幸せを求めて 〜奴隷たちの静かなる戦い〜
ジャンル:ハイファンタジー
登場人物
⚫︎ダネット……主人公。奴隷の少女で、ずっと尊厳などない人生を送っていた。
⚫︎ドナルド……王子。奴隷反対派であり、優しく勇ましい。
⚫︎エイン……奴隷の女の子。主人公の仲間になる。
⚫︎レベッカ……奴隷の少女。主人公に助けられ仲間に。
⚫︎ディーン……国王。悪役。
簡単プロット
生まれてから十七年という歳月を『奴隷』として生きてきた少女、ダネット。
人間の尊厳などかけらもないその暮らしから救い出してくれたのは、王子である少年、ドナルドだった。
奴隷は王国への反逆者の成れの果てであるが、王子はそれをよしとは思っていなかった。だからダネットを助けたのだ。
彼の独断により、ダネットは身分を隠してメイドとして王城で働くことに。
しかしそのうちに、ダネットとドナルドは相思相愛になってしまい「結婚をしよう」ということになる。
だが国王はそれを許さず、ダネットの奴隷の証を見つけて彼女を追放し、息子のドナルドすらも奴隷にしてしまう。
離れ離れになったダネットとドナルド。
ダネットは彼を探すため、必死で身分を隠して世界中を巡る。
そのうち、奴隷の幼女エインや奴隷少女レベッカを助けて仲間になった。
そしていよいよドナルド元王子がこき使われている屋敷を突き止め、乗り込むダネットたち。
自由を求める奴隷たちの静かなる戦いが幕を開ける。
痛い。苦しい。辛い。
もうそんな毎日が、どれ程続いているのだろうか。
少し失敗をしたら笑われた。
少しでも泣いたら殴られ、蹴られた。
尊厳なんてない、人形なのだと自分に言い聞かせなくては、生きていけなかった。
自分は奴隷で、虫けら程の価値しかないのだと。
死にたかった。舌を噛み切って死のうか、と何度思った事だろう。
でも昔、母親に言われたのだ。
「何があっても生き抜いて」と。
だから、少女ダネットはずっと、奴隷として、どんな過酷な労働にも耐え続けていたのだった。
△▼△▼△
ここは地球とは別の小さな惑星。
この星には国家が一つだけ存在していた。それは王国、エデルデルだ。
エデルデルは決して平和とは呼べなかった。貧富の差が激しく、王族や貴族が贅沢に暮らしているのに対し、国民は毎日の食事の為に奪い合い、時には殺し合っていた。
そしてかつて、そんな国に革命を起こそうとした若者達が沢山いた。
だが軍事力に押さえ付けられて、犯罪者として逮捕されてしまった。
そして彼らに与えられた罰は、奴隷刑。彼らは一生奴隷として働かされ、人間としての全ての尊厳を奪われた。もし刃向かおうものなら、酷い仕打ちを受け、最悪死に至らしめられた。
奴隷の子は奴隷。
それは奴隷の掟だ。
だから、大抵の奴隷は子を産もうとしなかった。我が子を自分と同じ辛い目に遭わせるのは嫌だったからだ。
でもそんな中、子供を作る奴隷は少なからずいた。そうして生まれた一人が、少女ダネットだった。
父親は、彼女が二歳の時に殺されたという。
そして母親は十歳の時に衰弱死した。その時に母親が残した言葉が、「何があっても生き抜いて」だった。
それはダネットを死から救うと共に、呪縛した。
終わる事のない労働。肉体労働から、家事等々まで色々あった。どんなにうまくこなそうと頑張っても、何かと文句を付けられては毎日殴られた。奴隷というのは金で売られる物で、貴族や商人の家を転々とする。その中では単に不満の吐口として殴る為に買われた事もあった。
不幸だった。ずっとずっと不幸だった。
助けてと、何度も言った。だが誰にも助けては貰えず、嘲笑され、恥を晒された。
――そんな彼女に転機が訪れたのは、十七歳の時の事である。
△▼△▼△
ダネットは、とある山で働いていた。
そこは表向き鉱山とされていたが、実は悪人が殺した死体を埋める場所だった。
辺りには死臭がぷんぷんしている。
山の硬い土を、ダネットは一人で掘っていた。ここへは毎日死体が運ばれて来る。大抵は肢体がバラバラになっていたり、肉片になっていたりと無惨な状態だ。それをシャベルで掘った穴に入れ、跡形もなく埋めて目印を立てるのだ。
この山では一日中その作業を繰り返さなくてはならない。
元々はこの山に、五人程の奴隷がいた。
過酷な労働に対し、食事は一日一回だけだから倒れる者が続出した。逃げ出そうとすれば、見張りの男に殺された。そして死んだ奴隷は他の死体のように埋められ、また新しい奴隷が入荷される。
しかし現在は入荷待ち。ダネットはここ数日たった一人で働いている。
働き始めて一年。これでも、他の仕事よりは随分楽だった。
「ただただ働くんです。何も考えずに」
辛いとか、悲しいとか、嫌だとか、そんな事は一切考えてはいけない。思ってはいけない。
彼女の栗色の髪は土に汚れ、纏っているボロ切れのような奴隷服もビリビリだ。それでも何も考えない。ただただ働くだけだ。
「それが私の人生なんです。誰も私を助けてはくれないのですから」
涙を流したい日があっても、死にたい日があっても必死に耐えて、働いていた。
そんなある日の事。
山土をいつものように掘っていると、聞き慣れない音が聞こえた。
……何かの足音だ。
それはぐんぐん、こちらへ近づいて来ていた。
「何でしょう」
ふと音の方を振り返るダネットの大柄な体に、鞭が打たれた。
「あう」と呻き、倒れ込む彼女。
「何見てんだ。しっかり働け」
見張りにそう言われ、ダネットが立ち上がろうとした時だった。
「誰だ!」見張りの一人が大きく叫んだのだ。
思わずダネットはまた振り向く。
視線の先、そこに馬に乗った、見た事もない少年がいた。
彼は短い金髪を揺らし、灰色の瞳を見開いている。そして直後、言った。「そこで何をしている」
「それはこっちのセリフだ。ここへ無断で入って来て、何のつもりだ」
ダネットは目を見張り、驚きに動けなくなる。ここに外部者が立ち入るのは本当に珍しい事なのだ。
見られた事で、少し焦った様子の見張りの男二人が少年に飛び掛かる。
が、金髪の少年は大剣を抜き出し、その首を一気に刎ねていた。
「どうやらお前ら、悪人のようだな。俺のこの大剣で成敗してやる」
ぴょんと馬から飛び降りた少年。彼は他の男へと大剣を振りかざす。
見張りの方は身構える間もなく、首を跳ね飛ばされた。
突然の出来事に驚きながら、残りの男三人が武器を構えた。
「あっ」
ダネットが思わず声を漏らす。少年の背後に男の手にする棍棒が迫っていたのだ。
だが少年は、それを大剣を振り上げる事で回避、身を翻して男の腹を突き刺した。
舞い散る血。
そのまま少年は、やはり棍棒で殴り掛かろうとしていた二人目の男の頭を、剣先で割った。
「うがっ」……即絶命。
「ひ。ひぃ」
最後の男が叫び、尻餅を付く。そして醜くも土下座した。「許して下さい許して下さいもうしません……」
しかし少年は、許さなかった。「言い訳ご無用。ここで死ぬのみ!」
そして直後、男の首が吹っ飛んでいた。
「君、大丈夫か」
あまりの光景に呆然とするダネットに、少年は優しくそう尋ねた。
先程まで溢れていた殺気を全く感じさせない。奇妙な少年だった。
「は、はい。大丈夫です」
頷く栗毛の少女だが、今の状況が全く分かっていなかった。
まず、男達が死んだのは間違いない。
だがこの状況は一体何なのか。
目の前の少年は誰なのか。どうして男達を殺したのか。この少年は自分をどうするつもりなのだろうか。売るのだろうか。働かせるのだろうか。分からない。分からない。
「あ、あなた様は、どなたですか?」
おずおずと、少女は尋ねてみる事にした。
「俺はドナルド。訳あってこの道を通る事になった、王子だ」
彼の言葉に、ダネットは耳を疑わずにはいられなかった。
まさか王子がこんな所へ現れるなんて、誰が思った事だろう。
でも確かに乗っていた馬は上等だし、衣服も貴族のそれと類似している。でも流石に王子だなんて、すぐに信じられるものではなかった。
「本当、本当にですか」仰天し、ダネットが思わず叫んだ。
「ああ。嘘ではない。エデルデル王国第三王子とは俺の事だ」
そう言って彼が見せたのは、衣服にあしらわれたエデルデル王国の象徴、鷲の紋様だった。
こうまでされればもう疑いようがない。
「ありがとうございます、ドナルド王子様」
この人なら、私を助けてくれるかも知れない。ダネットはそんな考えを一瞬抱いた。
「感謝される程の事ではない」そう笑い、王子は栗毛の少女を見つめた。「君は、奴隷だな」
突然にそう言われ、少しばかり浮かれていたダネットの心が沈む。
そうだ。彼は王子なのだ。奴隷制度を作ったのは王ではないか。だから、王子が助けてくれるなんて筈、ないのである。
一体ダネットは、何を期待してしまっていたのだろう。とんだ馬鹿な考えだった。
「はい。奴隷のダネットと申します」
が、ドナルド王子は笑顔を崩さなかった。「ダネット。良い名前だな。そうか、可哀想に。辛かったろう」それからなんと、こんな提案までしたのである。「もし君が良ければ、俺の城へ来ないか。今、働き手が足りなくてな。奴隷としてでなく、メイドとして働いて貰いたいんだが」
「え」小さく声を漏らし、あまりの事にダネットは驚愕した。
今、目の前の少年は何と言ったのだろう。
城へ来てくれないかと。メイドになってくれないかと。
先程失せた筈の期待の心が、また彼女に芽生えた。
「ほ、本当ですか」
「ああ」
まっすぐこちらを灰色の瞳で見つめる王子。その瞳に、嘘偽りはなかった。
その瞬間、ダネットは心が震え、今までのどんな瞬間より、嬉しかった。
ずっと苦しかった。誰にも助けて貰えなかった。幸せになりたくて、でもなれないと諦めて。
その願いが、ようやく叶うのである。
「お願いします。ありがとうございます、王子様」
△▼△▼△
王子はダネットを自分の馬に乗せ、山を降り、町へ向かっている。
道中彼は、ダネットに山へ来た経緯を教えてくれた。
「俺は少し、上流貴族の奴に用があってそいつの屋敷へ行っていた所なんだ。そいつはいけすかない奴なんだが、親父がどうしても行けというから仕方ない。行きは町を通っていったんだが、帰りは近道をしようと思って山に入ったらあの有様だ」
そして彼は、奴隷制度が嫌いだと言った。「奴隷だって人だ。なのに道具のように扱うなど、到底許せない。だから君を助けたんだ」
ダネットは今まで、貴族やら王族というものは悪人ばかりなのだと思っていた。
すぐ奴隷を殴る貴族達。そして高笑う貴族夫人ども。ダネットはそういう輩が嫌いで仕方なかった。
だがドナルドは違う。凄く心が広くて、正義感に溢れていて、何より優しい。
ダネットが今までの事を少し話すと、彼は激怒してくれた。「貴族連中め。許せない。それにあの悪人どももだ」そして、こう言ったのだ。「だがもう大丈夫だ。誓おう。俺は奴隷への、君への不当な扱いを許さない。だから君はこれから人間として生きて行くんだ。分かったか」
人間として、生きて行く。
それはダネットにとって、今まで叶わないと諦め続けた夢だった。
「良いんですか。でも、私は裏切り者の血を継いでいるんですよ?」
王子は当たり前のように頷く。「例え君が何者であろうと、頭があり、きちんと胴があり、言葉を解するならそれだけで人間だ。これ以上、何か説明がいるか?」
「分かりました」
首肯するダネットの焦げ茶色の美しい瞳から、次々に涙が溢れ出して来る。悲しいのではない。嬉しいのだ。思わず王子に抱き付いてしまったダネットの頭を、王子は優しく撫で続けていた。
――そしてやがて、木々が茂っていた山の景色が開け、町が見えたのだった。
ご意見などございましたら、よろしくお願いします。