってる。
最後に感謝と、謝罪の言葉を述べるとしようかな。
お母さん、今までこんなあたしを育ててくれてありがとう。勝手に死んで、ごめんなさい。
お母さんや芳雄と過ごした日々は楽しかったよ。だから自分を責めないで、あたしが自殺をする理由は、もっと別の事にあるんだから。
あたしが死んでも、悲しまないでね。……なんて、身勝手だよね。迷惑かけ続けでごめん。本当にごめん。
これから、あたしは死ぬ事にする。
でも最後に、あたしの生きた証を、この遺書と一緒に書き遺しておくね。
じゃあ、さよなら。――最後の最後まで親不孝な娘を、どうか許して下さい」
郊外のとある民家の一室で、少女の死体が発見された。
彼女の名前は上田紗世理。近隣のS学園に通う、十三歳だった。死因は睡眠薬を多量に摂取した事。恐らく彼女は、眠るように死んだのだろう。
そして彼女の自室には、死体の傍に遺書と、山積みにされた原稿用紙が置かれていた。
――これは、その原稿用紙に綴られていた、とある殺人事件の記録である。
* * * * * * * * * * * * * * *
――殺人事件の舞台となったのは、郊外にある、S学園という私立の学校。
ここは小中学が併合される形で作られており、九年生までの児童・生徒の数は約六百人と平均よりはやや少ない。
事件は、S学園に通うあたし達が死体を目にした事より始まった。
「なあ。明日、一緒にどっか遊びに行かねえか?」
とある放課後、突然に幼馴染の阿部蓮がそんな事を言い出した。
「良いけど……、どこ行くつもり?」
首を傾げるあたし――上田紗世理に、蓮は当たり前のように、「お前が考えろよ」だそうだ。
「うーん。そうだなあ、じゃ、遊園地にしようか」
「ええ!? この歳になって遊園地かよ! 子供じゃねえんだし」
蓮のツッコミが入るが、あたしは彼を睨み付けて黙らせた。
「よーし、じゃあ明日遊園地ね!」
「へいへい」
全ての始まりは、そんな何気ない会話をしていた時だった。
校門へ向かおうとして校庭へ出た瞬間、あたしはある物を目にして、思わず足を止めた。
「……おい、どうしたんだ?」
何も気付いていないらしい蓮が、呑気に首を傾げている。
しかしあたしは、『それ』を見た途端、彼の事など頭になかった。
――だって『それ』が、あたしの弟だったからだ。
何故弟が校庭にいるだけでそんなに驚くのか、という風に疑問に思うだろう。
しかし、弟は、ただの弟ではなかった。
校庭の砂の地面に力なく横たわり、血を吐いて、目やら粘液を垂れ流している弟の姿だったのだから。
弟――上田芳雄は明らかに、死んでいた。
「おい、どうしたんだよ?」
凝固するあたしの視線の先を見て、蓮は、まるで少女のような甲高い悲鳴を上げた。
「ああああああああああああああああああ」
蓮の悲鳴に釣られてすぐさま、「どっ、どうしたんだ!」と叫びながら、職員の男性が飛び出して来る。
あたしは黙って、震える手で弟の死体を指差した。
直後、職員男性の絶叫が、校庭を木霊する。
その声でさらに何人かの職員が駆け出して来た。
みんな、芳雄の死体を見て強直し、それから喚き散らし出す。
「死んでる」
「死んでる」
「死んでるぞ」
「お前達がやったのか」
「きゅ、救急車を」
「誰がやったんだ」
「落ち着け。落ち着くんだ」
「殺されてる」
「早く、早くパトカーを呼べ」
彼らは慌てふためく足取りで、校舎内へと駆け戻って行った。
一方、その様子を呆然と眺めるあたしには、目の前で起こっている事を把握し切れないでいた。
たった一人の弟が、もはや物体となって倒れているという事を、まだ十三歳――S学園七年生になったばかりだったあたしには到底理解し得なかったし、信じられなかった。
どうなってるんだろ。どうなってるんだろ。
あたしはそう、心の中で連呼していた。
だが、パトカーのけたたましいサイレンの音で、あたしは嫌が応にも真実を受け入れざるを得なくなる。
芳雄は死んだんだ。殺されたんだ、と。
そうはっきり認識してしまったその瞬間、急速に意識が遠のいて行き……。
* * * * * * * * * * * * * * *
目を開けると、真っ先に視界に飛び込んで来たのは白い天井だった。
「ここは……?」
どうやらあたしは、ベッドに横たわっていたらしい。
身を起こして周囲を見回すと、こんな声が聞こえた。
「お目覚めになったようですね。……体、大丈夫ですか?」
見ると、声の主は保健の先生だった。
つまりここは。
「保健室……?」
だんだんと、思い出して来た。
何気ない話をしながら、帰宅部のあたしは同じく蓮と校門へ向かって歩いていた筈だ。
そして校庭に出て――。
芳雄の死体が、あったのだった。
思い出したその瞬間、保健室のドアがガラガラと音を立てて開いた。
「あっ。紗世理、起きたのかよ」
走り込んで来たのは、顔を蒼白にした少年――阿部蓮だった。
彼と保健の先生の話によると、あたしは校庭で死体を発見した直後、倒れて気を失ってしまったのだという。
その後、警察が駆け付けて、職員と蓮の手によって、あたしは保健室に運ばれ、十分ぐらいを寝て過ごした、らしい。
「そんで今、警察がオレ達の事を呼んでる。体育館に来いってさ。立てるか?」
「……うん」
立ってみる。多少は足がふらつくが、大丈夫そうだ。
あたしはそのまま、蓮に手を引かれて保健室を出た。
***************
「君達が、死体の第一発見者で間違いないのだね?」
――体育館にて。
警官にそう問われ、蓮は小さく頷いた。
だが、あたしは警官の言葉などまるで頭に入って来ない。
あたしの頭の中には、今も弟の芳雄の果てた体が焼き付いている。悲しみと悔しさと無理解で、どうにかなってしまいそうだった。
「被害者は上田芳雄君、十一歳。死因は首を絞められた事。首の痣から、人の手で絞め殺されたと思われる。……念の為に、君達の手形を取らせて貰う」
警官の言う通り、あたし達は朱印で手形を取り、指紋を採取された。
それは証拠の一つとされ、きっとあたしと蓮の無実の証明とされるのだろう。
「君達が第一発見者だとすれば、犯人や、怪しい人物を見かけたりはしなかったのか?」
そう問われ、あたしは校庭――殺人現場の状況を、思い返す。
校庭の砂地に四肢を広げて横たわる、芳雄の死体。
しかしその周りに、人影はなかった……と思う。
それからいくつかの質問をされたが、あたし達は「知らない」と答えるしかなかった。
「では今日のところの聴取は終了とする。親御さんを呼んであるから、車で帰りなさい」
「はい。……紗世理、帰るぞ」
蓮に腕を組まれ、あたしは体育館を出た後、母親の車に乗って帰宅する事となった。
――弟が死んだのだという事実を、未だに受け入れられないままに。
ご意見などございましたら、よろしくお願いします。