公爵子息に憑依した瞬間に婚約破棄された少年の異世界冒険紀行
ジャンル:ハイファンタジー
登場人物
⚫︎トレッタ・パウルル(佐々木太志)……主人公。中身は現代日本の高校生だが、どうやら公爵子息である……らしい。
⚫︎アデ……軍服美少女ヒロイン。アホの子で可愛い。
⚫︎クレンブルカ……姫様。傲慢で氷のように冷ややかに見えるが、実は。
簡単プロット
階段から落ちて死んだはずなのに、目覚めた主人公――佐々木太志の目の前には、青髪美少女の顔があった。
そして早速告げられる、婚約破棄。
わけのわからないまま状況に呑まれつつそれを受け入れ、従者の女性に引っ張られて馬車に乗せられる太志。
どうやら彼は、異世界転生ならぬ異世界憑依を果たしたらしく、その体は、トレッタという公爵子息のものらしい。
しかし憑依のことを公爵夫妻に明かすと、頭の病気を疑われ精神病院へ押し込められてしまう。
病院で最悪な日々を過ごしていた彼だったが、まもなく決意をし、脱走。
脱走した先、そこには一人の少女が立っていた。
「どうしたでありますか? うわっ、臭いであります!」
軍服美少女――アデと出会い、主人公の異世界人生は大きく変わっていく。
軍隊に入り、やがて王国へ反乱を起こすことになるのだった。
「――よって、貴様との婚約を取り消すこととする」
視界が晴れた時、最初に聞こえた声がそれだった。
俺は寝ぼけまなこであたりを見回す。
どうやらここは、広いホールみたいだ。大勢の人々がこちらをじっと見ている。彼らの衣装はドレスや礼服で、まるで結婚式か何かのよう。
そして一際目立つのが、目の前の少女だ。
真っ青な髪を揺らす彼女は、おそらくだが十七、八歳とみえる。細身の体に薄青のドレス姿で、よく似合っていた。
「聞いてるのかトレッタ。ワタシは、貴様との婚約を解消すると言っているのだ」
青髪の少女が、顔をグッとこちらに近づけてきた。
豊かな胸が揺れる。なんともそそられるが、そんなことを言っている場合ではないだろう。
俺の喉から、「……へ?」と声が漏れる。
一体これは、どう言う状況なのだろうか?
* * * * * * * * * * * * * * *
俺の名前は佐々木太志。どこにでもいる平々凡々な高校生二年生だ。
今までに特に語るべくことはない。俺は人生にはあまり苦労しない方だったと思う。受験に楽勝で合格し、平均的な高校へ進学。大学へ行く予定も立っていたし、将来はサラリーマンになる予定だったのだ。
しかし突然、俺の身に事件が起こった。
そう……階段から、落ちたのである。
うっかり足を滑らせただけ。別に誰に突き落とされたわけでもないし、自殺目的でやったのでもないと断言しておこう。
高校の長い階段を落ちていった。全身を打撲し、骨が折れる音がした。落ち続けながら、俺は思った。
(ああ、これ終わったな……)
こんなところで、階段から落ちたがために終わってしまうなんて、なんと呆気なくつまらない人生なのだろうか。滑稽すぎて笑ってしまう。
そんなことを考えているうちに、頭に衝撃が走り、意識が暗転した。
* * * * * * * * * * * * * * *
そして意識が浮上したら、冒頭の場面というわけだ。
おかしい、おかしすぎる。
だって死んでいないにしろ、こんな青髪美少女に睨まれた状態で目が覚めるなんて妙だ。病院のベッドで起きるのが普通だろう。
それに周りの人々。やはり髪の毛が染めたような色をしていて、明らかに日本人ではない。緑髪やピンク髪があることから、外国でもないと思う。
ここがどこであるかの前に、意識が覚醒した途端に聞こえたあの言葉。
確か婚約がどうたらとか言っていなかったか?
周りが何か囁き合い始めた。なんとなくではあるが、まずい状況のような気がする。
俺の背中に冷や汗が染み出した。
「階段から落ちたはずだ。落ちて死んだはずだ。これは夢か? 走馬灯か? 何にしろやばい。やばいぞ……」
「何をぶつぶつ言っている。頭がおかしくなったか? 貴様との婚約は破棄する、いいな?」
青髪の少女が声を重ねてくる。
俺は勢いで頷いてしまった。
不穏な空気が流れる。
俺が今なんでこんなところにいるのか……、誰か教えてくれ。
* * * * * * * * * * * * * * *
ラノベとかで異世界転生、というのを聞いたことがある。
そういうものはあまり読まなかった俺だが、ラノベオタクの友達から聞いた話によると、トラックなどに轢かれて転生し、赤ちゃんから人生をやり直す。
それも、『異世界』というおとぎ話の世界で、だ。
それからしばらく何年か生きて、何かの拍子に前世を思い出す。とかなんとか……。
詳しくは知らないが、今の状態はそれに近いのではないだろうか。
ただし、俺は赤ちゃんからやり直したわけではないらしい。見ると自分でも驚くくらいに立派な礼服を着ていたし、髪の毛も灰色だった。
つまりこれは全く別人の体、つまり異世界転生ならぬ異世界憑依なのだろう。
ここまで考えて、そんなことあるはずがないだろうと笑いたくなった。
だってそうだろう。階段から落ちて病院に運ばれ、変な夢を見ている。そう考えた方が道理にかなっていた。
額に平手打ちをかましてみた。痛い。頬をつねったり、体を伸ばしたりしてみた。でもちゃんと感覚はある。つまり、夢ではない?
でもじゃあ本当に異世界憑依してしまったとでもいうのだろうか。どうして? 階段から落ちて死んだからか。あまりにもこじつけに思えた。
が、俺が考えている暇もなく状況は進んでいってしまう。周囲の人々が「婚約破棄」「婚約解消ですって」などと言っている。そうだ、婚約破棄ってどこかで聞いたような。
「貴様とワタシの縁が切れた以上、共に長くいる必要はない。今すぐ立ち去れ。さもないと、何があっても知らぬぞ」
可愛い顔で物騒なことを言ってくる青髪の子。名前は何だろう?
俺はもう混乱しすぎて、質問などをする余裕がなかった。首をガクガク縦に振りながら突っ立っている。どこかに行きたくてもどこへ行けば何があるのかなんてわからないからだ。
従者と思わしき人間が来るまで、俺はぼぅっとしていた。
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トレッタ・パウルル。
それが俺のこの体の主の名前だそうだ。
「俺は誰だ?」と聞いてみたら、従者と思わしき女性が答えてくれた。トレッタなんて名前、聞き覚えすらない。
質問を重ねてみるしかないだろう。
「俺はどんな地位にあるんだ? お貴族様か?」
「お坊っちゃま。さっきから調子がおかしいですよ。『俺』なんて汚い言葉、およしくださいまし」
言われて俺は気づいた。そういえばこの人たち、日本語通じてるじゃん。『俺』が公的な一人称じゃないことも知ってるし、ここはやっぱ俺の夢の世界か?
「じゃあなんて一人称使ってたんだ、こいつ……じゃなくて、俺は」
「『わたくし』でございます。お坊っちゃま、頭でも打ったのですか?」
頭を打った覚えはある。ただし、学校の階段で。
『わたくし』という一人称は、女性の貴族が使うイメージはあるものの男のものという感じがしなかった。気持ち悪いので俺は『俺』のままで行こうと決めた。
「もう一回質問な。俺の地位は?」
「こ、公爵家の一人息子でございます。本当にどうかなさいましたか?」
それはこっちが聞きてえよ、という言葉を寸手のところで呑み込んだ俺は、不可解に首を傾げるしかない。
俺は佐々木太志なのであって、間違ってもトレッタ・パウルルとかいう公爵子息ではないのだ。
「ともかくわかったのは、これが夢じゃなきゃかなりやべえってことだよな……」
俺は思わず咤ちした。なんとまあ厄介なことになっただろうか。
現代日本で真っ当に生きてきた俺は、まさかこんな事態に巻き込まれるとは想像もしていなかった。あのラノベオタクの友達だったら喜んではしゃいだだろうが、俺はそうではない。
そうこう考えているうちに、立派な馬の引く馬車が急停止した。
驚いて車窓から首を突き出すと、そこには大きな屋敷が待ち構えていたのである。
ご意見などございましたら、よろしくお願いします。