婚約破棄される悪役令嬢に転生して推しと結婚できる……そのはずがなぜか監禁されてます?! 〜ざまぁ要員の王子がヤンデレだなんて聞いてません!〜
⚫︎あらすじ
前世の記憶を思い出し、読んでいたweb漫画に出てきた悪役令嬢キャラに転生していたことに気づいた。
ヒーローは幼くも残酷な魔王。可愛らしい言動と凶暴な行動のギャップが素敵な彼は私の最推しだった。
ざまぁ要員の王子にさっさと婚約破棄されたあと、推しと結婚しようと思っていたのに……。
「どうして俺から逃げたがってばかりいるのかな。他の男のことばかり想って……嫉妬しちゃうなぁ」
婚約者の王子が婚約破棄どころか監禁してくるようなヤンデレだなんて聞いていない!
⚫︎登場人物
・カトリーヌ……転生者。最推しは魔王グレグだったものの、パウエルに絆されて推し変される。
・パウエル……王子。原作ではカトリーヌに嫉妬してほしいあまりに浮気(演技)するが、転生者カトリーヌは逃げまくろうとするので捕まえる。ちなみに原作漫画においてこいつが弱々で魔王にされるがままだったのはカトリーヌを失って心神喪失状態だったから。
・レネ……パウエルの浮気相手だったはずが、冒頭にチラッと出て来るだけ。パウエル曰く「ちょっと話しかけただけなのに本気にされたからね。面倒臭いから消えてもらったよ」とのこと。
・グレグ……幼くも残酷な魔王。のはずが、知らないうちにパウエルに『説得』されて属国になっている。
「はぁ……」
廊下の隅で、わたしに見られていることも知らずに親密そうに話す二人組。
第一王子パウエル殿下と貧乏男爵家のレネ嬢を見ると、胸がムカムカとしてくる。
「わぁ、嬉しいです! また今度も一緒にお願いしますっ」
「わかった。じゃあまたね」
朗らかな笑顔でレネ嬢に手を振るパウエル殿下を見て、歯が欠けてしまいそうなほどに歯軋りした。
あの笑顔を向けてくれるのはわたしだけだったはず。どうして、あの女なんかに――。
名門公爵家の娘であるわたしがパウエル殿下と婚約関係になったのは、今から五年ほど前、互いが十二歳ほどだった頃になる。
政略的な意味で結ばれた婚約だったがパウエル殿下は非常に優しくわたしに接してくれた。
「カトリーヌは可愛いね」
「カトリーヌの髪はいい匂いがするなぁ」
「困ったことがあったらいつでも言ってね」
「もう少し僕を頼ってくれてもいいのに……」
嬉しかったけれど、わたしは甘えるのが下手だった。
パウエル殿下との仲をそれほど深められないままに、月日が過ぎて。気づけばパウエル殿下はわたしではない令嬢に目を向けるようになっていた。
貴族学園の下級生、レネ嬢は確かに可愛らしい。小さくて活発で、常に背筋を正していなければいけないわたしと違って好き放題に笑ったり泣いたりできる気軽な立場。
パウエル殿下から見たら彼女の方が魅力的なのは当然。頭ではわかっていても、心が納得しなかった。
そんなある日、わたしは貴族学園にある階段でレネ嬢とすれ違おうとした。
沈黙を守るわたし。何か意味ありげにこちらを見つめて笑うレネ嬢。
そして次の瞬間――甲高い悲鳴を上げて、レネ嬢が体制を崩す。
彼女が何をするつもりなのか、一瞬で理解し、背筋に冷たいものが走った。そうはさせてなるものかと手を伸ばし、彼女の制服を引っ掴んで、わたしも一緒になって落ちていく。
その時ゴンと頭をぶつけた瞬間、わたしは思い出したのだ。
いわゆる前世の記憶というやつを。
「そ……うだ、ここ、は」
前世で読んだweb漫画、『婚約破棄された悪役令嬢は小さな魔王様に攫われる』の世界じゃないか。
知らない光景が、展開が、言葉が溢れ出してきて止まらない。
主人公のカトリーヌは悪役令嬢。婚約者の王子パウエルに浮気され婚約破棄されて、悲しみと怒りのあまりパーティー会場を抜け出したところで、幼くも残酷な魔王グレグに攫われるのだ。
そして人間の世界に侵略したりしながら幸せになる、そんな話。
前世のわたしはブラック企業に勤める若手OL。彼氏は二次元にしかおらず、通勤途中に漫画を読むのだけが毎日の楽しみだった。
その中でもこの漫画はお気に入りで、おねショタ養分にいつも助けられていた。
わたしの推し、魔王グレグは黒髪に藍色の瞳、そしてぷにぷにした頬と子供らしい可愛らしさが特徴。
カトリーヌに甘えてくる彼の言動はもう最高の一言で、わたしの最推し――。
「……わたしがカトリーヌってことは、グレグと結婚できるのでは!?」
レネ嬢と折り重なるようにして階段下に倒れたわたしはそんな言葉と共にパッと体を起こした。
これはレネ嬢が自ら階段落ちしたにもかかわらず、カトリーヌ、つまりわたしがやったことにされるというイベント。婚約破棄の最大の原因になる。
前世を思い出す前のわたしも彼女の思惑に気づき、自分が疑われないように一緒に落ちるのを選んだわけだけれど、むしろ本来のストーリーのまま冤罪をかけられた方が都合が良かった。
パウエル殿下はざまぁ要員の王子。
顔はいいが、魔王グレグと比べれば天と地の差だと、おねショタ好きの前世の記憶が蘇ったわたしは思う。パウエル殿下にこだわる必要は何もない。
「じゃあさっさとパウエル殿下に婚約破棄されなくては。そして推しに溺愛されてスカッとざまぁして幸せに――」
「ちょっと何叫んでるんですかぁ、重いですっ!」
わたしの尻の下で蠢いていたレネ嬢が苦情の声を上げるのも気にせず、わたしはしばらく今後の計画を練っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あの階段落ちは単なる事故として処理された。さすがにレネ嬢も自分が階段から落ちようとしたら服を掴まれて一緒に落ちましたと告白できないし、かと言って状況的に突き落とされたと嘘を吐くのは無理があったからだ。
婚約破棄されるためにすべきこと。
それを考えて出た結論は、パウエル殿下になるべくそっけなく接することだった。
二人に嫌味を言ったりレネ嬢をいじめたりなんていう意地汚い行いはしない。さっさと別れるには関わらないのが一番だ。
その日からわたしは、パウエル殿下とレネ嬢の姿を陰から眺めるのをやめた。学園の中で出会っても挨拶程度。これならたとえ彼の情がほんの少しわたしに残っていたとしても嫌いになるだろう。
原作では婚約破棄した時点でも実はわたしに好意があり、実はパウエル殿下の浮気は気を引くためにやったのだというセリフがあった。それを深く後悔している描写も。
でも、さすがにこちらから拒絶すれば本気で婚約破棄してやろうという気にもなるはず。
「カトリーヌ」
「ごきげんよう殿下。それでは」
「奇遇だな。たまには少し話でも」
「……わたし、忙しいので失礼いたしますね」
足早に立ち去るわたしをパウエル殿下が追ってくることはない。所詮そんなものだ。
レネ嬢はさらに調子に乗って、今までよりも一層パウエル殿下とベタベタし始めた。このままパウエル殿下も彼女に本気になればいい。
「婚約破棄される日はそう遠くない、はず。原作では明後日の学園創立記念パーティーの日に婚約破棄されるのよね。そうしたらいよいよグレグと会えるっ!」
浮かれていたのかも知れない。
パウエル殿下の心が遠のいて鬱屈としていたところから一転、前世を思い出し、心の支えであった推しへの情熱が蘇ったことでわたしははしゃいでいた。
だから気づかなかったのだ、歓喜するわたしの姿を背後から覗き見ている人物に。
推しとの再会を急ぐあまり、原作と同じ行動を取らなかったのが悪かったのだろう。
でも想像できるわけがなかった。まさか学園創立記念パーティーに参加することさえできない状況に陥るなんて――。
わたしはパーティーの前日、学園から忽然と姿を消した。




