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殿下の奴隷はもうやめます 〜初恋を捨てた伯爵令嬢はクズ婚約者に反旗を翻す〜

「なんだそのドレスは。趣味が悪過ぎる!」


 ――ああ、また失敗した。

 私は唇をギュッと噛み、俯いた。


「も、申し訳ございません」


 侍女と一緒に、どのような装いをしたら喜んでいただけるだろうかと考えながら何日もかけて選んだドレスだった。

 しかし確かに言われてみればクリーム色のそれは私には似合わないように思えて、見苦し過ぎるという言葉に納得してしまう。


「今から新しいドレスを仕立ててきてくれ」


「しかし、今からでは時間が――」


「お前は僕の引き立て役。ただただ僕の言うことを聞いていてくれさえすればいいんだ! もしも従えないと言うのなら、婚約破棄してやるからな!!」


 婚約破棄。

 その言葉にサッと全身の血の気が引いて、震えそうになった。


 嫌われたくない。見放されたくない。

 悪いのは私。私が頑張りさえすれば、きっと認めてもらえるはず。


 そう思い込んでどうにか心を落ち着ける。

 そして静かに答えた。


「はい、仰せのままに」


「わかればいいんだよ、わかれば」


 冷え切った瞳のままで微笑む彼。

 その笑顔はどこまでも綺麗だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 私の婚約者――第一王子ダーレン・マクニース・アレグサンド殿下の名を知らない者はこの国にはいないだろう。


 陽の光に煌めくさらさらとした茶髪。顔は整い過ぎているほどで、スラリとした体型も色白の肌も何もかもが美しい。

 勉学は優秀、王太子となるべく常に努力を欠かさない。性格は気さくで心が広い。


 まさに理想の殿方だ。


「君たち、とても可愛いね」

「綺麗だ。一際輝いて見えるよ」

「すごい。もしも僕の一番がいなかったなら、君を好きになっていたかも知れない」


 ダーレン殿下がにっこりと笑いかければ、令嬢が揃って頬を染める。

 その甘い言葉に、優しさに、一体何人が魅入られたことか。


「民のために」

「王族だからこそ献身するのが使命なのだと、そう思っている」

「王子たるもの、これくらい当たり前さ」


 その輝かしい言葉に、働きぶりに、どれほどの人々を感心させただろう。


 貴族たちは揃って彼の言葉に常に耳を傾けて、国民たちは素晴らしき王子の活躍を常に願い続けている。

 その期待にダーレン殿下は満面の笑みで応えていくのだ。


 だからそんな彼に苦言を呈されてばかりの私は、きっとどうしようもない女なのだと思う。


 私は、家柄が古いというくらいしか取り柄のない中流の伯爵家であるロッペン家に生まれた。

 第一王子の婚約者になってほしいと王家から打診がなされたのは、たまたま侯爵家以上の令嬢が皆殿下と年齢が離れ過ぎており、家格がそれなりに高いのが私だけだったからという理由だった。


 初めての顔合わせは七歳の時。

 ダーレン殿下はまるで天使のように愛らしい少年で、「君が僕のお嫁さんになるんだね」と微笑まれた瞬間の記憶は今でも鮮明だ。

 そして人柄もとても良くて、緊張で縮まっていた私を

 それは、紛れもない一目惚れであった。


 最初は優しかったダーレン殿下の視線が厳しくなっていたのはいつの頃だっただろう。

 妃教育に行き詰まる度、白い目を向けられた。


「そんなこともできないのかい?」


 私はとてつもなく凹んだ。

 努力を欠かしているつもりはなかった。しかしそれでも足りない。ならばどうすればいいのだろう。


 初恋の彼にだけは失望されるのも呆れられるのも嫌だ。


 そんな想いを胸に寝る間も惜しんで勉学に打ち込み、たった三年で妃教育を終了させていた。

 しかしそれでもなおダーレン殿下の評価が変わることはなかったけれど。


「こんな贈り物をするなんて敬いの欠片も感じられなじゃないか」

「さすがは家柄が古いことだけが取り柄の伯爵家の出だけあるね」

「僕が輝くためにお前がいる。そんな当たり前のことを今更言わなくちゃならないなんて、お前はどんなに手をかけさせるんだか」


 認めてもらいたい一心で、ダーレン殿下の公務を手伝い、彼の代わりに様々な手紙を書きまくって多くの貴族家へ送って、彼への評判の一助となるべく頑張った。


 そのことごとくが逆効果だったのかも知れない。

 ただでさえ社交が上手く人望が大きかったダーレン殿下の名は、徐々に功績が上がっていくことで知れ渡っていく。対する私は裏で働くばかりで表にそれが出ることはなく、余計に殿下に不釣り合いな女になってしまった。


「華やかさも何もないお前を娶れるのは僕だけだろうね。感謝してほしいな」


「ありがとうございます、ダーレン殿下」


 笑顔を張り付けて見せれば、彼は少し満足げだった。


 社交界に赴く度、他の令嬢にニコニコと笑いかけているダーレン殿下の姿に胸が痛んだ。

 どうして私にはあの笑顔を見せてくださらないのだろう。悔しいし、何より自分が情けなくなる。


 どうせ、私なんて何をやっても無意味。

 そう思いながら過ごす毎日の中で縋るのが己のダーレン殿下への恋心のみ。いつか素敵な女性になるんだと踏ん張り続けていたけれど、それも限界かも知れない。


 最近ことあるごとに婚約破棄をちらつかされるのだ。

 ダーレン殿下の言葉は絶対で、少しでも疑問を呈すれば「婚約破棄してやるからな」の言葉。


 わかっている。私が殿下の傍にあれるのはダーレン殿下のご温情だということくらい。

 それでも離れたくなくて、怖くて、心が擦り切れていく。


 ドレスは結局仕立てられずに、前回のパーティーと同じものを着ることになった。

 ドレスというのは次々流行が変わるもので、流行遅れだと笑われるだろう。さらに憂鬱になりながらも、パーティーに出るしかなかった。

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