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契約結婚で嫁いだ公爵様に「貴女を愛することはない」と言われました。好き放題にドレスを着られるならば何でもいいです。

 結婚式を終えた初夜、夫婦の寝室にて。

 ベッドで隣り合って座る公爵様は、わたしをじっと見つめながら言った。


「リディア。改めて宣言しよう。

 これは契約結婚だ、貴女を愛することはない。古くからのしきたりの通り、初夜のみはこうして夫婦の寝室で過ごすが、それ以降は別室だ。ひどい仕打ちかも知れないがどうか理解してほしい」


「その代わりに与えられるのがこの屋敷の中でのわたしの自由、でしたよね」


「……ああ。この公爵家が不利益を被らない範囲であれば、好きにするといい。買いたいものなどがあれば私に言うように」


「わかりましたわ。ありがとう存じます」


 わたしは頷き、これから表向きは夫となる青年に頭を下げた。

 内心では、ほっと安堵の息を吐く。


 夜を共にしさえしなければ、わたしの正体がバレることはない。

 ひとまず公爵家から追い出されることはないだろう。そう思い、思わず口紅を塗りたくった唇が笑みの形になる。


 ――これでやっと、好き放題にドレスが着られる生活が送ることができる。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 わたしの旦那様となる人――ロナルド・マッカートニー公爵様からの縁談が持ち込まれたのは、今から一ヶ月ほど前の話。


「――えぇっ、公爵様と結婚ですって!?」


 父直属の使用人に言われてやって来た父であるストローマ伯爵の執務室にて、わたしは甲高い悲鳴のような声を上げていた。

 着ている黄色のドレスをギュッと掴み、父を睨みつける。


「そうだ。お前にとってはこの上なく好都合な縁談だと思うぞ」


「そんなもの、あるもんですか! わたしはねぇ、どこかの貴族家のメイドにでもなるつもりだったのよ。わたしのような者(・・・・・・・・)はきっと需要があると思うの!」


「それが我がストローマ家の顔に泥を塗る行為とわかっているだろう、デニス」


「わたしのことはデニスと呼ばないでって言っているでしょう!」


 わたしはこういう趣味なのだから仕方がないじゃない。いつもそう言うのだけれど、なかなか受け入れてくれない父に腹が立つ。


「縁切りすればいいだけの話だ!」一瞬怒りで素の口調になりかけて、慌てて戻す。「とにかくわたしではどこかの家へ嫁ぐなんて無理よ。しかも、公爵家へだなんて」


 しかし父はわたしの言い分を聞かず、淡々と語った。

 この縁談が持ち込まれ、それを父が受けた理由(わけ)を。


「マッカートニー公はこれを契約結婚だとおっしゃっている。社交場などに女性を伴えれば誰でもいいとな」


「契約、結婚? それってつまり」


「閨事は一切行わないということだ。この条件ならお前にも嫁げるだろう? ――少しはストローマ家の役に立て、このドラ息子」


 そういうことなら考えてみないでもない、とわたしは思った。

 契約結婚ということはある程度の期間を持って解消されるのだろう。それならその後にメイドに転身すればいいだけの話だ。


「一つだけ、どうしても訊きたいことが」


「何だ」


「マッカートニー公は、わたしにドレスを着させてくださると思う?」


 父はやれやれと肩をすくめ、投げやりに言った。


「当然だな。嫁ぐのはデニスではなくリディアなのだから」


 それでわたしは、心を決めた。


「なら、公爵様にでも何でも嫁いでやりましょう。このドレス一着では、もう飽きてしまったんですもの」


 ストローマ家では制限されていた化粧やドレスを思うがままにできる。

 それだけでわたしが首を縦に振るには充分だったのだ。


 その日、ストローマ伯爵家で次男デニス・ストローマが病死した。

 そしてその喪が明けぬうちにわたしはリディア・ストローマとして公爵家へ嫁ぎ、リディア・マッカートニーとなった。




 マッカートニー公は二十七歳になるというのに今まで婚約者が一人もいなかったことから、「不能なのではないか」とか「女嫌い」だとか噂されている。

 銀髪碧眼、スラリと長い手足で長身の彼はまさに女子の理想で、彼に求婚者がいなかったということはまずありえない。契約結婚を持ちかけてきた時点で、噂は間違っていないのだろう。

 まあ、わたしはその方が都合がいいので全く構わなかったが。


 愛することはないと宣言されたわたしの白い結婚生活が始まった。公爵様と顔を合わせるのはごく稀なので、ずいぶんと気楽だ。

 たった一つだけストローマ伯爵家に残されていた黄色いドレスとは比べ物にならないほど多くの衣装や宝石がわたしを取り囲む。毎日おしゃれには困らなかった。


「リディア様、お綺麗ですわ」

「あら、ありがとう」


 そう褒められる度、わたしはきちんとリディアとして認められているのだと嬉しくなる。


 ――リディア・ストローマというのは本来、わたしの名前ではない。

 五年前、一つ歳上で当時十五歳だった姉のリディアは、父に婚約者をあてがわれるのを嫌がって、使用人の男一人を引き連れてどこかへ煙のように消えてしまった。


 娘が駆け落ちしたとなれば社交界の笑い物になる。そう考えた父が考えたのが、弟のデニス、つまりわたしを女装させてリディアに見せかけるということ。

 それからじわじわとリディアを弱らせて見せていき、最終的には病死する予定だった。


 わたしが女装という名前の(へき)に目覚めてしまわなければ、の話ではあるが。


 わたしは元々冴えない男で、他の貴族令息を見る度に嫉妬していたものだ。

 それがどうだろう、女装をするだけで姉のような美人になれた。どうやらわたしは元々女顔だったらしい。


 姉はほとんどのドレスを駆け落ちのための金になるからと持ち去ってしまっていて、残されたのは安物のドレスが一着だけ。

 化粧品も限られている中ではあったが、わたしは徐々に女装を楽しむようになった。


 両親や兄には激しく咎められ、止められるなどしたが、もはや目覚めてしまったわたしは後戻りができない。


 そしてどんどん社交場でもそして屋敷の中でさえ本来の自分であるデニスではなくリディアとしての時間が増え、とうとうデニスの方が病死させられてしまったというわけだ。


 かつて伯爵家次男であったわたしは今や公爵夫人である。

 もちろんお飾り妻だけれど。


 などと考えながら、朝の食堂へ向かうために公爵邸の廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「やあリディア、早いのだな」


「……ロナルド様。ごきげん麗しゅう」


 そこにいたのは公爵様だった。

 こんな時間に出くわすのは珍しい。大急ぎで頭を下げ、挨拶すると、「そう固くならずともいい」と言われる。


「今日は貴女に話がある。食堂で詳しく話そう」


「承知しました」


 艶やかな光沢のある緑色のドレスの裾を持ち上げて美しく微笑んで見せる。

 しかし公爵様はそれを全く気にした様子はなく、食堂へと入っていく。わたしもその後を追った。


 今のは男受けがいい笑顔で、普通ならばわたしに目が釘付けになるはずなのだけれど、公爵様は全く通じない。

 これなら「そっけなく接しているけれど実は気がある」という令嬢向けの恋愛小説定番の展開はまずないだろう。そうしてわたしはこの契約結婚が確かなものであることを再確認したのだった。

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